妖刀が少女の身体に苦悩する話
※TS憑依ものとなっていますが、ダークな話ではありませんのであしからず。
それは、昔々。まだ武士が居て、刀剣もたくさんあったころの話である。
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男は何かに取り憑かれたように殺人を繰り返していた。所謂辻斬りである。
手に持っているのは打ち刀。
二尺ほどの大きさをしたそれは、男の笑いに呼応するように妖しくユラユラと揺れる。
「ヒッ……や、やだ、助けて…!」
命乞いをする少年。それをニヤニヤと見つめる男。
「俺は今まで99人殺してきた………」
狂気を孕んだ笑みを浮かべながら男が恐怖に震え上がる少年にねっとりと話しかける。
「この刀…妖刀『朧夜』の100人目の犠牲者となれることを光栄に思いながら死ぬがいい!!」
男が剥き出しの刀を振り下ろす。
一閃、その太刀筋は胸部を抉り取り、少年を一撃で絶命させる……かのように思われた。
しかしその時、人影が割り込み、その一閃を受け止める。
「何奴!」
男は、割り込んできた男性を睨めつけ、距離を取る。
「我が名は『影森』!この村の守護大名であるぞ!我が領民にこれ以上危害は加えさせん!」
影森と名乗ったその男は、少年を庇うように立ち塞がり、逃げるように目配せすると、再び刀を構えて対峙する。
「おのれ小癪な…!ならば貴様をこの刀の100人目の生贄に変えてくれるわ!」
及び腰になりながらも少年……獲物に逃げられて怒りを露わにした、妖刀を持つ男が飛び掛かる。
「む、無念……」
壮絶な戦いの末、一歩及ばなかった男は、妖が宿った刀を地面に落とし、口から大量の血を吐いて、倒れる。
「おのれ、おのれ…」
負け惜しみの恨み言をボソボソと呟きながら、妖刀の男は絶命した。
「辻斬り討ち取ったり…しかし、最近増えて来たものだな…辻斬りは…」
自身の刀を仕舞って、影森と名乗った男は独り言を言いながらその場を後にした。
だが、その場に残された妖刀は未だに妖しい輝きを放っていた。
『(おのれ、おのれ、許さぬ…許さぬ…俺の使い手を殺すとは…決して許されぬ所業なり…!)』
周囲の怨念を身に纏い、妖刀は自身の怒りに比例して、その光を増していく。
『(次の使い手が現れたならば、100人殺すまで俺を手放させはせぬ…!そして影森…!貴様も俺の錆としてくれる…!)』
妖刀の輝きは、次の発見者が現れるまで、延々と続いたのだった………。
[newpage]
時は流れ数か月ほど経った後のこと。とある村人が、件の事件があった村へとやってきたのであった。
「ふんふんふ~ん」
鼻歌を歌いながら上機嫌に村を出ていこうとする村人であったが、視界の端で日中にも関わらず暗い輝きを放つ『何か』を見つけてしまう。
「ん…?なんだろう、あれ?」
能天気に危機感もなく、村人は『ソレ』に魅せられたように近づいていく。
「刀……?なんだろう……すごく、きれい………」
虚ろな瞳をしながら、美しくも妖しい光を放つ刀に向かって手を伸ばす。まるで妖刀が自分を呼んでいるように感じられたのだろう。
そして、刀に触れたその瞬間だった。
「あ……」
か細い声を残して、ガクンと身体から力が抜ける。正確には異変があったのは上半身のみであり、未だ両足でしっかりと地面に立っている。
それから間もなく、村人は再び顔を上げる。だが、その表情は、鼻歌を歌っていた頃とは似ても似つかないほどに邪悪と歓喜と憤怒がかき混ぜられていた。
「ククク……やっと、手に入れたぞ……俺の新しい身体だ…!!」
邪悪な笑みを浮かべた村人は、刀を握るその手を見つめ…………声を上げた。
「えっ…重ッ!?」ガシャンッ!
