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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章42

 外が暗くなるのを待ち、音を立てぬよう気をつけながら素早く家を出てエメリーヌ様の待つ屋敷へと向かう。以前よりも軽くなった体のおかげで、そう時間をかけることなく屋敷の周辺までくることができた。

 小さく細くなった体は、実際に体重が軽くなっている。しかしそういう意味だけでなく、祝福を受けたことで以前よりも力強く、速く動くことができるようになっていた。以前よりも見た目は細く柔くなってしまったのに、身体能力があがっているのは本当に不思議である。


 福者や魔物を多く討伐することで吸収した魔力により強くなった者は見た目から強さが測れないと聞いたことがある。自分も福者になったのだから、然もありなんということか。

 そんな優秀になった体を駆使して警備の者の目を盗み、エメリーヌ様の部屋の窓まで軽やかに登る。窓に小さく決められた回数ノック。開いた窓に体を滑りこませる。


「お帰りなさい、フランソワ」


「ただいま戻りました、お嬢様」


 見た目が随分と変わってしまったと自分でも思っていたけれど、エメリーヌ様はすぐに私だと気付いてくれた。私たち二人しか知らない合図があったとはいえ、最初は本当にフランソワであるのか疑われると思ったけれど、お嬢様はいつも通り……ではないようだ。

