プロローグ
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「はぁ、はぁ……」
爽やかな秋風とともに運ばれてくる銃声は鋭く耳と心臓をつく。周囲に広がる雄大な森の空気は清々しく澄み渡っていて、憎らしく重苦しい。生物の生育に適しているはずの森には一切の生き物の温かみはなく、鉛と鋼がもたらす冷徹な殺気の刃が喉元に押し当てられる。反対に、視界の端に写るドローンカメラの先のギャラリーでは何億単位の金が「僕ら」にかけられ、期待と熱気と「狂気」に支配されていることだろう。
今まで聞こえていた争いの牽制射撃程度だったものが激しさを増した。銃声はこのサバイバルで重要な要素になる。これらの情報は取りはぐった瞬間……負ける。
7時方向、距離約500m。敵2名。
敵は互いに別チームと考えられる。
1人は銃声からして武器はショットガン装備。瞬間的に2発連射していることから中折れ式の2連装だと予測。ゲームが始まってすぐでは近距離での戦闘が多いためショットガンは心強い得物になるはずだ。
もう1人はスナイパーライフルを持っているようだ。一撃の音が重い。これだけを考えるとショットガンに対して近距離では圧倒的に不利な気がするが、時々ハンドガンへ切り替えながら運用することでスナイパーライフルの弾を無駄に撃たないように、それでいて弾を撃たない隙間を生まないようにしているようだ。そして、相手の刹那の隙に重い一撃を叩き込み、一瞬で片付けようとしているようだ。おそらくハンドガンで決着を付けないのは相手がクラス3以上のアーマーでも持っているからだろうか。いずれにせよこちらにとっては厳しい戦いを強いられるだろう。
どちらが勝つにせよ発見される前にここから離れなければ。こちらの装備はグレネード2個、およびセミオート拳銃。残弾数15。
明らかに部が悪い。
落下地点を間違えた上、彼らに先を越された。近くの別のポイントから早く装備を回収しないと。せめてクラス1のカバンと何かしらの武器は必須だ。
目標地点まで5……4……3……2…………エンゲージ。
草木をかき分け、目標地点「旧都市街-民家014号」の前までやってきた。マップは頭に叩き込んでる。間違えるはずはない。
民家の裏口の近くに身を寄せ内部の音を探る。念のため拳銃をホルスターから取り出して戦闘態勢に移行する。普通の人間なら聞き取れないほどの微小な変異、しかしながら改造を施された僕らには感知できないレベルではない。
……ガサ……ガサ。
クソ!運が悪い。こっちも先を越されていた!既にゲーム開始から30分経過している。セーフティゾーンの最初の縮小まであと少しだ。それまでに装備はある程度整えなければ生き残れない……!
……奪い取るしか、ない!
敵は現在2階と予想。ならば……。
僕はベルトにくくりつけたグレネードを乱雑に引っ張り出し、ピンを抜く。そして狙いを定めて2階にあったベランダに投げ入れた。カランカランと音がするのに気づいたのか、2階にいた敵はドタドタと階段を駆け降りてきた。
数秒後、爆裂と閃光が起こり、手で塞いでいたにも関わらず耳を痛めつける。聴力が失われかけているが、後に必要なのは視力だけだ。
その爆発音と同時に民家の裏口を体当たりで突き破る。すると、前方には慌てているせいか、銃を構えるには重心がずれ過ぎているアンバランスな姿勢の敵がいた。敵は僕を狙おうとMG-5サブマシンガンを構えようとするが、よろけて上手くエイムできず、発砲された弾は天井を撃ち抜いた。
僕はその横を飛び込みながら部屋に入り込むと直ぐに敵の頭にサイトを合わせた。
彼の恐怖に怯えた目で僕を見ていた。フェイスマスクのせいで詳しい素顔は見えないが、本来はとても優しいであろう瞳と、そのふっくらとした体つきから周りから愛されていたに違いない。
パァーン!!!