『朧夜』は、前回の敗北から刀に触れた者を新たな使い手として、その身を乗っ取ることができるようになっていた。
それ故に、新しく手に入れた身体を片手で触って、どのような身体かを確かめようとしていたのだが……
刀を片手で持とうとして、その重量から刀を取り落としてしまった。
「な、なんだこの身体…あれ、声…高い……?」
見下ろしたその手は真っ白くすべすべで、真剣どころか木刀も持ったことがなさそうなほどに人形のように美しく華奢であった。
視界の端にチラチラと黒く長い、しなやかな長髪が目に入る。
服は綺麗な赤色の着物で、内側の肌触りもいいことから、上質な素材が使われているらしい。きっといいところの生まれなのだろう。
さらに鉄の重さが今までの身体よりずっしりとのしかかる感覚が、比喩ではなく本当に『箸より重い物を持ったことがない』身体であることを強調していて、目線も前回に比べれば2尺ほど低く思えた。
嫌な予感がした彼女……の中に居る『朧夜』が、そろりそろりとゆっくり、片手で股間をまさぐってみようとすると………
「……ない。コイツ女かああああっ!!」
「なんてこった!クソガキで胸がないから女と気づかなかった!!!クソっ!こんな身体雑魚の身体さっさと捨ててやる!」
怒りに身を任せて刀を片手で拾い上げ……られなかったので、両手で拾い、刀に向かって語りかける。
「おい、女!起きてるだろう!?」
『ん……あれ?もう朝…?…あれ、なんで私が目の前に?』
寝ぼけたような声が刀の中から響く。
「やっと起きたか……お前の身体は俺が乗っ取った。返して欲しいなら俺にそうやって懇願するんだな。」
『えっ……そ、そうか、あなた妖刀ね!?じゃあ、私今刀の中に……!?』
「そうだ。俺もお前のような非力なガキの身体はいらん。お前が出ていかないと。俺が戻れん。早くそこから…」
『やったぁ!私こういう何もしなくていい場所に居るのが夢だったの!』
「………うそだろ???」
『私、このままでいいや…花嫁修業とかするのも面倒だし…飽きたら出ていくからその時までおやすみぃ…』
「おい!てめええええっ!起きろおおおっ!!」
少女は両手で刀を力いっぱい出鱈目にブンブン振って大声で叫ぶが、どうやら中に宿る精神はもう眠ってしまったらしく、反応が返ってくることはない。
「くっそぉ!」
今すぐ刀を叩き割って中の女を殺してやりたい…と考えもしたが、そんなことしたら今度こそ一生この身体のままになるので何もできないのだった。
妖刀は身体を捨てるためには2つの方法がある。
1つは身体の持ち主、妖刀の意識。双方が元に戻りたいと願うならば元の身体に戻ることができる。
普通妖刀に身体を奪われて喜ぶ者は居ないため、実質妖刀の自由意思で元に戻ったり乗っ取ったりできる。‶普通は"。
2つ目を説明する前に妖刀について1つ補足。
妖刀というのは怨念のような強い思いによって刀が意思を持ったものである。
故に幽霊にも似た性質を持つため、未練が達成されれば身体を捨てられる。(妖刀でなくなりはするが。)
「………つまりコイツの身体で100人斬り殺すか、コイツが飽きるまで待てってことかよ……」
あの調子じゃ飽きるまでは時間がかかりそうだ。しかしこの身体では刀を振るうどころか構えることすら体力を使う。
どうしたものかと思っていたところ……
「辻斬りだー!!」
村の外れに居る朧夜にも聞こえる声で男性の声が聞こえ、平和そうに話していた周囲の人々の中にも、
その声を聞いてから間もなく、不安そうな顔をしながらその場を後にする者が目立ってくる。
しかし、朧夜だけはそれを聞いてこう考えていた。
「(守護共が弱らせてくれているのなら、辻斬りを殺せるのではないか…?)」
