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屑鉄の騎士と赤錆姫  作者: パール
忍者とお嬢様とデスバトルマッチとその周り
7/9

過去の「いろは」はいつだって苦い

 ルイーズ様は屋敷の裏庭にいた。しかも、しばらく使われていない散歩道のさらに奥にいたものだから探すのに少し時間がかかってしまった。使用人もよほどのことがない限りここには手を入れないため、ツタが少し生い茂っている。

 その使われていない散歩道にはところどころに休憩用のベンチがあるのだが、ルイーズ様はそのうちの一つに腰かけていた。そして、静かにどこかを見つめながらため息をついていた。

 

 「ルイーズ様……。こちらにいらっしゃったのですか」


 「え?……。どうしてハルトが」


 できるだけおとなしく声をかけたのだが、それでもルイーズ様は驚いたようでその場で僕を丸い目で見つめた。

 だが、しばらくすると赤くなりそっぽを向いてしまった。


 「今は顔を見られると、その、恥ずかしいから、だから……」


 「ご心配なさらずとも、ルイーズ様のお顔はいつでもかわいらしいですよ」


 「だーかーらー!そういうところなんだってば、もう……。ともかく、ハルトはそっち向いてて!」


 「畏まりました」


 僕は反対側を向き、足元の雑草を見つめる。ルイーズ様はどうやら立ち上がったらしく、布のこすれる音がした。そして足音からして僕の後ろをうろうろしているようだった。


 「……どうしてハルトはここが分かったの?」


 「なんとなくです。それに、昼間の屋敷で静かになれる場所なんてここくらいしかありませんので」


 ローレンツ家は柳ケ瀬から見れば劣っているかもしれないが、それでも上級民のなかでは落ちぶれているわけではない。使用人の人数も数十人はいて、彼らは必ず屋敷のどこかにいる。しかも、ローレンツ家が元々情報系の会社ということもあって監視カメラがいたるところに取り付けてある。だから、落ち着ける場所は限られているのだ。


 「そうなんだ……。……私に失望した?」


 「何故ですか?」


 「だって、私、さっきいきなりハルトと里恵に自分勝手にわがまま言って……。ハルトと里恵はただ接してくれただけなのに、私だけ過剰に反応して、馬鹿みたいに……」


 「いえ、失望なんてしていません。むしろ、普段とは様子が異なっていたので何かあったのかと心配しております」

 

 「……やっぱり、私って行動とか顔に出やすいんだなぁ」


 ルイーズ様が落ち着かない足を止める。そして十分な時間の後に、ぽつりぽつりと降り始めた。


 「……もしかしたら、そのことでハルトを傷つけちゃうかもしれない。ハルトだけじゃない、里恵だって……。それに、少し言い訳っぽく聞こえるかもしれない……。……ごめんね、また、私、こうやって燻ったままで……」


 僕を少し周りを見回し、監視カメラも使用人もいないことを確認すると、


 「僕のことは今はいいですから、ルイーズ様にあったことをお聞かせ下さい。僕にできることがあるなら、できる限りのことをしたいです」


 「それに、ルイーズ様はご自分のことを面倒だとおっしゃられますが、人間であれば心の葛藤など幾らでもあります。それをいちいち責め立てる人がいるなら、その人は相当に愚かなことでしょうね。さぞかし心が狭いのでしょう」


 「ありがとう」


 僕が言うことの意味を察したのか、ルイーズ様はこれ以上その件で謝ることは無かった。

 謝罪は便利だが、相手に責任を押し付ける言葉にもなる。仮に謝罪された本人がなんとも思っていなかったとしてもだ。

 だから僕は里恵のためにも、これ以上ルイーズ様には謝ってほしくはなかった。もちろんこれはルイーズ様のためでもある。謝る必要のないことで謝罪の言葉なんて必要ないのだ。


