トラップ&トラップ
今回ギリギリで申し訳ありません……!
「え……先輩?何ですか。これ。どうやったらあんな真剣な表情でこんな綺麗に全て外すことができるんですか。私と違って紙にかすってもいませんよこれ」
里恵が絶望的な表情でほぼ新品のターゲットをぺらぺらと扇ぐ。
僕は練習の成果が全く出なかったことが予想外で、なんともいえない虚無感のあまりその場に手をつく。
ここはターゲットと銃や弾の整備をするための簡易テントのみのこざっぱりとした演習場のため、障害物やその影のせいでもない。完全に僕のライフルの実力が劣っているのだ。
「なんでこんなにも、当たらないんだ……!」
「さっきはほぼ無風でしたからね。それに、日も上がりきる前なので、太陽がまぶしくては通用しませんよ。先輩が下手くそなことがはっきりと分かりましたよ。ポンコツ過ぎません?」
里恵も大して上手いわけではないが、それより悪い僕は何も言い返せなかった。
「あ、見てください。屋敷でメイドさんたちが苦笑していますよ。先輩、良かったですね。惨めです」
「何が良いのか分からないし、なんか傷つく」
ローレンツ家の野外演習場は広いとはいえ、柳ケ瀬などの大きな家に比べると小さい。屋敷からもこちらの様子を見ることができるのだ。だが、それでもそこそこの距離があるため改造された人間ではないと相手の表情までは分からないだろう。
僕のこの残念な表情を見られないだけまだましである。
「それにしても、この後はスコープを付けて500mの射撃演習をする予定でしたがこれじゃあ無駄ですね。それに、ローレンツ家にあるレバーアクション式のウィンべスターライフルでは些か長距離間の射撃には無理がある気がします」
「うーん。確かに。本番が明日だからもう少し即効性のある練習をしたいね。やっぱりお互いの得意武器で練習してみて、効率的な連携を考察してみようか」
「もしくはアサルトライフルなどの中距離系の武器の練習も良いかもしれませんよ。むしろ、ショットガンだけで勝ち抜いてきた先輩が気持ち悪いんです。ほとんどのプレイヤーはまずこれらの武器を使えるようにするんですよ?」
「あれは反動も強いし、調子に乗って連射すると熱暴走するし、それにジャムったら対処が面倒。もっと言えばパーツ数が多いから泥とか被ったら打てなくなる可能性も高い。あまり使うメリットが無いと思うんだ」
「本音はどうせ、連射系の武器もあまり使えないからではないですか?先輩?」
里恵がにやにやしながらこちらを見てくる。……すごい舐められてる。
「いや、基本程度は使えるんだけど、正直に言うと普通にあまり好きじゃないんだ。玉の消費も激しいし、何よりライフリングがあるから傷つけないためにもほぼ一種類の弾しか使えない。その点ショットガンだと、スラッグ弾専用のものとかの例外はあるにしても、ライフリングがないからそこそこ自由に弾の種類を変えられる。例えばバックショットやバードショット、いわゆる普通のつぶつぶの散弾も使えるし、スラッグ弾とかの巨大な一つの弾で強力な一撃を放つこともできる。細かいところを見ていくと他にも色々あるけど、ショットガンはその場での柔軟性が高いんだ。構造が単純な分整備も簡単だし、不良も少ない。戦場で一番信用できる武器だと僕は思うよ」
「……ショットガンへの熱意が高すぎません?正直軽く引いています。ショットガンだって、約50mしか有効範囲がない上に、弾が大きいから持てる弾の数も限られます。もっと言えば銃自体の重量も重く、発射時の爆音は他の銃と比べても大きいです。確かに先輩の言う通り、スラッグ弾を使えば有効射程が80mくらいになる上、威力も大型のライフル並みの火力になりますが、それほど大きなメリットでもないような気がします」
「実際の戦争ならともかく、これはゲームだ。実際にドロップしているかも重要で、ショットガンの配置率はかなり高めに設定されてる。仮に得意武器がライフルだったとしたら、ゲーム後半までにもそれが見つからないことだってある。だけどショットガンならほぼ確実に落ちてるし、弾の供給率もいい。得意武器にしておいてあまり損は無いと思うし、ゲームごとに安定したパフォーマンスを期待できると思うんだ」
