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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章34

 荒い吐息と悩ましげな声がその部屋に充満していた。上気した頬と弛緩した口元を晒す少女は俺の膝上で力なく倒れている。無防備な状態で、つまりは布地などを一切纏っていないという意味で無防備な臀部が目の前に鎮座している。

 本来なら新雪のような白さを誇っているはずのそこは、今は俺の手により紅葉の形に赤く腫れていた。毎度のことながら彼女をこのような目に遭わせていることに罪悪感を覚えるのと同時に、それこそ新雪を踏み締めるような背徳感をも覚えている自分に辟易とする。


 これで彼女が嫌がっているのなら、そのような感情を抱いている自分を張り倒してさっさとやめてしまうところなのだが、他ならぬ彼女自身がしてほしいと懇願することにより始まったのがこの状況なので、俺には自らやめるという選択肢はない。

 日に日に尻を叩くたびにあげる声が艶やかになっているような気がする。気のせいだと思いたいが、今目の前で涎を垂らしながら恍惚の表情をしているアリスを見ているのでそう思いこむことすらできなくなっていた。

 つらつらとそんなことを考えながら、慣れたように赤くなったそこを優しく撫でる。光が瞬き、ぼんやりとしたそれに変わると彼女の体を包むように広がっていった。その光を維持しながら赤くなった皮膚を慰撫するように緩やかに手を動かす。


「ん、あ……ふぅ……」


 完全に脱力して俺に体を預けているアリスが落ちないように膝の位置を僅かずつ動かして調節する。あまり大きく動かすと、せっかくリラックスできている彼女に悪い。

 しっくりくる位置に足を落ち着かせ、へにゃりと倒れている彼女の顎に手を添える。そのまま喉元やおとがい、頬をくすぐるように撫でる。


「くふふ、んぅー……」


 それにじゃれつくように頬を擦りつけ、目を閉じるアリス。こういうとき、俺たちは神と信徒というよりもただの人同士として触れ合うことが多い。我が侭な子供のように(実際に子供と呼べる年齢だが)振舞うアリスを甘やかす。

