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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章7

 大通りから少し外れた、奥まったところにその店は建っていた。とはいえ、店頭は綺麗に掃除されていて、窓から見える内装は整然としたものだ。ギルドから紹介された店だしそのあたりはしっかりしているのだろう。


 アリスを伴って店内へ入ると、扉につけられていたドアベルが来客を知らせる音を店内に響かせた。呆けたように宙空に視線を彷徨わせながらカウンターに座っていた女性が顔をあげ、ゆったりとした動作で椅子から飛び降り、こちらへ歩いてくる。

 そう、さして高くもない椅子から飛び降りると形容するほど、彼女の背丈は小さかった。小説や映画などでドワーフの背丈は低く描かれることが多いが、実際に目にすると少し驚く。女の子というよりは女性といった顔つきで、大人のような体つきをしているのに、子供と変わらぬ身長というアンバランスさは、どこか官能的な雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃいませ……何をお探しで……?」


 動きと同じく、口調もゆったり……というか気だるげなものだった。他に店員もいないようだし、この子が店主なのだろうか。鍛冶などをしている様子があんまり想像できない。

 とはいえ、ギルドが紹介してくれた店。ちゃんと仕事はできるはずだ。


「この子と俺の武器と防具を一式お願いしたいのですが。予算はあまりないので、繋ぎとして使えるものを」


 ギルドカードを提示して予算を見せると、それを見ながら彼女はふんふんと頷く。

 ごそごそとポケットから紐を取り出し、採寸させてほしいというので俺とアリスも快く了承し測ってもらう。アリスのほうは同程度の身長なのでそのまま。俺のほうは椅子を持ってきて、それに乗りながら胸囲などは測っていた。


 その後サイズに合った装備をいくつか机の上に並べてもらって、値段を提示しながらどれが良いか聞かれる。やはり仕事はきっちりとできるようで真面目な対応だった。


「この予算で繋ぎの装備だと……既製品を使ったほうが良い、です」


「やっぱり長く使うものだと、オーダーメイドのほうが?」


「命を預ける物だから……長く使うなら、体に合わせて作ったほうが良い、です」


 やはりそういうものか、と話を聞きながら頷きつつ、並べられた商品を見る。


 俺の装備は、基本的に不意打ちでもくらったときに自衛するためのものと割り切っている。だから本格的に戦うためのものでなく、急所を守ることができればそれで良い。資金に余裕ができたら俺の装備をきっちり整えるのもありだが、今はアリスが優先だ。

 そのあたりについては、この店につく前に話し合って、俺の装備はなるべく低予算におさえることに決めてある。


 だからこそ、アリスは俺をしっかりと守るためなのだろう、真剣な顔で武器を手に取り、持ち上げたり傾けたりして、感触を確かめている。軽く試してもいいか聞いてから、店内の開いたスペースで軽く振るってもいた。

 槍や斧など、別の武器も試していたが、剣がやはり一番しっくりくるのだろう。ゴブリンが落とした武器でも似たことを試して、同じような反応をしていた。


 しばらく試しに色々と素振りをしたあと、鉄のショートソードを購入する。ゴブリンが落としたのを拾って使っていたものと似ているが、こちらのほうが当然作りがしっかりしている。

 俺は解体にも使えるナイフを買い、防具については二人とも革の鎧を選んだ。俺の場合はそもそも鉄鎧を着て動く自信がないし、アリスは万一のときにいち早く俺のところへ駆けつけられるように軽いものを、ということだった。


「お買い上げ、ありがとうございました……よければ、また……どうぞ」


「はい、資金が溜まったら、今度はオーダーメイドのものを頼みにきます」


「……」


 何故だかジッとこちらを見られる。

 嫌なものは感じない。ただ困惑したような雰囲気が伝わってきた。

 この店に入ってきてから、ぼんやりとした無表情のままずっと変わっていないので、勘違いかもしれないが。


「あの、何か?」


「いえ……いつでも、お待ちしていま、す」


 ゆったりと会釈をしながら、そう言って見送ってくれた。

 こちらを注視してきた意図はわからないが、また来店するのに問題はなさそうだ。

 早速装備した鎧の調子を確かめながらダンジョンへと戻る。

 それからいつも通りゴブリンに遭遇したのだが


「リク様、凄いです! スパッていきます! スパッて!」


 まともな武器を持ったアリスは一太刀でゴブリンの首を綺麗に断ち切ってみせた。

 その喜びようだけ見れば、新しい玩具にはしゃぐ子供のように見える。頬には僅かに返り血がつき、手に持っているのは玩具ではなく無骨な剣というのが現実であるが。


 ただ、その気持ちは少しだけわかる。倒れたゴブリンの解体をしたとき、粗末な剣で解体するよりもずっと楽だったのだ。以前はノコギリのように前後に押して引いてを繰り返して何とか解体していたのだが、この新品のナイフだとすっと引くだけで切れる。