そう。今の朧夜にとって何よりも最優先すべきは、『100人を殺す』ことである。
この身体で守護共に目を付けられるのは困る。今の自分では集団を相手にすることなどもっての外の戦闘力だろう。
ならば、守護共を利用して100人殺せば良いのではないか。
「ならば…向かうしかない…か…」
ゆっくりと少女(の姿をした妖刀)は、刀を蒼色の鞘に仕舞うと小走りで人混みを逆走するのだった。
[newpage]
少女が向かった先では、妖刀から見て今までの身長…6尺ほどであろうか?彼女より2尺ほど高い身長をした男が刀を構え、ゆっくりと少年に向かい歩いていた。
「ひっ…や、やだ…助けて…」
少年は、情けない声を上げて後ずさっていて、男もやはりそれをニヤニヤと見つめながら舌なめずりをして少年を追い詰めていく。
朧夜はそれを見ながらかつての光景を思い出していた。
「(あいつ…俺が殺し損ねたガキだな?)」
奇妙な縁もあるものだと思いつつも、好都合だと思い直す。
「(辻斬りが傷を負っていないのは不都合だが、不意打ちで殺すことができれば勝機は十分にある。)」
朧夜は、音を立てないように男の背後に移動し……自身の本体を抜刀し、一気に斬りかかる!
「ハアアッ!」
抜刀一閃。その剣筋は男の身体を抉り取り、一瞬で絶命に至らせるほどに強力無比な一撃であった。
……が。
「グアアアッ……き、きさまぁ…っ!」
辻斬りの男は背中に浅い傷を負ったのみに留まり、憤怒の表情で少女を睨みつけていた。
「(な、なぜ……しまった!背丈が変わって間合いも以前から変化しているのか…!?)」
変わってしまった身体を嫌でも自覚せざるをえないことに奥歯を噛みしめながら、向き直った辻斬りと対峙すると
「ガキが……舐めた真似を…!」
即座に男が怒りに身を任せた一閃を放つが、それを少女は妖刀で受け止める。
「ぐっ……」(い、一撃が…重い…っ!?)
怒りに身を任せた一撃というのは、隙が大きい。以前の彼であれば反撃できていたであろう。
だが、筋力が弱まってしまった今の彼女では、攻撃を受けるだけで腕が痺れて刀を落としそうになってしまう。
そんな状態で反撃などできるはずもなく、防戦一方となってしまう。
「(くそ…っ、こんな身体じゃなければこんな奴なんかに…!)」
悪態を吐きながらも、一歩ずつ追い詰められていき、ついにガキンッ!という音を最後に刀を落としてしまう。
「終わりだ…俺に歯向かったことを地獄で後悔しろ!」
「嘘だろ……こんなところで、死ぬ、のか…!?」
この身体が死ねば、体内に居る朧夜の精神が死んでしまう。
まだ何の悲願も達成されていないのに。こんな身体になったせいで何もできずに無力に死んでしまう。
少女は無力感から目に涙を浮かべ…死を直感して目を瞑った。
その時。
「そこまでだ辻斬り!」
突然割って入って来た男と彼の持つ刀が、振り下ろされた刀と鍔迫り合いする。
「何奴か!」
「我が名は『影森』!この国の守護大名であるぞ!我が領民にこれ以上危害は加えさせん!」
「おのれ!ならば貴様から亡き者にしてくれる!」
影森と名乗るその男は、辻斬りと対峙し、一進一退の攻防を繰り広げていく。
……一方の朧夜と言えば、放心状態で女の子座りをして空を仰いでいた。
「(コイツ……あの時、俺の使い手を殺した……でも、今俺を助けてくれて……)」
「(自分の仇に助けられたのか?おれ…おれは……)」
悔しくて悔しくて、殺されそうになった時にも堪えていた涙が、頬を伝って行く。
こんな姿をアイツに見られるわけにはいかない…っ!と、必死に涙を拭う自分がまた惨めで、また泣いてしまう。