 赤くなっていた尻が完全に治ったことを確認すると、合図代わりに軽くそこを叩く。


「ひゃんっ、あ、終わりました……?」


「あぁ、すっかり元通りだ」


「ありがとうございます……あ、パンツ履かせてください」


「はいはい」


 くすぐったそうに笑ったアリスが体を起こしてひょいっと俺の膝上に座る。無邪気にぱたぱたと両足を動かしている様子を見ると、本当にただの子供のように見える。

 いや、それも彼女なのだ。信徒として俺を守ろうとしてくれるのもアリス。女として挑発したり照れた顔を見せるのもアリス。こうして子供らしく甘えてくるのもアリスだ。


 そのうちのいくつが、俺が作らせてしまった顔なのか。などと考えたところで、彼女からすれば見当違いのことを考えていることになるのだろうな。

 ふと気がつくと、既にパンツを履き終えた彼女がこちらへ振り返り俺の顔をジッと見上げていた。そうしてにっこりと笑顔を浮かべて俺の頬に手を添える。


「ぜーんぶ、リク様から貰ったものです。嬉しいですよ?」


「……ほんと、アリスには敵わないな」


 諦めたように溜息を吐く俺と、それを見ながらクスクスと笑うアリス。相変わらず俺の内心をかなりの精度で把握していらっしゃる彼女は、今日も素敵に無敵だった。

 そんな風にじゃれ合っていると、扉の方から声がした。


「あれ、フェリシー君、こんなところで何してるの」


「く、クロエさん、いえ、その、これは……」


 会話から察するに、今日の分の作業を終えたクロエが部屋にきたところ、扉の前にフェリシーがいたといったところだろうか。膝上のアリスに視線を移す。


「叩かれてる最中は頭ぐちゃぐちゃなので気付けなかったですね……」


「どういう感じにぐちゃぐちゃだったのかは聞かないでおく」


「え、罪悪感とか幸福感とか痛みとかきもち――」


「はいそこまで」


「むぐぐ」


 膝上であられもないことを言おうとしたアリスの口を手のひらで塞ぐ。いや、彼女に対して似つかわしくないというわけではないから、この場合あられもないは間違いだろうか。

 因みに本気で黙らせようと塞いだわけではない。軽く当てた程度。それでも大人しくしているあたり、これは俺とアリスのスキンシップの範疇のようなものということだ。

 クロエが扉を開き、そんな俺たちを確認して小さく苦笑する。そして得心がいったような顔をしてフェリシーを見た。


「二人のあれ見ちゃったんだ……」


「ぴっ!」


 クロエの言葉にフェリシーが肩を跳ねさせた。大丈夫か。思わずといった感じに甲高い鳥の鳴き声のような声が出ていたぞ。

 その様子を俺とアリスはベッドに座ったままのんびりと眺めている。見られていたと理解しても、クロエとフェリシー相手なら大丈夫だろうと思考が弛緩していた。


「まぁ最初は驚くよね、でもあれ日常だから……」


「日常なんですか、あれが⁉」


 申し訳ないが日常である。膝に乗せたアリスの頬をふにふにと両手で弄びながら、混乱する彼に対して心中で謝った。このことを口に出して謝られても困るだろうしな。

 おろおろとしていたフェリシーは、どうにか気持ちを落ち着けてこちらへ向き直った。そして深く頭を下げてくる。


「申し訳ありません。クロエさんが作業に集中していたので邪魔をしないように工房から出たあと、部屋の掃除でもと思い廊下を歩いていましたら、その……」


「声や物音がして気になり、覗いてしまったと」


 俺の言葉に申し訳なさそうにフェリシーが頷く。ダンジョンで見せてくれた索敵能力を考えれば、多少の壁くらいでは彼にはあってないようなものなのかもしれない。

 その索敵能力を与えたのは俺であるし、そのあたりを考慮せずにいつも通り始めてしまったこちらにも問題はあった。

 そもそも、彼に見られても俺は構わないし、一番の問題であろうアリスもこの調子である。この調子というのは、俺の胸元に背中を預けて脱力している様を指している。


「まぁ、最中はわからなかったですけど、その前に近づいてきている気配には気付いていたので、扉から見えない体勢にしていましたしね。そもそも、同じ信徒ですし」


 この子はそういうことをあっさりと言ってくる。少し強めに頬を摘んでのばしておく。


「やぁー、ごめんなさい、痛いです痛いです」


 くすぐったそうに笑って、嬉しそうにそんなことを言ってくる。態度と言葉を一致させないか。いや、これはこれで可愛いけれど。こういう感想が出るあたり本当に甘い。

 頬を摘んでいた手を離してフェリシーに顔を向ける。


「アリスはこう言ってるし、俺も気にしてない。フェリシーも気にするな」


「は、はぁ……いいのでしょうか……?」


「そもそも俺たちが、お前がいることを考慮せずにいつも通りやっていたのも悪いからな。因みにあれに疚しい意味はないぞ。鍛錬に必要だとはわかっているが俺を痛めつけるのは心苦しいので、それについてのお仕置きが欲しいとアリスが言ったからやっているだけだ」


「な、なるほど……自身の行動の正当化に必要な手順ということですね」


 すぐに理解してくれるのか、凄いな。俺とアリスはその的確な表現に揃って頷いた。

 今回はクロエもいるし、誤解されたとしても彼女からの証言もあれば大丈夫だろうと少し楽観的になってしまっていた。それを反省するべきかとも思っていたのだが、彼の物分りの良さというか理解力の高さがその気持ちを妨げる。

 いや、誰もが彼のようにすぐに理解してくれるはずもない。反省しよう、反省。


「ところでリク様」


「どうしたアリス」


「あの行為そのものに疚しい意味はなくても、そこに何を感じるのかは別ですよね」


「そういう笑顔でそういうことを言わない」


 にんまりとした挑発するような笑みでそう言われると頷くほかないだろう。

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