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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第五話 動揺

「姉上ぇ、ぼくは薬草摘みよりもお魚釣りがしたい」

「まだ水が冷たいかもしれぬぞ」

「いいの! お魚釣りぃ」


 ヒミコは小さな弟のツクヨミとスサノオを連れて自室から出ようとしている。薬草摘みが目的だ。しかし、ツクヨミは六歳で生意気な盛りである。なかなか姉の言いなりにはならない。ヒミコは軽くため息をついた。そして下の弟に優しい微笑みを見せた。スサノオはまだ四歳で、いつもこの兄と姉について遊んでいる。


「そなたは何がしたいのじゃ?」

「おしゃかなぁ」

「困ったのぉ。スサノオも魚釣りか。わらわは儀式に使う薬草が欲しいのじゃ。採ってこねば、ババ様に叱られる」

「「おさかな! おさかな! おさかな!」」


 二人揃って大合唱が始まった。ワガママな弟二人にヒミコが折れた。


「仕方がない。では、こうしよう。魚を釣って昼に焼いて食べ、午後は薬草摘みじゃ」

「「やったー!」」

「では、行くぞ」


 ヒミコは弟達と手をつないで部屋を出た。部屋の外にはヤヒコが剣を携えて直立不動で警護をしている。ヤマト国にやって来て半月ほど、この位置で来るはずのない敵にひたすら目を配るのが彼の日課となっていた。そもそもヤマト国ほどの大国ならば不審者の侵入などそうそう許すはずがない。しかも、ヒミコたち王族が住む建物は国全体を囲う柵や堀とは別にもう一重の柵と堀で守られている。だが、彼の性分では手を抜くことはできないらしい。


「ヒミコ様、お供つかまつります」

「うむ」

「……ヒミコ様、何か?」

「ヤヒコ、そなたは釣りは得意か?」

「はっ! 多少はたしなみます!」


 ヒミコは苦笑いをした。宴席の場では真面目そうな雰囲気に好感を抱いたが、少し度が過ぎるようだ。話しかけても、とにかく固い会話にしかならないのだ。名前を呼び捨てにして、より親近感を込めて話しかけてもそれは逆効果だった。まるで君主と家臣のような会話になってしまうのだ。

 ヒミコはひとつ提案を試みた。


「ヤヒコ、我らの間では敬語はなしにせぬか?」

「ですが……」

「わらわは友達が欲しい。歳は大して変わらぬではないか」


 実際、ヒミコが今年で十三歳、ヤヒコが十五歳である。まだまだ遊びたい盛りのヒミコにとっては格好の話し相手だ。


「ヤヒコ兄様、おともだちぃ」

「おともだちぃ」


 幼い弟達が和した。


「そうか、わらわも兄と呼べばよいのか。よく考えれば、わらわの方が年下じゃったな。ヤヒコ兄様、では参りましょう」

「そ、それだけはご勘弁を。イザナギ様に叱られます」


 ヒミコはにやりと笑った。


「カグツチ兄様に口添えしていただければ何も問題ございますまい。なにしろヤヒコ兄様はカグツチ兄様の弟君同然のお方ですから」


 ヒミコはすました顔でヤヒコの顔を覗き込んだ。


「まいりました。では敬語はやめます。いや、やめる」

「ははは、よいぞ。行こうヤヒコ」

「「やったー。兄様、おともだちぃ」」



   ◇ ◇ ◇



 対等に話してみれば、ヒミコもヤヒコも同年代で、やはり話が合う。野を歩く間も話が弾んだ。一面きつね色だった冬枯れの野原はようやく芽が伸びて、木や草にも緑が戻った。穏やかな日差しのもとをゆっくりと歩いて行く。


「ああ見えてババ様も乙女でな。あの席でヤヒコを見る目はそれはそれは熱かった」

「や、やめてくれ。想像してしまった」

「なんでも、初めて恋心を寄せた相手がヤヒコによく似ていたとか……」

「おいおい」


 あの宴席の夜のことが思い出される。顔を真っ赤にして緊張していたヤヒコだが、今は柔らかい表情でヒミコとも打ち解けている。ヒミコにはこうして冗談を言い合える同年代の友を得たことはとても嬉しいことだった。


