第三章4
ギルドへ入ると、いつも通りの喧騒が聞こえてくる。一瞬そう思ったのだが、すぐに少しだけいつもと違うことに気付いた。騒がしいのはいつものことだが、冒険者同士で囁き合うように話している姿を随所にみかけた。
それに首を傾げながら一先ずはカウンターに向かい、買い取りをしてもらう。素材や魔石の査定を待っていると視線を感じた。福者としてそれなりに名前が広がってきたことでそういう機会は増えたが、いつものそれとは違うものだ。
というよりも、わかりやすく小さな女の子がこちらを凝視しているのが見えた。アリスやクロエよりなお小さい背丈。本当に子供と言っていい年齢だろう。
たまにギルドへ依頼を持ってくる人たちの中に子供を連れた人もいるのを見かけたこともあるが、その子の近くを見ても親御さんらしき姿はない。
ただこちらをジッと見ている。もしかして俺たちに用事があって、買い取りの邪魔をしないように待ってくれているのだろうか。だとしたらできた子だ。
あれくらいの子であれば、周囲を気遣うことができないほうが普通だろう。やりたいことや頼まれたことなどがあれば、それだけで頭が一杯になって突撃をかますくらいするのが子供というものだ。
我慢ができるというだけでも偉い。そんなことを考えていたらなんだか和んでしまった。はじめてお使いに出た子供が頑張っているのを眺めているような感覚。
「買い取りの査定がすみましたのでカードをお返ししますね……リク様?」
「おっと、すみません、ありがとうございます」
仕事用の営業スマイルを浮かべていたベルナールがどうしたのかと僅かに表情に疑問の感情を混ぜる。それでもしっかりと笑顔を崩していないからこいつの仕事意識は凄いものだ。
ギルドカードを受け取った俺の視線を辿り、彼は納得したような声をあげる。
「何か気になることでも……あぁ、あの子ですか。少し前にギルドにきて、皆様を待っていたんですよ。どうにも噂を聞いたらしく、一目見にきたのでしょう。福者の冒険者の方たちは一風変わった方たちが多いですが、その中でも現在のリク様のパーティは福者を多数抱えているだけでなく、見目の良い者ばかりで最近はメイドの方まで増えましたからね」
うん、やはり目立たないようにするというのは確実に無理だ。アリスの浪漫袋がご立派になったのが有名になる前で良かった。外套で隠しているのもあるが、最初からたわわであったように振舞っていても、現状どうにかなっているからな。
それに、これからはむしろ有名になったほうが都合がいい。バルトリードの者と接触するうえで、こちらの実力や財力がある程度知れている状態にできるからな。
懸念していた権力者から目をつけられることについては、既に貴族であるエメリーヌがこちら側の人間になっているから問題はない。ギルドに関しては依頼を指名されたりすることもあるだろうが、それはもともと等級をあげる予定だったし仕方がないことである。
それに、ギルドから俺たちはかなりの恩恵を受けている。組織の庇護下にあることで得をしているのだから、それに対して恩を返す意味でも依頼をこなすくらいのことはしなければ不義理というものだろう。
当然、俺たち側に不利益しかないようなものであれば、話し合いを要求することになるだろう。それでもできうる限りのことはするつもりである。
そういったことを考えれば、今となってはもう有名になることにあまりデメリットはない。いくつか懸念はあるが、今のところは大丈夫だろう。
「なるほど、子供にも知られているというのは嬉しいですね。それだけ名が広まったということですし」
「色々と理解しつつ、そこまで言える胆力は羨ましいですよ」
「ははは……しかし今日はやけにざわついていますね」
ギルドに入ってから気になっていたので、何気なくそう小声で訊ねる。未だに冒険者たちは何か噂話をしているように互いに囁き合っていた。
