第三章5
レリアと名乗った少女は、自己紹介を終えると冒険者としての話を聞きたがった。自分と同じ子供がどのような活躍をしているのか気になっているのだろう。別に語っても困ることでもないし、ちょっとした休息だと思えばいいだろう。邪魔にならないよう壁際へと移動した。
それぞれが持っている得物を見て興奮しているが、女の子でも見ていて面白いものなのだろうか。いや、彼女がそういうものが好きというだけか。
「凄いね、かっこいいね~! クロエお姉ちゃんの斧はでっかいね~!」
「ん……まぁ、斧は重さも、大事だから、ね」
レリアが戦斧を見てはしゃぐと、クロエはひょいっと持ち上げてみせる。
それを見上げたレリアはぱちぱちと拍手をした。
「うわぁ、軽々持ち上げちゃってる! 凄い重そうなのに! ほんとは軽いの?」
「持って、みる……?」
クロエが本当は軽いのではないかと疑っているレリアの前にそっと戦斧をおろす。それだけでも僅かにがつりという音がして、如何に重いのかがわかるだろう。
しかしそんなことには気がついていないようでレリアは腕捲りをして持ち上げる気が満々のようだ。
「よーし、んぅー……!」
一生懸命力をいれているようだが、微動だにしていない。さすがに彼女では少しでも持ち上げることはできないだろう。
本当に重いということが理解できたようで、ぱっと手を離して感嘆の溜息をついた。
「はぁー……本当に凄く重い。クロエお姉ちゃん凄いね!」
「そんなに……褒められることじゃ、ないから」
クロエは彼女の言葉に少し照れたように頬をかいてから、床に置いていた戦斧を持ち上げて背負い直した。とはいえ、余所行きの力の抜けたような無表情が崩れていないので、照れていると判断するのは俺たち以外には難しいかもしれないが。
それでもレリアは気にしたこともなく、クロエに向かって凄い凄いと跳びはねながら小さく拍手をしている。
「それじゃあ、クロエお姉ちゃんは本当に、このおっきな斧を使ってダンジョンで戦ってるんだー、かっこいい!」
戦斧を振っている真似だろうか、腕をぶんぶんと振り回している。その様子をアリスとフェリシーがじっと見ていた。
それは子供を微笑ましく見守るようなものではなく、レリアを観察しているような表情だったので、それとなく近づき小声で話しかける。
「どうかしたか、二人とも」
「いえ……フェリシーさん、どう思われます?」
「そうですね、少し不自然に感じた、というところでしょうか」
不自然、どういうことだろうか。レリアの振る舞いはただの無邪気な子供のそれにしか見えない。あの年齢であれば多少失礼なところがあってもむしろそれが普通である。
何故そう判断したのか聞こうと思ったが、彼女が目の前にいる。もし二人の懸念が当たっているのであれば、今聞くのは悪手だろう。
「ねーねー、アリスお姉ちゃんの剣も見せてー!」
「しょうがないですね……刃の部分に触ったら駄目ですよ?」
「はぁーい……わぁ、銀色できれー。クロエお姉ちゃんの斧も綺麗だったけど、こっちも凄いねー!」
レリアがこっちを向くとアリスとフェリシーは表情を崩した。困ったように笑いながらアリスは剣を鞘ごと腰から外し、レリアの前に出してあげている。
フェリシーもやれやれ、困ったものですね、とでも言いたげな表情でそれを見守っていた。いや、君たちの方が不自然……ではないな、凄く自然だ。劇団員になれそう。
それからレリアが満足するまで武器や防具を見せたり、ダンジョンでの戦いについて当たり障りのない範囲で語って聞かせた。
その全てをレリアは笑顔で聞き入って感嘆と賞賛の声をあげていた。無邪気な笑顔を見て思う。不自然には見えない。どういうことなのだろうか。
そのとき、時間を知らせる鐘の音が聞こえてくる。もうそろそろ日が沈む。
それを聞いたレリアが、あっと声をあげて頭を下げる。
「ごめんなさい、もうそろそろ帰らなきゃ、遅くなるとお母さんに怒られちゃう!」
「そうか、気をつけて帰るんだぞ」
