第二章35
居住まいを正しクロエたちに向き直ったところで、あることを思い出す。
先程まで作っていただろうフェリシーの装備に関することだ。
「クロエ、ちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
「ダンジョン探索中に今日は基本的に後方待機だったこともあるだろうが、いつもより大人しかっただろう。やっぱりあれはフェリシーの観察に集中していたからだったのか?」
「気付いていましたか。そうですね、彼の動きや武器の扱い方を見て、どんなものを作ろうか考えていました」
やはりそうだったか。彼女は優秀な戦士でもあるが、やはりその本質は職人だ。
ダンジョン内であってもそれを変えることはできないだろう。
「そこまでしてくれていたとは……」
「うちのクロエは優秀な職人だ。新しい装備には期待してくれ」
驚くフェリシーに対して少し得意げに胸を張りクロエを褒める。
別に俺自身が凄いわけではないのだが、どうにも誇らしく感じてしまうのだ。この場合は神馬鹿とでも言うのだろうか。字面が何だか凄く不敬。
当人は褒められて嬉しいのだろう、はにかむようにして笑っている。
「でも、なんでわざわざそのことの確認をしたんです……?」
嬉しいことは嬉しいが、何故だろうという疑問も強いのか首を傾げている。それに合わせて腰まである黒髪も一緒になってさらりと揺れた。
なんとなしにその動きを追っていた視線を戻してクロエの目を見て真っ直ぐ答える。
「それは勿論、そこまでしてくれてるなら褒めてあげたいと思ったからだ」
「え、いえいえ、当然のことですし……」
慌てたように両手を振るクロエ。心底からそう思っているのだろう。
日常的に自分が作るものを使う相手を観察し、使いやすくなるよう工夫する。職人としてそれくらいは当然だと思っているのだろうが、それは凄いことだ。褒められて然るべきことなのだ。
「当然のことなら、尚更褒めないとだろう。そうするのが当たり前になるほど頑張ってくれているってことだからな。そこは感謝させてくれたほうがこちらも嬉しい。だから、こう言わせてくれ、いつもありがとうクロエ」
「そ、そうですか。なら、はい……どういたしまして」
俺の言葉に合わせるようにアリスが膝上からおりて横に座る。
それを見てクロエはいそいそと彼女と入れ替わるようにして俺の膝上に。
「じゃあ、ご褒美、くれますか……?」
「あぁ、勿論」
今日も手を弄り回されるのだろうなと考えていると、ふと思いついた。職人気質の者が多いドワーフは物を作り上げるその手を重要視する。それはクロエの手に対する拘りを見ればわかる。
なら、職人である自分の手も大切なものだろう。
「ふむ……今日は、こういうのはどうだ?」
「へ……?」
向かい合うように膝上に座っているクロエの右手を左手でとり握る。そのまま指を絡めるようにして繋いだ。もう片方の手も同様に握りこむ。
感触を確かめるように数度握って力を抜いてと繰り返す。うん、普段大きな戦斧を振り回したり、鍛冶のためにハンマーを振るっているとは思えない柔らかさだ。
「……」
しかしクロエからなんの反応もない。対応を間違えただろうか。
「駄目だったか?」
「い、いえ! 全然! 大丈夫です! お願いします!」
何をお願いされているのだろうか。とりあえず握ったままでも大丈夫ではあるようだ。
クロエは俯いたまま握られた手に少しだけ力をいれて大人しくしている。いつもなら手で撫で擦られたり、そのまま口元まで運ばれて咥えられたりするのだが。
横で座っているアリスがそれをジッと観察して、あぁと納得したような声をあげた。
「ドワーフの間では手が重要視されている。それを合わせるというのは何か特別な意味合いがあるのではないでしょうか。ただ手を繋ぐのとは、今回は意味合いが違いますし」
そのアリスの言葉に俯いたままクロエはこくこくと頷いている。
なるほど、もしかしたらドワーフの間でこうやって手を握り合うのは抱擁や口付けと同じくらいの意味を持っているのかもしれない。
