チュートリアルは必要ない
前とその前の話で一部描写を些細ですが追加しました。
*追記(重要)
今週、及び来週の前半まで次話投稿は厳しそうなので5/27に投稿します
ありえない。
だってあのとき……。メルのNABは機能していなかったんだ。それに、メルは上級民としての権利を保有していた。僕がこの目で証書を見たんだ。間違いがない。
だから、蘇生させることは立派な違法行為だ。 ……生きているはずがない。
ここに来るまでの間にも白髪の人は見なかった。いや、見ていないだけか?探せばいたのかもしれないが、意識などしていなかった。
「先輩……!先輩!」
「……」
「どうしちゃったんですか先輩!いきなり黙り込んで。いつものくっだらない雑談でもしてくださいよ!先輩がそんなんじゃ不安になるじゃないですか……。あ、もう輸送機に乗るらしいですよ。先輩、歩けますか?」
……今考えても仕方がない。
それに僕だけの問題じゃない。里恵にだって迷惑がかかる。
僕は思考の隅に引っかかる紅色の瞳と、白髪を強引に振り払い、意識をどうにか戻そうとする。……だが、僕の頭に突っかかっていた記憶が呼び起こされる。
一昨日、僕を殺したスナイパー……。いや、まさか。
「ていりゃ!」
突如左の頬に衝撃が走る。
強制的にリセットされた僕の視線が捉えたのは、目が少し腫れた里恵だった。
「あ、里恵。……悪い。少し考えごとしてた。もう集会は終わったの?」
「そうですよ!時間的にはそんなに経ってはいないですけど、10分くらい目を見開いたまま固まった先輩に語りかける私の身にもなってください!ほとんど独り言なのですごい恥ずかしいし、それになんか心細かったです。反省してください。……きっと先輩にも色々あるんでしょうけど、今はゲームに集中してください。ルイーズ様のためにも、頑張りましょ」
里恵は身振り手振りを加えて激しく僕に言葉を浴びせる。
ゲーム前にパートナーがこんなでは安心できない。これは完全に僕が悪い。もうメルのことを考えるのはよそう。
帰ってからルイーズ様が録画してくれているリプレイを見てじっくりと考えよう。うん、そうしよう。今は集中、集中。
「今ので大分思考がまとまったよ。ありがとう」
「……それじゃ、行きますよ。もう半分くらいのプレイヤーが輸送機に乗ってます。私たちも遅れないように追いかけましょう」
ホールの正面ゲートを通ると少し小さめの別のホールに出る。こちらのホールは天井までもコンクリート張りで薄暗くじめじめしている。この先はいくつかの個室に分かれていて、僕らはどれかに入り検査を受けることになる。検査内容は色々とあるが、既に慣れてしまいあまり何も思わない。
今回は外部からいずれのものも持ち込みが禁止されるルールのため、いつもよりは厳しめの触診がされているように感じたくらいだ。
「ひぅ」
隣の部屋から里恵の小さな悲鳴が聞こえた。
どうやら里恵はあまり体を触られることに慣れていないらしく、初回のダブルエントリーから声を抑えられずにいる。
「……問題ないな。よし、通っていいぞ」
僕の触診も終わって、簡素な無地のパラシュートを委員の人から受け取る。そしてそれを背負いながら個室を抜けた先で待っていた里恵の元へ近づく。
「やっぱりあれ、慣れないです」
「触診のこと?くすぐったいの?」
「そういうわけではないんですけど。私、昔から他人に体を触られるのが嫌なんですよ。むしろ先輩みたく何も気にせず居られるほうが、私からすれば不思議です」
僕と里恵は通路を通って輸送機のシートへ腰かける。座席の指定は無く、開いている席に座る形式である。貨物用の輸送機に無理やり人間用の粗末な座席を取り付けているものだから座り心地は最悪である。かろうじてシートベルトはあるが隣の人との間隔も狭く、窮屈である。
ここから今回のフィールドである孤島までは一時間ほどであるが、なんとも蒸し暑くて困る。
「先輩……。なんか熱中症になりそうです。しかもなんか暗いですし、気味が悪いです。毎度のことですけど、なんでこんなに暗いんですか?」
「せめて水の持ち込みぐらい許してほしいよね……。それと、暗いのはお互いの顔が見えないようにするためだから……」
