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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章33

 中級ダンジョン二階層から五階層までの情報を集め終え酒場から家へと戻る。そして一先ずはいつも通りの日課となっている鍛錬のため俺とアリスは中庭へ、クロエはフェリシーの武器を作るために工房へ向かった。

 俺たちの今後の予定を話すとフェリシーはクロエと工房へ赴き、装備についての詳しい話をすることになった。そしてその話が終わり、クロエが作業を始めた後は、俺たちに鍛錬を見学したいと言い出した。


「お二人の鍛錬というものに興味がありまして」


「構わないが、俺は皆と違って戦闘関連の才能はないからな……護衛としてちゃんと訓練を受けたフェリシーからすると見苦しいものだと思うぞ」


「お綺麗な鍛錬などありませんよ、あったとしても形だけで身になりません」


 たしかにそうかもしれない。日本での学生時代、剣道や相撲など部活の練習風景を見たことがあったが基礎訓練をこなしてこそ実力が伴うのだなと、泥臭いそれを見てむしろ感心したものだ。

 お綺麗な鍛錬などない。その言葉にうんうんと頷く。しかしその途中でアリスの今までの鍛錬風景を思いだし首を傾げた。


 汗にまみれ、何度も何度も様々な剣の振り方を試して、ときには不恰好な形になってしまうこともある。けれど彼女の真剣な鋭い眼差し、その横顔、動くたびに揺れる流体になった黄金のような長髪を見ると、美しいという感想ばかりが浮かぶのだ。

 そして何百何千という試行錯誤の繰り返しはしっかりと彼女の糧になっていると、日に日に鋭くなっている剣筋が教えてくれる。


「うん、普通はそうだな。でもアリスの鍛錬は綺麗で身になっているぞ」


 だから彼の言葉に同意はしつつ、うちのアリスは例外だぞと教えておく。あまりにも直球な物言いだったからかフェリシーが一瞬呆けた顔をした。

 そして隣のアリスは体の前で揃えた腕をくねらせてモジモジとしている。屋敷での一件以来こうしてわかりやすく照れるようになっていて色々と大変である。主に理性とか。


「まぁ、アリスは例外だけどな。俺はかなり泥臭い鍛錬になるから、参考になったりするかはわからないぞ。それでもいいなら、好きに見ていってくれ」


「ありがとうございます、では後ほど」


 呆けた表情はすぐに真面目なそれに戻り、一礼すると彼は工房へと歩いていった。それを見送ってからアリスへと向き直る。まずはいつも通り、二人で素振りを行うことから始めた。

 何度も繰り返し、実際にダンジョンで魔物を相手に振るっていることもあってか、大分マシになってきたとはアリス先生の談。それでもマシになった、だ。根本的に俺は敵を倒すとかそういう強さに関する才能はないのだろう。


 けれど攻撃を受けることに関しては、多少は芽があるようだった。

 素振りを終えて、次もいつも通りアリスに四方八方から滅多打ちにされる。ただ盾を使うようになってからは、以前ほどまともに一撃を食らう回数は減ってきた。


 立ち回りや攻撃の受け方、それらを考えながら実際に動く。その感覚はメイスを振るっているときよりもしっくりとくるのだ。もしかしたら性に合っているのかもしれない。

 なにより、大切な者たちを直接的に守ることができると思えば、モチベーションもあがるというものだ。ダンジョンに潜り始めたときは後方で見ていることしかできなかったから、余計にそう思うのかもしれなかった。

 しかし、以前よりもマシになったというだけで、アリスからの攻撃を完全に防ぎきれるわけもない。何度も腕や足を木刀で打ち据えられ、足を払われ地面へと転がされる。その度に鋭い声で叱咤激励がとんでくるので、終わる頃には満身創痍だ。


「今日はここまでにしましょう……」


 このときだけ見られる冷たい目をしたアリスが鍛錬の終了を告げる。思わず力が入っていた肩から力が抜け、倒れそうになるが踏ん張って耐えた。立ったまま癒しの奇跡を起こして青痣や擦り傷だらけになっている体を治していく。

 その間に冷たい雰囲気が一瞬で霧散したアリスが、俺と彼女が使っていた訓練用の剣と棍棒、盾をしまってからぱたぱたと駆け寄ってくる。自分でやったこととはいえ、毎度のことながら心配なのだろう。