「ううっ…ぐぞ…ひぐっ……」ごしごし
「おいキミ!ここに居ると危険だ!早く逃げて!」
刀を重ね合わせながら横目に少女を捉え、影森が叫ぶ。
「(今のアイツからしたら、俺は無力な少女だってのかよ……)」
尽きかけた闘志をなけなしのプライドで取り戻し、近くに落ちていた自分の本体……妖刀『朧夜』を拾い上げる。
「負けるもんか…俺は…強いんだ……っ!」
両手で朧夜を静かに構え、今なお牽制し合っている二人の剣豪の隙を突き、一撃で仕留める。これしか方法はない。
息をひそめて背後に陣取り、呼吸を整え、怒りに身を任せて斬っている辻斬りの隙を探す。
「そこだあああっ!」
影森によって攻撃を弾かれ、体勢を崩したところへ、死角である背後から狙いすました一撃が飛ぶ。
妖刀による一撃は、今度こそ一撃で辻斬りの身体を真一文字に切り裂き、一瞬で絶命させる。
「やった………?」
驚愕の表情を浮かべ固まっている影森を気にせず、少女は刀を構えたまま言う。
「どうだ…俺にだって、できるんだぞ…一人で、できるんだぞ……」
ふふふと、いつか見たような狂気を孕んだ笑みを浮かべ、場を立ち去ろうとする少女だったが
「あ、あれ……?」
急にぐらりと視界が揺れ、地面が近づいてくる。
バタリと地面に倒れる。まだ、影森が近くに居るのに。まだ、戦わなくちゃいけないのに身体が動かない。
ぼんやりと誰かが走ってくる感覚と、身体を揺すられる感覚を受けながら、そのまま少女の意識は闇に溶けていった。
[newpage]
「ん…あれ…?」
人の身体で目覚める。という感覚は、妖刀『朧夜』にとって初めての感覚であった。
…まさか、最初にその感覚を味わうのが女の身体であるとは本人も思ってはいなかっただろうが。
パチパチと瞬きしてみると、視界が鮮明になり、見慣れない天井が目に入る。
「目が覚めた?」
見慣れない天井を見ながらぼーっとしていると、急に見知った顔が覗き込んでくる。
「ウヒャアアッ!?」
短い悲鳴を上げて、思わず布団を押しのけて起き上がってしまい、ゴツン!と頭同士をぶつける。
「あいてっ……ご、ごめん、驚かせてしまったか…?」
心配そうに手を差し出し、よしよしと少女の頭を撫でる。
「くっ……お前にかけられる情けなど…!」
そこまでいいかけて、朧夜は気づいた。コイツは俺の正体に気づいていない。
俺の宿敵である『影森』は、この少女の身体を乗っ取っている(正確には乗っ取らされている)のが俺だと気づいていない。
ならばここは、無力な少女のフリをして、影森の隙をうかがい…目的達成のため利用しつくし、不意を突いて殺すのが一番良い。
「…い、いえ、こちらこそ…急に立ち上がって悪かった。」
朧夜の演技は拙いもので、言葉遣いに男性らしさが残っていたが、影森は『珍しい人だな』と思いはしたが気に留めなかった。
それから影森の質問に朧夜は答えることとなった。
第一に名を聞かれた。考えてなかった少女は、とっさに
「お、おれの名前は『朧夜』……です」
と、答えてしまった。一人称に違和感を感じはしたが、個性ということで影森は気に留めず質問を続けた。
まず第二に、なぜ刀が使えたのか。あの刀はキミの物なのかという質問には、
「あの刀は拾ったものです。ですが刀には妖が宿っており、あと99人を殺さねば、私は殺人衝動から解放されないのです。」
と、申し訳なさそうに言った。これに関しては名演技であったと胸を張って言えるであろう。影森も問題なく信じた。
そして第二に身元を尋ねられた。
「え、えっと……」
身元は知らないのだ。実は元々妖刀です。と言ってしまえば影森を利用することなどできないだろう。
「お、おぼえていません……申し訳ありません…」