「それは一理ありますね。私の場合、トラップなどの武器はなかなか見つかることがありませんから、その場にあるもので簡易的なトラップを作ることが多いです。しかし、ドロップしているものによって色々と作戦が左右されやすいので、安定した行動とはほど遠いです。その点は先輩のショットガンの利点は評価できます」
「でしょ?これを機に里恵も……」
僕はその場から立ち上がり里恵に近づく。だが、僕の伸ばした手を里恵は払いのけて、
「私はショットガンのようにうるさくて野蛮な武器に興味はありません。時代はトラップです。敵と面と向かって戦わないことこそが最大の防御となるとは思いませんか?……実際、私がショットガンを握ったところで先輩の助けにもならないと思いますし。もっと言えば私は銃そのものの扱いが苦手です」
僕は出した手をひっこめながら続ける。
「だからこそ、ショットガンは初心者でも扱いやすいから里恵にもちょうどいいんじゃないかって思うんだけど……」
「もし私が遠距離武器を使うなら弓とかの静かなものがいいです。隠密行動がメインの私にも合います。ショットガンだと一発撃ったら必ず相手にバレてしまいます。そうなったら逃げるしかなくなります」
何度目かのショットガン使いへの勧誘は打ち切られた。確かに、あれは暗殺者の里恵には向かない。それに、里恵の言う通り弓の静穏性は彼女にぴったりだろう。
……だが、ゲームでは弓のドロップはほとんどない。銃器がゲームでのスタンダードな武器であり、それ以外はネタ武器として扱われることが多い。だから、嫌なのは分かるが、少なくともどれか一つは銃器を使えるようになって欲しいと思う。しかし、その日は今日ではなさそうだ。
「そうはいっても、ドロップ率が高いのは銃器だ。非常時でも対処できるように使えたほうが良いよ」
「先輩に言われなくたって分かってます」
「……ただ、今日から始めても明日で効果は出にくい。アサルトライフルも同様だろう。今回は近接戦闘が不利になりやすい屋外での戦闘を想定した練習をしよう」
「具体的には?」
僕は射撃準備用の仮設テントのなかにあるデスクに置かれた箱を手に取り、里恵に見せる。
「ここにあるのは何だと思う?」
「ゴム弾……ですか?」
「うん。実弾より殺傷力がかなり低いゴムでできた弾だね。主に暴徒鎮圧用に使われる。普通の人ならこれでも致命傷になることがあるけど、改造されてる僕らならこれくらい少し痛いだけだ。これを使って模擬戦をしよう。少し待ってて」
そうして僕はテントから二本のフラッグを取り出し、射撃場の端と端に配置する。そうしてそのフラッグを囲うようにスズランテープを使って簡単なフィールドを作った。屋敷に流れ弾が行ったら大変だから、屋敷からは木々で隠れている一角を使うつもりだ。
そのため、フィールドは150×200程度の長方形で、銃器を扱うには少し狭い。でも、安全を蔑ろにはできないのでこれでやるしかないだろう。ただ、フィールド上にはドラム缶や壁があって、簡単には射線が通らないようにはなっている。
「よし、あんな感じでいいかな。ルールは簡単。里恵は青のフラッグから、僕は赤のフラッグから同時にお互いを攻める。武器は事前に持っていること」
「私が銃器を使えないのは知っていますよね?ハルト先輩。いじめですか?」
「分かってる。だから、里恵は雷管、炸薬抜きのトラップとか、このゴムのナイフとかも使っていい。トラップって言っても色々あるとは思うけど、僕を殺さない程度にしたものなら全部使っていいよ。僕もサブウェポンとして使うセミオートピストルで戦うから、ショットガン程上手く扱えないしある程度は平等になるとは思うよ」
今までは鉛玉を使った射撃訓練とたまにエアソフトガンを使った”サバイバルゲーム”をする練習が一般的だった。だが、エアソフトガンでは実銃と構造も弾の飛距離も違いすぎてあまり実戦に役立たない。なにせBB弾だから装弾数も違う。もちろん歩き方や構え方などの基礎は身に付くため、今でもたまに行うが、里恵が来てからもう一年も経つし、そろそろメニューを切り替えても良いころだと思うのだ。”サバイバルゲーム”ではフィールドを狭くしなければお互いに弾が届かず時間の無駄になるため、里恵もフィールドでのトラップの使用は制限せざるを得なかったし、お互いにとっても別の練習が必用だった。
