第二十四話, 「あんのバカっ……」
幼馴染がおかしくなってしまった。
いやまじで。
え、ほんと何か取り憑いているんじゃないかと思うくらい挙動不審なんですけど。
普段なら必ずあると言っていいほどの激しいツッコミもなく、距離感もいつもより少しだけ遠い……かと思えば次の瞬間にはゆるくて安心するいつもの空気に。
得体の知れない何かと幼馴染が3:1の割合で出てきてる感じだ。
休憩がてらベンチに座ってるんだけど、今だってほら……
ポニーテールを解いて髪ファサー……
脚をサラリと組みかえ……
横髪を耳にクイッとかける……
そして再びポニーテールを結ぶ……
(……誰だよこいつ!?)
そんな思考が今日のデート中ずっと頭の中を巡っているのだ。もう気がおかしくなりそうである。
「あ、ちょっとお花を摘みに行ってきますわ」
「……行ってらっしゃいませお嬢様」
菜々は淑女じみた口調で断りを入れてからサッとベンチを立つ。
それに対しておれも執事的口調で応じる。
歩いていく背中が見えなくなり、それからおれは盛大に頭を抱えた。
(あれか?ツッコミか?ツッコミ待ちなのか?一連の行動は『欲情させる宣言』に絡んでて、菜々の男子を欲情させるポイントがズレてるってツッコミを入れたらいいのか?具体的にさっきの足組みかえなら『せめてジーンズじゃなくてストッキングor生足でやるべきなんだ』って指摘するべきだったのか?)
かつてない幼馴染の不可思議な、それも一応分類的にはベタと呼ばれる行動にもはやどう対処するのが正解なのか分からなくなっていた。
そして正常な判断ができないこの状況で辛うじて対応?できているのは、長年に渡って染み付いてしまった、おれの幼馴染としての菜々との距離感のおかげであるのだが……
(オタク思考を抜いていつも通りでいいんだよな?今日は優しい幼馴染で居たらいいんだよな?何も間違ってないよな?難聴系鈍感主人公の道を進んでないよな?)
そう頭の中で何度も繰り返す。
自問自答して確認するほどこの男、追い詰められていた。
(それとも知らず知らずのうちにおれは何かを試されているのか?何かの罠?伏線?分岐点?トゥルーエンドまで本当に到達できるのかっ?……って、これはゲームじゃない……これはゲームじゃない)
『呼んだ〜?』
オタク思考に満ちたミニサイズのおれが頭の中でニュッと顔を出す。ご丁寧に『オタク』と黒字で書かれた白Tシャツをきている。
(呼んでないから。全然お呼ばれしてないから)
・
・
・
(全然戻ってこない…)
デートと呼ばれるものが始まってから4時間。ここらがおれの擬態の限界なのだろうかと悶々と考えながらベンチに座っているものの、一向に菜々の姿は見えない。
まあ次に菜々が戻ってきて不可解な行動をとられでもしたら、決意したにも関わらずオタク的ツッコミを我慢できる気がしなくて困っている最中だから少しありがたくもあるのだが。
戻ってきたら、
戻って……
(ん?)
