第三章11
「最初に言っておきますと、そのレリアという方、まず間違いなくなんらかの組織に所属しているでしょう。そして、あなた様たちを利用しようとしています」
開口一番に彼女はそう断言した。
そこまで言い切るというこということは、そう判断する理由を彼女は見つけたのだろう。やはりエメリーヌに話を通して正解だった。
「個人であるのならば、直接の接触はもう少し慎重になるはずです。事前の情報収集や、人相の確認、接触するための時間の把握等々……。しかしそれら全て最初の接触で、戦力の把握と同時に行なっている。恐らくその方は情報収集のための切ってもいい駒なのでしょう」
「行き当たりばったりでやっている可能性はないのか?」
「もしそうであれば、自分の素性や訓練が施された人間であることを隠すことまで頭がまわるとは思えません。そしてアリスさんとフランソワに殆ど違和感を覚えさせないほどの演技と自身が訓練を受けた人間だと覚らせないための技術……それらを学ばせられるそれなりに大きい組織に所属しているのでしょうね」
「ん、組織の規模まで推測できてるのか?」
「小さくはない、という程度ですけれどね。それだけの人員を、使い捨て同然の情報収集の駒として使えているわけですから。代わりがいくらでもいる、若しくはある程度の余裕があるからこその動きです」
「なるほどな……」
俺たちから聞いた情報だけで、まず間違いなく背後に組織が存在していること、その組織の大まかな規模まで推測して見せるエメリーヌ。頼もしさに背筋がゾクゾクとした。頼もしいと思っているだけだ、本当に。
組織が存在しているだろうと推測した理由はわかった。しかし、利用しようとしていることまで殆ど確定しているような言い方だったが、何故だろうか。ここまで怪しい要素があれば敵対行動をとってくるようにしか思えないのも確かだが、彼女が言うことであればそういう感覚的な判断だけではないと思う。
俺が考えたところで答えは出なさそうだ。素直に聞くのが一番だろう。
「じゃあ、こちらを利用しようとしていると判断した理由は?」
「その方は戦力の把握に重きを置いているようでしたから。たしかにダンジョンに潜る冒険者を協力者として確保しようとしているのならば、ダンジョン探索の人員を補充するためであれ、ダンジョンから得られる素材や魔石などを買い取るためであれ、戦力は重要な要素でしょう。しかしそれ以上に、今後も付き合いを続けていく協力者候補として探りを入れているのであれば、戦力よりも人柄や周囲との人間関係の把握を優先するはずです」
言われてみればたしかにそうかもしれない。あのとき彼女は子供らしい質問に織り交ぜてこちらの戦力を測ろうとしていた。しかし、俺たちがどういった人間であるか、周囲とはどのように接しているのかまでは探ろうとはしていなかった
そして、そのあたりを事前に調べていたというのは、先ほどのエメリーヌから聞いた話でないだろうと判断できる。俺たちの人相やダンジョンから帰ってくる時間を知らず、出会ってから把握していた。ギルド職員から聞いた話から、俺たちと周囲の関係についても表面的な部分しか知ることができていないこともわかる。
しかし、エメリーヌには舌を巻く。当人である俺たちでも気付かないことを話を聞いただけで把握して、そこから様々な推測まで立てているのだから。
こういう部分を目の当たりにすると、何度でも思う。彼女が味方になってくれて本当に良かったと。
「うん、相手が組織であり、こちらを利用しようと近づいている。それはわかった。それで、エメリーヌはアリスの考えについてどう思う?」
「えぇ、それらを踏まえたうえで、私もアリスさんの案に賛成です」
あっさりとエメリーヌはそう言って頷いた。
それにアリスは笑顔になりエメリーヌへ近づいていく。
「ではエメリーヌさん、計画のすり合わせなどしたいと思いますが、いいですか?」
「えぇ、勿論。そのこと以外でも、あなたとは話したいと思っていたの。クロエさんもね」
「え、ボクもですか」
「当然でしょう。だって私たち、同じ方に侍る者同士じゃない」
エメリーヌの言葉に二人が「あぁ……」と納得する。本人の目の前でこういう会話をされると、少しだけ居た堪れなくなる。