この言葉には、訝し気に影森も少女の顔を覗き込み、じっと見つめた。
少女の心臓はドクドクと高鳴っていた……が、
この時今感じる胸の鼓動がバレるかもしれないという恐怖から来るものだけで‶なかった"ということを後々知ることになる。
呼吸が荒くなる感覚は、今の彼女にとっては恐怖の象徴でしかなく、なんとかバレないで欲しいと願っていた。
「…ふむ、どうやら嘘を言っているようには思えないな。いや、すまないね。良い所の出身に思えたから家出とかだったら困るからね。」
青年はそう言った。少なくとも信じてはもらえたようで、朧夜はほっと一息を吐く。
「…再度確認すると、キミの妖刀はあと99人殺さない限り、キミから離れることはないんだね?」
「は、はい……いえ、あの、妖刀の中に居るコイツが、俺の身体を捨てて出ていきたいと言えば、離れてくれるようですが…」
「そうだね…一度取り憑かれてしまったら、もう身体は妖刀の思いのまま……悔しいだろうけど、奴の言いなりになるしかなさそうだ。」
「(思いのままかあ。俺もそう思ってたなあ…まさか妖刀から出ていきたくないとか言うやつがいるなんて思わないよなあ…)」
遠い目をしながら
「……もし、キミがいいなら。ここに住み込みで僕が剣術を教えてあげよう。中々キミには見どころがありそうだ。」
「えっ?」
「あ、もちろん嫌なら構わないし…刀が憑りつくのをやめたなら、すぐにやめたっていい。どうだろうか?」
朧夜としては、願ってもない申し出であった。この身体が刀を振るえるようになるまで、昔の自分より強い剣豪に教えを乞うことができるのだ。
今の自分は弱くなってしまったかもしれないが、自分の元の力を加味すれば…もしかしたら影森よりも強くなれるかもしれない。
「よろしいのでしたら…よろこんで!」
少女は身を乗り出して、食い気味に影森に向かって叫んだ。
「お、おう……じゃあえっと、まず服を……」
言われて少女は気づいた。戦闘の影響か、着物はすっかりはだけてしまい、ほとんど裸の上半身を露出してしまっていたということに。
「えっ……キャアアッ!?ちょ、何見てんだよおおっ!?」
気づいてしまうと急に恥ずかしくなり、慌てて布団を胸に当てて影森を睨みつける。
「す、すまない…別にみるつもりはなかったんだ、ただ、その、なんだ…言うタイミングがなくて…」
顔を赤くした影森が後ろを向いている。今なら隙だらけな彼を串刺しにできるだろうが、今の朧夜にそんな思考はできなかった。
「(コイツ…俺の裸を見やがって…!な、なんだこの気持ちは…っ!?)」
ドキドキと心臓が高鳴る。焦っているわけではないのに、ドキドキと高鳴る。
まるで、影森に顔をじっと見つめられた時のような緊張感。いや、それとは少し違う。自分が知らない感情。妖刀が知らない感情が、頭の中を駆け巡る。
不機嫌そうに布団をかぶり、謎の感情に翻弄されながらも、妖刀『朧夜』は再び決意を固めた。
「(くっ…コイツを利用して、俺は絶対に悲願を成し遂げてやる…!)」
[newpage]
そんなことがあってから、1ヶ月ほどが経った頃。
増える辻斬りの数に比例するように、朧夜はメキメキと強くなっていき、その討伐数は既に15人。
さらに模擬戦では希に影森に勝利することもあり、不意を突けば彼を殺すこともできそうなぐらいには強力になっていた。
「なあ…朧夜?お前、俺より強くなっていないか……?」
「な、なにを言っている!?俺はまだまだ…」
「そうか…?だが、お前も模擬戦では俺を倒せるようになっている。俺より多くの人斬りを倒しているのでは…」
「うるさいうるさい!俺がそうだと言ったらそうなんだよ!」