 「……実は、私の行ってる学校のクラスメイトの子が昨日の夜に、


 『プレイヤーなんて、家でも食事なんて与えずにもっと使えばいいんだよ。奴らの食費だって浮くし。どうせ死んでもまた気持ち悪く生き返るんだし。死ぬまで働かせて死んだらまた使えばいいんだよ』

 『でも生き返らせるのだってお金かかるんだし、普通に生ゴミでも食わせながらコンスタントに働いてもらったほうが良いんじゃない?』

 『えー。でも私たちの食べたご飯を奴らが食べると思うと気色悪いんだけど。そもそもあんな産業廃棄物が家にいるだけでぞっとする。だって奴ら、体だって頭だってもう人間じゃないのに。人間様みたく振舞ってるんだよ?気持ち悪いと思わない?』


 てチャットで言ってるのを見ちゃって……。それで、私、抑えられなくて『プレイヤーの人たちだって私たちと同じ人間だよ!それに、あの人たちだって好きでゲームに参加しているわけじゃないのに、どうしてそんなこと言うの』って言ったら、


 『うっわ、出たよ偽善者。いるんだよねぇこういうの。この国はゲームで経済が回ってて、誰だってそのお金食って生きてるのに。結局皆同じなんだよ。あんただって、プレイヤー殺してる一人じゃんか。あいつらが死なないと、あんただって死ぬんだよ。この世は弱肉強食で、私たちはそのトップにいる。下の奴らを食わないと生きていけないの。それなのに、そんな偽善めいた言葉でいい子ぶるなんて。私たちよりよっぽど最低だよ。奴ら利用して自分の株上げてるだけじゃん』


 って言われちゃって。で、その後私考えたんだけど、やっぱり彼女たちの言い分も正しいかなって思って。それで、私もハルトと里恵を、その、なんというか利用しちゃってるのかなって不安になって。私とハルトと里恵のつながりは、お金でのつながりでしかないのかなとかも思って。もう、色々分かんなくなってて、だから、その、ハルトと里恵が私にプレイヤーとしてしか接してくれなかったから、もっと不安になって、それで、その」


 「わかった。大丈夫。話してくれてありがとう。とりあえず、そのベンチで座って一度休みましょう」


 ルイーズ様は途中から声音が涙に染まっていた。そのため、僕も話の折で振り返って、彼女のそばに近づき背中を擦る。

 昨日の夜にまさかルイーズ様がそんな目に遭っていたなんて知らなかった。この話ぶりからするに、きっと僕と別れた後のことだったのだろう。どんな時でさえ、ルイーズ様は僕らと同じ目線で物事を考えてくれた。僕や里恵が傷つくたびに、自分の痛みのように感じてくれた。ローレンツ家での待遇を良くしてくれたのも彼女だ。

 そんな彼女に、どうしてそんな酷いことを言えよう。


 「辛かったでしょう。大丈夫です、今は僕がいます。僕らは一度たりともルイーズ様に利用されているなんて感じたことは無いし、例え僕はルイーズ様から解雇されようともルイーズ様の傍にあり続けます」


 「あの日をルイーズ様は憶えていますか?」


 僕らの中であの日と言ったら、僕がここに来てから一年目に起きたローレンツ家襲撃事件となる。ローレンツ家の技術や情報を狙った凶悪犯罪だ。屋敷のセキュリティシステムは無残に破壊され、屋敷の内部にまで武装団体が攻め込んできた。屋敷からは火が立ち上り、特殊部隊が到着するまでの2時間は地獄も同然であった。


 「うん。忘れるわけがない。あの事件で、私、ハルトにずっと守られてた」


 「あの時の僕の行動が、全て利害関係、主従関係だけで成り立っていたと思いますか?」


 僕はあの時、本来守るべきはずのルイーズ様のお父上を差し置いてルイーズ様を守ろうとしていた。結局はお父上からは娘を守ってくれたとお褒めの言葉を頂いたが、当時の僕は褒められたものではなかったのだ。


