プロローグ
端の領の端の町。それがリアン王国アルターニュ辺境伯領トゥールの町である。
昔にあった戦争の後、過去この土地に住んでいた亜人たちが逃げ込んだ地域バルトリードと接するアルターニュ領の最南端。そんな過去があるからだろう、亜人が比較的多い領内の中でもこの町に住む亜人数は多い。
とはいえ、多くの亜人はバルトリードへと逃れた。逃げ遅れた者、最後のときまで抵抗を続けた者、捕らわれ奴隷として使われていた者。そんな少数の者たちの子孫が現在アルターニュ領内に存在している亜人たちであるので、人と比べればその数は少ない。
ただ他の国、他の領、他の町よりも多少は多いという話である。しかしその多少の違いが彼らの境遇を変えているのも事実であった。
それは買われた者や雇われている者の境遇であったり、一部の才能ある者には存在する職人や商売人としての道であったり、冒険者としての活動であったりする。
冒険者に限っては、他の町や領であってもなることはできる。ただ頻度や数というのは重要であり、この町と他の場所では対応の質が変わってくるのもまた事実であった。
そのような背景があるからか、この町の冒険者ギルドでは亜人の姿を見かけることが多い。しかし、そんな亜人に慣れた冒険者たちであっても、その日現れた少女には驚いた。
体格に自信のある冒険者たちが揃って見上げる巨躯を持った種族、ギガース。その中でもその少女は一際巨大な肉体を有していた。屈強な者の多い冒険者たちに合わせて作られたはずのギルド入り口で身を屈めなければいけないほどの背丈である。
その巨躯に相応しい重厚な足音を響かせながら歩を進め、カウンターに大きな音を立てて担いでいた袋を置く。それを受け取ったギルド職員が、どうにか浮かべていた営業スマイルを引き攣らせた。
「えー……こちらは……」
「ダンジョンで狩ったゴブリンだ、買い取りを頼む」
そう言いながら袋を傾けると、ゴブリンの死体がごろりとカウンター内に転がった。それを見て、ダンジョン内で見慣れているはずの冒険者たちも思わず顔を顰める。
基本的に魔物を倒したあと、冒険者たちは剥ぎ取りを行う。荷物を減らし、金になる部分だけを持ち運べるようにするためだ。ただ福者や高価な法具など、荷物が増えてしまうという点を無視できる要因があれば、まるごと運搬することもある。上級のダンジョンにもなってくると体の殆どが高価な素材となる魔物も存在しているし、そうでなくともある程度の報酬の足しになるからだ。
ただ、だとしてもゴブリンの死体をそのまま持ってくる者はいない。金になるような部分は殆どなく、唯一高値で取引される魔石は場所さえ知っていれば簡単に取り出せるからだ。
ゆえに、持ってくる者がいたとしたら、そういったことを知らない新人である。冒険者たちの間ではそういう者を見かけたら笑いながら先輩としてアドバイスをしてやるのが、この町のギルドでの恒例となっていた。
しかし今回は少しばかり話が違う。大きな袋一杯に詰まった原型を留めていないゴブリンの死体がカウンターに転がっている。それを運んできたのは巨大な魔物相手に戦っている冒険者たちですら身を竦ませてしまいそうなほど逞しく巨大な体を持った亜人。
等級が上の者たちがいないこともあって、彼女に対して先輩風を吹かせながら軽口を叩ける者は、その場にいなかった。
「か、かしこまりました……」
カウンターで対応していた者が他の職員を呼び袋を運ぶ。どさどさと袋から頭や手足がなかったり潰れたりしているゴブリンの死体がいくつも出てくる。それらが生きていた頃使っていたのだろう武器も一緒に転がり出てきていた。
十数にも及ぶゴブリンを新人でありながら一人で倒したのだろうこと、そしてそれらを全てを丸ごと運んできたこと。目に見える実績と迫力、亜人であることも相まって彼女に声をかけられないのは冒険者であっても、いやむしろ危険を察知することに長けた冒険者であるからこそ無理からぬことであった。
