人形師人形――17世紀 日本
男は、一途に人形の道を追い続けた。
神童と持て囃され、己が才を疑いもしなかった幼少期。
生まれ持った才能に胡坐をかかず努力を重ね、その手には神が宿ると称された青年期。
眩い才能が年月を経て研磨され、その道の完成とまで言われた壮年期。
造る人形の美しさは月の如しと讃えられ、時の藩主より封月斎の名を賜る。
男の通った後に道ができ、多くの弟子達が彼の後を追った。
弟子達は彼の技を学び、若く柔軟な発想をもって、師の業をさらに発展させていった。
男が見出した瑞々しい才能の芽が花開き、
男が伝えた技を足掛かりにして、さらなる高みへと駆け上っていく。
才に恵まれ、技を磨き上げ、功を正しく認められ、優れた後継も育て上げ、
男の人生は、疑いようもなく素晴らしい価値あるものであったと、誰もが考えた。
けれど。
潤った懐も、理解ある妻も、聡明な息子も、事ある度に届く人々の賞賛の声も、自分の名が刻まれた歴史ですら。
男には等しく無意味だった。
今この時、男の心を占めていたのは、
弟子たちの若い才能への嫉妬と、
自分に残された時間への焦りだった。
男は老境に足を踏み入れて尚、一心不乱に高みを目指した。
後ろを振り向く事もなく、ただただ一途に、人形の道を追い続けた。
連れ添った妻子を捨て、
慕ってくる弟子達を置き去り、
ただただ一途に
ただただ一途に
男は人形の道を追い続けた。
やがて、男を慕う者はいなくなり、称える声も薄れて消え、
独り老いて、物言わぬ人形達に囲まれて。
ここに至り男が嘆いたのは、
話す相手すらいない孤独ではなく、地に落ちた過去の栄光でもなく。
老いて満足に木を削る力も無くした両の手と、熱情を形にできない萎えた脳だった。
力のない枯れ木のような腕を振り上げ、ノミを叩きつけるようにして木を削り、
図面もろくに引かず、心の赴くまま石を刻む。
誰が見ても稚拙で、けれど誰も真似できない。
誰が見ても未完成で、けれど誰もが目を離せない。
誰もが褒め称えた月の如き繊細な美しさは、もはや見る影もない。
代わりに、月の狂気が剥き出しに荒れ狂っていた。
そして、
妻子を捨て、弟子を捨て、栄光を捨てた男は、最後に人である事さえ捨てて、
自らを人形と化した。