第二章29
実利をとったということなのか、普段からフェリシーと呼び女性として扱うようにと言われたのでそのようにこちらも気をつけることにする。屋敷では男らしくあろうとしていたらしいので、フェリシーがフランソワであるとばれる可能性は大分低くなるだろう。
祝福を受けたことにより身体能力が向上していることも確かめた。福者が一人増えるだけでも大きな戦力の増強となるので、彼もダンジョンについてくることとなる。
本来の役目であるエメリーヌとの連絡役や、カモフラージュとしての雑用、それらをこなしているだけでも勿論構わない。しかしフェリシー本人からの強い要望もありダンジョン探索にも協力することになったのだ。
そのためにも装備が必要である。武器については彼がもともと使っていたものをクロエが新しい装備を完成させるまで使っていけばいい。だが服や防具については寸法が合わない。今現在も小さくなった体のせいで服がぶかぶかになっている。
「名前も決まったことですし、まずは服を買いにいくのが先決ですね。従者がみっともない格好をしていれば、その主が軽く見られてしまいますから」
「そこまで気にかけてくれて助かるよ」
「……珍しい方ですね、旦那様は。そういうことを指摘すると、わずらわしく思ったり、過剰な気遣いを見せる場合もあると考えていたのですが」
「相手が必要ないと思っている気遣いはそれこそわずらわしさしか与えないだろう。それに面倒だと思っても、必要なことはいくらでもあるさ」
これまではただの冒険者としてしか活動してこなかったから、そういう体面というものは最低限気をつければいいくらいだった。しかし、今後は違ってくる。
バルトリードとの融和、そのために俺がなせねばならないのは亜人の神となること。ばらばらになっている亜人たちを統一された宗教のもと束ねて、この国リアンとの交渉のテーブルにつかせなければならない。
多くの民衆に神であることを誇示する。そのためには体面も必要になってくるだろう。そこを理解せずにただ自分の価値観を押し付けることは俺にはできなかった。
「そこまで理解してくださっているのなら、こちらも楽です。では店が開く頃になったら出かけるといたしましょう。それまでは家のことを把握したいのですが……」
「でしたら、私が」
アリスが手をあげて前に出る。ここでこの家を借りているクロエではなくアリスが出てくるのが少しおかしい気もするが、これには理由がある。
「工房以外……殆ど使わない、から……もう、アリスちゃんの、方が……詳しい、ね」
「ほったらかしにされていた空き部屋なども、もうピカピカですよ」
少し自慢気な表情でアリスが胸を張る。それにクロエはぱちぱちと拍手で返した。
そう、職人であることが全てと、度々クロエのことを認識して彼女自身もそう言ってきたわけだが、それは何も間違っていないのだ。
住居としてもそれなりに広いこの家は、従業員を雇ったり弟子をとったりしたときに住まわせることもできるようにだろう、部屋の数が多い。しかしクロエはそれらの部屋を使わないどころか確認さえしていなかったようで、工房と自分の寝室以外殆ど把握していなかった。
ただ俺たちに会うまでのクロエはどうにか職人であり続けようとずっと必死に頑張っていたわけで、他のことに手をまわす余裕もなかったので仕方ない。
「なるほど、この家のことを聞くなら、アリスさんが一番のようですね」
「工房についてはクロエさんが一番把握していますが、それ以外なら任せてください」
今まで俺たちの身の回りの世話をしてくれていたアリスと、使用人として主の世話をしていたフェリシー。そんな二人だからこそ通じ合うところがあるのかもしれない。
家事が得意だろう二人が仲良くできそうなのは喜ばしいことだ。そこらへんのことは今までアリスが一人でこなしてきたから、フェリシーが手伝ってくれるのであればありがたい。
俺の場合は手伝うどころかプロ並みの手際のアリス相手では邪魔になるだろうし、アリスがそういうことはさせてくれない。クロエはそもそも手伝うくらいなら職人として腕を振るってくださいとやんわりと工房に戻される。しかしフェリシーであれば使用人としての腕があり、名目としても雑用は彼の仕事ということになる。
