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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章31

 奥に進むに連れて魔物の数は増していく。さらにゴブリンの場合は魔法や弓を使う個体も出てくるので、盾としての役割をこなす場面も出てくるはず。そう思いながら気を引き締める。

 結果的に言えば、その機会はあった。あったが、少ない。ゴブリンたちが目の前に現れるまでの間に数回、フェリシーが投げナイフを投げつけるだけでアーチャーやメイジのゴブリンを先に倒すことができるからだ。


 今回もフェリシーの投げナイフにより後衛を倒されたのだろう、近接武器を持ったゴブリンたちだけが現れる。仲間を倒されたことで怒っているのか、怒号をあげながらこちらへ向かって五匹の集団が走ってきた。

 それに対して盾を構えて待ち構える。ちらりと後ろを確認すれば既にフェリシーが次の投擲を行おうとナイフを構えていた。投げやすいよう体の位置をずらすと、風を切る音を僅かに響かせながら俺の横をナイフが通り過ぎていく。


 先頭を走っていた剣を持ったゴブリンの目が潰れた。目元から生えているナイフは、柄の部分まで刺さっている。脳まで達していたのだろう、奴は音を立てて倒れた。

 倒れていく同胞を気にしていないのか、怒りのせいで見えていないのか、残った四匹は死体となったそれを足蹴にしながら走ることを止めない。


 目の前まで肉薄してきたゴブリンに向かって盾を構えたまま踏ん張り、反対の手で握ったメイスに魔力を通す。増した重量を利用するように、体重をかけたシールドバッシュ。とどのつまり、上から押しつぶすように盾をぶつけただけだ。

 しかしそれでも十分。奴らからすれば走ってきた勢いのまま壁にぶつかったようなもの。盾にぶつかったゴブリンが後ろへ勢いよく倒れ、後続のゴブリンたちは走っていた勢いのせいで急に止まれるはずもなく、もつれ合うようにして転がった。それで倒すことこそできないが、怯ませることには成功した。

 背後から僅かな金属音。次いで地面を蹴る音。横を通り過ぎる人影。見れば、短剣を構えたフェリシーがゴブリンへ向かって駆けていた。倒れているゴブリンには反応ができない。


 銀色の閃きが二つ。


 それは輝き揺れる銀髪。それは素早く振られた短剣の一撃。どちらも幻想的に光を放つ。麗しいかんばせを彩る銀色。命を摘み取る冷たい銀色。そのどちらもが美しいが、内包している性質は全く反対のものだった。

 そして、冷たい銀色は撫でるようにゴブリンの首を通り過ぎると確かにその命を摘み取っていった。刃についた赤色がその命の証だというように。


 一瞬、視界が遮られる。短剣を振るい、その勢いのままに回転したフェリシーのスカートが舞い上がった。花弁が花開いたように広がったスカートがゴブリンたちの姿を隠す。

 遮られた視界の向こう側から鋭い音が三つ。たなびいていたスカートが本来の自身の位置を思い出したように落ちていく。戻った視界の中、その場に立っていたのはフェリシーだけだった。

 短剣を握っていた手とは反対の手に、移動しながら投げナイフを用意していたらしい。至近距離から三本、別々のゴブリンへ同時に投げつけたようだ。


「お疲れ、凄い芸当だな……」


 メイスに流していた魔力を止めて重量をもとに戻しながらフェリシーに近づいていく。違う方向へ一つの手で同時にナイフを投げ、的確に急所を狙うとは実際凄い技術である。

 そう思って思わず褒めたのだが、返事がない。どうしたのかと思いフェリシーの顔を注視すれば放心したようにこちらを見上げていた。顔の前で手を振ってみる。


「フェリシー?」


「あ、はい、いえ……旦那様のおかげです。怯ませてくれたおかげで相手が殆ど動けない状態だったのと、あそこまで近づけたからこそできたようなものですから。まだ遠くからではあれほど完璧に急所を狙うのは難しいかと」


 慌てたように早口でそう答えられる。しかしそれでも十分に凄いと思うし、まだということは練習を重ねれば遠くからでも複数同時に急所を狙えるということか。

 彼がダンジョン探索に同行してくれるのは、思った以上に俺たちにとってありがたいことのようだと改めて実感した。類稀な索敵能力もそうだが、俺たちに欠けていた遠距離での攻撃手段というものを高いレベルでこなしてくれる逸材だった。