 そんないつもの光景に、今日はもう一人追加されている。途中から見学していたフェリシーだ。水につけたハンカチを持って近づいてきたと思ったら、そっと顔に当てられる。


「お疲れ様です、いつもこのような鍛錬をしているのですか……?」


「あぁ、自分には祝福を与えられないから、少しは無茶するくらいじゃないとな。こうして奇跡のおかげで怪我をしても治せるわけだし」


「治るから無茶をしてもいいというわけではないと思いますよ……」


 俺たちがそんな話をしている間にアリスは、フェリシーがハンカチを浸すための水を入れるために用意していたのだろう桶を持ってきて彼に差し出している。そんなアリスに礼を言いつつ、俺の顔から離したハンカチを桶に入れて絞ってから、また顔を拭いてくる。

 そのハンカチは彼の私物なのか、見たことのない上等そうなものだった。それに癒しの奇跡で消えつつある汚れをつけてしまうのを見るのは気が咎める。


「あー……汚れもこれで綺麗にできるから、ハンカチを使ってくれる必要はないぞ。かなり上等そうなものだし、汚すのは悪い気がするんだが」


「フェリシーさん、奇跡でどうにかなることでも、リク様はその気遣いを喜んでくださる方です。あなたが良ければ続けてあげてください」


「勿論です、そもそもハンカチは汚れるためにありますから。それに、旦那様のために汚れるのであれば、ただ自分のために使うよりもむしろ喜ばしいことかと思います」


 アリスとフェリシーのコンボ。俺は黙るしかない。

 そのまま大人しく額や頬を丁寧に拭かれる。男とは思えない繊細な手の動きに、やはり彼は使用人として教育を受けた人間なんだなと改めて感じた。

 俺が自分で顔を拭いたりするのであれば、適当にごしごしとやってしまうからな。柔らかで優しいその手つきが妙にくすぐったく感じて、身を捩ってしまった。


「……汚れは、全てとれましたね」


「あぁ、ありがとう」


 拭き終わったフェリシーがそっと下がる。そのままきょろきょろとあたりを見回して、何故か首を傾げている。そういえば、いつの間にかアリスがいないな。

 そんなことを考えていると、中庭から屋内へと通じる扉からアリスが歩いてきた。


「桶は洗って片付けておきましたよ」


「なんという手際……」


 プロも驚くアリスのお世話力。なるほど、フェリシーは自分が出してきた桶を片付けようと探していたのか。それを既にアリスが片付けていたから不思議がっていたようだ。

 戻ってきたアリスはそっと俺に寄りそうようにして、袖を引いてくる。その瞳は許しを請うような、期待するような色に満ちていた。

 彼女が求めているものをいつも通り理解して頷く。


「すまない、フェリシー。俺たちは少し話があるから……」


「かしこまりました。では、私はクロエさんに手伝えることがないか聞きにいくとします」


 俺たちの雰囲気から席を外したほうがいいと察したのか、フェリシーはそう言ってから一度礼をしてから工房へと戻っていった。このあたりもプロだからなのだろうか。

 それを見送ってから、俺たちも寝室へと移動する。アリスの頬は緊張か期待からか赤く染まっており、自然に繋いだ手には少しだけ力がこもっており、ぎゅっと握られた。


 ほぼ毎日の儀式とも言えるそれ。なんだか実行するたびに俺もアリスも深みに嵌っていっている気もするが、それがアリスの望みである限り、そして彼女がもう嫌だとでも言わない限り、俺からやめるという選択肢はない。

 それはつまり、半永久的に続くことを意味しているのではないだろうか。アリスが嫌だと言う未来が全く想像できないのだもの。エスカレートする未来は容易に想像できるが。


 とまれ、俺を叩きのめしたあとのこれは、彼女にとって必要なこと。繋いだ手を俺からも握り返して、二人の意思で寝室へと向かう。

 後ろ手に扉をしめると、数歩アリスだけが前に歩みを進めて、俺の前にその全身を晒すように立ってみせる。そうして見せつけるように、挑発するように下着をおろしていく。


 いつもながら凄まじい光景だが、やましいことはない。あるけれどない。

 そんなアリスに近づいていく俺は、目の前の光景に気をとられていて、扉の外の気配に気付くことはできなかった。いや、気をとられていなかろうが、気配を察知するなんて芸当はできないけれど。

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