これならばアリスも二人で協力して家事をこなすことを拒否しないだろう。だからこそフェリシーが家の内部を把握するのに協力しているのだろうしな。
アリスとフェリシーは屋内をまわりつつ掃除などをこなし、クロエはフェリシーの装備を作るために工房に篭り始めた。俺は時間までに出かける準備をしておこうと部屋に戻り、改めて身につけた装備の点検や荷物の確認を行う。
そうこうしているうちに日は昇っていき、遠くから活気のある客引きの声などが聞こえてくるようになってきた。三人を呼びまとめておいた荷物を渡してでかける準備をすませる。
フェリシーは持ってきた荷物の中から今の状態でも比較的マシに見えるだろう服を選ぶと、着替えるために隣の部屋に向かった。アリスとクロエへの配慮だろう。
戻ってきた彼はやはり多少緩くなっているシャツとズボンを身につけていた。それを見ながらふと疑問を感じて聞いてみる。
「そういえば見た目は大分変わったけど、性別まで変わったりはしてないよな?」
実は先程から少し危惧していたことである。見た目だけでなく声も女性らしさが増していたので、性別そのものが変化していたらどうしようかと。
「着替えたときに確認しましたが、ちゃんと男のままでしたので、ご安心を」
「そうか、それならいいんだが」
大丈夫だったらしい。しかしこの見た目でついているのか、人体の神秘。いや、祝福の神秘なのか。奇跡によるものだから神秘が内包されて然るべきなのかもしれない。
俺の言葉に複雑そうな顔をするフェリシー。まぁ性別が変わっていなかろうが、ここまで女性的な見た目になっているのだから、本人からすればいいとも言えないだろう。
「悪い、配慮に欠けた発言だったな」
「いえ、お気になさらず。私が望んだ結果ですから」
たしかに祝福を受けたのは彼の意思だ。ただ祝福を与えた俺にも責任の一端はある。
とはいえ、彼が気にしないよう言っているのにしつこく謝るのも違うだろう。今後彼と生活を共にするうえで、気にかけていくよう決めるだけで留めておこう。
「わかった、ありがとう」
彼の言葉に礼で返してから全員の準備が整ったか確認をとり出発する。
まずはフェリシーの服を買いにいかなければならない。アリスやクロエの服も買ったことがある店へと向かう。ダンジョンを中心にして発展した町だけあり、ダンジョン探索中にも着られることを売りにした商品を置く店も多く存在している。俺たちが向かっているところもその一つである。
店内に入ると華やかな装飾や、色とりどりの衣服で視界が埋まる。数度訪れたことがあるから店員も俺たちの顔を覚えているようで、アリスとクロエに話しかけている。
「あらお二人ともご来店ありがとうございます、今日はどのような品をお探しで?」
「今日は私たちでなく、この人の服を探しにきたんです」
「あらパーティの新人さんですか? また可愛らしい方ですね。でも……チッチッチッチッチこの服ではせっかくの可愛いお顔と綺麗なスタイルが台無し。冒険者でも着飾るのは大事なことですよ? うんうんうん、わかります、女の子ですもんね。色々と気になりますよね。ご安心くださいね、今年の新商品もいいの、揃ってますから。ばっちりあなたに合うものを提供させていただきますので、ささ、こちらへどうぞぉ」
「え、ぇ、あの……」
あれよあれよと話しながらもささっと採寸をすまされて商品棚巡りへと連行されていくフェリシー。初めてアリスとクロエがきたときもこんな調子だった。
しかしやはり他の人から見ても女の子に見えるようだ。店員さんからも完全に女の子扱いである。
そんな彼は仕事用のエプロンドレスがあればいいと説明しているようだが、他にも色々とおすすめされているらしい。困ったようにこちらを向くフェリシー。
「気に入ったものがあったら好きに買うといい、資金の余裕はあるからな」
女性の格好をするのは不本意だろうし、せめてマシだと思える服を自分で選ぶくらいはさせてあげたいというものだ。そんな思惑もあり、好きにしろと答えておく。
その言葉を聞いたフェリシーは一瞬固まったあと、なんだか困ったように笑いながら頷いてみせた。気遣ってもらえて嬉しいが、内容が内容だから喜びきれない感じだろうか。
結局店員にオススメされたものと仕事着合わせて、5セットほど買うことになった。