 「……」


 「そういうことです。あの時にはすでに、僕はルイーズ様には友人として親しくあり続けたいという想いがあったのです。ルイーズ様が不安になることなど一つもありません。僕はいつでもルイーズ様の味方です。……いつか里恵にもこれを話す日が来るでしょう。そうすればきっと里恵も僕と同じ行動をすると言うはずです」


 「……忘れるわけない。忘れられない。あの時のハルトの手、あんなにもあったかかったんだもん。ハルトが人間じゃないとか、弱肉強食でしかないとか、そんな言葉、簡単に笑い飛ばせたよ。あぁ、私ってやっぱり馬鹿だなぁ。そうだよ、この事件で、私、ハルトからいっぱい貰ったのに。なんであの時思い出せなかったかな」


 ルイーズ様は最後、笑っていた。

 なんでかは僕には分からないが、ルイーズ様が元気になってくれたのだったら良かった。


 「よし!ありがとう、ハルト!私、もうそんなことで悩まないよ。ありがとね、私の話聞いてくれて。そして、思い出させてくれて。ハルトは、やっぱりかっこいいよ。あの時も、今だって」


 「えーっと、僕がかっこいいかは置いておいて、ルイーズ様を元気づけられたのだったら嬉しいです」


 「もう、そんなこと言わない。だって、私、あの日から……なのに、……」


 「どうしたんですか、お嬢様?」


 「……なんでもないよ。はぁ、鈍いなぁ」


 「???」


 一応僕は走る速さとか、索敵時間とかなら普通のプレイヤーよりは高い成績を残している。一体何が鈍いのだろうか。


 「この後も、練習があるの?お昼ご飯は?」


 ルイーズ様はふと、ぴょんとベンチから立ち上がると、少し屈みながら上目遣いで僕を見てきた。


 「うん。里恵を二試合目をするんだ。里恵も本気できそうだから僕も頑張らないと。それと、お昼はお弁当の宅配を依頼してあるから、問題ないよ」


 「あ、そうなんだ。大変だね……。何かあったら私に相談してね。あと、怪我しないように気を付けてね。頑張って!応援してるよ!私も少し落ち着いたらお屋敷へ戻るから、先にハルトは戻ってて」


 「いえ、お嬢様。ここは監視カメラもなく危険です。もし何かあったとしたら僕はどうしてよいか分かりません。せめて、今使われている散歩道のほうまではお戻りください」


 「……そうだね、じゃあ、ハルトが一緒に来てくれる?」


 「もちろんです」


 ツタにまみれた道をルイーズ様のやや後ろから追いかけるように歩く。

 やけに静かなこの場で、お互いに言葉を発することは無かった。ルイーズ様の歩調もいつもに比べたら遅く、なんとも言い難いゆったりとした時間がこの場には流れていた。

 

 「……いつか、本物の森で、ハルトと主従関係とかじゃなくて、こうやって歩ける日が来るといいな」


 「そうですね。……僕も、いつの日か、下級民上級民関係なく生活できる世界が来ることを望んでいます」


 「もうハルトが苦しまなくてもいい世界。そんな世界を作っていければいいなって思う。今の私は力なんて無くて、ただの子供の戯言かもしれないけど。でも、それでもハルトと里恵を助けたい。明日だって、私は何もできない。ここで応援することしかできない。だから、今はこれしか言えないけど」


 「明日、頑張ってきてね。そして、ちゃんと帰ってきてね」


 僕もメルのために、そんな世界を望んでいた。そして、当時は本気で実現しようとした。やれることは全部やった。地位だって金だって持ってるものなら全てささげた。……だが、叶わなかった。

 ルイーズ様も僕にそういう感情を持っていてくれるのは嬉しい。だけど、それでルイーズ様自身が壊れちゃいけない。そのためにも、ルイーズ様に不安な思いをさせないために、僕や里恵の苦しむ様を見せてはいけないのだ。……もっと言うなら、ゲームで死ぬ様を見せてはいけないのだ。

