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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第三章 罪には罰と許しを与えること
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第三章10

 三人がひそひそと集まって話し合っている。出発するためにダンジョンへ向かうときほどではないにしろ、何かあったときのため準備をしているのだが、俺は一人だ。

 いつもなら甲斐甲斐しく服の着脱から防具の取りつけまでアリスがしてくれているから自分でするとなんだか違和感が凄い。そしてアリスたちに対して普段なら俺もやっていることなので手持ち無沙汰な感覚も覚えた。


 何やら囁き合っている三人は互いに防具をつけ合ったりと和気藹々としている。しかし時折こちらに視線を向けると顔を赤くして俯いたりと若干忙しない。

 正直なところ少し調子に、いや大分調子に乗ったことが原因であることはわかっている。今の状況も仲間外れにされているのではなく心の平静を保つために彼女たちが避難しているだけということも。


 とはいえ普段と比べれば寂しく感じてしまうのも確かだ。既に一ヶ月近い時間をアリスたちと共に過ごし、離れている時間のほうが少ない。それで露骨に距離をとられれば、虚しさを感じるのも無理からぬことだった。

 またも以前の自分とは随分と変わってしまったのだなということを改めて実感しながら笑みを零す。そうやって変わってしまった自分も嫌いではない。その変化はアリスたちによって起こったものだからである。


 そんな感傷にも似た思いで胸の内を密かに満たしていると、小声で話し合っていたはずの三人が急に騒がしくなったことに気付いた。

 見ればクロエがこちらに歩いてきており、二人が真っ赤になってそれを止めようと小声で制止の言葉を叫んでいた。小声なのに切羽詰った感情が伝わってくる、器用だな。


「気付いてると思いますけど、一応。今リクさんの近くにいると色々と昂り過ぎて屋敷に侵入するときつまらない失敗をしてしまいそうだから避難するそうです。それはそれとして、あぁいうのは今後も歓迎というか最高だったって話し合ってましたよ」


 それを聞き終わり、二人の方を見ると顔を両手で隠しながら天を仰いでいた。暗いのと少し距離があるのでわかりづらいが、耳まで真っ赤にしているのだろう。

 二人を見ながらクロエが呆れたように溜息を吐いた。最初は控えめだったはずなのだが三人の中で一番年齢が高いからか、慣れてくると随所で年上らしいところが見え隠れしている。


「クロエはもう慣れたから大丈夫みたいだな」


「はい……?」


 二人を見る目が落ち着いた大人のそれだったので思わず呟いた。

 しかしそれを聞いたクロエは何を言っているのだろうかこの人は、というような目で見上げてくる。


「何を言っているんですかリクさんは」


 殆ど同じことをそのまま言われてしまった。しかし、なら違うのだろうか。

 気がつけば俺の手をいつの間にか専有しているほど積極的になっているのは、普段の彼女の行動を見るだけでわかる。平然と俺の手を掴み頬ずりまでしているのを見ているのだから、それはたしかなことだろう。


「こうして傍にいるだけでドキドキして、物を作るたびに感謝の気持ちと好意が溢れてしまうような女に、慣れたから大丈夫だなんて酷いですよ。そうした本人なのに」


 軽く重いことを言われてしまった。ただ、そこまで重くしてしまった責任は俺にあるし、もう俺はそれを嬉しく思ってしまうのだから、問題など一つもない。

 いや、問題はあった。彼女に酷いと思わせてしまった。それは紛れもなく問題だ。


「ごめんな、クロエ。大分積極的になっていたし、さっきも平気そうだったから、勘違いしてしまっていたみたいだ」


「ボクだって、二人みたいにリクさんの方から積極的にこられたら、あぁなりますよ」


 言いながら二人の方を指差す。それからそっと俺の胸元に両手を添えて見上げてきた。

 期待するような上目遣いである。先ほどのような軽やかな動きなど全くない。じっとりとした情欲を感じる切なげな表情と緩やかな動きだった。


 これでボクは大丈夫です。そうは言っていたが、二人を見ていて羨ましくなってしまったところもあるのかもしれない。それに、俺があんなことを言ったからというのもあるだろう。

