第二話,「あたしも女だっつーのバカっ!!!!!」
第四話までがこの物語の導入部分だと思っていただけると有り難いです。
五話からにやけ要素満載になります!
ーーー四月八日、午前7時半
「ねえあんたさ、あたしの彼氏になってよ」
「…………エイプリルフール?」
「それは先週終わったでしょうが」
「あーーーあれだ。ドッキリか」
「…あたしがあんたにドッキリかける理由なんてないと思うんだけど?」
「何かの罰ゲームだとか?」
「その発想はないわ〜。てか自己評価低過ぎでしょ」
「一時間いくら払えばいいわけ?」
「別にお金も取らないっての!」
煮え切らない態度のおれにイライラしたであろう彼女はグイッと距離を詰めておれのネクタイを引っ張る。
「いいからっ!あたしとっ!付き合いなさーーーーーーーーい!!!!!」
辺りにこだまする絶叫。
ぜえ、はあと肩で息をしながら上目遣いでこちらを睨んでくる。
そんな彼女に向けて一言。
「え、やだ」
「ったく、さっさとオッケすれば………………………え、今なんて?」
「だからやだって」
「は?え?ちょ…まっ待って。い、一回深呼吸させて」
そう言って彼女はネクタイに手をかけたまま深く息を吸う。
早くこの手離してくんないかな…首痛い。
「え、えっと。つまりその…ノーってことよね?」
「最初からそう言ってる」
「あ、あんた、あたしのこと嫌いなの?」
「別に」
「別にって、じゃあなんで…」
「嫌いじゃないけど、かと言って恋愛的な好きって感じでもないし。おれにとって菜々は大切で、まあ有り体に言えばできるだけ幸せになって欲しいんだが」
「う、うん」
「けど致命的な問題もあって」
「致命的な問題?」
「おれ、お前じゃ欲情できないから付き合うとか無理だ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ…………あたしも女だっつーのバカっ!!!!!」
ーパァアン…
途中まで顔をタコのように茹で上げて煙がボヒュッと音を立てて出たかと思えば、最後のセリフで一転して強烈なビンタが炸裂。そのままトレードマークのポニーテールを振り撒きながら通学路を先に先へと走っていってしまった。
さすが中学の頃は陸上をやっていただけあって足が速い。
「痛って〜……それにやっとネクタイ離してくれた」
ビンタされた頰を抑えながら片手で着崩れた制服を整えながら菜々の背を見送る。あっという間に桜並木を抜けて角を曲がり見えなくなってしまった。
「こういうところを直してくれたらいいのにな」
菜々は感情が昂ると言葉よりも先に手が出てくる。
小学生の頃からそれはもう嫌というほど色々と食らってきた訳で。その上勝ち気な性格で距離感はかなり近いし。第二次性徴を過ぎても身体的にも精神的にも大して大人の女性として成長することはなく。休日にたまに遊ぶことがあってもオシャレの一つもせず、ゆるいTシャツしか着ないし。
ていうかそもそも中学の頃は何だかんだ一度疎遠になって、今のような関係に戻ったのも去年同じ高校に進学すると分かってから、今まで以前のような距離感にと努めてきたからだし。
ようやく元通りの関係に戻れたそんな折にいきなり付き合いなさい、などと命令口調で言われても。
「さすがにオッケーしないだろ…」
それよりここは追いかけたほうがいい場面なのだろうか?ゲームや漫画、小説ならとりあえず走り去る女の子は追いかけて腕を掴んで、気まずい雰囲気にでもなって後から仲直りしてハッピーエンドパターンなのだが。
っとだめだだめだ。思考が勝手にゲーム寄りになっている。現実世界の脳に戻さなければ。
うん………別にいいや。走っても追いつかないだろうし菜々も別に追いかけて欲しいとも思っていないだろう。
話足りないことがあれば逆に走って戻ってくる、彼女はそう言う人だ。
そう思い直したおれはヒラヒラと舞い散る桜の花びらを一人で鑑賞しながらのんびりと歩いていった。
