第三章12
部屋に入ると初老の執事とメイドが出迎えてくれる。初老の執事は見覚えがある。以前フランの父であると推測した人だった。ではその隣のメイドは母であろうか。
彼らは恭しく頭を下げると頭をあげて軽い自己紹介をしてくれた。
「以前はご挨拶もできずに申し訳ございませんでした。私はこの屋敷で家令をしております、フェリクスと申します。主従ともども、今後ともよろしくお願いいたします」
「メイド長のフロランスと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
「あぁ、俺はリクだ。よろしく頼む」
敬語で話すか悩んだが、彼らの主は立場としては俺の下ということになっている。主よりも彼らを尊重するような言動をとれば面倒なことになるだろう。
ゆえに、少しだけ意識して居丈高に振るまい話す。人間関係で迷惑をかけないようにするには、立場や状況を見て対応を変えなければいけないのは、どこでも常識だな。
自己紹介を終えて改めて二人を見る。それぞれ執事とメイドたちを束ねる立場の人間ということもあり、衣服や髪も整えられている。この二人がフランの両親であるのならば、昔からこの家に仕えている一族という話だし然もありなんということか。
ただし、エメリーヌ側に立っていることで、本来の立場よりも使用人たちに及ぶ力は小さいものとなっているのだろうことは推測できた。ゆえに、その肩書きは現状だと立場を表すものとして以外は意味の薄いものだろう。
とはいえ、高い立場にあるということはただ権力を持っているというだけでなく、それだけの経験を積み、技術を持っているということでもある。
だからか、その所作は最初に出会ったときのフランよりも洗練されたものであるように感じた。祝福を受けて以降のフランは日々成長しているので、それほどの差は感じられないが。
そんな二人がフランに視線を向けると、僅かに目を見開く。
そんな彼らに対してフランは少しだけばつが悪そうに視線をそらした。反応を見るに、やはり彼の両親なのだろう。
フェリクスは灰色の髪を整髪料らしきもので後ろに流して綺麗に整えられている。フランの髪色は父親のほうから遺伝したのだろう。整えられた服装とその髪型、引き締められた表情からはかたい印象を受けたが、今は眉根が少し下がりフランと同じく力無い表情になっており弱々しく感じた。
フロランスは長い髪の毛を束ねて後頭部のあたりでまとめている。シニヨンと呼ばれる髪型だろうか。フェリクスと違い整えられてはいるが柔らかい雰囲気を覚えさせる表情と装いだ。彼女のほうは一瞬驚愕の表情を見せたがすぐに柔らかなそれに戻して、フランのことを見つめている。
数秒の間フランは顔をそらしていたが、すぐに前に向き直り二人へ向かって歩を進めた。
「フランソワ、なんだな……」
近くまできたフランに、フェリクスは小さく確認するように訊ねる。
それに対して彼は誤魔化すことなく素直に頷いた。
「わかる、のですね」
「当然だとも、私はお前の親なのだからな。しかし、その姿は……」
「……私が、望んだゆえのものです。申し訳ありません」
その言葉を聞いて、父である男は考え込むように目を閉じる。それに対して母である女はそんな彼の肩に手を添えた。はっとして目を開いたフェリクスに対して、フロランスが一つ頷く。
それから真面目な顔をして、フランソワに向き直る。
「すまなかった、私は親としてお前をちゃんと見てやれていなかったのだろう」
「え、い、いえ……そんなことは!」
「いや、エメリーヌ様から聞いた話と、先ほどお前が自分で言った言葉が本当ならば、そのような姿になりたいと願っていたのだろう。昔から、少女のように着飾りたかったのだろう」
「……はい、それはその通りです」
普通ならば、親に対しては言い難いことだろう。まして、長い間隠していたことなのだから。しかしフランは躊躇することなくそう言い切った。
それに対して辛そうにフェリクスは眉を寄せた。
「やはり、おかしいと思いますよね。普通は、受け入れられるものではない」
「……そうだな。だが、受け入れられずともお前は私の子供だ。ならば、理解はできなくとも、せめて否定はしてやりたくはない。そう思うからこそ、昔から男らしくあれと言ってきたことを後悔している」