そこでふと気づき、思い出し、後悔する。
菜々が極度の方向音痴であることに。
「っ……完っ全に忘れてた」
慣れ親しんだ場所ならともかく、このショッピングモールはまだできて一年のため、それほど来たこともない上に通りはどこも似たような造り。
気づけば菜々がこの場所を離れてから既に30分も経過している。
迷子になって泣く……みたいな昔みたいなことは高校生になってまでないだろうが、この場所に一人で戻ってくることなど菜々にとっては不可能に等しい行いだろう。
「そうだスマホ!」
ロックを解除し、連絡先から発信先を菜々に設定してコール音が鳴り始める。
そして同時に着信音もすぐ近くから聞こえてきた。
不思議に思い、音が聞こえた方へと目線を落とすと、ベンチに置かれたカバンの中で振動する菜々のスマホがそこにはあった。
「あんのバカっ……」
頭を抱え項垂れて数秒。
奏人はポケットにスマホをしまい、菜々のカバンを手に駆け出していた。
「どうしよう…」
奏人が駆け出すのとほぼ同時刻。
菜々は奏人の予想通り途方にくれていた。
高校生にもなってトイレに行くだけで迷子という恥ずかしすぎる失態の上、スマホもどこかに置いてきたカバンの中にあるせいで奏人と連絡をとることもできない。
「えっと、このお店はさっき見たからここを曲がれば……」
少しの希望を抱いて覗いたその先は、全く知らない通りであった。
「もう無理……」
あてのないこと彷徨い続けること20分弱。
迷子に心が挫け、歩き疲れもあって思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
(何で、こうなるんだろう……)
奏人に女の子として見て欲しくて、欲情して欲しくて、あわよくば恋愛感情を抱いて欲しくて精一杯頑張ってるのに、今の関係を変えようって努力してるのに、なのにずっとずっと空回りしてばかり。
変えられない、変わらない。
心に蘇るのは一度奏人を裏切ってしまった記憶。
だから恋愛の神様は、あたしには優しく微笑んでくれない。
将来、彼の隣にいるのはきっとあたしじゃなくて彼好みの可愛い女の子で、その未来を想像すると胸がとても切なくなる。
「でもっ……それでも、絶対に諦めてやらないんだからっ……」
沈む思考を打ち消すように自分を奮い立たせてその場に立つ。
今この瞬間は奏人が待ってくれている。
あたしを待ってくれている。
なら行かなくちゃ。
そう意気込んだ矢先だった。
「ねえ君、一人?」
「え?」
不意に声をかけられた方を振り向くと、そこには少しチャラけた大学生っぽい男の人がいた。
「一人だよね?買い物かな?」
「……急に何ですか?」
「いやいや、そう警戒しないで。よかったら俺とお茶でもしない?奢るからさ〜、ちょっとだけ、ね?」
「あたし、待ってる人がいるんで」
こんな軽い誘いに乗る女なんている訳が無い。これで本気でついてくると思っているならこの男の頭の中はよっぽどお花畑なんだろう。
「あ、待ってる人って女の子?ならその子も一緒に…」
「男です!」
「なるほど〜〜デート中だったかぁ。あれ、なら何で今は一人なの?」
「別に少しはぐれただけですから」
「さては喧嘩でもした?」
「は?」
「それか幻滅でもされた?」
「何言って……るんですか?」
「あ〜もしかして図星?いや〜まあ、普通はそうなるかな」
「だから何を言って!」
あたしは奏人と喧嘩も、奏人に幻滅もされていない。
けれど訳知り顔で目の前の男が、次に発した言葉はあたしの脆い心を確かに抉った。
「だって君、顔は可愛いけど服のセンスは女の子として皆無じゃん」
「ぇ……」
関わりもなくてどうでもいい目の前の男に、ただ服装を否定されただけ。
「普通デートする女の子がパーカーとジーパンで来る?俺が仮に彼氏だったらそっこー幻滅しちゃうね」
でも簡単に想像できてしまった。
「だってそんなの女の子ってより男友達って感じだもんね。一緒にいてドキドキしない子なんてよっぽどの変人じゃない限り対象外だし」
奏人が……あたしを女の子として見ていない未来を……
「まっ、それなら仕方ないよ。折角こうして出会えたんだから、何なら俺が服装のコーディネートでもして……」
「間に合ってますから!」
不意に割り込んできた声の主は、今一番会いたかった人で、でも一番会いたくない人でもあった。
「君、誰?突然間に入ってきて何の用かな?」
「こいつ、おれの連れなんで。ナンパなら他を当たってください」
「ちょっ……」
目の前にいたチャラ男にそれだけ言い放って、少し息の荒い奏人はあたしの手を取ってその場から勢いよく歩き出した。
(ほんと……今日のあたしはツイてるけど、ツイてない……)
そう思いながら、力強く、けれど優しく握られた手をキュッと握り返して、前を進む彼の後をついて行った。