「なんで顔を見えなくする必要があるんですか?」
「ゲーム前に殺し合いでも始まったら面倒だろ?ここにいる誰かは、ここにいるもう一人の誰かに殺されてるかもしれないんだぞ?」
「……確かに」
「それに、降下するときに顔が見えないほうが、どこに誰がいるか分かりにくくなってゲームの進行がパターン化しないんだ」
「すると、上級民の方に受けがいいと?」
「……まあ、そういうこと」
「ほんと趣味が悪いですね」
「言うな」
本格的な夏が始まる前なのだが、まともな空調もない鉄の塊の中はサウナに近い。
そんなサウナを載せた輸送機は離陸し、目的地に向かって巡行し始めた。空が近くなるにつれて耳が痛み出す。鼻を抑えながら空気を抜いてやると少しは楽になるが、それ以前に空が近くなるにつれて今度は機内が寒くなってくる。余計に頭と脇腹が痛くなってくる。
「うーん……じめじめしてるし、その割には寒いし、外も見えないし、暗いしでどうにかなりそうです先輩……」
「もう何回か乗ってるし、ある程度は慣れてこない?……僕もだんだんと頭が痛くなってくるけど、一定のラインを超えると気にならなくなるよ?」
……僕の感覚がおかしいのか?里恵には少し悪いことをしたかもしれない。
「こんなの慣れるわけないですよ……。私、前の家ではずっと廃都市のフィールドでゲームに参加してたんですよ?こんなに長く輸送機に乗ってることもないです……」
「そうだったんだ。……確かに、孤島でゲームを開催する地域ってこの辺りか、南国のほうしかないかもね」
「そうですよ……。しかも、私今まで全国レベルの試合まで行ったことがないので、こんな長い距離移動するのなんて慣れてないんです」
「僕も、全国までは行ったことないな。というより、今まで辞退してきたからね。地区での試合以降は出場する義務もないから、出る必要もないし」
「……そういえば、そうでしたね。ルイーズ様の意向でしたっけ?」
「普通の家だと、全国に出場するっていうだけで家の評判が上がるからプレイヤーをほぼ必ず出場させるんだけど、ルイーズ様は僕のために先に委員会に辞表を出しちゃうんだ。僕はローレンツ家のためなら全国に出てもいいんだけどね」
「……私がもしシングルで全国に行けることがあったら、行きたいです」
「全国で優勝すると莫大な富と名声が手に入るからね。……たぶん、したいことがあればなんでもできるんじゃないかな。ルイーズ様なら御願いすれば僕らにも少し分けてくださるだろうし」
「先輩、それ失礼じゃないですか?」
「里恵のやる気をあげようと思っただけなんだけど、確かに、失礼だったかなぁ。ルイーズ様、すみません」
「……一人で何やってるんですか」
この後はゲーム前に少しでも気持ちを落ち着けるために、お互い静かにしていた。
それに、エンジン音がうるさくて話どころではない。声を出すのだけで無駄に体力がそがれるのだ。
時計も持ち込みが禁止されているためあれからどれくらいの時間がたったのかも分からない。体内時計も最初は機能していたもののこんな気が狂いそうな環境では時計も狂う。
パラシュートのバックの外側のポケットには、マップの表示やセーフティゾーンの縮小を知らせるモバイルデバイスが入っているが、地上に下りる前に起動させるのはルール違反となる。
「……フィールド到達まで残り一分。各自降下準備に入れ」
僕も些か気怠くなってきたころ。機内に大きなアナウンスが流れた。
直後、機内後方のハッチが大きく開き、太陽光が目を焼く。徐々に視界が開けてくると、眼下には巨大な森と、それを囲うように作られた湾岸都市が見えた。申し訳ないけどぐったりしている里恵を少し強引に起こす。
「んぁ?なんです?」
「ほら、里恵。もう着いたよ」
降下地点は昨日のシングルのリプレイを見て、できるだけ人が少ない森のやや東側に決めたのだが、今日はどうなるか分からなかった。だが、他に候補も見つからなかったため、降下までの時間を里恵に知らせる。
「里恵、大丈夫か。今回は今から32秒後に飛び降りる」
