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メフィストフェレス――19世紀 ドイツ
メフィストフェレスという一柱の悪魔が居ました。
彼は、魔王にして道化。誘う者にして嗤う者。
人間を誘惑し、堕落していく様子を見て楽しむ邪悪な悪魔です。
メフィストフェレスは何でもできます。
恋も、金も、名声も、契約した人間にあらゆるものを与える事ができます。
そんな彼にも一つの心残りがありました。
ある人間の魂を取り逃した事を、今も悔やんでいるのです。
メフィストフェレスが与えたあらゆる快楽を受け入れ、そのくせ最期まで堕落する事のなかった人間でした。
メフィストフェレスは今も探しているのです。
その人間と同じ魂を持つ者を。
今度こそ堕落させたいのか、会ってもう一度話をしたいだけなのか、本人にも分かりません。
けれど、期待にも似た不思議な焦燥感が、深く刺さった棘のように胸の奥で疼くのです。その人間を探せと急かすのです。
メフィストフェレスは、今日も人間を誘惑します。
醜悪な魂を嘲笑い、失望しながら、それでもずっと探しているのです。