 ゲームで勝って、無事に帰れたときのお嬢様の笑顔はとても綺麗だった。少し恥ずかしいけど、僕が勝ったこともそうだろうけど、きっと僕が無事に帰ってきたことがうれしかったんだと思う。

 ゲームに勝てば、ローレンツ家の恩返しもできるし、お嬢様の笑顔を守れるのだ。だったら、僕が勝利を狙わない理由なんてない。

 里恵だって、ローレンツ家への恩を返そうと今だって頑張ってる。僕らプレイヤーがこの世界で少しでも何かの役に立とうと思ったら、ゲームで勝つしかないのだ。


 「……もちろんです。お嬢様」


 











 翌日の早朝。僕らはプレイヤーを輸送するバスに乗車していた。

 ゲームが開催日の朝に、デスバトルマッチ運営委員会が送ってくるのだ。地域ごとにバスが回るルートが決まっているため、乗車するには停留所でしばらく待つ必要があるのだが、その待ち時間の間、ルイーズ様はずっと僕らのそばにいてくれた。ずっと立っているのも辛いだろうと思って何度か帰るように催促したのだが、彼女が離れることは無かった。しかも、バスが着て出発するときには、こっちが恥ずかしくなるくらいの大声で送ってくれた。

 毎度恒例の事とは言え、ありがたく思う。


 「今日もルイーズ様は最後まで待ってくれましたね、先輩」


 バスの窓側の席で小さくなっていくルイーズ様を里恵は目で追いかけていた。里恵も綺麗な黒髪が朝日に照らされ妙に神聖な雰囲気を醸し出す。今日も忍者のような格好の里恵にはそれがとてもよく似合っていた。

 僕も、その里恵の様子を眺めながらお嬢様に思いを馳せる。


 「ルイーズ様はやはりお優しいよ。昨日だって、僕と里恵の心配ばかりしていたんだ。お嬢様だって大変なことがあったのに、それなのに僕らの心配が前提にあったんだ」


 バスの中は決して広くはない。プラスチックのできの悪い椅子が二席一組で乱雑に並んでいるだけなのだ。僕らの席の前と後ろにも誰かいる様子であり、あまり大きな声は出せない。

 それに、バスの雰囲気は最悪そのものであり、殺伐とした空気が漂っていた。当たり前ではあるが、これから殺そうという相手がひしめくバスの中でわざわざ相手と親しくなる理由もない。彼らのパートナー同士との会話はちらほらと聞こえるが、それでも作戦がどうの、殺し方がうんたら、などという生々しいものだった。

 NABのおかげでプレイヤーが「死ぬ」ことがなくなり、何度もゲームを経験している者が多く、初期のころにありがちだった悲鳴などは聞こえない。そのため、不気味なほどにバスの中は静まり返っていた。

 だから、僕も里恵も少しボリュームを落として会話を続けることにした。


 「先輩、お嬢様との会話を私に言うのはマナー的にどうかと思います。せっかく私が気を利かせて今の今まで問い詰めなかったのに。無駄じゃないですか」


 「これくらいは里恵だって知っていてもいいと思うよ。具体的な内容まではもちろんいうつもりはないよ。それに、それだけ今日頑張ろうってことなんだ」


 「そうですね。ルイーズ様と、ローレンツ家のために。頑張りましょう。今まで6回、ダブルエントリー式に先輩と出ましたが、未だ一度も勝っていません。今回こそは、勝ちましょう!」


 ふう、とため息をつきながら里恵は肩をぐりぐりと回す。今準備運動をしても、ゲームのフィールドである東の孤島までは4時間近くかかる。意味はないのだが、里恵なりの気合の入れ方なのだろう。