「うん! 今日はありがとー! よければまたお話聞かせてね!」
ぶんぶんと手を振って帰っていく。俺たちはその姿が見えなくなるまで見送った。
そして、完全に彼女の姿が見えなくなったのを見計らって、小声で訊ねる。
「それで、不自然っていうのは、どういう意味だったんだ」
「足音が、わざとらしいのです。本来ならもっと静かに、それこそ足音を立てないようにできるのに、無理に子供らしく騒がしい歩き方をしているみたいに」
「あぁ、さすがですねフェリシーさん。なるほど、違和感は覚えていたのですけど、それがなんなのか正確にはわからなくて、足音でしたか」
本当にどういうことなの。足音ってなに。わざとらしい足音ってどういう足音なんだ。彼らにはわざと音を立てた足音と、自然に音が立っている足音の違いがわかるのか。凄い。
いや、待て。それじゃあ……。
「彼女は、訓練を受けた人間だと?」
「はい旦那様、その可能性はあるかと」
「待て待て、あの年齢でか?」
「彼女がコロクルであれば、年齢は簡単に偽ることができますよ」
それは俺も考えた。だが近くで彼女を見てそうではないと判断した。コロクルの耳は人間のそれとは違い尖っているのだ。だからコロクルかどうかはよく見ればわかる。
だから俺はそう主張するために、自分の耳を指さした。
「でも、あの子は耳が……」
「顔つきまで変える法具は高いですが、耳の形を多少誤魔化す程度であれば、それなりの値段で買うことができますよ。それでも法具なので、安いとは言えませんがね。それに法具でなくともそういった魔法を使っている可能性もあります。コロクルは妖精種の中でも魔法が得意な者の多い種族ですから」
そうか、そういう法具の存在はたしかに既に聞いていたことがある。失念していたな。そうなると彼女は俺たちの情報を集めにきたのだろうか。
一応俺たちの戦力が全てわかるまでは話さないよう気をつけてはいたが。ちらりと横を見ればクロエは思ってもみなかったというように僅かに口を開いて呆けている。
アリスは顎に手を添えて何か考え込んでいるようだ。
「既に漏れた情報は、私たちの装備や戦闘面での大雑把な役割。パーティ内の人間関係も多少は理解されているでしょう。当然のようにどの階層までいけるほどの実力があるのかも」
短く端的に俺たちから抜き出されたであろう情報をアリスがまとめる。
そう考えると結構な情報をあっさりと明け渡してしまっていたんだな。俺がそう考えて少し後悔していると、アリスが言葉を付け加える。
「ですがまぁ、このあたりは交流のある冒険者たちから聞き出せばわかるような情報ばかりです。実際に私たちが戦っているところや、リク様の御力を使っているところを見られでもしない限りは、致命傷にはならないでしょう」
事実でもあるのだろうが、俺やクロエに対するフォローにも感じた。
なので素直にお礼を言っておく。こういうのは、言えるときに言ったほうがいいからな。
「俺とクロエは結構喋ってしまっていたからな、そう言ってくれると助かる。ありがとう」
「ん、ありがとうね……アリスちゃん」
「いえ、事実でもありますから」
言外にフォローも入っていると伝えられる。少しからかうような笑みだ。くっ、最近こういうアリスも凄くいいと思えるようになってきている。
小悪魔状態のアリスもとても可愛い。勝てない。どういう勝ち負けなのかもわからないが。ただちょっとだけ勝ちたいとも思ってしまった自分がいた。
それはともかくとして、今後はどうするべきか。あの様子ではまた接触してくる可能性が高いだろう。
そのときに俺たちはどのような対応をするべきなのか……。
「次にレリアに会ったら、やはりどうにか関わらないようにしたほうがいいよな。だけどこの場合どう動くべきだ、無理に拒否すれば向こうの正体にこちらが気付いたとバレるだろうし」
「……いえ、ここはあえて接触を続けましょう」
どうしてかと聞こうとしてアリスを見る。背筋が震えた。
何故なら彼女が……それはそれは、良い笑顔をしていたからだ。




