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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第十一話 潜入

 ヤヒコは国王イザナギと第一王子ミズヒに謁見の間に呼び出されていた。謁見の間は国王の居室の隣にある巨大な建物だ。高床式の二層建築になっており、一層目でさえ床が人の背丈を超える。二層目に至っては見上げるほどの高さだ。ここを訪れた者は否応なしに国王の権力の大きさを思い知らされることになる。

 ヤヒコは二人の前で平伏して言葉がかけられるのを待っている。ミズヒがまず口を開いた。


「ヤヒコ、カナソナ国に潜入して実情を探れ」

「はっ! 何を調べればよろしいのでしょうか?」

「兵力、防塞の様子、食料の備蓄状況、その他おまえが見聞きしたことは全て伝えよ」

「ということは、近い将来カナソナ国を攻めるということでしょうか?」

「おまえが考えることではい!」

「はっ! 失礼いたしました」


 カナソナ国はヤヒコの故郷のソナ国同様、阿蘇山のふもとに存在する。位置的には敵対しあうヤマト国連合とクナ国連合との勢力争いの境界線にあたる。ヤヒコにこういった命令が下るということはソナ国はヤマト国の傘下に入ったが、カナソナ国は拒絶したということだろう。

 次にイザナギが言葉を継いだ。


「できるか?」

「はい! やり遂げます!」

「何か必要なものはあるか?」

「はい、変装するための庶民の衣服をいただければ助かります」

「用意させる」

「ありがとうございます」


 この時代の服装は、上流階級のものは絹糸で織られたきめ細かな布を糸で縫い合わせて作られたものだ。王族が着る服ともなるとさらにそれに染色が施される。しかし、一般庶民の服装は麻布を体に巻きつけただけの粗末なものでしかない。さすがに女性の場合はそれでは胸がはだけてしまうので、布の中央に穴を開け、そこから頭を出してかぶる、いわゆる貫頭衣(かんとうい)というものになる。


 命令を受けたヤヒコはその場を退出すると、父の練兵の様子を見学していたときのことを思い出した。


(あの兵たちの粗野な口調、卑屈な態度、真似られるか……いや、真似なければならない。思い出せ)


 考えつつも足はミカズチの家に向かっていた。やはり手っ取り早く庶民と触れ合えるのは練兵の場だろう。一度彼らとは共に剣を振っている。



   ◇ ◇ ◇



 ミカズチは副官のイワサクとなにか話し合っている最中だった。


「お邪魔をしてしまったようで申し訳ありません。出直します」

「いや、構いません。大した話ではないですから。イワサク、席を外してくれないか」

「はっ」


 ヤヒコは慌ててイワサクを止めた。


「いえ、そこまでのお話ではないのです。むしろイワサク殿もいらっしゃった方がありがたい」

「ほお、ミカズチ様だけでなく俺にも用ですか」


 イワサクはまさにミカズチの副官となるべく生まれてきたような男だ。いかにも剣と弓以外に興味はないといった顔つきで、無駄口は叩かない。ただ、その大きく見開かれた瞳からは命じられたことは命を賭して実行する意志の強さを感じさせられる。例えば、人里離れた山の中でひたすら獣を追う猟師ならばこんな雰囲気になるかも知れない。ただ、敵国に潜入するにはこの人の雰囲気はまねるべきではないだろう。


 無言のまま見つめ合う二人を見てミカズチは苦笑いを浮かべた。


「またいらっしゃるとは意外でした。まだ何かお悩みですか?」

「いえ、そうではないんです……」


 ここで二人に自分が与えられた命令について話してしまってよいものか。軍議の場ではなく、わざわざ自分だけ呼び出されて言い渡されたからには秘密にしたほうが良いかも知れない。


「実は兵たちの考え方を知りたいというか、どう心を掴んだら良いかというのも知りたいと思いまして」

「全く、生真面目な方ですなぁ。それならば彼らと実際に語らえば良い。練兵の後に酒でも振る舞うとしましょう。イワサク、案内してさし上げろ」

「はっ! ヤヒコ様、どうぞこちらへ」


 イワサクはヤヒコを導いて外に出た。



 練兵の場には兵たちがすでに集まっていた。一度顔を合わせている兵たちは人懐こくヤヒコに話しかけてくる。


「ヤヒコ様、またミカズチ様と勝負ですかい?」

「まさか。次にやったら俺のほうが負ける。もう手加減はしてくれないだろう」

「へへへ、どうですかねぇ。ミカズチ様も結構冷や汗をかいていたように見えましたけど」

「今日はおまえたちと色々話したいと思って来たんだ」

「へぇ、俺達と話したってろくな話はできませんぜ。せいぜい食い物と女の話ぐらいのもんだ」


 兵たちの間に笑い声が起こった。ヤヒコも笑いつつ、目は兵たちの言葉遣いや身振りをひそかに観察している。


(敬語がなってないのは教養がないからか。しかし、姿勢は腰を曲げて威圧感がない)