ーーー7時50分
歩き花見をしてのんびりだったとは言え、菜々に朝から呼びされたせいで普段よりかなり早めに学校に着いてしまった。
同じく登校して来るような生徒はまばらであとは野球部がグラウンドで朝練をしている声が響いているくらい。
心地よい春かぜにふかれながらゆっくりとした足取りで下駄箱へと向かい、上履きへと履き替える。
学年が一つ上がる、と言うことはもちろんクラス替えがあるわけで。
階段下の大きな掲示板に貼り出されたクラス分け発表の紙に目を通す。
〜2ー A 組〜
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9 笹羅木 奏人
10 篠崎 蓮也
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一番最初に目を通すA組であった。
もうちょっとクラス分けのささやかな緊張を味わっていたかったのだが早々と見つけてしまった。
まあそれはともかく去年も同じクラスで中学からの友達である蓮也とまた同じクラスなのは心強い。
「他に見知った顔は…」
ポツポツと見受けられるがその中でも一段目が止まったのはつい先ほど一悶着あったこの子なわけで。
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28 本庄 菜々
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「同じクラスなのか」
思い返せば100%こちらが悪い返しをしてしまったせいで少し気まずいのは否めないが。
「まあそのうちいつも通りにできるだろう」
そう楽観的に考えていたおれの見通しが甘過ぎたのは、後ほど嫌と言うほど身に染みて理解することになるのだがこの時のおれはそんなこと知る由もない。
二年生の教室があるフロア。
四階建て校舎の三階がそうである。ちなみにうちの学校は学年が上がるごとにフロアが一階ずつ下がっていくスタイルのため、四階が一年、三階が二年、二階が三年のフロアとなっている。
もちろん造りも同じなので迷うこともない。三階まで階段を昇り、一番端にある教室の扉に手をかける。
(先に行ったんなら菜々のやつ、もう教室にいるのかな)
そんなことを考えながらスライド式のドアをガラリと開くと、まだ早い時間のためか教室にはノートを覗き込む一人の女子生徒しかいなかった。
その女子生徒は先に全速力で駆けて行った幼馴染みなどではなく、
「あら、珍しい顔ね。おはよう、奏人くん」
「おはよ、瑠璃さん」
立花 瑠璃
クラス分けの掲示でも見つけた見知った顔の中でも、菜々と蓮也を除いて一番交友のある相手だ。こちらも蓮也と同じく去年から同じクラスである。
長くて絹のような黒髪が印象的で学年どころか学校全体の美人ランキング二位に選ばれるほどの美人。その上進学校と言われているうちの学校で一年次学年末テスト、総合成績一位を誇る才色兼備な殿上人だ。
普通なら話しかけるのも憚れるような存在だが、彼女とは二つほど接点があってそれゆえに仲良くなることができた。
(なお校内美人ランキングは男子生徒の中で番付を行われた非公式のものであり、ついでに言っとくと菜々の奴は五位だった気がする)
「いつもなら始業ベル一分前に来るのに今日は随分と早いのね?」
「あー、まあ気分の問題だ」
「そう?私はてっきり本庄さんと何かあったのかと思ったのだけれど?」
「なぜそこで菜々の名前が出てくる」
「だって彼女、早々に教室に来ては荷物を置いてすぐに何処かへ行ってしまったもの」
ちょいちょいと瑠璃さんが指差した方を見ると机の上に無造作に置かれた菜々のカバンが目につく。
「別にその答えは根拠になってないと思うんだけど」
「根拠はそうねー、女の勘ってところかしら」
「一番胡散臭いやつじゃんそれ」
「だって彼女泣いてたもの」
「ぇ……」
泣いていた?あの菜々が?