情け容赦のない9mmの殺意が彼の額を穿つ。予想より飛び過ぎた影響でごく至近距離からの一撃になったそれは、彼の脳みそをからめとりながら後頭部を突き抜けた。部屋に鮮血が飛び散り、今では古臭く感じる民家の内装を染め、鉄の臭いで充した。
彼はよろけた姿勢のまま崩れ落ち、そのふくよかな肉を床に叩きつけた。床が軋み鳴く。
その光景を一瞬たりとも逃さずに僕の近くを、ドローンカメラが浮遊している。きっとカメラの向こうでは今まさに興奮で満ちていることだろう。自慢ではないが、僕にかけられている配当は他のプレイヤーと比較して低いが、その代わり投票数が多い傾向にあるのだ。
僕は表情を変えずに彼からMG-5とその弾薬、マガジン、あと彼が持っていたクラス1のジャケットを剥ぎ取ると元来た裏口から森に身を隠そうと外に出た。
銃を獲得した安心感からか、それとも先のグレネードの耳への影響が抜けきらなかったからか。
その存在に気づくことができなかった。いや、そもそも耳が健全でも発見することは難しかったに違いない。
「クソ!」
向かい側の少し丘だった先の茂み。そこから伸びるスナイパーライフルがこちらを狙っていた。いつからそこに居たかは分からないが、僕が出てくるのを狙っていたに違いない。おそらく、グレネードと発砲による炸裂音を聞きつけてきたのだろう。このゲームはキル数によっても点が入る。さらに言えばゲーム後半まで生き残るにつれ高くなるサバイバル点よりキルによる点のほうがレートが高い。それに加えて僕は先ほどの戦いの勝者であり、良い装備を持っている可能性が高い。そのためわざと乱戦地帯に入り込みプレイヤーキルを狙うプレイヤーもいるのだ。背筋に氷を落とされたかのような感覚が襲う。
パスゥ……
だが、冷や汗を出す時間すら置かないで、無常にもサプレッサーを通して発射された7.62mmの弾丸は一直線に僕に向かってきた。
意外にも恐怖は感じなかった。
あまりにも急なことだからだろうか。もしかしてあのスナイパーはさっきの……。ショットガンとクラス3のアーマーを持った相手に至近距離で勝利したのか。至近距離であんな重い得物をすぐにエイムする能力……。間違いなくトップランカーの誰かだ。などと場違いな思考が脳内を埋め尽くす。
僕自身も4年間は柳ケ瀬家で訓練を積んできたつもりだが、彼はそれよりも圧倒的に経験値が高い。……いや、彼じゃない。彼女だ。
茂みに体を隠しているせいで良く見えないが、男にしては体が華奢すぎる。それに何よりその瞳は紅く冷え切っていて、僕の頭を狙うハンターに過ぎないが、どこか女性めいた気色を感じる。髪は白髪のショート。彼女はアルビノなのかもしれない。
アルビノの……女の子……
「陽人様、お許しください……申し訳、ありません……私なんかの、ために……」
直後、少女は僕に腕を回し、決して痛くはないが、それでも力強く僕の服を握り締める。柔らかい体が押し付けられ、爽やかな柑橘系のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「う、ぅっく……」
顔を僕の胸に押し付けているため表情は伺えない。
月明りが屋敷の、無駄に彩られたステンドグラスを通して様々な光に変化する。使用人も、兄様も寝付いているのだろう静かな屋敷の一室には、すすり泣く声とアコースティックな機械仕掛けの時計以外に音は無かった。僕はただ彼女の背中をさすることしかできなかった。
懐かしい記憶の断片だ。走馬灯にしては一瞬すぎるが、僕を、温め絶望に叩き落すには十分すぎるほどだった。
爆速で飛来する鉛弾が僕の頭蓋骨をたたき割る寸前、彼女と目が合った。今まで僕の額にしか興味がなかったその瞳は、今では僕の目をまっすぐに見ている。
もしかしたら死ぬ直前の混乱した脳が見せた偶像かもしれないが……。だが、それでも……
彼女が見せたその顔は、とても……悲哀と喪失感に満ちていた。そして、目から涙が零れ落ちたように思えた。「僕が、君を……」。手を伸ばしその手を握って安心させてあげたかった。だが、迫りくる7.62mmAP弾は既に皮膚をかすり、まくり上げ、頭に捻じり込んでくる。
ぐちゃり。
僕の人生は肉が引きちぎれ飛び散る酷く生々しい音の中終わりを告げた。