「よし。おまえら、いつも通り剣の素振りから始めるぞ」


 ミカズチの掛け声で兵たちがぱっと散った。



   ◇ ◇ ◇



 一ヶ月後、ヤヒコの姿はカナソナ国の北にある川沿いの草むらにあった。身なりは質素な麻布を体に巻きつけただけ。足には何も履いておらず素足のままだ。背の高い草に埋もれてしゃがみ、まるで獣のように気配を消して一点を見つめて息を殺している。

 そっと弓を構えて、ゆっくりと引いた。そのまま時が止まったようにピタリと止まる。一連の動作がよどみなく行われ、全く迷いがない。


 放った。矢は川の水面を泳ぐ水鳥に向かって真っ直ぐに飛んでいった。


「やった!」


 ヤヒコは矢を背中に担ぐと、川にじゃぶじゃぶと入っていった。

 矢は水鳥の心臓を正確に射抜いていた。かなりの大物のカルガモだ。矢を引き抜くと矢筒に収めてカナソナ国の門に向かって歩いて行った。



 カナソナ国の北門。ヤマト国のものと比べると若干小ぶりだが、しっかりとした作りだ。門の左右には櫓が組まれており、見張りが目を光らせている。ヤヒコは門の周辺の様子をつぶさに観察した後、近づいていった。

 門番と目が合った。ヤヒコはにっこりと笑うと手にしたカルガモを高く掲げた。


「こいつと米を交換したいんですが、入れてくれませんかねぇ」

「おお、立派なカモじゃないか」

「へへ、美味そうでしょ? 今朝獲ったばかりですぜ。この麻袋に一杯の米と替えてもらいてぇんです」

「しかし、おまえどこから来た」

「イゴ国。この辺りを渡り歩いてんですが、あそこはもうダメだ。食い物が足りねぇから渡せねぇとか言いやがって」

「そっちの麻袋は?」


 ヤヒコは二つ麻袋を持っている。門番はなにか入っているらしい麻袋を指差した。


「こいつぁ亀です。こいつと替えてもらってもいいんですがねぇ」

「うーん……」


 渋る門番の顔を見て、ヤヒコはにやりと笑った。


「どうです? カモは差し上げやすから、入れてもらえませんかねぇ」

「いいだろう。亀なら祈祷所で使うらしい。しかし、ちょっと小さいな。使えるか聞いてみるか。ついて来い」

「へい。ありがとうごぜぇやす」


 ヤヒコはもう一人の門番にカルガモを渡すと案内をする門番に付いて歩いた。


「へー、でっけぇ倉だ。ひい、ふう、みい……あぁ数えきれねぇ」

「キョロキョロするな。黙ってついて来い」

「イゴ国とは大違いだ。一体どんだけあるんですかい?」

「三十ってところじゃないかな。イゴ国よりここの方が大きいか?」

「倉は同じくらいありますがね。大きさは小さいし、中はスカスカなんじゃないっすかねぇ。なにしろ米はおまえには渡せねぇってんだから」

「おまえが嫌われただけじゃないのか?」

「勘弁してくださいよぉ。俺、何かやったかなぁ」

「ははは。まぁ、うちは中がスカスカなんてことはないから安心しろ」

「へぇ」


 数十万の民を有するヤマト国に比べると小さな国だが、ヤヒコが見たところ一万くらいの民はいそうだ。というのは、ヤヒコの故国のソナ国と規模が近いのだ。


「おや、あそこで訓練してますねぇ。旦那はやらなくていいんですかい?」

「バカを言え。門番の俺達が中にいたら、誰が番をするんだ」

「ああ、そりゃそうだ」


 百人ほどの兵がいる。練度はヤマト国と同程度か。特に腕の立つ兵がいるようには見えないが。


「そうだ。おまえ、ここに住んでみないか。弓矢の腕は立つようだし、体格もいい。飯を好きなだけ食えるぞ」

「いやいやいや。俺なんてとても無理ですぜ。射るのはカモやウサギばかりで、人間様なんて撃てるもんですか」

「なぁに、やってみなければわからない」


 門番は訓練中の群れに向かってずんずん歩いて行くと、一人の武人に話しかけた。そして、遠慮がちに離れたところに残っていたヤヒコを手招きする。厄介なことになった。ヤヒコはため息をついた。