この32というのはカモフラージュのために16進法にしてあるため、実際は50秒後である。里恵との取り決めで他のプレイヤーの前で分数や秒数を表すときは16進法を使うことにしているのだ。
「りょう、かい、です……」
すっかりと元気をなくしている里恵のパラシュートの準備をしながら、次々と降下していくプレイヤーを観察する。
……もしかすると今ならメルの姿が見えるかもしれない。ホールからはほぼ放心状態だったせいでよく見ていなかったし、輸送機内でも暗すぎて見えなかった。
ある程度落ち着いていて、明るい今なら分かるかもしれない。
「先輩、ベルトのチェックなら一人でできますよ」
「今だって半分うつらうつらじゃないか。もしベルトが緩くてパラシュートが外れでもしたら……。僕は後でルイーズ様になんて説明したらいいか分からないよ」
「うーん、なんかくすぐったいです」
「自分の安全のためだし、少し我慢して。……よし、大丈夫」
しかしながらそんな薄い期待は叶わず、とうとう降下の時間になった。いや、むしろここに居ないかもしれないという逆の期待がこみ上げてくる。
……いや、里恵と約束したんだ。集中、集中……。
「よし、里恵!いまだ!」
「はい!」
里恵も少しは外の空気を吸って意識が回復したらしく、元気な返事をしながら機外へ飛び出していく。里恵はけがの回復も早いし、乗り物酔いとかの耐性も本来は強いのかもしれない。僕も後を追う形ですぐに飛び出した。
「先輩!今回はどこにおりましょうか?」
僕らは島の半ばあたりで飛行機から降りたため、人が集中しやすい沿岸部からは距離があった。代わりに、島の中心部はほぼ森しかないため、降下するポイントを選ぶのが難しかった。もちろんマップである程度の目星は付けているが、輸送機も毎回同じルートを飛ぶわけではない。そのため、実際の降下ポイントはその場で決めるのだ。
「確か、向こうのほうに電波塔があったはずだ。そこも確かドロップポイントになっているはず。そこで初期装備を整えよう。……そこって言っても分からないと思うから、僕の手を握って、ついてきて」
「りょうかいです!」
里恵が小さな手で僕の手を握ってくる。
空中で人にぶつからずに接近し、手を握るなどというのは本来至難の業だ。基礎能力を上げるために改造されているというのもあるが、やはり里恵の元々の能力が高いのだろう。
握られた手を目視で確認すると、急降下しながら目的の電波塔まで一気に進んだ。周囲を見ると、二組程度が飛翔していた。降下位置も近いので、彼らとは早いうちに出くわすかもしれない。しかも、それぞれが別の方向に森に吸い込まれていったため、彼らが潰しあってくれるという期待も薄だろう。
「里恵!パラシュートを開く、集合場所はあそこだ!目視できるか?」
僕は手で電波塔を指さす。電波塔は豆粒程度に小さいものの見えない程でもない。
「あの、先の曲がっているやつですか?パラボラアンテナが付いてる?」
「そう、それだ!それじゃあ、手を放すよ!降下後あの下あたりで集合!もし5分経っても来なかった場合置いていく!里恵ももし、僕が来なかったらそうしてくれ」
パラシュートでの降下に失敗して死ぬこともなくはない。他のプレイヤーに集合前に殺されることもあるだろう。一見無慈悲に見えるかもしれないが、チーム戦である以上、死んでしまったかもしれない仲間を待つより、より良い武器を求めて歩き回るほうがチームにとって良い結果が生まれることが多い。
「それじゃあ、先輩。後に合流しましょう!」
「里恵も、無事に来いよ!」
そうして僕らは互いに手を放す。そうして僕は里恵のパラシュートが問題なく開いているのを確認すると、自分のパラシュートも展開する。
瞬間、強いGが加わり降下が緩やかになる。先ほどまで緑のシートであった森は、徐々にその姿を枝や葉に変え、僕を受け止めた。
「ぐ……」
パラシュートのひもが引っかかり足が宙に浮いた。下までの高さは5mくらいのため、このまま飛び降りよう。
僕はパラシュートのバッグからモバイルデバイスを取り出し、バックルを外した。
「さあ、始めようか」
いつもの決まり文句を言いながら着地する。足に鈍い不快感が走るが、歩けないほどではない。