 なら、その期待に応えないわけにはいかない。俺が言ってしまったことに対して、謝罪の気持ちをこめてできる限り俺が望むことを、そして彼女が望むだろうことをする。


 クロエの頬に触れ、その唇を親指で軽くノックするように触れる。待っていたと言うように口はあっさりと開き、誘い入れるように舌が指に絡みつく。

 その熱さに背筋が僅かに震えた。彼女に指を食まれその熱い粘膜に触れることは、いつの間にか俺にとっても嬉しいと言えることになっていた。

 熱い口内をかきまわすように指を動かし歯茎や内頬をなぞるたびに、彼女は肩や腰を跳ねさせた。丁寧に丁寧に、彼女に奉仕するように指を動かした。


 出発するまでの僅かな時間、彼女は俺の指を食み続けた。

 そして、顔を隠し天を仰いでいたはずの二人は、指の隙間から観察するようにその様子を凝視し続けていた。


 全員に対して積極的に動いてから気付く、出かけるときにやることではなかった。だが先ほどのフランに対してあのように動かないという選択肢はなかった。

 その後の二人に対しても同じことである。余計に時間がかかってしまったことは、怒られるのであれば俺が甘んじて受けよう。そう心に決めつつ、俺たちは静かに家を出た。


 以前のように警備の人間に気付かれることなくエメリーヌの部屋の窓まで辿り着く。窓を開いて迎え入れてくれたエメリーヌは俺たちを見回してから小さく「ふぅん」と鼻を鳴らした。

 それから俺に近づくとふんふんと匂いを嗅いでくる。


「なるほど……でかけにイチャイチャしてきたわけですね」


「悪い、ちょっとあってな……」


「まぁ、こちらも長い話になるということで、人がこないように動いていましたから時間については、いいのですけれどね」


 匂いでバレた。まるで旦那が帰ってきたときに知らない香水の匂いをさせてきたみたいな対応のようだ。しかしエメリーヌの顔に怒りの色はない。

 少し拗ねたような声音と顔をするだけだ。つまるところ嫉妬だろうか。


 ただ、拗ねているだけではない。フランのことを見ながら嬉しそうにもしている。

 恥ずかしげに笑いながら彼がエメリーヌへと近づくと、互いに手をとり合い小声で何か話している。


「言ったことを実現させるのが早すぎじゃないかしら。ちょっと嫉妬しちゃうわよ。貴方にもあの方にも」


「すみません……ですが、本当に大丈夫だとわかってもらえたでしょう?」


「もう、ずるい子ね……でも、うん、良かったわ」


 エメリーヌがフランの頬に両手を添えて額を合わせてクスクスと笑いあっている。なんというか、とても胸の温かくなる光景だった。

 主従でありながら、とても仲の良い友人がじゃれ合っている。そんな風に見える。いや、事実そうなのだろう。


 二人がこれほどまでに主従というだけでなく、友人としても思い合っていることを知ったことで、二人を救えて良かったという気持ちが強まる。

 これから先も、エメリーヌとフランが友人として過ごせる未来を作り出すことができたのだと嬉しく感じた。こうして信徒となる者たちを救うことができるのなら、この手に偶然芽生えた力にも意味はあるのだと思える。


 未だに己の力であるという実感はない。使えるものだから使っている。生きるため、目的を果たすために利用しているだけだ。

 しかし、その力でこうして人を救うことができたと実感するごとに、自分の力として使うことができているような気がしてくる。偶然に、それもどうして手に入ったのかもわからない力なら、それで自分の意思で己と他人を幸せにしてやろう。

 そんな風に思えるようになってきている。開き直りかもしれないが、それでも良い。目の前の光景を見られたのだから。二人のように幸福な人を増やせるかもしれないのだから。


「……さて、あなた様、そろそろ今後のことについて話をしましょうか」


 一頻りフランとじゃれ合い話し合ったエメリーヌがこちらに向き直る。

 二人が手を繋いだままなのが何だか微笑ましい。


「あぁ、こうして呼んだってことは、もう何か考えがあるんだろう、教えてくれ」


 俺の言葉に頷き、エメリーヌはゆっくりと自分の考えを語り始めた。

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