第二章36
机の上に並べられた食器に向かって手をのばし奇跡を起こす。いつものように光が瞬きそれがおさまる頃には温かな夕食が湯気を立てていた。
今日の献立は白米に麩と三つ葉のお吸い物、ふろふき大根に天ぷらだ。先ほどまで空だった食器が数秒もしないうちに食事で埋まった光景にフェリシーが驚いている。
「話には聞いていましたが、やはり目の当たりにすると凄いですね」
それに反してアリスとクロエの二人は最早日常と化したこの光景には慣れたもの。むしろ自分が褒められたわけでもないのにフェリシーの言葉に何故か誇らしげな様子だ。
二人の様子に苦笑しつつ、手のひらでフェリシーに食事をすすめる。
「俺自身原理とかはよくわかってないから、褒められるとむず痒いんだけどな。さ、それはともかくとして温かいうちに食べてくれ」
「……配膳をしていて薄々気付いてはいましたが、私も一緒なのですね」
「勿論、体面を気にするなら外ではフェリシーの思うようにしてくれ。けど家の中でくらいは俺の要望に応えてくれると嬉しい。神と信徒、主人と従者、それも俺たちの関係性かもしれないが、命を預け合う仲間でもあるんだからな」
「……生活を共にすることは、結束を固めることにも繋がりますからね。わかりました」
フェリシーはそうやって理由をつけて納得してくれた。
妥協点を考えて自分なりの理由をしっかりと用意してくれるその対応は、柔軟かつ真摯にこちらに接してくれているのがわかるものだ。こういうところも、エメリーヌが彼を連絡役に選んでくれて良かったと思える部分だろう。
「それじゃあ、改めて食べてみてくれ」
「はい、ではいただきますね」
音を立てることなくスプーンでお吸い物を掬って、口元に運び静かに飲み込んでいく。貴族に仕えていた家系の人間だからか、食べ方が綺麗だな。
アリスとクロエの食べ方が汚いということではない。マナーなど気にすることなく酒場でどんちゃん騒ぎをしながら食器が飛ぶこともある冒険者の中ではずっと綺麗なほうだろう。
ただ、彼の所作にはそういう教育を受けていると思わせるものが見てとれたのだ。
地球の歴史においてはテーブルマナーなどが欧州で広まったのは大分あとの時代だったと記憶しているが、この世界の少なくともこの国ではそのあたりしっかりと確立されて広まっているようだ。文化といえどなんでも手掴みは少し気後れするのでありがたい。
「初めて食べる味ですが、美味しいですね……お嬢様も喜びそうです」
ふろふき大根や天ぷらなども一通り味を確かめてから彼はそう評した。
「エメリーヌも?」
「えぇ、お嬢様は美味しいものがお好きなので、子供の頃などはお父上に珍しいお菓子をもらったりすると、とても嬉しそうにはしゃいだりしていたものです」
昔を懐かしむようにそう言うフェリシーの顔は優しさに満ちている。本当にエメリーヌのことが大切で、心から仕えたいと思ってそうしているのだとわかる表情だった。
しかしお菓子をもらってはしゃぐエメリーヌとは、本当に昔は無邪気にそういうこともできていたんだな。想像すると少し心が温かくなる。
「……最近は、子供の頃のように無邪気にはしゃぐなんて不可能でした。ですが、あなたはお嬢様がまたあのときのように笑える未来を示してくれた。改めてありがとうございます」
「まだ可能性の段階だけどな」
「それでも、お嬢様の命を救ってくれたことはたしかですから」
「そうか……なら、どういたしまして」
助けたいと思ったことはたしかだ。しかし信徒になってくれるかもしれないという打算があったことも事実。そのうえ、この力は俺のものだという実感があまりない。
それでこうまで感謝されるとやはり面映いやらすわりが悪いやら、未だにそういう風に感じることがある。ただ、助けることができたというのは嬉しいものだ。
だからこそ、俺は神と嘯くことをやめることはないだろう。この世界でこれからも生きていくためにも、そして救える者を救うためにも。
そして、救いたいと思う相手は、目の前にもいる。