だからと言って彼女たちから離れる気があるかと言われればないと断言する。それはあまりにも無責任だし、俺自身としてもこれからもずっと一緒にいたいと思っているからだ。
「そもそも、皆さんが離してくれないと思いますよ。勿論、私も」
アリスがエメリーヌへ近づいたあと、いつの間にか俺の隣に控えるように移動して立っていたフランが耳元でそう囁く。
粘度のある甘い小さな声。耳にかかる生暖かい吐息。俺の心中を読んだことを匂わす発言。
それら全てが先ほどのものに似た震えを体に齎す。気がついたときには、後ろから両肩を柔らかな手つきで掴まれていた。
そして俺を背後から捕まえたフランが「ほら」と、三人に視線を向ける。彼女たち全員が笑みを浮かべて俺を見ていた。その全てが、じっとりとした愛情に満ちている。
捕まった。まず思い浮かぶのはその言葉だ。それでも先ほどと同じく逃げようとは思わない。逃げられるわけがないことを理解しているし、俺が逃げたいとそもそも思わないからだ。
周囲からすれば俺が彼女たちを侍らせているように思うだろう。実際、彼女たちは俺の信徒という立場だからそれは間違っていない。
しかし、俺が彼女たちを完全に自由にできるかと言えば、否だと言える。彼女たちは己の意思で俺を信じてくれている。自分の意思で俺についてきてくれている。
その根幹にある思いはそれぞれ違うだろう。しかしそのどれもが半端なものではない熱量と重さを持っていることは俺にもわかった。わかっている。
俺の言葉や行動、好意で彼女たちは動いてくれる。ただ、それは彼女たちが俺のことを思ってくれているがゆえのことだ。俺が彼女たちの気持ちを裏切ればどうなるかわからないし、そもそもその思いは強すぎるので制御などできようはずもない。
結局のところ、俺は彼女たちが実力行使に出れば逆らうことはできない時点で、絶対的に上の立場でいられるはずもないのだ。エメリーヌ曰く、祝福の力で俺を害する方法もあるようだしな。
それでも俺は彼女たちと共にいる。好意を向けてくれる限り、それに応える。信徒にした責任と、好意を向けられ共に過ごしただけで情が湧いてしまう俺の性根ゆえに。
互いに大切だと思っているからこそ、この関係は成り立っているのだ。
「そうじっくりと見なくても、俺たち全員が一緒にいられる時間はたっぷりある。これからお前たちが作ってくれるんだからな、そうだろう?」
「えぇ、勿論ですわ、あなた様。私たちに万事お任せあれ」
エメリーヌの言葉に皆が頷く。うん、頼もしい限りだ。お前たちがとは言ったが、俺にできることがあればするつもりは勿論ある。あくまで信頼をこめた言葉というだけだ。
とりあえず、アリスとクロエを交えて、計画以外にも話したいことがあるだろう。俺は席を外すことにする。この部屋と直通になっている使用人が控えている部屋があるらしいことを以前に聞いていたのでそちらへ行こう。その部屋も防音はされているらしいからな。
「それじゃあ、計画のすり合わせはアリスとエメリーヌだけでやったほうが早いだろうし、俺はこっちの部屋で待っているとするよ。それ以外にも、俺抜きで話したいことはあるだろうしな」
「くす……お気遣いありがとうございます。それではフランソワ、私たちが話している間はあなたがついていてあげて頂戴」
「いや、フランソワも一緒に話していていいんだぞ?」
「計画については、私は指示を受ける側の人間ですし必要ありません。アリスさんとクロエさんとは家で話せていますし、今回はエメリーヌ様を優先するということで」
そう言ったフランは俺の両肩に手を添えたまま、隣室へと俺を軽く押していく。
扉を閉めるとき、何故か振り返った彼が小さく言葉を零した。
「かわりに、その間は私が旦那様を独占させていただきます」
何故挑発したのか。咄嗟に三人を見れば何故か誰も驚いてもいなければ怒ってもいない。これはじゃれ合いなのか、牽制し合っているのか、どうなんだ。
エメリーヌはクスクスと笑っている。それを見たアリスは何かを察したように溜息を吐いて笑顔で俺とフランのことを見送っていた。クロエは、いつもの無表情。いや、少し笑みを浮かべている。柔らかい笑みだ。
その反応で察する。どうやら、俺の信徒たちは随分と仲良くなっているらしかった。