顔を赤くした少女が声を荒げて反論すると、これで話は終わりだと言わんばかりに刀を持って家屋から出ていこうとする。
「どこへ行くのだ!?」
「見回りだ見回り!」
「ならば俺も一緒に…「お前はダメだ!ここに座っていろ!!」
語気を強くして言うと、しょんぼりして影森は座りなおす。
それを見届けると少女は不機嫌そうにしながら今度こそ家屋を後にした。
妖刀が自身に課した条件は100人以上の殺害。そして『影森』の殺害である。
しかし、『影森』を殺すことは今の彼女にはできなくなってしまっていた。
「(何故…なぜあんなに憎かったというのに、奴の事を殺そうと考えるだけで、胸が痛くなってしまうのだ……)」
当てもなくとぼとぼと歩く。これじゃあこの身体を捨てることができない。迷いを持ったまま戦っては、奴に勝つことはできない…。
「なんなんだ…この感情は…これの正体さえ、分かれば…」
『聞こえますか……?』
ふっと、朧夜の頭の中に声が響く。
『今私はあなたの脳内に直接語り掛けています……』
「おまえ…まさか…」
刀の方に目をやると、長らく目にしていなかった妖しい輝きが視界に映る。
「この身体の持ち主か…!?まさか、元に戻る気になったのか…?」
嬉しそうな声で朧夜は言う。この気持ちはきっと、この身体の病気のようなものだろうと朧夜は考えていた。つまり、身体を変えれば影森も殺せる。
『いえ…むしろあなたを見ていてもっと長くここに居たいと思うようになりました…戸惑ってる女の子かわいい……』
「」
口をパクパクさせる少女の脳内では色々な反論と感情が押し寄せていた。
俺は男だ!とか、戸惑ってなどいない!とか、マジで?お前マジでそれ言ってる???とか、色々である。
『そんなことより…朧夜ちゃん!その感情の正体が知りたくないかな?』
「ちゃんじゃない!……が、ほう、お前ならわかるのか?」
『ええ!女のk……こほん。人間の感情に関しては私、詳しいですからね』
なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、もしも本当の事を言っているのならば聞いておくべきだろう。
「…それで、その感情はどのようなものなのだ?」
『それはね……恋よ!』
「コイ。」
思いも寄らない単語が現れ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「い、いやいや、待て!お前も知ってるだろうが、アイツは俺の仇敵だ!必ず殺さなくてはならない相手なんだぞ!?」
『そんなこと言っても……ねぇ?』
訝しげな声を出して、ゆっくり、一つずつ、妖刀に宿っている少女は語る。
『裸を見られて恥ずかしがったり…手を重ねられて声を上げたり……一緒に居るのが幸せだと感じたり?』
『心臓がドキドキするのも恋心なら納得がいくし……挙句の果てに、もう彼の事で胸がいっぱいになってるんじゃないかしら?』
「そ、それは奴が仇だから………」
少女は歩くのも止め、項垂れてしまう。強い風がふいて、よく手入れされた少女の黒髪がゆらゆらと揺れる。
しかし追い打ちをかけるように少女は言葉を重ねる。
『あなたは今女の子なのよ?…否定するなら、なんで身だしなみや手入れに気を使っているの?』
「それは……奴が油断するように仕向けるためで……」
嘘ではない。二週間ほど前に助けてやった村娘に言われ、仕方なく髪留めを付けて家屋に戻った時、影森は彼女を見て一瞬固まり、明らかな隙を見せたのである。
なぜ固まっているのかと影森に問いただしたところ、「あまりに可愛くて、目を奪われていた」ということであった。
それから彼女は村娘らしく着飾るようになった。とはいえ、戦闘が本分であることは自覚していたために少しだけであったが、