周囲を見回し、電波塔の位置を確かめる。そして、電源を入れたモバイルデバイスでそれが目的の建物であることを確認すると、少し丘だった斜面を四つ足で登っていく。
「一昨日のこととはいえ、やっぱりこの静けさは慣れないな」
電波塔までは100mちょっとと言ったところだ。
だが、ここは森であり少し移動するだけでも相当な労力を必要とする。
「せめて、ナイフでもあれば……」
邪魔な草木を切りながら進めた。だが、今回は持ち込みが許可されていないのだから仕方ない。
……少しくぼんだ平地に、電波塔は建っていた。電波塔の足元には直方体の部屋が幾つかつながっているようなコンクリート製の建物があった。見るからに、発電機や管理用のモジュールが組み込まれているようだった。おそらくあの中に武器や装備があるはずだ。周りを囲っている鉄柵はところどころ腐食し、切れていたため敷地への侵入は楽だった。
「里恵は、まだか。先に装備をまとめておこう」
建物の入り口は錆びていたおかげで、鉄製の扉でも鍵を石で簡単に壊すことができた。
中に入り、クリアリングをしながら歩みを進めていく。扉付近に落ちていたサバイバルナイフは握っているだけで気持ち的に少し安心させてくれた。
電波塔はそこまで大きな建物でもないので散策は1分程度で終わった。
「落ちていたものは、セミオートピストルp8、とその9mm弾が30発。あとはこのベクタールサブマシンガン。こっちも弾は9mm弾だからそんなに乱射はできないな」
武器としてはこの二つだが、ファーストエイドキットが一つと、小さなかばんが二つ、そしてクラス1の防弾チョッキが一着も落ちていた。
どれをどう分配しようか考えあぐねているとドアが四回ノックされる。僕はすかさずドアの向こう側へと声を投げかけた。
「僕の好きな銃の銘柄は?」
「レルミントンです」
「よし、里恵、入っていいよ」
里恵との取り決めで集合の時のノックは四回、そして僕らにしかわからない簡単な質問をすることになっているのだ。
「先輩、何か見つかりましたか?」
「とりあえずは。銃も二丁あるけど、ショットガンとかトラップ類は見つからなかった」
「ショットガンがないなんて珍しいですね。どこにでも落ちているイメージがあるんですが」
「一昨日もそうだったんだけど、なんか最近ショットガンのドロップ率が低い気がするんだ。僕の運が悪いだけかもしれないけど」
「とりあえず、ここに居ても仕方ありません。次のドロップポイントへ急ぎましょう」
「そうだね。ここから南に200m行ったところに蔵があるはずだ。小さいけど何か落ちているはずだ」
「先輩のほうが近接戦になりやすいので、今のところは先輩がチョッキとベクタールを持っていてください。私がエイドキットとp8を持ちます。弾の分配は私が10で先輩が20で」
「りょうかい。里恵にはこのサバイバルナイフも渡しておく。投げるには重いかもしれないけど、無いよりはいいだろ?」
「一応貰っておきます。先輩の手汗が付いているのはマイナスですが」
「緊張すると手汗が出るんだよ……ごめんよ」
「ゲーム中に贅沢も言ってられませんからね。これで我慢してあげます」
僕らは小屋を出て南下する。デバイスにはコンパスも付いているため、方角を間違えることは無い。
ところが、電波塔が幾つかの枝に隠れ距離になったころ。
がさがさ……
「し!里恵、待て、誰かいる」
「……」
僕らはその場にしゃがみ込み、即座に背中合わせの姿勢で周囲を見回す。音がしたのは僕から見てちょうど2時方向である。アイアンサイトを音のした方角に合わせながら音を探る。向こうも、こちらに気づいたのか音が止んだ。まだゲームも初期であることから、相手は二人組である可能性が高い。
ふと頭上を見るとドローンカメラが停滞していた。敵がいるのはほぼ間違いない。
ぱき……
すると、僕から見て斜め左前側の茂みから枝が折れる音がした。罠であることも考慮しつつ、すかさずセミオートにダイヤルを切り替えて、その茂みに向かって一発放った。この近距離なら外すこともない……はずだ。
パァン!!!
