第三章3
数日ほど前、工房に篭っていたクロエが喜色に溢れた顔で装備を抱えて部屋まできたのを覚えている。俺とアリスにとっては、もはやお馴染みの光景というものだ。
うきうきとして机を引きずって俺たちの前に持ってくると、その上にできあがった装備を並べていった。斧と短剣が一本ずつ、そしてナイフが合計10本。
そのうちのまずは斧を俺たちに見えやすいように持ち上げてみせる。透明感のある黄褐色の中に、ところどころ黒みを帯びたそれは、武器であると同時に巨大な宝石のようにも見えた。
「今までボクは商品として置いていた鉄製のエンチャントなどを施されていない一般的な戦斧を使っていました。祝福のおかげで戦えるようになっているとはいえ、ボクの本分は職人ですしアリスちゃんが優秀な剣士ということもあって後回しでもいいという判断を続けて、ここまできてしまったわけですね。しかし既にボクたちが挑んでいるのはもう中級ダンジョンです。そろそろボクの武器にもエンチャントが必要になってくると思い、リクさんに頼んで素材を買ってもらい、これを作ることになったわけですね。リクさんに買っていただいたのでご存知でしょうが、この斧はスチールタートルの甲羅を加工したものです。鋼鉄の如き硬さと生物の持つ柔軟さを兼ね備え、魔力の通しもいい、かなりの逸品ですね。そのおかげでエンチャントもミスリルに負けないほどにやりやすかったですよ。今まで使っていた戦斧は断ち切るほうに寄っていましたけど、これは叩き切るのを重視するために重量と刃の厚さを増してあります。当然その分機動力は下がりますが、そこはエンチャントの出番です。この斧に付与されているのは衝撃発生。一方向に対して瞬時に強力な衝撃を発生させます。それにより一直線にしか動けませんが素早い移動も可能になりますし、振り下ろす際に使えば攻撃の威力も劇的に増すでしょう。勿論他の装備と同じく自己修復もありますので、多少の刃毀れ程度なら自動的に直ります。この装備で今まで以上に頑張りますね!」
いつも通り過ぎるほどにいつも通りの活き活きとした説明だった。そしてその説明の通りに先ほども斧から発生する衝撃を巧みに利用して活躍してみせていた。
初めてクロエのこの語りを見たとき、フェリシーは大分驚いていたことも覚えている。しかしすぐに崩れていた表情を戻して、真剣な顔でクロエの説明になるほどと頷いてみせたあたりで、長年従者として働いてきただけのことはあると思った。
そしてその後もクロエの説明は続いた。斧を机に置き、今度は短剣とナイフを一本ずつ持ち上げてフェリシーへ示してみせる。
そのどちらもが銀色の輝きを有している。そこから俺とアリスの武器と同じくミスリルが使われているのだろうということが推測できた。
「フェリシーちゃんにはこの短剣と投げナイフ。今まで戦い方を見て話を聞いた限り、短剣は万一近づかれたときのことを考えての保険で、主な攻撃方法は投げナイフっていうことだったから、そのあたりを考えて短剣は割り切った形にして、エンチャントも投げナイフを活用できるようなものを施したよ。短剣の形状を見てもらえるとわかると思うけど、刃がないよね。これを使うってことはかなりの近距離まで近づかれた状態になるだろうから、このリーチと小ささでも有効な攻撃手段になるだろう突きに特化させておいたんだ。ただの切り合いなんかだとこの小ささでは一辺倒の使い方しかできない武器は不利だろうけど、最初から近づかれた状態を想定しているからこその割り切りだね。そしてエンチャントされているのは少し特殊な効果になってる。吸着、魔力をこめることで指定したものへ引き寄せる力を発生させるんだ。勿論なんでもいいってわけじゃないよ。吸着がエンチャントされた物同士じゃないといけない。例えば投げナイフを投げたあと、持っている短剣に魔力をこめて投げナイフを引き寄せれば態々拾いにいかずとも投げナイフを回収できるわけだね。引き寄せる力は魔力によって調節できるから、それを攻撃に利用することもできると思う。ただ投げナイフは余裕をもって10本も用意しちゃったから、どの投げナイフを指定するのか咄嗟に判断できるようにしないといけない。そのあたりはしっかりと訓練しておいたほうがいいだろうね。これにも自己修復のエンチャントはしてあるから、使わない日もちゃんとそのための魔力も注いであげてね」