里恵だってゲームの初心者ではない。前の家で経験を積んでいる。いつまでも基礎的なことばかりじゃつまらないだろう。
「えーっと、それにしても先輩はゴム弾で私を痛めつけるんですよね?私はこのおもちゃのナイフでどうやって先輩を痛めつければいいんですか?」
「確かにあんまりフェアじゃないけど、そもそもトラップ、ダガーと銃器系は性質が違いすぎて同等に戦うのは無理があるんだ。僕もピストルを使うとは言っても、君も知っての通りあまり上手く扱えない。射撃精度が悪すぎる。それと、里恵は開始前にフィールドに好きにトラップを仕掛けていいよ。僕はその様子を見ないようにするから、里恵にとっても悪くないコンディションで試合ができると思う。もっと言うなら、里恵は待ち構えてこそ本領が発揮できるから、あまり動けないと思うし、試合開始から10分で決着がつかなかったら僕の負けでいいよ」
「……あと、先輩が私を1発撃つ度に、私も先輩に撃ってもいいですか?なんか癪です」
「まあ、確かに里恵だけ痛いのもなんか可哀想だし、いいよ」
「おお!なら、火薬多めで撃ちますね?」
「あまり火力上げすぎると反動で肩がイカれるからやめといてね?」
「あくまでも私の心配ですか。先輩自身のことは気にしないんですか……」
「可愛い後輩に無理はさせたくないからね」
少し調子に乗り過ぎた。だけど、里恵が大切な後輩であることに変わりはない。いつもあまり会話していない分これくらい伝えるのは許してほしい。
「1人で勝手に浸られてもきもいです」
「ごめん」
そうして、僕は一般的なセミオートピストルを持ってフラッグに移動し目を瞑る。
里恵はゴムのダガー数本を忍者っぽい服の中に隠した。その後、いくつかの紐やら空き缶やらを組み合わせて作ったトラップ風の何かをいくつか作り上げ、フィールドに配置する。
しばらく待っていると5分経過のタイマーが鳴り、試合開始のベルが同時に鳴り響いた。
「さぁ、はじめようか」
気合いの入れ方は人それぞれだ。何かを身につけたり、何か決まった行動をしたりと多岐にわたる。
だが、僕の場合は何か口に出すことだった。色々決め言葉を考えたものだが、里恵がどれも厨二くさいと言うものだから結局単純なこれになった。
気持ちの問題だがこれを言うと聴覚、視覚が研ぎ澄まされる感じがする。それに、先輩としてのハルトではなく、敵としてのハルトとして動く決意ができる。
やはり訓練とは言え身内に銃口を向けるのは気が引けるものなのだ。
このフィールドは狭いが故、トラップはほぼ全域にわたって配置されてると考えるのが無難だ。
だが、僕に時間制限がある以上ここで待ち構えるわけにはいかない。里恵はきっとフラッグ付近で待ち構えているため、こちらがフィールドの端まで行く必要がある。
フィールドには障害物が多く設置されているが立体的ではない。だから、角にさえ気をつけていればトラップにはなかなか引っかからないはずだ。
初めの曲がり角から手鏡を出し、角の先を確認する。どうやら、紐で起爆するタイプの爆弾が仕掛けられているようだ。数は上下に2個。
里恵もここで仕留める気はないらしく、特に隠す努力もしていない。
その2個の爆弾を抜けた先、少し開けた場所があった。紐系のトラップはないが、地面が少し湿っている点がいくつかあった。きっと地雷でも仕掛けたのだろうが、運が悪いことに地面の下が濡れていたようで隠すのに失敗している。
……とは言ってもこれは里恵の手の一つだ。わざとらしくトラップがあるように見せて、逆に巧妙に隠された本物を踏ませるのだ。
僕はその地帯を通るのを避け、付近の脇道からフラッグの裏を狙うように迂回した。道中にはいくつかの簡単なトラップがあったが里恵にしては生優しいものだった。
遂にフラッグまで10mもない地点までやってきたが里恵の気配を感じない。しっかりと足跡まで消しているあたりこれは相手の作戦の一部なのだろう。
本命のトラップがあるとすればこの辺りだ。十分慎重に行動して……
「ていゃ!」
!?!?