 二人して剣とナイフをほーっと感心したように見てしまった。


「そこそこの値段の既製品でこれなら、高いオーダーメイドのものだと更に凄いんだろうな。もっと稼げるようになったら、あの店に行って作ってもらおう」


「あ、やっぱりあの店で買うっていうのは本気だったんですね」


「ん? どういうことだ?」


「亜人のお店には、あまり人は通ったりしないので。だからあの店員さんも驚いていたのだと思います。私も両親から亜人には気をつけるように教えられていました」


「あー……」


 とどのつまり人種差別というわけだ。ベタだが仕方ないことでもあると思う。

 地球であっても国や肌の色、信じる宗教が違うだけでそういったことはままあった。明確に人と違う部分を持った亜人が実際に存在すれば、何かしら理由をつけて排斥の対象になることもあるだろう。


 こういうところも、普通ならこの世界の価値観に迎合したほうがいいのだろう。政治的、宗教的理由があるのだろうし、一人でそれに抗ったところで、というわけだ。

 だが、俺は仮にも神を名乗ることを決めた身だ。だったらできることもある。


「アリス、亜人は嫌いか?」


「えっと、嫌いということはないです。今にして思うと、亜人の勢力圏への侵攻と、隷属させて奴隷として扱うことの正当化の理由として使っているというのが、亜人への差別意識を助長している国の思惑だと、何となく理解できましたし」


「……アリスは賢いな!」


「ありがとうございます、リク様のおかげです!」


 うん、そういう風に理解できているのなら大丈夫だろう。教育を受けていない町娘でも、生活の中で得ていた情報からそこまで推測し、理解できているというのは正直なところ怖いまであるが、味方なのだし頼もしいと思っておこう。

 祝福って凄い。深く考えると頭が痛くなりそうだったので、そこで思考を止めた。


「とにかく、俺は亜人とも仲良くしたいと考えている」


「わかりました。リク様がそう言うのであれば」


 少しだけ考える素振りを見せたが、あっさりと了承してくれた。

 子供だから差別意識がそこまで根付いていなかったのだろうか。


「思うところがあったりしないか? 正直に言ってくれていいんだぞ」


「いえ、別に亜人だからどうということはありません、というよりも……」


「というよりも?」


「リク様が仲良くしたいと考えているのなら、私も仲良くしたい。それだけです」


 今日もアリスは信仰をキメているらしい。

 相変わらず粘度の高いじっとりとした視線でこちらを熱っぽく見つめている。

 ただ、確かにそこには理知的な光もあり、ただ盲信しているだけではないのがわかる。


「それに、リク様が今後信徒を増やし、教義に亜人との融和を掲げるとしても、そこにはメリットもあると思っていますからね。反対する必要もないと思ってのことです」


「あぁ、人間とは違った長所……ドワーフで言えば鍛冶などの物作りが得意だったりする部分で力になってもらえれば力強いからな」


 やはりアリスもしっかりと考えてくれているようだ。

 ドワーフが神話などの通り鍛冶が得意なら、他の種族もそれぞれ人間にはない長所があるだろうからな。協力してもらえれば力強い。

 そう俺の考えるメリットを語ったのだが


「それもありますが、元々亜人は虐げられている多様な種族です。統一された宗教もありません。そこに亜人を受け入れる宗教、それも直接祝福を与えるような神を主神とするものが現れれば、まとめあげるのも通常の手段よりずっと容易なはず。リク様の忠実な信徒もたくさん増えると思うので、リク様が亜人を受け入れるというのであれば是非、と」


 そんな風に別の視点から見たメリットを彼女も語ってくれた。

 うん、やはり今日もアリスは絶好調だ。俺よりずっと神とか教祖に向いていると思う。

 というか、俺の祝福には狂信者にする効果もあるのだろうか。だとすれば凄く申し訳なく思う。イキイキと信徒を増やす計画を語るアリスを見ると、何か違う気もするが。


「そういえば、リク様は私以外の信徒を増やしませんね?」


「ん、あぁ、もう少し地盤を固めてから増やしたほうがいいかと思ってな」


「悪目立ちしないため、ですか?」


 やはりアリスは頭の回転がはやい。俺の考えを少しの発言からすぐに察したらしい。

 祝福のおかげと言っているが、地頭も良かったのではないだろうか。


「確かに、俺の祝福を与える力は強大だ。訓練をしたわけでもないアリスがあれだけ戦えるようになるくらいに。けど、目立ちやすい。ただの子供が大量に魔物を倒して稼げるようになるんだからな。一人二人なら才能で片付けられるかもだが、それが大量に増えれば目をつけられる可能性も高くなる」


