第二章39
「よぉ、リク! 見てたぜ、男じゃねぇか!」
「おっす、グレちゃんがきたからもう大丈夫だぜ!」
キラーンと白い歯がギルド内に設置されているランプの光を反射している。綺麗な歯並びまで確認できそうな、それはそれはいい笑顔だった。そんな笑顔を浮かべているのは、投げかけられた言葉からもわかるように、グレゴワールとユベールの二人組である。
屈強な男二人が、盛り上がった大胸筋でシャツをパツパツにしながら胸を張り腕を組みながら並んでいる。真正面から見たのは二度目だが、やはりなんとも凄い光景である。
イレーヌはそれでも先ほどと変わらず笑顔を絶やしていない。凄いな。あ、いや、よく見ると笑顔が引きつっている。あの二人の筋肉と爽やかな笑顔に気圧されている。
触れれば壊れてしまいそうな侵し難い白。人を惑わすような妖しい魅力に満ちた神秘的な赤い瞳。そして彼女の独特な雰囲気と、母の如き声音が先ほどまでここを支配していた。
しかし、それを彼らは打ち破った。どこまでも快活な笑顔とはちきれんばかりの筋肉で。やはり筋肉は偉大だったようだ。男としても鍛えられた体というのは憧れがあるしな。
「私は、彼らとお話ししているところだったのですが……」
「話ぃ……? 俺には猫が獲物を甚振ってるようにしか見えなかったがなぁ」
「おうおう、お偉い宗教家さんが弱い者いじめかよ、いけないんだぜそういうのは~!」
直球過ぎる。怖いもの知らずかこの人たち。ユベールに至ってはいじめっ子を注意する子供のような言い草だ。案の定彼女の周りにいる男たちがグレゴワールとユベールを睨んでいる。ただ彼らよりも二人の方が背が高いので見上げる形になっているが。
一つ、咳払い。イレーヌが再度この場の注目を集めようとする。
「そのようなつもりは全くありませんでしたが、認識の差があるようですね。とても悲しいことです。ですが私たちは同じユピス様の子。話し合えばきっと分かり合え……」
「俺は親父とお袋が情熱的な夜を過ごした結果生まれた、親父とお袋の子なわけ。ユピス様から産んでもらった覚えもなけりゃ、乳恵んでもらった覚えもねぇなぁ?」
「やめろよグレちゃん! おじさんとおばさんの夜なんか想像したくねぇよ! でも神様に育てられるっつぅのはありかもしれねぇなぁ~。ユピス様ってあれだろ、色んな姿になれるすげぇ神様だから、美女にもなれるらしいじゃねぇかよぉ。うちの母ちゃんと交換してくれねぇかなぁ……あ、母ちゃんには言わないでくれよグレちゃん!」
しかしグレゴワールとユベールがそれを許さない。明け透けな言葉で周囲の人間の気を散らす。イレーヌの発する周囲を包み込んでしまうような空気を、下品な茶々を入れながら蹴り飛ばし弾けさせてしまっていた。
それに対して、イレーヌが今まで見せなかった露骨な表情の変化を見せる。一瞬、憎憎しげな表情を二人に向けていた。超然とした雰囲気は作ったものらしい。
恐らく、先ほどクロエたちがあれほど彼女の言葉に動揺していたのは、そういうことなのだろう。彼女はその場の空気を掌握して、自分の言葉の重さを錯覚させていた。
本来であればあのようなことを言われても、ダフニーやフェリシーはまだわからないが、少なくともクロエならば言い返すくらいのことはできたはずだ。兄弟子に対して見せた毅然な態度を思い出せばそれがわかる。
そんな彼女も、イレーヌの言葉を重大なことのように受け止めてしまっていた。それは彼女がそのように、自分の言葉が重大なことであるように誘導していたからだ。
その空気を、グレゴワールたちが壊してくれた。感謝してもし足りない。
「ん……? なんだよリク、呆けた顔しやがって」
「あぁいや……二人がきてくれて助かったと思ってな。俺たちだけじゃこうはいかなっただろう。グレゴワール、ユベール、本当にありがとう」
そう言って頭を下げるが、返事が返ってこない。
不思議に思って顔をあげると、二人は変なものでも見るように俺を見ていた。
「なんだその顔」
「いや、何言ってんだこいつと思って」
「グレちゃんの言う通りだぜ。何言ってんだお前」
グレゴワールとユベールが何を言いたいのか今一よくわからない。