「なら、訓練と実戦を繰り返してお互い精進していこう。俺も盾役としてもっと上手く立ちまわれるようになりたいしな」


「はい、まずは先ほどの投擲方法を、遠くからや乱戦になっている最中でも的確に狙った場所に当てられるようになりたいですね。そのために今後もよろしくお願いします、旦那様」


 やる気に溢れたフェリシーの言葉に笑顔で頷く。

 そのまま気を取り直し進もうとするが、ふと思い直して動かそうとしていた足を止める。先ほどの様子について聞くのを忘れるところだった。


「しかしフェリシー、戦闘が終わったあとぼーっとしていたが、大丈夫か?」


「あぁ、えぇ……祝福というのは凄いものだなと、改めてつい感嘆してしまって。ダンジョン探索の最中だというのに、気を抜くような真似をしてしまってすみません」


 そう言ってばつが悪そうに笑顔を浮かべるフェリシー。

 自然な受け答えではあったが、やはり何か違和感を覚えた。本人がそう主張しているのでとりあえずはそういうことにしておく。深く突っ込むと口論になってしまうかもしれないし、ダンジョン内でわざわざそんな事態にしたいとも思わない。


「そうか……いや、戦闘が終わって気が緩んだっていうのもあるだろうし、そこまで謝るほどのことじゃないさ。あまり気にするなよ」


「はい……ありがとうございます、旦那様」


 追及はそのあたりでやめることにはしたが、やはりフェリシーの様子がおかしい。アリスたちに普段からしているからだろうか、今の彼の見た目が女の子にしか見えないからか、とにかく自然と手がそんな彼に向かってのびていた。

 ぽん、とフェリシーの頭に手を置く。思わずやってしまったので、手を置いたあとに男相手にこれはどうなのかと気付いた。しかしここにきて引っ込めるわけにもいかないので、少し乱雑にわしゃわしゃとその頭を撫でた。


「旦那様……?」


「自然にこうしたくなった、すまん」


「……いえ、謝る必要はありませんが」


 まだ短い付き合いではあるが、これは怒られるだろうと予測がついていただけに、意外なその淡白な反応に拍子抜けする。撫でられている間、フェリシーは目をそらしながら、しかし抵抗することはなく真面目な顔で大人しくしていた。

 視線を感じる。後ろからだ。この探索ではフェリシーの戦闘能力を測るという意味合いもあるので、アリスとクロエは今回基本的に後方で待機している。


 俺が前に出ているのは相手の数が多いので盾役くらいは必要だろうという判断だ。それに投げナイフという攻撃手段を使うからというのもある。敵味方が入り混じった状態でも敵だけを狙えるかどうか、そのあたりも確かめている。

 そして今のところ、フェリシーの働きっぷりは完璧である。もともと訓練を積んでいたところに俺の祝福が合わさって最強にみえるほどだ。


 さて、そんなわけで後ろで二人は待機しているので、後ろから視線を感じるのならばそれはアリスかクロエどちらか、若しくはその両方である。ちらりと後方を確認する。

 にんまりと笑みを浮かべながら挑発するように胸を強調している、俺の趣味嗜好を完全に理解している女の子がそこに立っていた。頭をくらくらとさせながら視線を横に移す。


 クロエは無表情。というよりも真面目にじーっとこちらを見ている。見ているのはフェリシーの手元と胸元。ナイフと短剣について考えているのだろうか。ただ、俺のほうも気になるのかフェリシーを撫でている手にも時折ちらりと視線が動いていた。

 そういえばクロエがかなり大人しかったが、もしかしてフェリシーが投げナイフや短剣を使っているところをずっと観察していたのだろうか。今の様子を見る限りそのように思う。

 これはフェリシーの装備も期待できそうだな。帰ったらそのあたりを聞いて、実際にその通りだったらクロエも褒めてあげなければいけないだろう。


「……あの、そろそろ魔石とゴブリンの装備を回収して進みませんか?」


 ぎゅっと撫でていた手をフェリシーに掴まれる。

 それで今までずっと頭を撫で続けていたことに気付いた。


「おっと悪い。そうだな、行こう」


 フェリシーの言葉に頷き、素材回収のために倒れたゴブリンのもとへ向かう。そのときにちらりとフェリシーの顔が視界に入った。

 何故か彼はまた、アリスたちをじっと見つめていた。

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