突然、僕の後方にスモークグレネードが投げられた。トラップを確認しながら咄嗟に付近の角に身を隠し、様子を伺う。銃を構え、角から身を乗り出した瞬間……ナイフが一本一直線に飛んできた。
シュ……
「うっ……!」
咄嗟に身をかわし、耳元をかする一撃は後方に流れていく。さらにグレネードから煙が出始め、その辺りを覆った。
ここで一気に畳みかけるつもりか……!
「簡単には、負けないよ!」
だが簡単に引き下がるわけにもいかない。フィールドが狭い上、里恵のトラップで埋め尽くされている以上逃げるのは悪手だ。僕もここで決着をつける必要がある。拳銃で牽制射撃を行いつつ里恵の所在を探る。もちろん照準など煙の中の的じゃ合わせようもないため当てるつもりはない。
だが、何発か放ったその瞬間
ブァアアン!!!
鈍い炸裂音と同時に衝撃波が僕を襲う。あまりにも急だったために耳を庇う余裕もなく、キーンと言う耳鳴りが続く。
プラグやスタン系のグレネードを投げた音などしなかった。一体、何が。
煙が晴れたその先には、木っ端微塵に吹き飛んだタイヤがあった。訓練場にもタイヤは置いてあるためわからなかったが、里恵はそのうちの一つに空気を入れて簡単な爆弾代わりにしたのだ。起爆装置などは付いていなかったため、僕の射撃がトリガーだったのだろう。
スタン系のものを使うと僕なら対策できるから、わざわざ僕が想像しきれない方法で爆音を発生させたのだ。今までもこうしたものはあったが、里恵の場合そのバリエーションが豊富なうえ、その場で突拍子もないトラップを作り上げるから対策の余裕などない。
この狭いフィールドであんな爆音を起こす意味。きっと僕の聴力を奪う為。ならこのチャンスを彼女が逃すわけもない。この間にも里恵はきっとすぐそこまで迫ってる……!!
聴力を奪ったのなら僕が見て確認できるところからは来るはずがない。なら、後ろ?
いや、いない。
なら……上か!!!
しかも、影が出ない太陽と反対側の壁の上。
僕は咄嗟に顔をあげると、壁の上からナイフを持って、まさにダイブしようとしてる里恵の姿があった。
「く……」
里恵が軽く苦渋の表情を浮かべると同時に僕は身を横へ飛ばす。ナイフを振り下ろす勢いを殺しきれなかった里恵はその勢いで壁から飛び降り、足を捻じってしまいバランスを崩している僕の胸元にまっすぐ切りかかってきた。
「ぬぉ!」
捻った足の勢いを殺さずに受け身を取りながらその場で転がる。
転がった勢いをさらに使って飛び起き、すぐに引き金を引く。照準は感で合わせた。
バァン!!
軽い炸裂音とともに青いゴムが飛び出す。
が、里恵も避けようと屈んで横に飛んでいたため、里恵の頭上をかすりながら奥の壁に当たり砕けただけだった。
「でいや!」
里恵は飛びながらナイフを投擲した!足場も覚束ない状態にもかかわらず、ナイフは正確に額に迫る。だが、ナイフを投げるときに姿勢を崩し、踏ん張りきれなかった里恵はその場で受け身をとった。
「はぁ!」
僕はピストルの逆手に持ち、下から振り上げそのナイフを弾く。そのあと、振り上げた勢いでピストルを回転させ、グリップを握る。里恵は未だに受け身の姿勢から回復できてはいない。今がチャンスだ。今度こそは外さないようにしっかりと狙って、
パパァン!パァン!
