僕の彼女
僕の彼女、円堂紗良はどこか不思議な人だ。
日によって性格が違いすぎる。わがままばかり言って甘えてきたかと思えば、やたらとイライラしていたりする。二重人格というか、もはや悪魔に乗っ取られたようだった。言い方は悪いけど。
何か悩みがあるなら言ってほしい。けど、僕じゃやっぱり頼りにならないと思われてるのかな。
そんなことを思いながら、僕はいつもの待ち合わせ場所である噴水の前で紗良を待っていた。
「慎太郎、お待たせー!」
紗良が、手を振りながら駆け寄ってきた。コートにマフラーに手袋と完全防備だ。寒がりなのは出会った頃と変わらない。
「行こっ!」
紗良は僕の腕に抱きついてきた。今日は割と機嫌がよさそうだ。
「うん」
そして、沈みかけの太陽に照らされながら僕たちのデートがスタートした。
……
「辛っ!」
一口食べて、紗良は水をがぶがぶ飲んだ。
僕たちは、キムチ鍋で有名な店に来ていた。
キムチ鍋だけでなく他の辛いものも推している店なので、必然的にテーブルにはそういう類のものばかりが並んでいる。
「そんなに辛い?」
言いながら紗良の食べた麻婆豆腐を食べてみると、なるほど確かに口の中が痛かった。
「ね、辛いでしょ?このお店本格的だね」
「だね」
その時、僕はふと思い出した。
「でも、紗良って辛いもの大好きじゃなかった?だから僕ここにしたはずなんだけど…」
僕は記憶力がよくないけど、紗良のことだったら忘れない。だから確かなはずだ。
紗良は一瞬顔をこわばらせた気がしたけど、すぐにほわっとした笑顔に戻った。
「…そんなこと言ったっけ?でもそれはあれだよ、好きと得意は別ってやつだよ」
「そっか。ごめん事前に確認しなくて」
「いいよいいよ」
それからなんとなく気まずくて、あまり話は盛り上がらなかった。
その雰囲気が変化しないままそこでの食事は終わり、僕たちは夜道を歩いていた。心なしかいつもより二人の距離が広い。
紗良の住むアパートに着くと、紗良はくるっと僕の方を向いた。
「じゃあ、私明日仕事早いから。今日はありがとう」
紗良は僕の方をあまり見ずに微笑み、階段を上がっていった。水色のスカートが風でかすかに揺れているのを、僕はなんとなく見つめていた。
いつもの流れなら、この後は紗良の家での飲みなおしていただろう。まあ今日は無理だろうと思ってたし、僕も明日には大事な会議があるから早く帰っておきたかった。
帰ろうとして、スニーカーの靴紐がほどけていることに気がついた。僕はしゃがみこんで直そうと奮闘したけど、生来の不器用さのせいでなかなかうまくいかない。
すると、僕の耳にさっきまで聞いていた声が飛び込んできた。かすかだったけど聞き逃さなかった。
顔を上げると、紗良が自分の部屋のドアを開けて中の誰かと話しているのが見えた。紗良は一人暮らしのはずなのに。
頑張ればなんとか聞き取ることができそうだった。僕はしていた作業を中断し、紗良をじっと見つめた。
「ありがとう、はい、これ」
中にいるのは女性か。その女性が紗良に何かを手渡した。
「確かに受け取りました。ほんと、こんなこと頼まれたの初めてだよ」
「ごめんね無理言って。アンナにはいつも無理言ってるね」
アンナ?中の女性はなんで紗良のことをそんな風に呼ぶんだろう。一文字も被ってない。
そこで僕は、中の女性の声が紗良とほぼ同じ声なのに気づいた。というかむしろ、彼女の声の方が出会った頃の紗良の声と近い。
「大丈夫大丈夫。でも、なんで彼氏とデートしてほしいなんて頼んできたの?嫌なら断るなり別れるなりすればいいのに」
中の女性、たぶん本当の紗良は外に顔を出し、まわりを見回した。でも暗さと僕の姿勢のおかけでバレなかった。
「あの人はいい金づるだから、別れたくはないの。かといってデートしないのもあれだしね。でも心配しないで、アンナにはもう頼まない。今度は別の人に頼むから」
「ふーん、紗良ってばどんどん悪女みたいになってくね。まあいいや、また今度遊ぼうね!」
「うん」
今日紗良だと思って会ったアンナという女性が階段を下りてきた。
僕は慌てて隠れようと思ったけど、まわりにいい感じのものがなくてそこに立ったままでいた。
アンナさんと目が合うと、アンナさんは気まずそうに言った。
「…全部聞いてました?」
「はい。最初から最後まで」
僕は自分がどんな表情をしているかわからなかった。
「騙しててごめんなさい。でも、私は慎太郎さんと話すの楽しかったです。こんな風に出会わなければよかったです。あと、紗良とは別れた方がいいですよ」
「それは分かってます」
「…ですよね。本当にごめんなさい。じゃあ」
アンナさんはぺこりと頭を下げ、歩き出した。
「待ってください!」
気がつくと、僕はアンナさんの手を掴んで引き止めていた。
「はい?」
「連絡先、交換してくれませんか」
「え?なんでですか?」
正直僕もそう思う。でも。
「アンナさんと話がしてみたいんです。もっと」
アンナさんはしばらく目を見開いていたけど、ふふっと笑った。その笑顔は本来のアンナさんのものだった。
「口説くのは紗良と別れてからにしてくださいね?」
「もちろんですよ」
僕は携帯を取り出した。こんなにスムーズに連絡先を聞けたのは初めてだ。
世の中には、知らない方がいいこともある。けど、同じだけ知った方がいいこともあるんだということか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。