それにベルナールは笑いながら答える。
「あれですか、新しく加入された冒険者の方の噂をしているのだと思いますよ。とても目立つ体格をしていた方だったので」
「目立つ? 多少体格がいいくらいだとそれほど噂になるほどでもないだろう」
「多少なんてほどではありませんよ……そうですね、アリス様の背丈だと二人分くらいはあったでしょうか。おそらく、ギガースの方だったのでしょうね」
「え、でっか……」
思わず素の声が出てしまった。いや、エメリーヌの屋敷でもギガースの人を見たことがあるが、さすがにアリス二人分もなかったと思うぞ。彼が平均と比べて小さかったのか、それかその新しくギルドに加入したという人が、ギガースの中でも特別大きいのだろうか。
しかし、それだけ大きいのであれば目立っていたというのも納得だ。
「おほん、なるほど……教えてくれて感謝します。買い取りもありがとうございました」
「いえいえ、それではまたのお越しをお待ちしています」
改めて礼を言ってからカウンターを離れる。すると先ほどからずっとこちらを見ていた少女がソファから立ち上がりこちらへ駆け寄ってきた。
半歩ほどアリスが前に出る。小さな子供相手でも警戒は忘れていないらしい。たしかに成人しても幼児ほどの身長しかないというコロクルのような種族もいるし、体格の小ささというのは案外アテにならないのかもしれない。
何も起きていない状態、しかもギルド内で剣に手をかけるようなことはしていない。なら警戒はするにこしたことはないだろう。肩を軽く叩いてから笑顔で頷き感謝の意を示す。
コロクルでなくとも、子供を利用しようとする者がいる可能性もあるしな。
「わぁ、ほんとーにメイドさんだー……あ、えっと、こんにちは!」
楽しそうに満面の笑みを浮かべながらフェリシーを見上げてから、はっとしたようにこちらへ向き直る。挨拶をしながら元気に頭を下げてきた。
その様子にやはり毒気を抜かれる。これが演技なら大したものだ。いや、演技かどうかなんて見分けられる自信は俺にはないが。
「あぁ、こんにちは、俺たちのことを探しにきたんだって?」
「そーなの! 私とおんなじ子供とか、メイドさんが凄い冒険者なんだって聞いて、会ってみたくなったの! 私より年上だけどおねーさんたち、ほんとーに子供で冒険者なんだね、凄い!」
きゃっきゃと楽しげな笑い声をあげながらアリスとクロエを見ている。クロエも身長を見れば子供と同じくらいだからな。亜人だと気付いていないのだろう。
アリスは未だに警戒しているのか、困惑しながら一歩引いている。しかし子供はそういう気配に敏感だ。笑顔でぐいぐい距離をつめていく。
「おねーさんたち、よく見たらおっぱいすごーい! 私より少し上くらいだよね、なんでこんなに大きいの、なんでなんでー?」
「や、ちょ、これはリク様のためのですから……」
アリスさん、てんぱっているのでしょうがそういうことは、ここではあまり口走らないほうがいいですよ。おもにあまりよくない俺の評判が更に下がるから。
それを聞いて少女があーと納得したような声をあげた。
「むかつくはーれむやろーってお兄さんなんだー、可愛い女の子たくさんつれてて、みんな羨ましいんだねー」
無垢な少女に無邪気な口調で酷い言葉を使われ胸を抉られたむかつくハーレム野郎が私です。まぁそのように呼ばれていることは知ってはいたし、面と向かって言われたこともあるが、小さい女の子に無邪気に言われると中々にくるものがある。
とても鋭い言葉のナイフをお持ちの少女に苦笑しながらしゃがみこみ視線を合わせる。
「あぁ、できればそれで呼ばないでくれると嬉しいかな、俺はリク。こっちはアリスとクロエで、そっちのメイドさんはフェリシーっていうんだ。君の名前は?」
こちらから名乗ってから名前を訊ねると、彼女は元気な声で答えてくれた。
「私はレリア! よろしくね、リクお兄ちゃん!」




