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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章32

 中級ダンジョンに同行していたときも彼はアリスたちを見つめていた。本人はその実力に感嘆して思わず見てしまっていたというようなことを言っていたのを覚えている。

 だが、そのときの表情などからそれだけではないだろうことは理解していた。実際のところ、今は二人とも俺たちが何かミスをしたときに動けるよう待機しているだけで、あのときのような活躍は見せていない。

 既に俺たちは協力関係であり、主を助けたことによるものか彼の中に芽生えている信仰心も本物だ。だからこそ警戒の類ではないと思うのだが、やはりこれはずっと感じているあれに関係しているということなのだろうか。


 未だに、彼は救いを求めている。


 全て解決したわけではないが、それでも毒により死に向かっていた体は治り、これから進むべき道が開けたからか、エメリーヌの焦がれるほどに救いを求める感情はおさまっていた。

 主を救ってほしいという願いが大きかったのだろう、フェリシーも叫ぶようなそれは収まっていた。けれどまだ彼には救いを求める理由があるらしい。囁くように、隠そうとするように。小さく、けれど確かに救いを欲している。

 だからこそ彼とは一度話をするべきだと思っているのだ。少なくともダンジョンなどではなく、落ち着ける場所でしっかりと。


 誰かが救いを求めているという感覚は不思議なもので相手や時間、状況によって全く違っている。必死に手をのばされているような、何かを叩きつけている甲高く悲痛な音が聞こえるような、泣き叫ぶ声に呼ばれているような……抽象的で、しかし確かに存在するそれ。

 何度も経験したからこそ、小さくとも気のせいだとは思わない。確かにフェリシーが救いを求めていることが俺にはわかった。


 彼は表には出さないようにしているようだが、時折感じる違和感は僅かに漏れてしまったそれなのだろう。救いを求める内心が、彼の言動に表れている。

 それでも彼は自分がしなければいけないことを理解している。今もその救いを求める心を隠しながら、警戒を怠ることはない。下の階層へ進み現れたジャイアントアントやキラービー相手でも、関節の間や目を的確に狙うことで無力化し、活躍してみせるほどに自分の役割を果たそうとしている。

 それは偏に主であるエメリーヌのためだろう。彼女のこれまでを支えてきて、これから先も彼女に仕え続ける彼は、主のためにあり続ける。おそらく、自分の願いに蓋をしながら。


 もしかしたら、そのあたりをエメリーヌは理解していたのかもしれない。だから彼を連絡役に選んだ。彼女が一番信用している使用人であるということも関係しているだろうが、ずっと一緒にあり続けた彼の悩みに気付いたからこそ……。

 周囲全て、そして俺も利用しようとしている彼女を思い出す。俺に向かって小さく舌を出しながら、悪戯っぽく微笑む彼女の姿を。


 あり得る話だと思う。まだほんの短い間しか関わっていない俺の中にすら、彼女ならばそれくらいやってのけるだろうという信頼があった。

 そして彼女が任せてくれたのであれば、俺ならば彼の悩みを取り除けるだろうと信頼を向けられたということでもある。全て推測が正しければの話だが。


 ただ、フェリシーが悩みを抱えているのは事実だ。救いを求めるほどの悩みを。

 やはり帰ったら彼と話をしなければいけないだろう。

 そんな風に考えているからか、彼を守ろうとする動きにも力が入る。今はもう既に初級ダンジョン5階層。ハンターウルフの群れと数度散発的に遭遇しており、現在も襲撃されているところだった。


 集団で襲いかかってくるハンターウルフは、さすがに俺とフェリシーの二人では即座に倒しきることはできない。奴らが素早いということもあり容易に近づかれる。

 だからこそ俺がフェリシーを守る必要がある。ナイフの投擲に集中できるよう彼の前に立ち塞がるように構えて、ハンターウルフの牙や爪が届かぬように背後に隠す。

 盾を振り回すようにしてハンターウルフの横っ面を叩きつけ弾く。正面ががら空きになり別の個体が飛びかかってくるが、問題はない。顔の横を通り過ぎていったナイフが、俺に喰らいつくために大きく開かれていた口の中に深々と刺さった。