 バスは丁度高速道路に出たようで、ねじれて絡み合っている道路の一つを進んでいた。街にはモノレールや空中に突き出た遊歩道などもビルに纏わりつくように複雑なレイヤーを作り上げている。巨大なスクリーンにはよくわからない清涼飲料水のCMが流れ、その隣の画面には朝のニュースが流れている。朝だというのに明るく、ひどく目が疲れる。

 僕は再びバスの中に視線を戻す。すると、里恵がいたって真面目な表情でこちらを見つめていた。


 「……そういえば先輩。昨日の午後の練習試合で銃を使わなかったのは、私のためですか?」


 「え?それ以外に何があるのさ。まだ威力が強いゴム弾しかなかったから、火薬を減らした弾が届くまで訓練に使うわけにはいかないだろ?」


 「私は、多少痛くてもそれが最終的にルイーズ様のためになるなら多少痛くても別に構わなかったのですが……。確かにあの時私は先輩に色々言いましたが、それは、その、なんと言いますか。言葉の綾で、その……」


 「里恵。幾ら訓練って言っても無駄に怪我する必要なんてないんだよ。僕にとっては里恵だって大事な仲間の一人なんだ。できるだけ傷ついて欲しくないし、そのために訓練しているんだ」


 「昨日私の腰を痛めつけたのにすごいきれいごと言ってますね」


 「う、ごめん」


 「あ、いえ、別に責めている訳ではないんです。もう腰は治っていますし。それにあのときは私の不注意とか色々ありましたからお互い様です。……でも、先輩が私のことを少しでも考えてくれるのは、素直に嬉しいです。ありがとうございます」


 里恵は椅子の上で僕にむかって軽く礼をする。少し恥ずかしくなって僕は顔を逸らした。


 「当たり前のことをしているだけだよ」


 「でも、そのせいで昨日先輩が負けちゃいましたし、なんか全力でない先輩に勝ってもあまり嬉しくないというかなんというか。それでモヤモヤしていたので、一応聞いておきたかったんです」


 「僕が負けたのは銃がなかったのもあるとは思うけど、何より里恵が頑張ってトラップを仕掛けたからだよ。午前からの午後でいきなりあそこまで順応できるのはすごかった。僕が行く先々に何かしらのトラップがあるんだもん。僕の行動が読まれてたと本当に思ったね。里恵のその順応能力はやっぱり里恵のアドバンテージだよ」


 「先輩に褒められるとなんかむずむずします」


 「いつもちょっと辛口なことしか言わないけど、本当は里恵のことはかなり高く評価してるよ」


 「辛口といっても、先輩甘いですからあまり強いことは言ってこないですよね。普通先輩ならもう少し後輩を絞り上げるように指導するものでは?」


 それは、偏見な気がするけど……。


 「普通に、熱血系の指導って僕苦手なんだよ。受けるのも、するのも」


 マクレファン先生の件もあるし、肉体派の指導には悪いイメージしかない。いや、もちろんこれがいい場合もあるかもしれないけど。今の僕にはそう思えない。


 「……私も、同じです。前の家では、かなり酷い扱いを受けていましたから、だからこそ、先輩の指導方針は心にきます」


 「心にくるとは?」


 「……いつか私の過去を話す日が来るかもしれませんが、そのときになったらわかります」


 言われてみれば、里恵が前の家について話しているところは見たことがない。……想像はしたくないが、彼女の言い方だときっとあまり良くない出来事があったのだろう。それも、今も彼女を縛り付けるほどの何かが。

 これは今聞いていいことじゃなさそうだ。僕にだって話したくない過去がある。その気持ちは良く分かった。

 

