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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章8

 何度かゴブリンの群れとの戦闘を繰り返したあと、ギルドへ戻り受付へと向かう。

 自分たちの番がきて鞄から音を立てて机の上へ落ちる魔石の量にギルド職員が少しだけ目を見張った。その驚きをすぐに仕事用の笑顔なのだろうそれに隠して、丁寧に魔石の数と種類を確認。そのまま流れるように報酬をカードに入れ、そこで声を潜めて話しかけてくる。


「本当に将来有望なようですね。装備を新調して一日でこれとは……しかし、これだけの魔石を見知らぬ新人が持ち込むところを見た者が、よからぬことを企まないとも限りません。ギルド内では対処もできますが、外では十分に注意してください」


 宝くじが当たった人間に、勧誘などが殺到したりするのと似たようなものだろうか。それが社会的弱者なら然もありなん、だな。登録しにきたときは、ジャージ男に襤褸切れを纏った少女の組み合わせだった。それなりに目立っていただろうし、目をつけられる可能性もあるかもしれない。確かに気をつけたほうが良さそうだ。


「わかりました。忠告ありがとうございます」


「いえ、将来有望な方を、つまらない揉め事で潰されるわけにもいきませんから」


 それに対してもう一度感謝の気持ちをこめて頭を下げてからギルドを後にした。

 アリスを連れ立って昨日と同じく宿へ向かう道を歩いていると、音もなくアリスがこちらへ体を寄せてきた。服を摘まれ軽く引っ張られたので屈むようにして顔を寄せる。


「つけられています、おそらく三人」


「ギルドで忠告されたが、まさかこんなに早いとはな」


「才能があってもダンジョンにもぐり始めたばかりの新人ならば良い鴨。成長する前に美味しいところを……ということなのかもしれませんね」


 小声で話しつつ、宿へ向かう道からそれる。寝泊りしているところを把握されたくはない。アリスもそれを理解しているようで、道を変えてもそのまま何も言わずついてくる。

 しかしこのままぐるぐるとまわっていても、暗くなり人気がなくなったところを襲われるかもしれない。ギルドに戻ったところで、まだ何をされたわけでもなく、相手側も離れて隠れるくらいのことはするだろう。


「……よし、そこの路地に入るぞ」


「やりますか?」


 人通りのない路地を視線で示すと、アリスが目を細めてそっと剣の鞘を撫でた。

 その瞳は酷く冷たい。思わず背筋がゾクリとした。


「アリス……? もしかして怒ってる、のか?」


「当然です。彼らの目的は恐らく金銭。ギルドカードは本人でないと使えない、それは彼らも知っているはず。なら彼らがやろうとしていることは、ギルドカードから不当に金銭を抜き出す方法を知っていて盗もうとしているか、もしくは……」


 小声ではあるが、その語気は荒く強い。怒りで興奮しているのか頬も紅潮している。

 言いながら益々怒りを募らせてしまっているのか、鞘を撫でていた手は今やぎゅっとかたく握られて、小さく音をたてているほどだった。しかしどうにか冷静になろうとしているのだろう、深く息を吸い込み、長い時間をかけて薄く吐き出し、推測を口にする。


「……リク様を、我が神を不遜にも害し、脅しつけようとしているか」


 それはアリスにとって、とても許しがたい行為なのだろう。

 ゾッとするほど冷たい声音で理解できる。

 思っていた以上に彼女は怒っていた。


 それほどの怒気が怖くないと言えば嘘になる。けれど、それが自分のためであるというだけで恐怖に竦みそうになる心が弛緩していくのは、その怒りの根本には愛があるからなのだろうか。

 だからこそ、俺はそのアリスの言葉や様子に戸惑うことをせずにすんだのかもしれない。ごく自然に彼女の肩を軽く叩いて、こちらへ意識を向けさせる。


「リク様……?」


 多分、俺は今上手に微笑むことができていると思う。それはきっと、自然なことだからだ。自分のことを真剣に考えてくれる人がいるという幸福を噛み締めれば、当たり前のように浮かんでくるものだから、俺は笑っていた。


「ありがとう。けど、そこまでする必要はないよ」


「ですが……」


「あぁ、勿論彼らが俺たちを害そうとしてきたら、それを止めるために動く必要はある。けど最初から敵意だけで接すれば、それこそ無用な争いを生むだけになるかもしれない」


 言い含めるように言うと、渋々ながら頷いてくれた。それでも警戒はしておきますからね、とアリスはいつでも剣を抜けるように注意してくれるようだ。それは当然ありがたいので感謝の言葉を添えてこちらからも頼んでおく。