おれが最低な断り方をしたから…
「嘘よ」
「っ、嘘かい!」
「ええ、これっぽっちも泣いてなんかいなかったわ。菓子パン片手にさっさと出て行ったもの」
「さすがにお父さんそういう嘘はよくないと思うな!」
「誰がお父さんよ、誰が」
そこで瑠璃さんはノートを持っていた手を片方離し、指で拳銃の形を作ってこちらをバンと軽く撃つそぶりをする。
「でもほら、やっぱり図星」
ニヤリといたずらの成功した子供のように無邪気な笑顔が、普段の淑やかな雰囲気のギャップともあいまって無性にドキドキさせられる。
「っ…!」
「まあ、女の子にかまけて成績を落とさいなことね。今日の実力テスト、期待してるわよ」
「もちろんだっつーの」
瑠璃さんとの接点その一。
笹羅木 奏人 一年次学年末テスト総合成績二位。この時の一位と二位の点数差が四点。二位と三位との点数差は二十点とまあそれなり開くわけで。
何なら一年次の学力テスト全七回で、おれが三回、瑠璃さんが四回学年一位を取っている。とどのつまり勉強において彼女とおれとはライバル関係にあるということだ。
折りよくというか、女子数人のグループが教室に入ってきたため、会話もそこそこに打ち切る。
理由は知らないが、彼女は人前で他者と交流があるところをあまり見られたくない質らしい。
瑠璃さんは自身のノートに目を落として再びテスト勉強の続きを、おれは自分の席に向かって……っと新しいクラスだから自分の席がまだ分からない。
辺りをキョロキョロとしていると、黒板に席順が書かれたような用紙が目に入る。
それを見に行こうとすると、シャーペンのノック部分で脇腹をツンツンとされた
”奏人くんの席なら私の左隣よ。出席番号順みたいだから"
視線は合わせないまま、ノートの端に綺麗な字で書かれたテレパシーみたいな助言をもらってとりあえず瑠璃さんの左隣の席に荷物を置く。
確かに前の黒板に貼られた席順の用紙を確認すると瑠璃さんが言った通りの席だった。
「今年もよろしく」
小声で瑠璃さんにそう挨拶をすると、”よろしく”とだけ端的に返ってきた。
まばらにクラスメイトが投稿して来る中、折角朝早く来た利点を活かしておれも瑠璃さんと同じくテスト勉強に打ち込んだ。
「ーーーぉぉぉおおお………セーーーフ!!!!!」
そんな騒がしいセリフと共に始業ベル三分前に教室に登場したのは篠崎蓮也。おれの気の置けない友人だ。
「よしよし、今日も奏人より先に到着したみたいだ……っているぅううう?!」
テスト勉強もそこそこに、おれの席へとやってきた蓮也に向き直る。
「蓮也は朝から元気だな」
「え、何で今日は始業ベル一分前より早くに来てるわけ?」
「え、何?おれは始業ベル一分前より早くに来ちゃいけないルールなんてあんの?」
蓮也は対面で至極驚愕と言った表情でおれのことを見つめてくる。
「いやだって奏人、一度寝たら自分で決めた睡眠時間取るまで意地でも起きないじゃん。昨日はテスト前日だから寝るのも遅かったはず。なのにおれより早く学校に来て剰え、勉強をしているなんてありえない」
「変なテンションで変な推理はやめてくれ」
「いいや、やめない。あれは忘れもしない中学三年の修学旅行、同じ部屋で寝泊りまりしていたおれとお前。早朝ホテルを抜け出して海に遊びに行こうとクラスで約束していたのにも関わらず、いざ朝目を覚まして奏人を起こそうとしたら、不機嫌な奏人にわりと本気の蹴りを鳩尾に食らったあの苦い思い出。小一時間は悶絶していたおれを放っておいて奏人は二度寝してた覚えがある」
「その件については何度も謝ってるけど、そもそもおれは早朝に海に行かないって前もって蓮也に言ってたからな。起こすな、とも忠告したけどな」
「で、そんな奏人が今日は何でまた早く来てるわけ?」
「無視すんな」
ため息まじりにチラリと菜々の席の方に視線を向けると、今はよく一緒にいる友達の日向翠と会話をしている。
普段と変わらない楽しげな表情だ。
その様子に少しホッとする。
「別に、今日は偶々早く目が覚めて気が向いたから来ただけだ」
「なるほど、明日は雪が降るのか」
「桜に雪だなんて贅沢なやつだな」
「まっ、そういうことにしといてやるか。あ、座席順ってどうなってる?」
「出席番号順だってさ」
「じゃあ奏人の後ろの席か」
そう言って蓮也はさっさとおれの後ろの席へと座る。
ーーキーンコーンカーンコーン…
教室にチャイムの音が響いたことで立ち歩いていた生徒たちも皆各々の席へと着席し、しばらくしてからA組の新しい担任の先生が教室へとやってきた。
去年化学の授業を担当していた近藤先生だ。コンパクトで愛嬌のある姿が男女問わず定評ある。
この後行われる始業式についての話や午後の実力テストをメインに諸連絡がなされる。
ぴょこぴょこと擬音語がついているように動く近藤先生の連絡を話半分に聞きながら今年はどんな一年になるのか、とぼんやり考えていた。