連射した。
三発発射されたあと、弾切れでそれ以上の弾丸が飛び出すことは無かったが、飛び出した三発のゴムは全て里恵の腰のあたりに命中した。
「ひぃやあああ!!!」
里恵の悲鳴がフィールドに響いた。
「先輩。仮にも時速60km近いナイフをどうしてあんな簡単に弾き飛ばせるんですか。化物じゃないですか。私あのときに仕留めたと思いましたよ。それに私のトラップの効果もあんまりでなかったし……。かなりショックです」
里恵は腰をさすりながら相当落ち込んでいる様子でテントのパイプ椅子でうなだれている。僕は里恵のために湿布を取り出しているところだったので後ろに首を少し回しながら話をつなげる。
「ゴムだったから多分そんな速度は出てないと思う。だから捕らえられたんだろうし。それに僕自身も正直に言うとびっくりしてる。まさか本当に弾き飛ばせるなんて思わなかった。実際のナイフなら質量もあるから無理だと思うし、本番ならあの時に里恵は勝ってるよ」
湿布も枚数が少ないな。ルイーズ様に頼んで足してもらおう。
僕は取り出した湿布を里恵に手渡す。が、受け取らない。これは「先輩が貼ってください」ってことかな。たまに里恵にはこういうことがあるのだが、些か異性の服をまくり上げるのは抵抗がある。もちろんゲームではそうしないといけないときもあるが、気持ちがゲームの気分ではない以上、僕にも羞恥心やらなんやらがあるのだ。
里恵はあまりそういうのを気にするタイプではない。が、僕は気にするので自分でやって欲しいと何度か御願いしたこともあるのだが、結局はやらされることになる。「後輩のために先輩が奉仕するのはある意味当然です。封建制です」と言ってくるのだ。実際里恵の怪我の多くが僕の指導や攻撃によるものなのでそれ以上は言い返すこともできない。
「それならどうして私にあのあと発砲したんですか?必要なかったんじゃないですか?痛かったです。先輩がちょっとだけというから安心していたらガッツリ痛かったです」
里恵の服をまくりながらアザを確認する。……確かにこれは痛そうだった。重症って程でもないが、夜中に痛くなるタイプのものだ。だが明日までには治るだろう。
前自分で試したときにはここまでにはならなかった。当たりどころとか着てる服の種類による影響が思ったより強かったのだろう。
……今度から火薬の量をもう少し減らそう。ほんと、ごめんなさい。安易に練習メニュー組んだ僕が悪いです。
「ごめんごめん。僕も里恵がトラップの使い方が上手いのは知っていたけどまさかタイヤまで武器にするとは思わなかったよ。それで本気でやらなきゃ負けるって思ってたら熱が入っちゃって。里恵もあとで僕を撃っていいから」
「それにしても実の後輩を痛めつけて喜ぶサディストの先輩は、まさかルイーズ様にも同じことをしていませんよね?先輩とお嬢様は無駄に親密なので私は心配です。そんな怪しい先輩は私が後でしっかりと痛めつけてあげます」
「いやいや、ご主人様にそんなことするわけないよ。何言ってるのさ、もし聞かれたら里恵だって不敬に問われるよ?」
「あれ?私がどうしたの?」
僕は貼り終えた湿布のプラごみを袋にまとめていたので、青髪の少女に気づくことができなかった。里恵も色々と考え込んでいたらしく、バッと顔をあげると半笑いのまま数秒がたち、……二人分の悲鳴が上った。
「もう、二人とも人の顔を見てそんな声出さないの!失礼でしょ?」
たまたまルイーズ様の話をしていたらまさかの本人が近くにいたのである。日傘をさしながら優雅に歩くさまはさすがお嬢様である。
どうやら僕らの話の内容まではよくお聞きではなかったようで、どうにかごまかすことに成功した。
「それにしても、湿布?どうしたの?何かあったの?」
「いえ、ルイーズ様。模擬戦で少々打撲をしてしまっただけです。今回はゴム弾を使った演習でしたので、多少の怪我は致し方ありません。確かに、ハルト先輩の不注意な点もありましたが、私も先輩にタイヤ片と衝撃波を浴びせてしまっています。初回で実験的な演習である以上、こういうこともあります。お嬢様がお気になさることはありません」
里恵が毅然とした態度でルイーズ様に接する。
お嬢様の前である以上、彼女も僕に対する不満げな態度を出すこともなかった。後で心からもう一度謝るのと、代わりの罰を受けないと。