 「わかったよ」


 だからその後は、里恵の頭の後ろから窓の外を眺めることに徹した。

 里恵も、ここで会話を切らしたようで、


 「やっぱり、先輩は……」


 と道中に呟いたこと以外は空港に着くまでの間、口を開くことは無かった。











 デスバトルマッチのルールは単純である。

 飛行機に押し込まれたプレイヤーが次々とフィールドにパラシュートで降り立ち、落ちている武器を拾って相手を殺す。そして最後に生き残れば勝ちだ。

 もちろんセーフティゾーンなどの制約と、ドローンカメラを故意に破壊してはいけないなどという細かいルールもあるが、結局は相手を殺して生き残れば勝ちだ。

 ダブルエントリー式の今回の大会でもその基本方針は変わらない。だが、シングルと少し違うのは、チームの片側一人でも最後に生き残っていればチームの勝ちとなる点である。

 つまり一人分の命は囮にでも使えるということで戦術の幅が広まるのだ。……わざわざそれをするチームは少ないが、それでもいないわけではない。全体の人数も多い分シングルの時よりも緊張度は高まることになるのだ。それが上級民からの人気が高い一面でもある。

 一回のゲームに参加するプレイヤーの人数には決まりは特にないが、大体50人から200人程度である。今回僕らが参加するゲームでは141人のプレイヤーが参加する。チーム数でいえば71チームだ。どこか1つのチームは一人での参戦のようだ。命知らずにも程があるが、実際ゲームでは注目されやすくなるため、わざとダブルエントリー式に一人で参加させる家も少なくはない。

 僕らは残り70チームを全て殲滅すれば勝ちとなる。

 

 やがて、僕らは高速道路の末端へとたどり着き、ゲーム専用の空港にたどり着く。一度に200人程度を収容できればいいため非常に小さい。飛行機も輸送機と、その予備の輸送機しかなく、残りは撮影用のヘリコプターとドローンカメラのポートがあるだけであった。

 とはいっても、ゲームの部隊の一部ではあるため設備はしっかりとしていて、ガラス張りの巨大なホールはここの象徴ともなっている。

 

 「大丈夫ですか先輩?おしっこちびったりしませんか?」


 「今更ホールでの集会くらいなんてことはないよ。確かに最初は運営の人が脅すものだからびっくりしたけど、今はそうでもない」


 「それもそうですけど、周りの人たち、みんないかついですよ。しかも見てください向こうのほう、一人で4本の手を持ってる方もいます」


 「最近はプレイヤーを改造して強化する習慣がますますひどくなってる。今ではそんな珍しいことでもないよ。前にあった人だと、全身がもうスライムみたいにどろどろになってる人もいたし……」


 「うわ、それは、なんというか。痛ましいですね」


 「慣れた……とまではいわないけど。僕が守りたいものは決まってるし、周りはみんな敵だ。少しでも同情すると、トリガーが引けなくなるんだ。だから、何も思わないようにしている」


 「……」


 ゲームが始まる直前。プレイヤーはみんな空港のホールに集められる。ここで参加者の名簿を確認したり、見ている上級民向けのセレモニーを開催したりするのだ。これが終わるとみんな輸送機にパラシュートを背負って搭乗し、フィールドまで運ばれる。そして輸送機後方のハッチが開いて、その後は自分の好きなタイミングでフィールドに降り立つことでゲームが始まる。


 「さーてぇ。今回も始まったよぉ!始まっちゃったよぉ!第ひゃく……ひゃく、何回目だっけ?わすれちゃったぁ。まぁいいよねそんなの。それよりデスバトルマッチのはじまりだよぉ!今回はつわものぞろいのゲームだからぁ。皆期待してるんだよぉ!今回はぁ、特別にぃ、みんなにもぉ、紹介するねぇ!」


 すると、突然耳障りな高い声がホールに鳴り響いた。

 ……あの狂気的な科学者のビーンズ、の弟であるジョナサンのものである。兄とは違い、NABの研究ではなくゲームの司会や、こうやって開会式でよく見かける。なんでも、メディアを気にしない過激な発言が人気の理由だそうだ。実際彼ら兄弟は進む道は違ったが、人が死ぬ様子を楽しんでみるという意味では共通している。……何とも趣味の悪いことだ。