 門番はヤヒコの前方を指差した。地面に丸太が十本立てられている。普段からあれを矢の標的や剣の相手にして訓練をしているのだろう。


「あそこの的を狙って射てみろ」

「旦那ぁ、無理ですって。だいいち、こんな大勢に見られて矢を射ったことなんてありゃしない」


 兵たちの間から笑い声が上がった。それでも門番はヤヒコにうながした。


「いいからやってみろ」

「へい」


 顔が真剣になる。兵たちも固唾を飲んで見守った。もはや誰も一言も発しない。


 足を肩幅と同じくらいに開いて、顔を的に向けた。背筋をピンと伸ばして、弓の握りを左手で握った。ここまでの姿勢は見事だ。しかし、右手で弦を引くが、引きが弱い。右手の位置は顔よりはだいぶ手前で、しかもぷるぷると小刻みに揺れている。ピュンという音を立てて矢は放たれた。しかし、その瞬間にヤヒコは叫んだ。


「あっ、いけねぇ!」


 矢はヘロヘロと力なく飛んでいき、的からだいぶ手前の辺りで落ちた。兵たちは爆笑した。


「だから言わんこっちゃない。恥かいちゃったじゃねぇですか!」

「うーん、俺の買いかぶりだったか。しかし、その腕でよくあんなカモを獲れたな」

「こんなに人がいちゃ、カモだって逃げますぜ。人前で射ったことなんてないって言ったじゃないですか!」

「ははは。悪かった悪かった。では祈祷所へ行こう。みなさん、邪魔してすみませんでした。訓練を続けてください」


 門番は武人に頭を下げると先に立って歩きはじめた。ヤヒコもペコリと頭を下げて慌てたようについていった。



 祈祷所は国の真ん中辺りにあった。それほど大きな建物ではない。ヤマト国で目にしたものと同じくらいだ。祭壇を前にした空間は四、五人の大人が入ればいっぱいになるだろう。国の大小によらず、儀式に必要な部屋の大きさは変わりはないということか。


「旦那ぁ。祈祷所って、婆さんが髪を振り乱して踊るところでしょ? ありゃ薄気味悪くていけない」

「ははは。うちの巫術師(ふじゅつし)は若い美人だぞ。婆さんもいるが、耄碌(もうろく)していて代替わりだな」

「へぇ、ちょっと覗いてみたくなりやした」

「どうだろう。儀式の最中には邪魔するわけにはいかないし……」


 門番が腕を組んで首をかしげた瞬間だった。ドンという大きな音を立てて祈祷所が炎を上げた。


「大変だ! 火事だ! みんな、水を持って来い!」

「一体なにが起こったんです?」

「鬼神だ! 鬼神を抑えきれなかったんだ!」


 人型をした炎が暴れ、屋根も壁もぶち壊していく。その大きさは大人の背丈の倍はありそうだ。わらわらと人が集まってくるが、どうすることもできない。

 先ほど訓練していた兵たちも集まってきた。さすがに彼らは落ち着いている。武人が指示を出して、一斉に全員が動き始めた。


「むやみに近づくな! まわりの建物を壊して延焼を防げ!」


 しかし、炎の鬼神は作業をしていた兵のひとりを人形のように軽々と抱えると一瞬にして黒焦げにして、なおも暴れまわった。



   ◇ ◇ ◇



 鬼神の怒りを鎮めて火を消し止めるのには数刻の時間を要した。被害は大きなものとなった。儀式を行った巫術師を含め、死んだものが十数人。焼け落ちた建物が五棟。変わり果てた周辺の様子に人々は呆然とした。


「大変なことになりやしたね」

「これでもマシな方だ。巫術師がすぐに死んだから、鬼神も長くは暴れなかった」

「巫術師がなにかヘマをやらかしたんですかい?」

「そうだろうな。まだ未熟だったんだ。困ったことになった」

「困ったのは俺もでさ。これじゃ亀も使わねぇでしょ」

「すまんな。巫術師がいなくなれば使う者もいない。食うことは食うだろうが。食事の担当者に話してみるか」

「いや、他の国をあたってみます。なんか気の毒で……。これを巫術師さんの家族にでも渡してください」

「いいのか?」

「なぁに、また獲ればいいし」


 ヤヒコは門番に亀が入った袋を手渡し、頭を下げるとその場を後にした。偵察の任務は果たした。しかし、その顔はかなり深刻なものだった。


(巫術というのはあんなに危険なものだったのか……)


 門を出るとヤヒコはヤマト国へ向かって足早に歩き始めた。

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