宿敵に「可愛い」と褒められ、時折頭を撫でられることに、本人も知らぬ(認めぬ)うちに快感を覚えていたのである。
こうなったのもどんな時でも朧夜は『奴に隙を作るために着飾っている』という事を言い訳にできていたからであり、今もそれを盾にしてプライドを守っている。
『ふーん……認めない気なのね。でも、もうあなたの心は乙女になっちゃってるから、彼を殺すことなんてできないと思うわよ』
「うるさいうるさい!絶対俺はアイツを殺すんだ…!」
唇を噛み締めて、叫ぶ少女。しかしその決意を遮るような声が聞こえる。
「辻斬りだー!!」
「ええい、この大事な時に……!」
1人で向かおうとする少女だったが、そこで手を掴まれる。
「やっと見つけたぞ朧夜……一緒に現場へ向かうぞ!」
ゴツゴツとした男らしい手で、手を掴まれると、下腹部辺りがキュンキュンと締まるような不思議な感覚に襲われ、何故か恥ずかしくなり、手を振り払ってしまう。
「ひゃっ!?…す、すまない……」
黄色い声を上げ、彼に触られた手を見つめて顔を赤く、恍惚としている少女を見て、影森はかがんで目線を合わせると、自分の額を少女の額とくっつけたのである。
「うひええっ!?」
少女は再び黄色い声を上げると、後退りし、尻餅をついた。
その顔はさっきよりも真っ赤で、色合いだけで言えば茹で蛸に近しく感じられた。
「い、いきなり何すんだバカ野郎!!」
反射的に抗議の声が飛ぶ。
「すまない…だが、顔が赤く、ボーッとしていて、熱でもあるのではないかと思い…」
その言葉を聞いて少女は硬直した。
「(そ、それじゃお前、俺がほんとにお前に恋してるみたいじゃねえか……)」
一度意識してしまえば、もう男性としてしか見ることしかできない。
だが、男の異性として見るということは、自分の精神が女性化していることを認めることであり、『強者となるべくして生まれた妖刀』にとって『か弱く、守られる存在』である女の精神に染まることなど、あってはならないことであった。
「俺は男だ…男なんだ……っ!」
拳をぎゅっと握り締めて、目の前の男を睨みつける。
彼は既に立ち上がり、恥ずかしがってる朧夜に気を使って、見ないように後ろを向いていた。
彼を殺す絶好のチャンスである……が、
「(まだ100人殺せていない……100人殺したら、こいつは…こいつは必ず殺す……だから、それまで利用してやる…それだけだ、それ以外の感情などない…っ!)」
立ち上がった少女は、目の前の武士に向かって
「準備ならできている…手間をかけさせた。」
さっきまでとはうってかわり、凛々しい表情となった少女は、自身の半身『朧夜』に手をかけて、相棒の手を握る。
「さあ、共に行こう。相棒。」
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かつて村に少女の姿をした剣豪ありと語られる。
名刀『朧夜』と失われた記憶を探し、刀を振るう黒髪の美少女。
仮の名として共にありし刀『朧夜』と同じ名を名付けられた。
治安の悪かったこの村にて守護大名と共に数多の悪人を討ち取り、実に百人以上を成敗した。
百人成敗の伝説を成した後、一度守護大名は彼女を本来の家へ返そうと試みるが、
しかし剣豪少女『朧夜』は、守護大名と共に村を守り続けたと言われており、
未だその子孫が、この村の長となっていると言われている。
ーーーーとある村の伝承より。
回覧ありがとうございました!
TSFは良い文明だと少しでも思っていただければ嬉しいです!
もし少しでも楽しんでもらえたのなら、感想などいただければ嬉しく思います!