そのような凄惨な死体を前にどうするか数人で相談しながら、とりあえず職員の方で解体をして、死体はダンジョンへ運ぶことが決まったようである。それをギガースの少女は無感情に見える無表情で眺めている。
「それでは、武器や魔石など、全て買い取りということでよろしいでしょうか」
「あぁ、それから、ギルドへの登録というのも、ここでできると聞いたが」
「登録ですね、ゴブリンの魔石10以上の確認は既にできておりますので可能です。ではギルドカードをお作りしますので、こちらに手をどうぞ」
職員の指示に従い滞りなく登録の作業は終わり、ギガースの少女は出来上がったギルドカードを受け取った。
その後ギルドカードのことやギルドに所属するうえでの注意事項など職員からの説明を全て聞き、軽く頭を下げる。
「わかった、色々と教えてくれて感謝する」
無骨ながら堂々とした綺麗な礼。冒険者としては新人なのだろうが、その佇まいは既に一端の戦士のものであった。彼女に注目していた冒険者たちの中にも、既にそのことに気付いている者たちが数人ほどいた。
よく見れば身につけた金属鎧や巨大な大盾と大剣は形が歪で上等な品ではないが、多くの傷やへこみを作りながらもよく整備されていることがわかる。その使い古された形跡から、長い間戦いに身を置いていたことが推測できた。
ギルドから去っていくその戦士としての後姿を、その場にいた冒険者たちは自然と目で追ってしまっていた。彼女の姿を視線で追いかける者たちの中に、一際小さい影があった。ギガースの少女の半分以下の背丈しかない。
その影が、ギガースの少女が並んでいたカウンターへと歩いていく。
「ねぇねぇ、お兄さん。さっきのお姉ちゃんすっごく大きかったね。ここで何してたのー?」
ぴょんとカウンターによじ登りながら、小さな少女があどけない顔で訊ねる。
それに気がついた職員は相好を崩しながらカウンターから出てしゃがみこみ、少女と視線を合わせた。
「おや……ここはね、倒した魔物が落としたものを売るための場所なんだよ。あのお姉さんは冒険者さんなんだ。ほら、綺麗だろう、ゴブリンの魔石だ」
小さな少女にわざわざ血生臭い話をする必要もない。そのように判断して職員はランプの光を反射して煌く魔石だけを少女に示してみせた。
宝石を見て瞳を輝かせるように、少女はそれを見て笑顔を浮かべる。
「あのお姉さん一人でゴブリン倒せるんだー! おっきくて強いんだね! そのませきも綺麗!」
「ははは、そうだねー……ところでお嬢ちゃんは、どうしてこんなところに?」
無邪気にはしゃぐ少女に頬を益々緩めて、職員はギルドの子供がいる理由を訊ねた。全くないことではない。ギルドでは市民が依頼を持ってくることもあり、そのときに子供を連れていることなどもままあるからだ。
「うんとね、最近活躍してるふくしゃの人たちが凄いって聞いたの。子供なのに凄く強かったり、冒険者なのにメイドさんもいるんだって。お話を聞いてたら見てみたくなっちゃって、冒険者さんならここにいると思って会いにきたの。あと、むかつくはーれむやろーもいるって聞いたよ。どういう意味だろ」
「あぁ、リクさんたちのことだな……もう少ししたら、ダンジョンから帰ってくると思うよ。でも忙しいと思うから、あまり邪魔はしないようにね」
「はーい!」
話したいことを話す子供特有の散らかった少女の言葉に職員は乾いた笑いを零す。後半については本人が聞かないですむことを職員は願っておいた。ただ、リク本人は自分が周りからどのように認識されているか理解しているので、その評価は既に甘んじて受けていたりする。
小さな少女は職員の言葉に笑顔で頷いて近くのソファへと座った。
そして職員たちのいるカウンターの方へ向けていた顔をそらし、今は誰もいない外へ視線を向けながら目を細めて小さく呟く。
「リク、ね……さて、どんな奴かしら……」
あどけない顔に似合わぬ響きで。