普通に二人が助けに入ってきてくれたことを感謝しただけなのだが。
「はぁー……あのな?」
物分りが悪い友人に呆れてものを教えるように、ビッと指を俺に向けて彼は言う。
「お前が漢見せたから、俺たちはこうして割って入れたんだぜ。あの啖呵がなけりゃ、こいつらだって見て見ぬ振り決めこんでたかもしれねぇしなぁ」
グレゴワールが親指を後ろに向ける。そちらに視線を向ければ、顔なじみもそうじゃない奴も、冒険者たちが自身の武器を肩にかけたり、指を鳴らしたりしながら臨戦態勢をとっている。いつの間にかイレーヌたちを取り囲むように動いていたようだ。
見ればギルドの入り口から、見知った顔が入ってくる。その後ろには退避していたのだろう亜人の冒険者たちが続いてきていた。
そうか、思わず言ってしまった言葉だが、彼らに響いたのであればそれは嬉しい。今まで交流を続けてきたのが無駄ではなかったこともだが、それ以上に嬉しいのは彼らも亜人の味方をしてくれることだ。
亜人の冒険者たちも、勇気を出してきてくれたのだろう。それが嬉しかった。
「へへっ、グレちゃんほどじゃねぇが、リクっちも漢だな。その漢気に当てられた奴がこんだけいるんだ。もちっと胸張れや、なっ!」
ユベールにバシバシと背中を叩かれる。思わず咳き込んでしまったが、気分は悪くない。
そんな俺を見ながら、グレゴワールが言葉を添えるように付け足す。
「それとな……言ったろ?」
「言った? 何を……」
「強者の義務、ってやつさ」
「そーそー、漢なら、てめぇの言ったことの責任くらいは果たさねぇとな!」
「は……」
あぁ、なんだ。この人たちは、自分で言ったことをしっかりとやっているのか。
たしかに亜人のことは対等に見ていないのかもしれない。だが、それでも彼らなりに亜人のことを見ているのだ。ただ排斥すればいいだけの存在ではないと。
弱い守るべき相手だと見ている。けれど、言ったからにはちゃんと守るのだ、彼らは。
「ははは……なるほど、漢だな、グレちゃんと、ユベっちは」
俺がそう言うと、二人は照れくさそうに頬をかいたり、鼻頭を擦ったりしてみせた。
二人に笑みを向けたあと、悔しげな顔をして黙り込んでいるイレーヌに向き直る。
先ほどのような人かどうかすら疑わしいような作られた笑みよりも、こちらの方がずっと好感が持てた。歳相応に悔しがり、怒りを滲ませているほうが、それらしい。
「……ユピス教を、敵に回す気ですか?」
「そんなつもりはありませんよ。言いましたよね。罪と悲しみなんてものが待っていたとしても、それから守ってみせると。私たちが望んでいるのはそれだけです。あなた方がこの場を退いてくれれば、それで済む話です」
守ってみせる。その言葉を発しながら、掴んでいた手をもう一度強く握りなおす。
クロエとフェリシーは俺を見上げて、笑顔で頷いてくれた。今この場を支配している雰囲気により高揚しているのか、どちらも頬が赤かった。
「んでまぁ、それでも退かずに実力行使だ、っつうのなら、こっちも自衛しないといけねぇ」
グレゴワールが言った意味を真っ先に理解したのはアリス。武器を取り出して構えたりはしない。ただ、柄に手を置いて相手を見据える。
他の冒険者たちも同様に、イレーヌたちに対して態度で意思を示してみせた。
「……どうやら、この町ではユピス様の慈悲を勘違いした獣たちがのさばり、ユピス様の子らを大勢惑わせているようですね。……このことは、報告させてもらいますから」
あの笑顔を張り付かせるように浮かべて、最後にそう言い捨てると彼女たちは去っていった。
彼女たちの姿が見えなくなるまで警戒しつつ見送る。そして完全に彼女たちの姿が見えなくなった瞬間、大勢の冒険者たち、特に亜人たちがへたり込んだ。やはり宗教組織というのは、どこの世界でも力を持っているらしい。
クロエとフェリシーも力が抜けてしまったらしく、倒れそうになる。それを引き寄せて抱きしめるように支えた。それを見てグレゴワールとユベールが笑っている。
つい先ほどまで大変だったはずなのに、思わずそれに釣られるようにして俺も笑ってしまった。




