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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第四話 大国の姫君

「姫様、ソナ国の王子様はどうでした?」

「うーん、もっと色々話してみなければ、どのようなお方かわらわには分からぬ」


 侍女のスズメに聞かれてもヒミコには答えようがなかった。交わした言葉もほんの少しだ。ただ、第一印象は誠実そうな人だとは感じた。少なくとも自分の護衛として側に置いてもなんの心配もないと。


「凛々しいお方だったではありませんか。その上、カグツチ様ともすぐに打ち解けられて。きっとお優しいお方にちがいありません」

「うーむ」


 大いに盛り上がった宴席の翌日。兄のカグツチや主だった重臣たちはソナ国の面々を見送りに外に出ている。そんな中、ヒミコは母の居室で侍女も交えておしゃべりをしてくつろいでいた。


「姫様もお年ごろ。恋人になさってもよろしいのでは?」

「なっ、なにを言っておるのじゃ。わらわは別に……」


 ヒミコは途端に頬を赤らめた。そんなふたりの会話を聞いて母のイナツメは呆れたような表情を浮かべた。


「スズメ、そんな軽口をたたくものではありませんよ」 

「ふふふ。イナツメ様、お似合いのお二人だとわたしは思いますよ。第一、姫様は成人の儀式も終えられたのです。伴侶を持たれてもよろしいかと」

「そうかしらねぇ。まあ、ふたりの気が合えば……」

「母上まで、よしてください。わらわはまだそんな気はございません」


 こうして母親の部屋でじゃれついている様子から見ても、ヒミコにはまだ子供の意識が抜け切れていない。伴侶を得て家庭を持つなどということは想像すらつかないのだ。もちろん歳相応にたくましい男子を見れば心がときめくということもあることはあるのだが。


「母上、ソナ国はわが国の友となったのですね」

「そうですね……」

「ならば、わらわもヤヒコ殿と友人になりとうございます」

「……」


 今のヒミコに『属国』という言葉を説明することが良いことなのか、イナツメは判断に迷った。少なくとも人間の友人同士のような対等の関係とは言えないだろう。かと言って主従関係とも違う。両国は主従のような信頼関係というよりは、ヤマト国の強大な武力を背景にした強制力で結びついていると言える。ヤマト国の国力が衰えて、対抗するクナ国の国力が相対的に高まれば、あっという間に崩れる関係だ。

 だが、ヒミコも成人を迎えた。いつまでも子供扱いをするわけにもいかないだろう。イナツメは表情をひきしめた。そして、ヒミコの瞳を見つめて一つ一つ言葉を選ぶように話し始めた。


「ヒミコ、ソナ国はわが国の属国です。ヤヒコ殿は人質としてここにやって来たのです。このことの意味がわかりますか?」

「人質?」


 想いもよらぬ言葉が母の口から発せられてヒミコは一瞬固まった。


「そうです。ソナ国はわが国の支配下に収まる証としてヤヒコ殿を人質として差し出したのです」

「差し出した……」

「ソナ国がわが国に背くことがあれば、ヤヒコ殿は処刑されます」

「そ、そんなことが……」

「あなたも成人を迎えたヤマト国の王族であり、国を支える巫術師です。そういった現実を見据えなければいけません」


 まただ。ヒミコは戦乱の渦に飲み込まれていく自分を感じざるを得なかった。


「昨日はカグツチ兄様とヤヒコ殿が意気投合したではありませぬか。なぜ、国と国同士も信頼しあえぬのですか」

「そう簡単にはいきません。われらと敵対するクナ国との力関係もあるのです。ヤヒコ殿のお父上が治められているソナ国は我らと手を組むことを選びました。しかし、将来われらと手を切り、クナ国と手を結ばないとも限りません」

「それならば、クナ国とも仲良くすればよいではありませぬか」

「わが国は大陸の漢王朝との交易をこのまま独占したい。クナ国はそれを奪いたいと考えています。わが国とクナ国は分かち合えないことが多すぎるのです」

「……つまり、われらがクナ国を滅ぼすか、クナ国がわれらを滅ぼさない限り戦乱の世は収まらないというということですか?」

「あるいはクナ国がわれらの傘下におさまるかですが……」


 そうなるにはいずれにしろクナ国に大きな打撃を与えなければならないだろう。それには多くの人の命が失われることはヒミコにも容易に想像できた。


「イナツメ様、ヤヒコです。ヒミコ様はこちらにおいででしょうか」


 外から呼びかける声が聞こえた。父親の見送りが終わって帰ってきたのだろう。今まさにソナ国との関係について話している最中にヤヒコが現れたことにヒミコは戸惑った。


「ヤヒコ殿、お入りなさい」

「はい」


 ヤヒコはイナツメに促されて部屋に入るとその場にひれ伏した。


「改めてごあいさつ申し上げます。本日よりヒミコ様の護衛の任につきましたヤヒコです。どうかよろしくお願いいたします」

「ごくろうさまです。ちょうどヤヒコ殿のことをお話していたところです。ヒミコ、ごあいさつなさい」


 今、目の前で床に平伏している人が下手をすると殺されるかも知れない。そう考えるだけでヒミコは運命の恐ろしさを感じざるをえない。


「ヒミコ、どうしました?」

「は、はい……昨日の剣舞を見て、わらわは頼もしく感じています。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「ははっ」