「目をつけられても跳ね除けられるだけの地位や力を得る。もしくは徐々に増やすことで才能のあるものが後進を育てているように見せる。そのためにまずは、ということですね?」


 俺の説明に確認するように添えられた言葉に頷いて返す。

 そう、俺のこの力を最大限に活かすなら、信徒を増やすのが一番良い。だからこそ自分を神と嘯くことを決めたのだ。だが、地盤も何もない状態でいきなり信徒を増やしても悪目立ちしてしまい、権力者なんかに目をつけられたらまずいことこの上ない。

 だからまずは少数で資金を稼ぎ、地位を築く。


「それに、他にも理由はいくつかあるしな。俺が賄えるのは食料だけ。それ以外の生活必需品や、寝泊りする場所を大量に用意するのは現状難しい。急に大勢を迎え入れて、しっかりと統率するのも大変……とまずは少数での準備期間が必要だ」


「なるほど、そして少数で活動するなら、ある程度の選定も必要ですね……」


 そこまで言ってから俺がその通りだと頷いたのを確認してアリスは少し黙り込んだ。

 何かを考え込んでから、こちらをチラチラと窺うように見てくる。


「あの、だとしたら……私は何故選ばれたのでしょう」


「大雑把にだが、俺は救いを求めている人がわかる。その感覚が一番強かったのがアリスだったからアリスのところにきたんだが……」


「救いを求めている人が……それに、何か問題でも?」


「いや、スラムや虐げられている亜人が存在しているのに、やけに少なく感じるんだ」


「救いを求めている人が少ないのは良いこと……と、単純な話ではないですね」


「あぁ、救いを求めることすら諦めているのか……もしくは俺のこの力のほうに、何か条件があるのかもしれない。例えば……俺との相性、とかか?」


 思いつきの言葉だったが、これはあるかもしれない。俺の力は祝福を与えはするがそれは俺への信仰心がなければ殆ど意味をなさない。つまり、簡単に言えば俺とそりが合わないような人間は信徒になりにくいから、探し当てる対象として除外されているのかもな。


 祝福は明らかに神として宗教を起こせとでも言わんばかりの力だ。それを補助するため、信徒を探し出すための力なのだとしたら、可能性は高い。全てでないにしろ、俺の考えにある程度は同調できる人間でなければ、信徒にはなれないだろう。無理になったところで良い結果にはならない可能性のほうがずっと高い。だったら、最初から俺と相性の良い信徒になれる人間を選別する。つまり俺へ救いを求める者を探知する力、か。

 そこまで考えて、アリスが静かだなと思い考え込んでいたことで下がっていた視線をあげると、顔を紅潮させてこちらをジッと見ていた。心なしか息が荒い。


「あ、アリス? どうした?」


「相性、つまり私は、リク様と……敬愛する神様と相性が良い、と?」


「そ、そうなるの、かもな……」


「ふ、ふふ……うふふふふ……嬉しいです」


 胸元でぎゅっと自分の手を握り締めながら、締りのない顔でにへらと笑うアリス。それを見ながら、綺麗に整った顔だとこういう表情も可愛いものなんだな、と少し現実逃避気味にそんなことを考える。


 それからしばらくの間、アリスは上機嫌でニコニコと笑ったままだった。

 勿論、ゴブリンを倒している間も、だ。標的を見つけるや否や、剣を鞘から抜き放ち構えながら駆け出し、軽やかな動作でその体へと剣を滑らせるように切り込ませる。その間もずっと笑顔なものだから、上機嫌な笑みのはずなのに、獰猛なそれに見えてしまう。


 調子も良いのかいつもより早いペースでゴブリンを倒していくから、解体するのも大変だ。魔石を回収するために買った鞄がどんどん重くなっていく。

 前方でゴブリンを次々と屠り、返り血を頬につけたままこちらの無事を確認しては微笑みかけるアリス。それを見ながら周囲を警戒しつつ、粛々と魔石を集める。


 やはりこの探知能力は、俺と相性の良い相手を見つけ出すものなのだろう。

 だってアリス、凄く良い笑顔しているからな。

 魔石を回収しながら渇いた笑いを漏らしつつ、俺はそんなことを思った。

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