 口元に手を当てて驚きの表情でこちらに近づき、頬をぺたぺたと触ってくる。


「まぁまぁ、まるで昔のあなたみたい……いえ、それより細く愛らしくなったわね?」


「そういうエメリーヌ様も、以前よりもずっとお美しくなったようで」


 お嬢様のからかうような言葉に、思わず軽口を返してしまった。

 まるで……


「あら、まるで昔に戻ったみたいね、フランソワ?」


 そう、子供の頃の自分のように。無邪気にエメリーヌ様と遊んでいた頃のように。

 エメリーヌ様はそれを咎めることなく、楽しそうにクスクスと笑っている。思わず一瞬冷や汗を流してしまったけれど、それを見ると固くなっていた体が弛緩していく。


「……成長して、抑えるようになっていた部分が、最近不意に顔を出すようになりまして」


「それは、あの方のせいで? それとも、あの方のおかげで?」


 楽しそうに、お嬢様は訊ねる。同じ意味のように聞こえるけれど、その実まるで違う。

 彼女が聞きたいことを正確に理解した私は頬が赤くなるのを自覚した。少しだけ言いよどんでしまうけれど、しっかりと自分の感情のままに答える。


「旦那様の……おかげ、だと……思いたいです」


「そう……そうなのね」


 微笑みはそのままに、私の顔の形を確かめるように触れていた手が、撫でるための動きに変わる。優しくゆっくりと頬を撫でられながら、私は安堵した。

 やはり、彼女はこんな私でも受け入れてくれるのだと。


「彼のところにあなたを送ったのは、やっぱり正解だったようね」


「……エメリーヌ様?」


 思わず恨みがましい目を向けてしまう。本当に昔に戻ったみたいだ。

 彼女の雰囲気もその感覚を助長する。昔のように、昔よりも明るくなったエメリーヌ様が子供のように楽しそうだから、私までそんな気持ちになってしまう。


「くすくす……ごめんなさいね。でも一番信用できる従者で、大切なお友達だもの。私だけがあの方に救われて、あなたは辛いままなんてあんまりじゃないかしら?」


「旦那様の負担になるとは考えないのですか?」


「むしろ隠したままの方が、あの方は気に病むのではないかしら。それに私は、あの方をそれほど狭量だと思っていないもの。綺麗な言い方をすれば、信じているの」


「汚い言い方をすれば、どうなんです?」


「あの方の優しさにつけ込めそうだと思った、とかかしらね。私って結構悪い女だったみたいで、祝福を受けてからそんなことばかり思い浮かんでしまうから」


 唇を歪めて妖しい笑みを浮かべるエメリーヌ様。本当に美しい悪女のようだ。

 けれど、すぐに以前の気弱そうな表情を浮かべて、自身の胸を手で押さえる。


「……そんな考えばかり浮かんでしまう自分が少し怖いのだけれどね」


「エメリーヌ様……」


 弱弱しい彼女の姿を見て、少し考えを改める。前を向くようになり、昔のように無邪気であった頃の彼女にただ戻ったわけではないのだと。

 エメリーヌ様は喉と言葉を震わせながら、胸元の手をぎゅっと握る。


「そして、弱ってしまった後は、あの方に抱きしめて口付けされて、優秀になったはずの頭脳全てを色に溺れさせて全てを忘れさせてもらえると思うと、私は……!」


 ゾクゾクと背筋を震わせて口元を緩ませている彼女の姿を見て、少し考えを改める。前を向くようになり、昔のように無邪気だった頃の彼女にただ戻ったわけではないのだと。

 以前も以前で妄想癖があったけれど、悪化している。私は無言でハンカチを出し、彼女の口元に垂れている涎を拭った。

 ハッとして自分が妄想の世界に飛び立っていたことに気付いた彼女は慌てて口を閉じる。申し訳なさそうに眉を下げて、こちらに向かって手を合わせた。


「こ、このことはあの方には内緒にして頂戴ね……もしこんなことも考えているなんて知られてしまったら恥ずかしいから……」


 それこそ大丈夫だと思うけれど、彼女の感情的な問題でもあるのだろう。それに従者としては主にお願いされたら、そして友人としても、頷くほかなかった。

 私の反応にエメリーヌ様はほっと胸をなでおろす。ふるりと胸が揺れた。


 思わずそれを見てしまう。性的な意味合いは全くない。女性に対してそういう感情を抱いたことは今までもなかった。むしろ男性の、そう、旦那様の厚い胸板のほうが私としては……今はそういうことを考えるようなときではない。

 彼女の胸を見てしまったのは、以前よりも大きさが少し増し、形が綺麗になったように感じたからである。自分もそうなりたいとは思わないけれど、少し羨ましい。旦那様は胸が好きなようだから、これなら喜ばせることができるだろうな、なんて考えが浮かんでくる。


 女性の胸を見て、羨ましいという感想が真っ先に出てくるあたり、やはり私は普通の男性ではないのだなと実感してしまう。けれど、彼女の前では普通を装う必要はない。

 こちらの視線に気付いたエメリーヌ様が、胸を寄せあげてこちらに見せつけるようにしてくる。そして悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「ふふ、羨ましい?」


「なんで、そんな普通は男が思い浮かべないような考えをしているとわかるのですかね……」


「だって、あなた凄く可愛くなっているのだもの、こういうのも羨ましいかなって」


 ふよふよと手で掬いあげるように自分の胸を弄ぶエメリーヌ様。

 こういうところは、子供の頃一緒に遊んでいたときのままだ。体は随分と成長したけれど。


「羨ましくはありますが、私は男ですから。そうなりたいとは思いません」


「あら、大きくなったらきっと、あの方がたくさん触れてくれるようになるわよ?」


「……それでも遠慮します」


「少し悩んでいるあたり、本当に絆されてしまったようねぇ……」


 全部理解されてしまっている気がする。それでいて背中を押されている。普通の男女の関係ではないことは理解しているけれど、それでいいのですかエメリーヌ様。

 自分はいったいどうすればいいのかと、一人で悩んでいたのが馬鹿みたいに感じてしまう。明言こそしていないけれど、彼女は私が旦那様のことを思っていることを応援してくれている。


「そんなに思っているのなら、告白してしまえばいいのではないかしら」


 即座に言葉にされてしまった。何の感慨もありやしない。

 それができたら苦労はしない。そのことはエメリーヌ様もわかっているはずなのに。そんな風に恨みがましく見ていると、彼女は一つ溜息を吐いた。


「はぁ……私たちの姿の変化は、恐らく自分が望んだことで起きている。自身の願望が反映されているだろうから、薄っすらと理解はしていると思うけれどね。そのうえで聞くけれど、あなたがそんな姿を望んだのは何故? 今までは昔を忘れて男らしくあろうとしていたあなたが何故そんなにも愛らしく少女然とした姿を望んだのかしら?」


「それは……」


 何故、私はこの姿を望んだのか。両親の期待に応えたいと、男らしくあろうとしていた私が、こんなにも細く柔く、可愛らしい姿を。

 それは、それは……。旦那様の姿が頭に浮かぶ。彼に可愛がられる少女たちの姿も。それを羨ましいと考えてしまっていたことを。


 愛らしくあれば、少女のような姿であれば……私も、あんな風に。

 既に答えは出ているけれど、改めてエメリーヌ様の言葉を聞いて考えることで、それが確固とした答えになっていくのを感じた。そうだ、私は……。


「旦那様のことが、好きだからです」


 真っ直ぐ、エメリーヌ様の目を見て、そう断言できた。

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