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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章44

 家に戻ると、深く息を吸い、時間をかけてそれを吐き出した。走ったことによって息があがっていたから息を整えている、というわけではない。祝福を受けた身となってからこれくらいの距離を走った程度では、それほど疲弊することはなくなった。

 必要なのは心の準備。緊張により速くなっている鼓動をどうにか落ち着けようと深呼吸を繰り返す。時間をかければ寝てしまうだろうことを理解しているのに足は動いてくれない。


 いざ歩き出そうとすると、汗をかいてはいないかと気になり立ち止まってしまう。すんすんと腕をあげて臭くはないかと確認。大丈夫。今度こそ部屋に向かう。

 扉の前でノックしようとして、ふと気になり髪の毛を撫でつける。走ってきたから乱れていないだろうか。やはり少し跳ねている気がする、懐に手を入れてヘアブラシを取り出し髪の毛を整える。よし、これで本当に大丈夫なはず。


 控えめに数度扉を叩く。どうやらアリスさんが私だと気付いたらしい。私が呼びかけると旦那様は逡巡することもなく出てきて部屋についてきてくれた。

 平静を装おうとしているけれど、それができているのか自分ではわからない。先程落ち着けたはずの鼓動はまた速くなり、頬が熱くなってくる。静かな夜の廊下はやけに静かで、足音に混じって自分の鼓動の音まで響いてしまうのではないかと心配してしまった。

 歩きながら色々な想像が頭を過ぎり、自分でもどうしてかわからず怖くなる。せめて涙だけは流すまいと耐えながら、いやに長く感じた部屋までの道のりをやり過ごした。


 部屋につき、扉を閉める。そこから足が動かない。扉の前からどいてしまえる勇気が私にはなかった。信じようと決めたはずなのに、逃げられてしまうのではないかと。

 そんな風に女々しく悩んでいる私に、言葉でも行動でも予防線を張ってしまっているような私に、旦那様は真っ直ぐ向き合って、私の言葉を待ってくれている。拒絶することはないと断言すらしてくれた。


 彼のことが本当に好きなのなら、その言葉を信じなければ。それはわかる。けれどいざ自分の感情を言葉にしようとすると喉が震えて上手く声を出すことができない。

 何度も、何度もつかえながら、それでもこの感情だけは嘘ではないと証明したくて自分の気持ちを吐き出すように彼にぶつける。その途中で耐えていたはずの涙が流れ出てしまったけれど、構うものか。だって、泣いてしまうほどに、私は……


「あなたのことが……好きです」


 そう、旦那様のことが、好きなのだから。

 大切な主を、友人を救ってくれた人。昔の自分を思いださせてくれた人。欲しかったものをくれた人。力強く抱きしめてくれる人。言葉にすると、好きという感情が溢れてしまう。


 言ってしまった。言えた。彼に気持ちを伝えてしまった。遂に伝えることができた。矛盾する言葉が頭を巡り、そのどちらもが私の素直な思いでもあった。

 旦那様は、言った通り逃げたりはしなかった。ただこちらを見ている。


「……それは、友愛や親愛ではないんだな」


「これは、これはきっと恋です。だからこそ、私は怖い。この思いは普通じゃないから。抱きしめられたい、唇を重ねたいと思うことが、罪であるような気さえしてしまって……」


 私がそんな弱音を吐くと、その弱音ごと包み込むように、彼が私を抱きしめた。まるでそれが自然であるように、躊躇うことなく優しい手つきで。

 ダンジョンでされたような、切羽詰ったものではない。ただ私を腕の中に閉じ込めることだけが目的である抱擁。低くなった背のおかげで、彼の胸元に私の頬がぺたりと当たる。


「旦那、様……?」


「人を好きになることは、普通のことだ。少なくとも、お前は怖がる必要なんてない」


 ぎゅっと、強く。そんな風に、彼の体を感じる。彼の心を感じる。

 掻き抱くように、頭に手を添えて胸元へ押し付けられた。私が感じている恐怖から守ろうとでもしてくれているように。そんな風に考えてしまうのは、乙女に過ぎるだろうか。


 彼は言ってくれた。普通だと。私のこの思いは、普通なのだろうか。彼を好きだと思うこの好きという気持ちは、当たり前のものであってもいいのだろうか。私の愛は、肯定されてもいいのだろうか。

