逡巡
「ミーナ!ミーナ起きて!」
「……あ?」
名前を呼ばれて目を開ける。目を開けたということは、今まで目を閉じていたと言うことで。
少しぼやける視界を何度も瞬きする事でクリアにし、声の主を探す。
探すまでもなく、すぐ近くにノンの整った顔があった。
「…ノン、私……あ痛ッ!?」
ノンの方に向き直ろうとした瞬間、首に激しい痛みが走る。
この痛み、首に手刀を入れられた痛みだ。どうやらそれで気絶していたらしい。
首に手刀で気絶など、まあ不可能ではないが普通無理だ。相当な力で叩き込まれたのだろう。
それを物語るように、絶賛首が物凄く痛い。もはや殺意を覚えるレベルだ。
そしてこの場所、レネの居館らしい。
「……どうして我が家の門の前で転がっていましたの?」
その思考を肯定するかのように、居館の主人であるレネが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「……まさか向こうから話しかけてくるとはね」
奇襲というにも無理がある、本当に準備が整う前に襲撃しに来たんだったら、今ここで私がのほほんと息をしていられるわけがない。
(……単純に、様子見のつもりか)
その時自分の脳裏に、一つの考えが高温のマグマのように煮えたぎる。
常に冷静であろうと思っている、だがこれは。
(剣も指輪も金も何もかも、奪って阻害する必要すらないと?)
この私が、ミエナ・ホーネティアだと分かった上で?
「……ねえ、ミーナ?」
手を握り締め過ぎて音がする。唇を噛み締め過ぎて、何かが引きちぎれる音と共に鉄の味が口の中に広がった。
「随分と舐めたことをしてくれる……!」
「ミーナさん!?」
反射的に手を地面に叩きつけようとしたが、腕が言うことを聞かずに静止してしまった。
ちらと横を見れば、慌てて魔法を発動したのであろうレネが肩で息をしている。
「軽率な行動は…、感心しませんわよ」
「……了解」
一応素直に従う意思を見せれば、腕の自由が返ってきた。
突発的な興奮を阻害された今、改めて腕を叩きつける気分にもなる訳がなく、素直に腕を下ろす。
「端的に言う。ネクロディアの人間に会った、相手はこっちを認識してる」
その言葉に、ノンとレネが硬直する。
まさかこちらを認識されているとは思わなかったんだろう。実際私もそうだった。
だから反応が遅れたのだ。
「そうなると…」
「多分相手も準備するし、奇襲はしづらくなると思う」
「だねぇ」
予定が狂った。こうなると、時間をかけて相手を囲い込むことができなくなる。
いや、できないことはないと思うが、効果は半減するだろう。
そして時間をかければ、相手もそれ相応に物資や装備を揃えてしまうだろう。
「これは苦戦するな…」
ノンと2人、前提を組み直していた。
この狩の相手は、予想を遥かに上回るに強者であると。