 今はある程度自分の中で整理がついているが、あのNABの実験での気が狂った実験を思い出すたびに胸がむず痒くなる。


 「……先輩?どうしたんですか?」


 考えてみれば里恵と僕が一緒にゲームに出るのはこれで6回目だ。今までは運よくジョナサンが視界の時と被らなかったが、今回はたまたま被ってしまった。

 だから、里恵は僕がこうして自分の胸を抑える様子を見るのは初めてであった。


 「あ、いや。何でもない」


 「そうですか?何かあったら遠慮せずに行ってくださいね。……まさかとは思いますが、あのへんなしゃべり方の司会の人と何かあったんですか?」


 こういう時の里恵はなぜか鋭い。僕の異常はいち早く分かるのだ。里恵とはそこまで話す訳でもないのに、何故かこうして僕の気持ちを読んでくる。


 「……あの人自体ではないけど、あの人の兄と色々あってね。里恵と同じく、また今度僕の過去を話すかもしれないときに分かるよ。今は気持ちの整理がある程度はできているから大丈夫だ」


 「……先輩にもあるんですね。そういうの」


 「自分でいうのもどうかと思うけど、そこそこ派手な過去は持っているつもりだよ」


 「私も、今は聞かないでおきます」


 「助かるよ」


 そうして僕らはまたジョナサンの言葉へと意識が吸い取られていった。


 「まずはぁ、『陸上のリヴァイアサン』の二つ名があるぅ、イヨノンテ姉妹!まるでぇ深海のような孤独を与えながらぁ、狙った獲物を嬲り殺す悪魔!う~ん、私もこういうの好み、寂しく死んでくのってぞくぞくするよねぇ!」


 「次にぃ『豪雹の惨殺者』。ホーロルド!まるでぇ嵐に降り注ぐ雹のようにサブマシンガンを操りぃ!敵、味方もろとも巻き込んで盤上をひっくりかえすぅ!一発逆転ってぇ、なんかかっこいいよねぇ」


 今回のゲームでの目玉を紹介していく。どれも、どこかで聞いたことのある名前が次々と挙げられていった。普段はプレイヤー同士で情報を知りすぎると、ゲームがつまらなくなるかもしれないということで上位者の紹介などないのだが、今回は逆に紹介することでプレイヤーへの刺激を測っているらしい。

 いつもは開会式を聞き流す程度にとどめているが、今回は里恵もいることもあり、ジョナサンの言葉に耳を傾けていた。それに、今回の試合でどんな相手がいるのかは普通は開示されない。人数とチーム数だけだ。だから、ここで情報が聞けるならできるだけ聞いておきたかった。もしかしたら後に役に立つかもしれない。


 「そしてぇ!?昨日の試合であっけなく死んでしまったぁ『鋼の散弾使い』ことハルト!あまり好んで使われることのないぃ、散弾を無慈悲に近距離で叩き込んでくる様はぁ、まさに鋼の心を持った死刑執行人そのものぉ!今日はぁ、楽しませてぇ、くれるのでしょうかぁ?」


 と、なぜか僕の紹介が入った。

 このせいで里恵は僕をきらきらとした目で、そしてにやにやと厭らしい口元で見つめてくる。


 「せんぱぁい。よかったですね。紹介されましたよ」


 「なんか恥ずかしいな」


 だが、そんなことはすぐに僕の頭から吹き飛ぶことになる。次に紹介されたプレイヤーの名前が、僕の頭から離れなかった。


 『最後にぃ!こっちも昨日あっけなく死んでしまった『赤錆の狙撃手』ことメル!その特異な見た目に反しない凄腕のぉ狙撃術は狙われたが最後ぉ!逃げることはできないぃ!彼女の赤い瞳はぁ深淵よりも深くぅ!まるで心が錆びてるのではないかと付けられたあだ名ですがぁ、昨日は本当に思考停止していたようなのでぇ!例の散弾使いと同様にちゃんと動けるか期待ですぅ!」



また一週間後に投稿します

お読みいただきありがとうございます!

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