 いい、のだと思う。旦那様は、認めてくれているのだから。なら、迷うことはない。好きな人がその気持ちを肯定してくれるのなら、他には何もいらない。


「す、き……好き、です……旦那様、お慕い申しております……」


「あぁ、ありがとう。それだけ真っ直ぐ伝えられると、本当に嬉しいよ」


 顔を、あげる。今まで直視できていなかった旦那様の顔を見上げた。私が顔をあげたことに気がつくと、彼は柔らかく微笑んで抱きしめている私の頭を撫でてくれる。

 あぁ、どうしよう。どうすればいいんだろう。思いが溢れてしまって止まらない。それなのに彼は余計に私の心を煽ってくる。流れ出ている涙をそっと拭ってくれる彼を見ているだけで私の心は喜びに沸きあがってしまった。


 もっと欲しくなってしまう。旦那様がどこまで私を受け止めてくれているのか、まだわからないのに。それでも私は、ねだってしまう。

 頤をあげて、瞳を閉じた。何も見えない中で、彼の温もりだけが私を包んでいる。これでこの温もりが離れてしまったら、それでもいい。抱きしめてもらえただけでも、満足だ。


 でも、でも……? そう、もしもこれすら受け入れられたなら。本当に私はどうすれば、いや、そうじゃない。私は、どうなってしまうのだろう。

 そんなことを考えている間に、彼の温もりを唇に感じた。少しかさついていて、痛い。愛しい痛みだった。それだけで体から力が抜けて、全てを旦那様に委ねてしまう。


 抱き締めたまま、私の体を支えてくれる彼の逞しい腕と胸板すら愛おしい。

 すみませんエメリーヌ様。心はいつでもあなたの従者であり友人だと言いましたね。けれど今だけは、彼の腕の中にいるときだけは、彼のものでいさせてください。


「んっ、はぁ……いいのですか、旦那様。私は、男なのに……」


 口付けまでされておいて、今更の質問だ。けれど私は聞きたかった。言わせたかった。彼に言ってほしかった。彼の口で、私のことを認めてほしかった。

 それを理解しているのか彼は苦笑してもう一度、触れるように私の唇へキスを落とす。


「同性に恋をする、それはきっとここでも奇異の目で見られるものなんだろう。だとしたら俺を好きになったことで悩み、それを伝えようと勇気を出してくれたんだと思う。俺はそれほどまでの思いを向けてくれたことを嬉しく思うし、感謝して受け入れるだけだよ」


 そうか、こうなってしまうのか。受け入れられれば、それだけ好きになってしまう。どこまでも旦那様のことを愛しく思う気持ちが高まっていく。

 彼の頬に両手を添えて、背伸びするようにして唇を奪った。未だに色々と思うところはあるけれど、それよりもずっと彼への思いのほうが強くなってしまって、止まれない。


「ごめん、なさい……あなたを汚してしまうんじゃないかと思ってしまってもいるのに、我慢できませんでした……」


「汚れるはずないだろう。そんなに純粋で熱い思いなんだ、綺麗に決まってる」


 どこまで、どこまで私は落ちてしまうのだろう。この人に、どこまで。

 一を要求すれば、十を貰ってしまっている気がする。それほどまでに、私は彼に何かできているだろうか。貰ったものに見合うものを、返せているだろうか。


「一生かけても、もらったものを返せる気がしません。エメリーヌ様を助けてもらい、本当の私を受け入れてもらって……私は、どうすればいいですか?」


「一緒にいてくれ。好きだと言ってくれた人が傍にいてくれれば、それだけで俺は嬉しい」


 それは、私が望んでいることなのに。それで喜んでくれると言うのなら、私からは何も言うことができない。嬉しくて、嬉しすぎて、何も言えなくなってしまう。

 だから私はその言葉に頷いて、ただ抱きつくことしかできなかった。

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