磨く女
磨いている。
シンクはナイロンたわしで丁寧に。
放っておくとすぐに水垢が付く。一点の曇りもなく磨かれた銀色の美しさ。
磨いている。
洗面台やトイレの素材は陶器。
研磨剤の入った洗剤は使わず、丁寧に磨きあげる。柔らかな肌の様な温もり。
磨いている。
床を磨くのは、蜜蝋。
自然な光沢が出る。木目のひとつひとつに表情があることがわかり、嬉しくなる。
磨いている。
タイルには表面と間の溝で道具を変えて。
整然と並ぶ、白。いくつかの白を経て、出現するマジョリカタイルのレトロ柄が映える。
窓ガラス、食器、照明。
ああ、アクセサリーも磨こう。
こんな素敵な部屋だもの、私自身も磨かなくては。
シャワーを浴びて、肌の手入れを念入りに行なう。
髪を纏めるのは得意だけれど、今日は下ろしたい気分。
髪に合わせてシンプルなワンピースをチョイス。アースカラーの物ばかりの中で、唯一のオフホワイト。
口紅は赤。
靴は、磨く必要が無いくらい丁寧に箱にしまわれたままの、プラダのパンプス。
分不相応だと遠慮した、ケリーバッグ。
──ああ、でもいらないわね。
家が一番だもの。
短い爪と、荒れた指先が気になる。
手も汚れが落ちていない気がする。
肌にいいという、柿渋の固形石鹸の新しい物を出して、洗う。
洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。洗う。
石鹸は小さくなっているのに、何故だか落ちていない気がする。
指を見ると、磨いた筈の結婚指輪がくすんでいた。
──もう駄目なのね。
汚くなってしまったから。
──本当にそうかしら?
鏡を見ると、美しい私。
この家に相応しい私。
──大丈夫。
汚い部分など。
切り取って棄ててしまえばいい。
洗面台の横を見ると、浴室。
念入りに磨いたら、美しく元通りになった。
切り取って棄てて、それで済んだ。
少し大変だったけれど。
美しいこの家には、相応しくない女。
──仕事が忙しくてなかなか帰ってこないけれど、今日は帰ってくるのよね?
いいのよ、怒ってない。
自分を磨き忘れた私も悪かったの。
だから、一番綺麗な私で。
ふやけてしまった指先。
左腕を張った水に浸けた。