「ぐ、がぁああああ!!!!」
相手の一人はそこにいたらしく、悲痛な叫び声をあげながら転がりまわっている。。おそらく僕らを囲おうと動いたのだろうが、それが仇となったようだ。だが、銃声を発したことでこちらの位置も相手に伝わってしまった。
「くそ!」
一人がやられる声を聞いて焦ったもう一人がその場で立ち上がりこちらに向けて焼夷弾を投げた。焼夷弾は地面に接触するのと同時に燃え広がり、周囲の草木を焦がす。
「のわ……!」
里恵は持ち前の反射神経で転がるように避けると、さっき渡したサバイバルナイフを直感で敵に投げつける。
投げられた鈍重な刃は敵の額を少しそぐと、ごつんと頭蓋骨に当たり跳ね返った。
「いっうぅ、あぁ!!」
僕も焼夷弾から逃れようと飛んだものの、里恵ほどの身軽さはないため少し左腕の表面を火傷してしまった。重い火傷ではないが、皮膚が赤く腫れあがってしまっている。
だが、そんなことに構っている余裕はなく、先ほどやりはぐった相手に近づく。
「や、やめてくれ!殺さないでくれ!」
男は脇腹から溢れる血を右手で必死に抑えながら、血糊がこびりついた左手を突き出し、見逃してくれと叫んだ。だが、もちろんこれはゲームであり、そんな綺麗ごとも言ってはいられない。身もだえながら後ずさる彼を尻目に、僕は手元の大きめの岩を持ち上げ、
「僕は善人じゃないから。ごめんね、悪いけど、ここで退場してね。君には見たところNABもあるようだし、数時間もすれば生き返るよ」
おもいっきり彼の頭に叩きつけた。銃で仕留めても良かったが、弾が少ない今はできるだけ節約したかった。
強烈な一撃を受けた彼の頭は卵のように割れ、中身と目玉が飛び出す。幾度となく見てきた光景だが、見ていて気分のいいものではない。
「それじゃ、片割れのあなたもここで、さようならだね」
里恵のほうも決着がつく前だった。額の剥けた皮を抑えながらうずくまる彼の首元に里恵は拾ったサバイバルナイフを押し当てると、一気に手前側に引いた。
サバイバルナイフは切れ味が良くないため、肉が上手いこと切れずにすこし捲れ上がるような感じになっている。頸動脈から血が噴き出すと、悲鳴は数秒で消え去った。
「うわぁ、血、おもいっきり浴びちゃいましたよ」
「僕のほうも両腕なんか、見て、ほら」
お互いにどれだけ血を浴びたか見せあってるのも、猟奇的な光景だろう。だが、人の死に対して全てをまともに弔う気持ちで続けていたら到底精神が持たない。
多少狂っているくらいが何かと楽である。
こう言って信用してもらえるかは分からないが、僕だって人など殺したくはないのだ。だが、世界がそれを許さなかった。だからそれに「適応」しただけだ。僕は……悪くない、はずだ。
「たぶん、今の二人がさっき降りるときに見たペアの一つだと思う。もう一つのペアも今の騒動を見てこっちに来るかもしれない。急いで移動しよう。……ん?あ、この人手りゅう弾も持ってるよ。里恵、とりあえず持っておいて」
そうして、里恵が首を切り裂いた男のポケットにある手りゅう弾を引っ張り出し、里恵に手渡す。僕がやった男も確認してみるが、小さな剃刀以外には何も持ち合わせてはいなかった。……パートナー同士でも格差があるのは珍しいことでもないが、些か同情する部分がある。
「かしこまりです。ん?あー!先輩腕火傷!」
「単語だけでしゃべらない……」
「なんで言わないんですか。見るからに痛いですよそれ……。せっかくエイドキット持っているんですから、使いましょうよ」
「いや、いい。見た目ほど痛くないし。もっと大きなけがの時に使おう」
「あのですね……。はぁ、先輩がそういうならそうしましょう。後で痛みで寝れなくなって私に泣きついてきても知りませんよ」
「わかってるよ」
そうして、できるだけ臭いが残らないように血をこそぎ落としている最中だった。
シュピィィィン!!!