その言葉を聞いて、できた人だと思った。いや、良い親か。
理解できず、受け入れられず、それは当人の感覚の問題だから仕方がない。だが、そんな理解できないものにどう対応するかが大事なのだ。
その点、彼はしっかりと子供のことを見て、否定はしないと断言してみせた。こんな対応ができる親がどれほどいるだろうか。
「後悔はしないでください。父さんの期待に応えることは、嫌ではなかったのですから。厳しくも優しく、真っ直ぐ向き合って私を育ててくれたあなたには感謝しかありません。だからこそ、お嬢様をお守りする役目は……えぇ、ちゃんと果たしてみせますとも」
そして、そんな親に育てられたからだろうか、フランもまた、良い子供だった。彼の言葉に、父と母が僅かに涙を滲ませる。その口元には嬉しげな笑みがあった。
フランに向かって、フロランスが歩み寄る。そして、彼をそっと抱き締めた。
「私もあの人と同じで、あなたの気持ち全部はわからない。けれど、あなたの生きたいように生きればいいと思っているわ。助けが必要なら言って頂戴、子供を応援してあげるのが、親の役目だもの。……今まで気付いてあげられなくてごめんなさいね。教えてくれて、ありがとう」
その言葉と抱擁に、毅然としていたフランの表情と体勢が崩れる。体から力が抜けて、震えながら母を抱き返した。表情はくしゃりと歪み、頬には涙が零れていく。
「はい、ありがとうございます……私は、あなたたちの子供に生まれて、本当に幸せ者です」
涙を流し、ぎゅっと抱擁しながら言葉を吐き出すように漏らす。そんな彼の頭を慰めるように撫でる母。そして二人をまとめて父が抱き締めた。
俺は傍らで見ていることしかできなかったが、それでいい。あれは家族の問題だ。俺が出しゃばるような場面じゃない。
ただ、一つ感想を言わせてもらえるのならば、これを見られて良かったと思う。フランが幸せでいられる瞬間を知ることができて良かった。
家族と真正面から話すことができた。そして全てを理解してもらえることは叶わずとも、否定されることはなく、家族であることに変わりはなかった。むしろ、その絆は増したように思える。
それらを実際に見ることができて良かった。だから、此処にいることに意味はあったと思えた。
◆◇◆◇◆◇
その後、何故か家族の輪に迎え入れられ、俺たちと一緒にいるときのフランのことを聞かれたり、小さい頃のフランの話に華を咲かせたりと、和やかな時間を過ごした。フランは恥ずかしがっていたが。
息子のことを頼むとまで言われてしまった。まるで嫁入りである。いや、婿入りなのか?
少しばかり受け入れるのが早くはないかと思ったところもあったのだが、二人の話を聞いて納得した。いずれはこうして対面することになるのだからと、エメリーヌが気を利かせて先に話をしておいてくれたらしい。だから考える時間もあり、心の準備はある程度すませることができていたようだ。
それから幾許かの時間が過ぎ、クロエが扉を開いて顔を覗かせた。どうやら向こうの話が終わったらしい。立ち上がりフランの両親と別れの挨拶を交わしてからエメリーヌの部屋へと戻った。
机のところを見れば、何故かアリスとエメリーヌが向かい合ったまま視線で火花を散らしていた。実際に火花が散っているわけではないが、そんな様子を幻視できるほど睨み合っている。
俺が戻ってきたことに音と気配で気付いたのか、こちらを見ると二人は椅子から立ち上がり笑顔で握手を交わしてから俺のところへ歩いてくる。どういうことなのか。
「ありがとうございました、あなた様。有意義なお話ができましたわ」
「えぇ、本当に。またエメリーヌさんとはお話がしたいものです」
「あ、あぁ……機会があれば、また話せるようにしよう」
いったい二人に何があったのか。クロエは苦笑しながらやれやれといった感じで首を振っている。
とりあえず、今のところはそこは置いておき、聞くべきことを聞くとしよう。
「それで、計画についてはどうだ」
「そうですね、あなた様にもしてもらいたいことがあります。ギルドでの蔵書の確認と、ある人物の調査。そして……」
何か言い難そうに一度視線をそらしてから、次いで真っ直ぐ俺を見て彼女は訊ねる。
「勇者に、なってくださいますか?」




