2.無理なものは無理なのです
お兄様がこんなに怒っているのは、私が淑女にあるまじき進路を希望しているからだ。
貴族の子女は、12歳になると皆すべからく国立魔術学院に入学し、6年後に卒業する。
卒業後、男子はそれぞれ能力や縁故、政治的配慮により、騎士や文官、領地経営などの道に進む。
女子はだいたい、二択だ。宮廷に出仕するか、嫁にいくか。
……でも、どっちも私には無理だ。
もともと引っ込み思案な性格だったところに、前世異世界の記憶が災いして、私はよく言えばおっとり、悪く言えばどんくさく育った。
権謀術数張り巡らされ、足の引っ張り合いが通常運転な宮廷で働くなんて、絶対に無理だ。
かと言って、貴族の嫁として夫の顔を立て、婚家および実家両方を引きたてるよう、社交術を駆使して貴族間をうまく立ち回るなんてことも不可能だ。
―――というようなことを、ラス兄様に訴えてみた。
すると、珍しくお兄様が言葉に詰まった。
「ね? そう思うでしょ? 私にできると思う?」
「それは……」
ラス兄様の困ったような表情に、私は胸を張った。
フッ。勝った!
「なにを偉そうな顔をしている」
お兄様に不機嫌そうに睨まれた。
「おまえが出仕できぬのも、他家に嫁げぬのも、まあ……仕方がないかもしれん。だが、だからと言ってなぜ家を出て、フォール地方のような田舎に行かねばならんのだ」
「いや、逆に聞きたいんですけど、出仕もせず嫁にもいかず、家を出ることも駄目なんて、それじゃ私にどうしろって言うんですか?」
「家にいればよい」
お兄様は、当たり前のような顔でしれっと言った。
「いやいや、無理でしょ」
「無理ではない」
真面目な顔で無理を言うお兄様に、私は珍しく正論を説いた。
「学院を卒業したのに、何もせず遊んで暮らせるほど、我が家は裕福ではございません」
デズモンド家は、由緒だけはあるが富とは縁のない家柄だ。
「……たしかに我が家は裕福ではないが、おまえ一人くらい」
「それに、そのような娘はデズモンド家の恥でございます」
「誰がそのようなことを」
「お兄様がおっしゃいました」
「………………」
ウソじゃないもんね。
ラス兄様、ほんとに言ったもんね。
「実家の金を湯水のごとく使い、遊んで暮らすことを良しとする令嬢など、その家の恥だ。そのような令嬢を妻と呼ぶ気はない」って。
侯爵家からきた縁談を、そう言ってぶった切ったのはお兄様ご本人!
ふはは、己の発言には責任を持ちましょうね、お兄様!
「……だが、なぜフォール地方なのだ」
お兄様が食い下がった。
「あのような、都から馬車で一週間もかかるような田舎」
「一応、我が家の領地ですよラス兄様」
デズモンド伯爵家の、広さだけはある(半分は森)が、人口が少ない(人より猪のほうが多い)領地、フォール地方。
冬は凍死者もでる寒冷地だが、その分、夏は過ごしやすい。
たま~に貴族の老夫婦が、避暑地として遊びに来ることもある観光地(と行政官は言い張っている)だ。
いろいろ注釈はつくが、私はフォール地方が好きだ。
子ども時代を過ごしたせいか、フォール地方に帰るとほっとするのだ。
「お兄様、私に王都は合いません」
「合う、合わぬの問題ではない」
お兄様がじろっと私を睨みつけた。
睨まれたのは私なのに、なぜか部屋の隅で家庭教師が「ひい」とか細い悲鳴を上げた。
気持ちはわかる。
私も、いつもならこの辺りで「申し訳ございませんすべて私が悪うございました!」と全面降伏するのだが、今回ばかりはそうはいかない。
私の今後の人生がかかっているのだ。
「お兄様が何とおっしゃろうと、私、卒業後はフォール地方へまいります!」
高らかに私が宣言すると、お兄様の周囲に暗黒のブリザードが吹き荒れ、家庭教師が哀れっぽい声を上げた。
お兄様、家庭教師を氷漬けにするのはおやめ下さい!