「うーん……。どうしてもゲームの練習は危険なものになるのは分かるけど。私は二人とも無駄に傷ついて欲しくないの。……だけど、必要な練習だってことも分かるから、止めはしないけど、できるだけ安全に御願いね?」
「ご理解いただきありがとうございます」
里恵が深く頭を下げる。
ルイーズ様も困惑して「いいよ、そんなに畏まらなくて、私たち友達でしょ?」と言っているが、今は屋敷での”業務”中である以上公私のけじめは必要だ。もし仮に友達として接するにしてもそれは仕事がすべて終わってからだ。
「里恵の言う通り今回の件は全て僕の責任です。危機管理が足りませんでした。もし、罰が必要であるなら、全て僕が引き受けます。お屋敷への被害が出ることも考えられた事案です。下級民である僕らが出すぎた真似をしてしまい申し訳ありません」
「ハルトもそんなこと言わないの!罰なんて必要ないよ!」
すると、ルイーズ様は服の裾をきゅっと握り締めた。ややうつ向きがちに、それでも視線は上げたまま囁くような声で話した。
「だって、ハルトと里恵は私たちのために頑張ってくれているんだもん。それに対して私は何も言う資格なんかないよ。今回だって実際に傷ついてるのはハルトと里恵だもん。私は、今日も、明日も、何も、してあげられないからから。せめて少しでも何かやれたらなって思ってるだけなの。だから、二人とも、そんなに私と距離を置くような接し方をされちゃうと、嫌だよ……。私だって、もっと、役に立ちたいの……」
「ルイーズ様……。ですが今は僕たちはあくまでもプレイヤーとしての業務中です。その間はルイーズ様との関係は必要以上に縮めることはできません。僕たちはルイーズ様のお父上に雇われている人間です。最低限の主従関係と責務を守らせていただくことをお許しください」
「わかってる。わかってるよ……。ごめんね。私、面倒くさいね。邪魔だね。あ、じゃあ、もう行くね。練習、頑張ってね」
そう言ってルイーズ様は早歩きで立ち去ってしまった。……後でゆっくりと話をする必要がありそうだ。
「ルイーズ様も、難しい性格をしていらっしゃる。私たちに気を使ってくださって、それが逆にお嬢様を苦しめてる。私たちはハルト先輩の言うように最低限の責務がありますから、こちら側からは手を差し伸べられないのが悔やまれます。他の上級民の方々のように粗雑に私たちを扱ったほうが楽なのに。なのに、なぜルイーズ様は……」
「それがルイーズ様の美しいところだと思う。だからこそ、大切にしてあげたいし、幸せになって欲しいと思う。それに僕らが戦える最大の理由は、彼女がいるからだ。ルイーズ様に尽くしたいから、こうやって無茶な練習だってできる。里恵には無理をさせて申し訳なくは思ってる。だけど、少しだけ、僕の気持ちもわかって欲しい」
「えぇ、ほんと。そうですね。分かりますよ。たまには共感できる部分があるんですね、私たち」
「目的が共通してるから、こうやってチームを組んでるんじゃないか」
「……失礼かもしれないけど、それだけじゃ。私はだれかとゲームに出たりしませんよ。私は、……」
里恵の最後の言葉は聞き取れなかった。
……里恵はあまり自分から心を開くタイプの人間ではない。素直じゃないところもあるし、だから里恵と本心で語り合える人間がいるなら、その人は里恵を大切にしてほしいと思う。
「……ハルト先輩。ルイーズ様のもとに行ってください。彼女を励ましてあげてください。いつもはあのようにすぐに自分の感情を表に出すお方ではありません。きっと何かあったのでしょう。私では、余計なことも言ってしまいそうで無理です。それに、先輩のほうがルイーズ様との信頼関係も大きいですし、ルイーズ様も先輩のことを慕っていらっしゃいます。先輩への罰はそれでチャラです。私はもう少しここで練習していきます。午後からはまた、第二試合でもしましょう。今度こそ、私は負けませんよ!」
「うん。ありがとう。午後からは僕ももっと手加減しないから、午前中にアップは済ませるんだよ」
「もちろんですよ。先輩が間抜けにも私のトラップで痛い目を見るのが想像できます」
そうして僕はお嬢様の後を追いかけるのだった。
また一週間後くらいには投稿します
*追記
5/5までには投稿します