「ババ様は兄様のことが好きなの?」

「やめろ、ツクヨミ。寒気がする」

「はははは。ツクヨミ、今度ババ様に聞いてみるがよい」

「ぼくも兄様のことが好きだよ」

「ぼくもー」

「おまえら、そういうことじゃねぇんだよ」

「はははは。愉快じゃのぉ」


 川岸に到着した。楽しい会話は時間を忘れさせる。四半時ほどは歩いたはずだ。しかし、感覚としてはあっという間についた感じだ。ヒミコはできればもう少し歩いていたい気分だった。

 ツクヨミとスサノオは早速釣り竿を手に取った。ツクヨミは慣れた手つきで仕掛けを作って釣り糸を垂れる。ヒミコは幼いスサノオの隣りに座って世話を焼く。


「ほれ。スサノオ、餌が付いたぞ」

「ありがとう。ねえさま」


 ヤヒコはその三人の後ろに立って警戒を怠らない。ここはヤマト国の勢力圏のど真ん中だ。そうそう危険な目にあうようなことはない。だが、門の外へ出た以上は良からぬ者が潜んでいないとも限らない。


「にぃさまはやらないの?」

「俺はいい」


 遠くを見たまま素っ気ない返事をされて、スサノオは少し寂しそうな顔をした。ヒミコは優しく微笑む。


「ヤヒコは我らを守る仕事の最中ゆえ、座って釣りをするわけにはいくまい」

「そっか」


 気を取り直してスサノオも釣り糸を垂らした。その横でとっくの昔に釣り糸を垂らしていたツクヨミは竿の操作に余念がない。どのあたりに針を持っていけば魚がかかるのか何度も釣りをやっているツクヨミはわかっているようだ。


「よし! 釣れたぞ! 姉上、大きいでしょ?」

「うむ、なかなか立派なヤマメじゃ」


 ツクヨミは満足気に笑顔を浮かべ、魚篭(びく)に納めた。そうなるとスサノオも対抗心を燃やす。なんとか釣りたいと無闇やたらに竿を動かし始めた。


「よし! また釣れた!」


 しかし、釣れたのは、またしてもツクヨミだ。段々とスサノオの表情が涙目になる。竿の動きも止まった。やはり小さなスサノオにはまだ釣りは早いか。ヒミコは優しく話しかけた。


「スサノオ……なんじゃ、やめるのか?」

「スサノオ、それでは釣れないぞ。このあたりにしてみろ」


 いつの間にかヤヒコがスサノオの後ろまで来ていた。竿に手を添えて誘導する。


「にぃさま……」

「よし、今だ! 引け!」

「やった! 釣れた!」


 スサノオの顔に笑顔が戻った。ヒミコはスサノオの頭を撫でた。満面の笑みである。ヤヒコの方にも笑顔を向ける。ヒミコにしてみれば、魚が釣れたことよりも弟が途中で投げずに継続したことが嬉しいのだ。


「諦めずに続けて良かったのう。ヤヒコに礼を言わねばならぬな」

「にぃさま、ありがとう!」


 ヤヒコも笑顔を見せた。


「うむ。一人一尾あるな。早速食べよう」


 ヤヒコは短刀を取り出した。魚の内臓を器用に取り除き、さばいていく。どれも大人の手の平にちょうど乗るくらいの大きさだ。子どもたちならば十分な腹ごしらえになりそうだ。さばいた魚は葉を落とした木の枝に串刺しにする。


「火を起こすか」


 ヤヒコはツクヨミとスサノオに指示して辺りから枯れ木を集めさせる。そこにモグサを乗せて準備は完了だ。魚はツクヨミとスサノオに預け、火打ち石を取り出した。しかし、それをヒミコは制する。