「……フェリシー、少しいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「俺はエメリーヌを助けたいと思ったから助けた。けどそのきっかけはお前だ。だからこそエメリーヌだけじゃなく、お前のことも助けたいと思ってる」
「……どういう意味でしょうか」
俺の言葉にフェリシーが背筋を正してこちらを見返してきた。
その瞳を真っ直ぐ俺も見返しながら言葉を続ける。
「救いを求めている人間がわかる。エメリーヌから聞いてるだろう」
「私も、そうだと……?」
そう訊ねてきてこそいるが、俺の言葉に思い当たることがあるはずだ。それを示すように無意識にだろう膝で揃えている両手をぎゅっと握りしめている。
「最初はエメリーヌを救ってほしいと願っているだけだと思っていた。でもそれだけじゃないだろう。お前は自分のことも救ってほしいと願っている」
「……そう、かもしれません」
隠しても意味はないと理解したのだろう、静かにそう答える。
しかし、これは隠しておきたいことも無理やりに暴いてしまえるものだ。救ってもらいたいと願いつつも、知られたくないこともあるだろう。
だからそれを認めてくれたフェリシーには、こう言おう。
「認めてくれてありがとう。そして無理に聞こうとしてすまない。話したくなったらでいいんだ。ただ、俺はお前のことも助けたいと思っていることは、忘れないでくれ」
フェリシーは神妙な面持ちで頷いた。そしてこう続ける。
「わかりました……少し、考える時間をください」
その答えに少しほっとする。性急過ぎたかと自分で思っていたからな。
話を一度そこで切って、俺も食事に手をのばす。鰹出汁のきいたお吸い物は、味が濃すぎることなくけれど食材の味をたしかに感じるほっとした味だ。静かにそれをすすりながら三つ葉とお麩を一緒に口に含む。ほんのりとした苦味や柔らかな食感がいい。
よく煮込んだ大根を味噌ダレと一緒に噛み締める。野菜の甘味と味噌の味がよく合っていてこれまた美味い。白米と一緒に頬張ると箸(スプーンだが)が進む。
そしてメインの天ぷら。具材はさつまいもと茄子に紫蘇、そして海老である。衣はカリカリに仕上がっていて食感が楽しい。さつまいもはしっかりと火が通っていてほくほくで甘味が強く、茄子は外側の衣の程よいかたさと中身の柔らかさのギャップが口内を楽しませる。合間に食べる紫蘇の苦味はいいアクセントになってくれるし、海老は身がぷりぷりで白米と合わないはずがなく、気付けばあっという間に食べ切ってしまっていた。
重くなっていた空気も、美味しい食事のおかげで少しは軽くなったようだ。
フェリシーの表情も、食事を進めるにつれ、柔らかくなっていたしな。
因みにアリスとクロエは会話に参加せず大人しくお茶を飲んでいた。そのあたりのことは任されていると思っていいのだろうか。神だからこそ、神としてやるべきことは自分で、と。
ともかくとして、聞こうと思っていたことは一応聞くことができた。あとはフェリシーがどう答えを出すかである。それまでは、そのあたりのことは意識せずに接していこう。
食事を終えて寝支度をすませる。いつものようにアリスたちと体を拭き合い、フェリシーについては奇跡で身を清めればそれで十分ということで、自分の部屋へ戻っていった。
いつものように三人でベッドに寝転び、毛布を被る。
「大丈夫ですよ、リク様。フェリシーさんは信じてくれてはいると思いますから」
「ん、同じ信徒で仲間ですからね。きっと、心を開いてくれますよ」
両側から寄りそうようにして、二人がそんな言葉をかけてくれる。
神と嘯き、思うままに誰かを救って、それでいいのかと悩むこともある。しかしこうして助けることができた人が笑顔でいてくれれば、信じてくれれば、進んでいける。
「あぁ、そうだな……ありがとう、二人とも」
だからこそ、溢れる思いのまま感謝の言葉が自然に口から漏れた。そして言葉と共に二人を抱き寄せる。そうすれば二人も無言で体を寄せてくれた。
幸福というものを互いの温かさで実感しながら、俺たちは静かに眠りについた。