 そのまま先ほど視線で示した路地へ向かい、人の目が届かなくなったあたりで振り返る。


「先ほどから俺たちのあとをつけていましたよね。何か御用ですか?」


 少しだけ大きめの声でそう訊ねる。すると三人の男たちが物影から姿を現した。

 俺たちとあまり変わらない装備だ。皮鎧に剣と盾、槍を持っているのが一人。


「わざわざこんなところまできてくれるとは、余程自信があるのか馬鹿なのか……」


「対話で解決したいと思っているのですが」


「馬鹿のほうだったか、なら簡単だ。ギルドカードを出して、残金をこっちのカードに全部寄越せ。大人しく従えばあとは何もしない」


 先頭の男がそう言うと、威嚇するように残り二人が剣と盾を構える。

 ちらりと隣を見ればアリスの指がピクピクと動いていた。

 視線は最早絶対零度で男たちを睨んでいる。


「それ以外に対話の余地はない、ということでいいですか? 争いになればそちらにも被害が出る可能性もありますが」


「……ちっ、面倒だな。もうさっさと痛めつけて言うことを」


 男がそこまで言ったところで鋭い風切り音が響いた。男が槍を構え、残り二人の男たちの後ろへと下がろうとしたところで、ぽとりと地面に何かが落ちる。

 それは切断された槍の穂先だった。男が構えた槍は太刀打の辺りで両断されている。


「……これくらいは、よろしいですよね」


 いつの間にか男の傍へ移動していたアリスが、剣を振り抜いた姿勢のままそう問いかけてきた。男たちは何が起こったのか理解できないのかうろたえている。

 その間に、アリスは剣を鞘に納めてこちらへ戻ってきた。


「あぁ、むしろベストだ。良く武器を狙ってくれた」


 俺はそう答えつつ、男たちと再度対峙する。

 本来なら武装した体格の良い男たち相手なんて萎縮してしまうところだが、アリスの前でみっともない姿は晒せない。そしてアリスが絶対に守ると態度で示してくれている。

 だからこそ、毅然とした態度のまま、もう一度話しかけた。


「引いてくれませんか、これ以上武器や防具を無駄にしたくないでしょう。その槍の分とまではいかないでしょうが、数日分の食料くらいなら、お渡ししますので」


「リク様!」


 アリスが怒ったような、というか怒っているのだろう、そんな鋭い声で叫ぶ。とはいえ先ほどの鋭利で冷たいものではなく、こちらを心配しているような声音と表情だ。

 まぁ自分を襲ってきた人間を無償で許すどころか、食料まで渡すなんて日本でも甘いだろうに、此処では正気の沙汰ではないのかもしれない。俺だって思うところはある。


 けど、今の俺は信徒を抱える神。そう嘯く存在だ。

 なら、ただ相手を害して退けるだけ、というのは違う気がする。


 さすがに本能のままにこちらを殺そうとしてくる魔物や、それこそただ自身の欲望のためだけに人を殺してまわるような存在なら、ここまでしようとは思わない。ただこの男たちは言葉を交わしてきたし、金銭さえ手に入れば命はとらないとも言っていた。

 それが本当かどうか、金銭を欲す理由も正確にはわからない。


 ただ若しかしたら、何か止むに止まれぬ理由があるのかもしれない。

 そうせずにすむ道を探せる可能性があるなら、少しその手助けをするくらいは良いんじゃないか、それだけだ。ただ恨まれるだけというのが、嫌というのもあるが。


「……わかった。あんたらを狙うのは本当に割が合わないらしい。食料を貰えるというのなら貰おう。槍を新調するのに金がかかるし、今更食い物を恵んでもらって傷つくプライドなんざ残ってもいないしな」


 今のアリスの動きを見て、対処できそうかどうか確認していたらしい。こちらを注視しながら小声で話し合っていたが、結論が出たのだろう。俺の問いかけにそう答えた。

 三人で挑んでもどうしようもないと踏んだか、何とかできるとしてもこれ以上の損害を嫌ったか。どちらにしてもこれ以上の損害なしには目的は果たせないと理解したのだろう。武器も防具もただじゃない。相手側に損害を出せると示すことができたのは効果があったはずだ。


 武器を納め、手をあげる。これ以上何かをするつもりはない、ということだろう。アリスと顔を見合わせ、頷き合ってから近づいていく。アリスの手は剣の柄に添えられたままだ。

 鞄に手を突っ込んで食料を奇跡で創り出す。それを鞄にしまってあったものを出したように偽装して、男たちへと渡すと、さっさと彼らは去っていった。渡すときにも一応アリスに警戒してもらっていたが、杞憂だったらしい。


「良かったのですか?」


「あぁ……神として振舞うなら、こういうことも必要かもしれないから、な」


 そう言ってから俺の考えをアリスに伝えると、甘い神様です、という忠言を頂いた。

 この世界の神様は、厳しいのだろうか。地球の神話も、神の所業を見ると結構なものだし、神という存在は、何処の世界でもそういうものなのかもしれない。


「でも……だからこそ、私は助けてもらえたのですよね。ならリク様は、そのままでいいのかもしれません。私が敬愛し、仕えると誓ったのは、そういう方ですから」


 改めて宿へ向かう道すがら、夕日を背に振り返りながらそう言うアリスの顔。そこには先ほどまでの厳しさはなく、ただ輝くような笑顔だけがあった。

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