「手を預け合うことは、ドワーフにとって自分の命や人生を相手に委ねるのと同じような意味がありまして……言葉では似たようなことはもう言っていましたけど、こうして形として見えて実感できると、嬉しくて……ありがとうございます」
言いながら、クロエはきゅっと握る力を少しだけ強くした。少し遠慮したようなその動きを感じて、俺は腕を引いて強く手を握る。
もう既に俺は彼女が作ってくれている装備に命も人生も預けている。それは彼女の手にそうしているのと同じことだろう。だからこそ体を密着させながら、遠慮する必要はないと伝わるように強く強く握った。
「嬉しいなら、もっとちゃんと握ってくれ」
「……はいっ」
相好を崩しながら、クロエは自分からも強く手を握った。
それを横から観察するように見つつ、アリスは前に向かって小さく手招きした。
そこにはどうしたものかと悩んでいる様子のフェリシーがいる。そんな彼に向かってアリスは自分とは反対側の俺の隣を指で示す。
「え、いえ、それはいいんですかね……?」
「割といつもこんな調子だ、お前も遠慮はしないでくれ。まぁ、そもそも同じ場にいるのが居た堪れないと言われたら何も言えないが」
自分たちの関係が普通ではないことはわかっている。
だからこそアリスはそれを早いうちに示しておこうと隠さなかったのだろう。一緒に生活していくのだから、隠したところでいつかはわかることだろうしな。
そもそも、ダンジョン内でも片鱗は見せていたのだし、今更というのもある。
ここでフェリシーが拒むようなら、それこそ今後は気をつけるようにすればすむ話だ。もう彼も色々と理解しただろうし、お互いに配慮できるだろう。
ただ、その必要はなさそうだ。フェリシーは小さく溜息を吐くとこちらに近づき、アリスが指し示した俺の隣へと座った。
そのまま礼儀正しく両手を膝上で揃えたまま、顔だけこちらに向けて見上げてくる。
「私も既に、あなたの信徒です。これから仕える神を拒絶することはしませんよ」
そう言い切るフェリシーは、この件について無理をしている様子はなかった。
彼の答えにアリスは笑顔でうんうんと頷いている。信徒の仲間が増えることは彼女にとっても喜ばしいことなのだろう。
「ただ、外では自重してくれないと困りますが」
「あぁ、そのあたりは大丈夫ですよ。外でのアピールはわからないように、さりげなくしていますから。実際にフェリシーさんも気付いていませんでしたよね?」
「既にしていたのですか⁉ いつ⁉」
俺を挟んで俺が聞いていて反応に困る話を続けられるのは中々に応える。そもそも今はクロエへのご褒美の時間だから、俺はともかく彼女には集中させてあげてほしい。
そう思い、大丈夫かどうかクロエに聞こうとしたら、呆けた表情でずっと俺の顔を見上げながら手を緩く動かして感触を堪能していた。全く気になっていないらしい。
彼女が満足ならそれでいいか。そう判断して俺を挟んで話し合っている二人については俺も今のところは意識の外に置くことにする。
そのままの体勢でクロエが満足するまで手を握り合う。どれくらいの時間そうしていたのかはわからない。ただ、アリスとフェリシーの話が一段落するまでは続けていたことになる。
「も、もう、大丈夫です。ありがとう、ございました……」
そう言って膝上からおりて立ち上がったクロエは自分の両手を見下ろして数度開いて閉じてと繰り返したあと、胸元に抱くようにした。それほど喜んでもらえるなら、こちらとしても嬉しいというものだ。彼女の反応を見ながら思わず微笑む。
気付けばすっかり日も落ちきっていて、窓から見える景色は真っ暗だ。今日もダンジョン探索や鍛錬で疲れて腹もすいている。それは当然皆もそうだろう。
夕食の準備を始めることにして、アリスがフェリシーに食器の場所を教えにいくのを見送りクロエと一緒に机を片付けつつ拭いていく。食器を持って戻ってきたフェリシーを見ながら、夕食の間に話を聞いてみるのもいいかもしれないなと考える。
何故か強くなっている彼の救いを求める思いを感じながら、俺は小さく拳を握った。