フェリシーは二回目にはもう最初から表情を崩すことなく、真面目な顔で説明を全て聞き終えて感謝の言葉を述べながら綺麗に一礼すらしてみせていた。それにクロエも笑顔で装備を渡していたこともを覚えている。
先ほどのポイズントードに風穴を開けたのは、その説明にもあった吸着によるものだったわけだ。しかし凄まじい速度で迫ってくるナイフを、軌道がわかっているとはいえ難なくキャッチしてみせる技量も凄いものである。
クロエの解説を思い返しながら作業を続けていると、いつの間にか剥ぎ取りは終わっていた。先ほどまでそのことを考えていたからか、剥ぎ取りを終えて立ち上がると周囲を警戒しているフェリシーが手に握っているナイフを思わず見てしまう。
その視線に気がついたのか、彼は笑顔でそのナイフを掲げ持った。
「あぁ、先ほどのあれですか? あのときは最大威力で吸着を使ったあと、すぐにそれを緩めたのですよ。そのおかげでポイズントードに当たって減速していたわけですね。それならば捕まえるのはそれほど難しくない、ということです」
「なるほどな」
いや、それでも十分に難しいと思うけどな。祝福を受けた者のそういう感覚は一般的なものと比べると少しずれているようだ。
とはいえ、そうまで言い切られるとなるほどなと納得してしまいそうになるのも事実。彼らにとっては当たり前の感覚だということなのだろう。
そして、そんな彼らがいてくれるからこそ、過酷なダンジョンであっても今まで順調に進むことができているわけだ。それに加えて今までアリスと俺しか持っていなかったエンチャントが施された武器を二人も用いるようになってから更に探索が早くなっている。
この調子なら、そろそろ三階層にも辿り着けるだろう。とはいえ、すぐに階段が見つかるということもなく、数度の戦闘を繰り返した後、大事をとり今日も一度帰還することになった。
何度も戦闘を繰り返しているおかげで二階層の魔物の相手をするのは大分慣れてきた。しかし地形に関しては慣れたからといって劇的に変化があるわけではない。
装備や慣れにより負担が減っているのは事実だが、油断をしていると気付かぬうちに疲労が蓄積していることもあるだろう。ダンジョンの奥を目指してはいるが、それほど急いでいるというわけではない。安全を確保しつつ進むべきだろう。
そのあたりはしっかりと話し合っているので、全員の共通意識となっている。おかげで早くに探索を切り上げても素直に応じてくれるわけだ。まだいけるはもう危ない、である。
「そういえば旦那様、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
第一階層へとあがり、防水加工が施されたバックパックから着替えとタオルを取りだし、安全を確保した状態で軽く体を拭いているとフェリシーが話しかけてきた。
着替えは男女交代で行なっており、今はアリスたちが周囲の警戒をしてくれている。今ならば別に多少の会話くらいは問題ないだろうと判断して頷いた。
「あぁ、なんだ?」
「現在この町のダンジョンは初級、中級は全ての階層が、上級も5階層までは探索され尽くしています。地図も売られているようですが、地形や魔物の特徴を集めるだけで階段までのルートを調べないのは何故なのでしょうか?」
「そのことか。最短ルートを最初から知っていると、一つ一つの階層を探索する時間がかなり短縮できるだろうが、それはいいことばかりでもないだろう。ダンジョンに慣れる機会というものを手放しているともいえる。本当なら敵の情報なんかも知らないほうがもっと対応力なんかを鍛えられるんだろうが、さすがにそこまですると危険性が跳ね上がるからな。パーティメンバーが少なく戦力が整っていない現状を考えて、妥協点として階段までのルートは自分で見つけるようにしているんだよ」
いずれ上級ダンジョンの最下層まで行こうとしているのだから、どうせ自分たちで全て調べなければいけないようになる。ずっと楽をしているわけにもいかない。
そのうち人が集まり、今よりも安定したパーティになれば、出現する魔物の情報なども自分たちで調べながら探索できるようにしたほうがいいかもしれないな。
「なるほど、先を見据えてのことでしたか、了解しました」
話している間に体を拭き終わり、服も着替え終わった。アリスたちにそれを報告して今度は俺たちが周囲の警戒を受け持つ。
二人の着替えが終わるのを待ってから、クロエの新装備のおかげで以前よりも豪快に木々が切り倒された伐採跡を通り、俺たちは地上へと戻った。