「……ヤヒコ殿、わらわはあなたとは末永く仲良くしていきたいと考えております」

「はっ、ありがたきお言葉」


 つい先ほど父親から言われた一言がヤヒコの脳裏によみがえったようだ。舞い上がったようにヒミコの顔を見上げた。相変わらず神々しさを感じさせる美しい顔立ち。しかし、そこにはヤヒコが期待した笑顔はなかった。

 ヒミコはヤヒコの瞳をじっと見つめている。言い表せない思いが頭に付いて離れない。この人は果たして自分が置かれている立場の危うさにどこまで気づいているのだろうか。


「ヤヒコ殿、あなたはわらわの護衛の任務をどうお考えですか?」


 ヤヒコはヒミコとは別の意味で少し動揺している。ヒミコの「末永く仲良くしていきたい」という言葉と深刻な表情。矛盾する二つのことが同時に彼女から向けられていればそれは無理もないことだ。


「ち、父からはヒミコ様をしっかりとお守りして、信頼を得るよう言われました」

「父よりもまずはわらわの信頼を得よと?」

「はい」


 不意にヒミコの脳裏にある考えが浮かんだ。何かが吹っ切れたように晴れやかな笑みを浮かべてヤヒコに語りかけた。


「そうか! ヤヒコ殿、わらわもあなたと深い縁で結ばれねばならないと思います」

「は、はい!」

「あなたがわらわを守るように、わらわもあなたを守りましょう」

「は?」


 『深い縁』という言葉に喜んだ途端に護衛である自分を守るという宣言。ヤヒコはますますワケがわからなくなって、思わず首をひねった。


「ヤヒコ殿、あなたに何か危害が及ぶときには、わらわが身を挺して守ります」

「いや、それでは俺の……じゃなくて、わたしの任務が務まりません」

「良いのです」

「はぁ?」


 二人のやり取りを聞いて、スズメが笑いをこらえきれなくなった。


「ククク……ヒミコ様、それではまるであなた様がヤヒコ殿の護衛ではありませぬか」

「良いのじゃ。わらわはヤヒコ殿の命を奪おうとする者からヤヒコ殿を守る」


 先ほどの会話を受けて考えるならば、ヒミコの言葉が意味するところはいざとなれば国王である父の命令に逆らうということだ。イナツメは困惑の表情を浮かべた。


「ヒミコ。自分の言っている言葉の意味がわかりますか? あなたは陛下に歯向かうつもりですか」

「いいえ、説得するつもりです。どうかその時は母上もお力をお貸しください」

「無茶なことを……」


 ようやくスズメもヒミコの意図に気がついた。ついさっきまでクスクスと笑いをこらえていた彼女も今は顔が青ざめている。ただ一人、話の流れに付いて行けていないのはヤヒコだ。しかし、途中からしか聞いていないのだから無理はない。怪訝な表情を浮かべて問いかけた。


「一体、なんのお話でしょうか」

「ヤヒコ殿は人質としてわが国に来られた。じゃが、わらわは人質とは思わぬ。ヤマト国とソナ国、我らとヤヒコ殿は友でなければならぬのじゃ」

「それは……俺は自分が人質としてここに来たことは理解しています。兄を差し出すわけにはいかなかった。兄のほうが頭がいい。兄は国のことを考えて行動できる人です。俺なんか剣のことにしか興味がなくて……」

「それでよい。ヤヒコ殿がわが国になくてはならない武人になればよいのじゃ。そして、われらの手でこの乱世を平らげれば何も問題はない。よいか?」

「ははっ! 身命を賭して戦います」


 再び床にひれ伏したヤヒコを見て、ヒミコは肩に手を添えた。


「顔を上げられよ。我らは友でなければならぬと申したではないか」

「はい……」


 しかし、ヤヒコは顔を上げられなかった。何か神々しいものをヒミコの態度や言葉に感じてしまったのだ。それが後に女王となるヒミコの生まれ持った資質であることはまだその場にいる誰もわからなかった。

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