 投擲した後の隙を狙ってか、横合いから先ほど弾き飛ばしたハンターウルフがフェリシーに向かって飛びかかってくる。それを確認するやフェリシーの手を引き、抱き込むようにしながらもう片方の手で盾を構える。

 そのままシールドバッシュにより攻撃してきた勢いを利用してその鼻面を潰してやる。痛みに鳴き声をあげながら地面へ落ちたハンターウルフの首元に足をかけ、メイスの重量化を使って踏み締めることで首を折り止めを刺した。


「ふぅ、今のでとりあえずは終わりだな……大丈夫か?」


「え、えぇ……ありがとうございました、旦那様」


 肩を竦めるように体を縮こませながら、俺の腕の中でフェリシーが答えた。幸い守りきれたようで、その体には傷一つもない。今の横合いからの飛びかかりは少しひやりとしただけに、傷がないという事実にほっとした。

 そっと離れると、縮こまった体勢のまま固まっている。思わず腕を引いてしまったが、やはり男に抱き締められるのは気分のいいものではなかったのだろう。


「すまないな、咄嗟にやってしまった」


「はい? 何がです?」


「いや、守るためとはいえ、さっきみたいのは気分はよくないだろう」


「……いえ、別に気にしませんよ。必要なことですしね。むしろそういうことを気にして余計に怪我をするほうが問題ですし。これからも必要だと思えば動いてください」


「それもそうだな……わかった、ありがとう」


 気を使ってくれたのだろう。中性的な見た目を気にして男らしくあろうとしていた彼が、女性にしか見えない姿になり、女性的な扱いをされて気にしないはずはない。

 それでも必要なことだと割り切れるあたり、彼は強い人だ。主のための献身を俺の勝手な同情で台無しにするわけにもいかない。そう思い彼の言葉に頷いた。

 それに戦闘中にそんなことを気にしている余裕がないというのもある。


「それと体勢、戻さないのか?」


「……すみません、少し嘘をつきました。驚きました」


 そう言いながら肩から力を抜き、あがっていた腕をおろした。

 それに苦笑しながら、改めて軽く頭をさげて謝る。それに慌てたように大丈夫ですからと腕を振るフェリシー。これもダンジョン内ですることではないかもしれないな。


 因みにアリスとクロエは後方でしっかりと警戒を続けてくれている。いつもながら感謝してもし足りない。けど遠目に挑発するのはやめてくれ。いや、やっぱりやめないでいい。

 気を取り直して魔石と素材の回収をして、そろそろ引き上げることにする。さすがに祝福を受けたばかりのフェリシーの能力確認でクレイジーベアと戦おうとは思わない。


 帰り道はアリスとクロエも戦闘に参加してくれたおかげで、進んできたときよりもずっと早いペースで帰ることができる。階段までの道順がわかっていることもあり、五階層までの道を往復したが、夕方前にはギルドについた。

 少し早い時間だが、魔石と素材の買い取りをすませると酒場に向かう。早い時間とはいえ、冒険者というのは探索する時間はそれぞれのパーティでまちまちだ。この時間でも同業者の姿は店の中にそれなりの人数が見つけられた。


 酒とツマミを奢り、口の滑りを良くしてもらって中級ダンジョンの情報を教えてもらう。こうして同業者との情報交換のたびに印象を良くしようと振舞っているおかげか、今回も快く情報を教えてもらうことができた。

 その間アリスたちも思い思いに過ごしている。アリスであれば怪しげなお姉さんからなにやら話を聞いていたり、クロエであれば俺よりも情報を聞きだしやすいだろうと亜人を相手に情報収集をしてくれたり。


 亜人たちの住む地域、バルトリードの情報を集めるうえで、クロエが亜人たちから情報を聞きだしてくれるのはとてもありがたい。

 今回はそれに加えてメイド服という目立つ服装のフェリシーもいる。そのことで顔見知りの冒険者から少々からかわれもした。また可愛いお仲間を増やしやがってとか言われつつ軽く拳を当てられる。

 自分自身どう見られているのかはなんとなく理解しているので甘んじて受けた。

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