耳元を弾丸がかすった。音、というか感覚からしてそこまで遠くはないが200mくらいはあるのではないだろうか。
射撃時の音がほとんどなかったからサプレッサーでも付いているのだろうか?非常に厄介だ。ただでさえ武器がないのに、遠距離の相手に戦えるはずもない。
「里恵!」
「わかってます!」
僕と里恵は即座に左右に動き回りながら森をかけ降りる。あの場で昨日らに隠れても良かったが、こちらには対抗できる武器がない。しかも坂の下側だったため、どう考えても不利だ。逃げるしかない。
シュパァァアン!!!
次の弾がほぼ直後に飛んできた。
弾の音からしても、敵はアサルトライフルを持っているのか?なら余計にマズイ。中遠距離では今の武器であれに敵う訳がない。相手も僕らに合わせて移動しているようで、後ろから草木をかき分ける音が聞こえる。
「里恵、この先に確か舗装された道路があったはずだ。もしかすると、乗り物に乗って逃げられるかもしれない。だけど、敵に完全に姿をさらすことになる。どうする!?」
「はぁ、はぁ。このまま逃げ続けてもジリ貧です。道路に出ましょう!仮に乗り物が無かったらその先のがけ下にでも逃げればいいんです!」
僕と里恵は滑るように坂を下っていく。
ヒュパァアン!
シュゥゥン!!!
ウゥゥン!!
山に銃声が反響する。木と、僕らと相手が動き回っているおかげで軌跡でも起きない限り当たりはしないだろうが、それでも心臓の鐘が早まるには十分だ。
「ひぃ、はぁ、ひゃあぁ」
「変な声出されると集中できないから。ふぅ、できれば、静かに」
「う、ごめんな……うひゃあ!」
「うーん……」
走り続けた先に光がたくさん漏れている箇所があった。おそらくあの先が道路だ。
「里恵、あともうちょっとだ!頑張れ」
道路に勢いよく飛び出し、周りをすぐに見まわす。
……が、小さな小屋以外何もなかった。後ろからはすぐに弾丸が迫りくる音がする。道路の向こう側は予想以上に切り立っている崖で、飛び降りたらひとたまりもなさそうだ。仕方がない、そこに逃げ込もう。
「え?うわぁ!」
未だきょろきょろとしている里恵の腕を引き、小屋の中に身を隠す。小屋はコンクリートで作られていて、アサルトライフルでは打ち抜けないだろう。しばらくは安全かもしれないが、着実に追い詰められている。
「先輩、乗り物、無かったですね……」
肩で呼吸しながら、里恵はデバイスの画面の明かりで足元を照らす。
「これからどうしようか、多分敵はまだそこにいる。ここから出たらひとたまりもない」
「こちらは手りゅう弾一発と、弾丸少々。自害するのにちょうどよさそうな小屋。何か仕組まれてそうなほど不利な状況です」
「うーん、せめて何か、こう、なんか打開できるようなものがないかな」
「……ん?あ、先輩。これ」
里恵が照らしている足元には鈍く輝く二連のバレルがあった。
……まさか。
「ショットガンじゃないですか?先輩」
来週ちょっと出せるか分からないですけど、できるだけ一週間で出します。
*追記(重要)
今週、及び来週の前半まで次話投稿は厳しそうなので5/27に投稿します