「いや、待て。わらわがやってみる」


 ヒミコは懐から呪符を取り出した。布で出来たそれを見てヤヒコが慌て始めた。その布切れは初めてヤマト国を訪れた時に祭壇の部屋で目にしたものと同じものだ。


「おい。何を呼び出すつもりだ!?」

「黙って見ておれ。気が散る……明かりを灯し……」


 ヒミコはブツブツと呪文を唱え始めた。それを見たヤヒコは目を泳がせて後ずさった。


「ツクヨミ、スサノオ。ちょっと下がれ」

「兄様、どうして」

「こいつはやべぇ」


 ツクヨミとスサノオを自分の背に隠して、さらに後ずさる。それでもツクヨミは好奇心旺盛にヒミコの様子をヤヒコの背中越しに覗きこむ。スサノオはヤヒコにピッタリとくっついて離れない。


「兄様、見えないよ」

「危ねぇから下がってろって!」

「……契約に基づき我に力を貸し給え」


 詠唱が終わった。ヤヒコは体を固くして身構える。


「やばい、やばいって!」

「ふっ! えい!」


 ヒミコは呪符に息を吹きかけると宙に放り上げた。すると、呪符がぱっと燃え上がり、手の平に乗るくらいの小さな炎の精が二体姿を現した。ヤヒコは呆然としている。


「へっ?」

「兄様、危なくないよ。可愛いでしょ?」

「あねうぇ、なにこれ?」

「スサノオには見せたことがなかったな。炎の精じゃ。わらわがツクヨミと同じくらいの歳の頃に初めて呼び出したのがこれじゃ。せいぜい薪に火を点けるくらいのことしかできぬが、これで十分じゃろ? 炎の精よ、枯れ木に火を点けよ」


 炎の精はモグサを持ち上げたりして遊んでいる。精が触れる度にモグサには火が移り、それを枯れ木に向けて投げつける。どうやら枯れ木にも火が燃え移ったようだ。


「もうよかろう。ご苦労じゃった」


 ヒミコは右手の平を地面と水平に挙げると横にさっと空を切った。すると音もなく炎の精は消え去った。残ったのはちょうどいい具合に燃えている枯れ木だけだ。


「何をしておる。魚を焼かんのか? ヤヒコ、なんじゃその顔は」


 ぼけっとしているヤヒコの背中からツクヨミとスサノオが出てきた。その様子がおかしくてヒミコは声を出して笑ってしまった。


 子どもたちは枝に刺した魚を火に当たるように地面に挿していく。ヤヒコは気が抜けたようにため息をついた。


「もっと恐ろしい物を呼び出すのかと思ったぞ」

「なんじゃ、この辺り一面を炎で焼き尽くすとでも思ったのか?」

「まさか」


 ヒミコはカラカラと明るい笑い声を上げた。ヤヒコはヒミコの笑顔を眺めつつも、あの炎の神を思い出した。つまり、あれを呼びだせば、それくらいのことはできるということだろう。



   ◇ ◇ ◇



 昼食は終わった。釣れたての魚は旨く、子どもたちは大満足だ。再びヒミコの両手にぶら下がるように連なると、川から離れて歩き出した。ヤヒコは三人の前に立って歩く。川から遠ざかれば周りは田んぼが途切れて茂みになり、徐々に人里離れた感じが強くなってくる。


「あねうぇ、ちょうちょ」


 スサノオが指差す方を見るとアゲハチョウが宙を舞っている。


「おお、綺麗な羽じゃのう」

「ちょうちょ、ちょうちょ」


 スサノオは踊りながらアゲハチョウを追いかける。足取りが危なっかしい。これにはヤヒコも苦笑いだ。


「スサノオ、転ぶぞ」

「まるでスサノオが蝶になったようじゃのう」


 すると(やぶ)の中から一頭の大きなイノシシが飛び出した。まっすぐにスサノオに向かって突進してくる。


「危ない!」


 ヤヒコはスサノオを横に突き飛ばしてイノシシの前に立ちはだかった。しかし、間に合わない。


「ちっ、不覚!」


 ドンと正面から突っ込まれた。かろうじて両手で受け止めたものの、受け身を取れずに頭から地面に倒れた。運悪くそこにあった岩に後頭部をぶつけて意識を失っていった。

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