第二章28
三人で中庭に出るとフードを深く被った人影が扉の音に反応してだろうこちらに気付き振り返った。俺たちの姿を確認するとフードを取り去り素顔を晒す。
予想は当たっていたようで、中からフランソワの顔が現れた。俺たちに向き直ると使用人として叩きこまれた仕草なのだろう、綺麗な一礼。
「断りなく敷地内に入ってしまい申し訳ありません」
「状況的に……仕方ない、かと」
「クロエの言う通り、人通りが少ないとはいえずっと外にいると怪しまれるかもしれないですからね。屋敷の人間に気付かれないためにこんな早い時間にきたのでしょうし」
クロエと俺の言葉に彼は頭をあげて頷く。見つからないために早い時間に出立したというのに噂になってしまってはその意味がなくなってしまう。
とはいえ、俺たちとの関係を疑わせないための処置であるのだろうが、行動を共にしていれば自ずとばれてしまうと思うのだが、そのあたりはどうするのだろうか。
「ご理解くださり感謝します。そしてリク様、私に対しての丁寧な言葉遣いは不要です。どうぞ他の方々と同じようにお話しください」
頭をあげたフランソワが真面目な顔でそう提案、というよりもお願いしてくる。
たしかに主人であるエメリーヌが俺を主と認めている状況で、従者である自分が丁寧な対応をされている状況というのは居心地が悪いだろう。社長が下っ端である自分にだけ敬語で話してくる状況を考えてみればわかりやすいか。
「うん、従者の自分だけ丁寧に接されるのは嫌だよな、わかった」
「それもありますが……私も、あなたの信徒となりますので」
その言葉を聞いてピンときた。屋敷の者に俺たちとフランソワの関係を疑わせない方法。
「なるほど……偽名はもう、考えてあるのか?」
「やはりわかりますか……えぇ、既に」
俺の祝福は容姿にも影響を及ぼす。アリスやクロエほどの変化が起こり、名前まで別のものを使えばフランソワと別人だと言い張るのは容易だろう。
得心がいった俺は彼に向かって手をのばす。
「じゃあ始めるぞ、いいか?」
「はい、お願いします」
彼は跪き目を瞑って俯きながらそのときを待つ。
それに応えるようにのばした手をフランソワの頭に置き、奇跡を起こした。柔らかな光が彼の体を包むように広がり、それはやがて体の中におさまるように消えていった。
「これで私も、お嬢様の護衛に相応しい立派な体格を得られたのでしょうか……」
閉じていた目を開き、立ち上がりながらそんなことを言うフランソワ。エメリーヌの話では彼の一族は代々アルターニュの家に仕えていたらしいし、フランソワも幼い頃からそのように教育されてきたのだろう。
だからこそ、自分の体格にコンプレックスがあるのかもしれなかった。それが今のような言葉を出させたのであれば、何故こうなっているのだろう。
立ち上がった彼は、不思議そうに首を傾げて俺を見上げる。もともと俺のほうが背は高かったが、その差はそれほどのものではなかった。そう、こんなにも見上げるほどでは。
フランソワは視線をさげて自分の手のひらを見下ろす。訓練により皮膚がかたくなっていたはずのそれは、ふにふにと柔らかく白い綺麗なものに変わっていた。
「え、な、これは……」
「ふぅむ……かなりの変化ですね。予想以上にリク様への信仰心は大きいようです」
「大切な、主を……助けてくれた、神様な、わけだし……?」
呆然とするフランソワを観察しながらそんなことを言う二人。確かに彼から感じる信仰心はかなりのものだった。クロエの言う通り、エメリーヌを助けることができたおかげだろう。
だから容姿の変化も大きなものになるかもしれないとは予想していた。しかしその方向性は予想外のものである。
くすんでいたはずの銀髪は、今や顔を出し始めた太陽の光を反射するほどに煌びやかな光沢を放っている。その長さも少しだけ伸びており、肩のあたりで毛先が揺れている。
よく見れば男だとわかる程度には骨張っていた顔は丸みを帯びたものに変わっている。それは鍛えられて筋肉が確かに浮いていたはずの腕なども同じで、服から覗くそこは見る者に柔らかな印象しか与えない。
身長も女性にしては高いだろうというくらいに縮んでいる。だからこそ、彼は俺を見上げるなんてことになっていた。
「わ、私は、いったい……?」
「どうぞ」
フランソワが困惑している間に水を汲んできたアリスが桶を彼に渡す。
恐る恐るといった様子でそれを覗きこんだフランソワは、驚きからか手を離した。当然水の入った桶は落ちていくが、予想していたのかアリスが地面に落ちる前に掴んでみせる。
「あ、す、すみません……」
「いえ、驚くのも仕方ないと思いますので」
アリスの言う通り、彼の反応も仕方ないだろう。彼が言う通り、護衛に相応しい立派な体格を望んでいたのだとしたら、今の彼はその正反対の容姿になっているのだから。
彼はもともと、女性に見間違えるほどに線が細かった。しかし骨格はたしかに男性のそれであり、鍛えていることもあってよく見れば男だとちゃんとわかる容姿だった。
しかし、今はどこからどう見ても女性にしか見えない。しかも大変に可愛らしい。
アリスやクロエと同じく、面影は残っているがほぼ別人と言っていい。
祝福による変化は、本人の願望によるところが大きいと思っていたのだが、彼の変化を見るに違うのかもしれない。俺の意思も関わっているのだろうか。だが俺はフランソワに対して女性のようになってほしいとは考えてはいなかった。
今は考えてもわかりそうにない。それよりも……。
「フランソワ、考えていた偽名、使えそうか?」
「……不自然になる、かと」
「だろうな……立派な体格の男に似合う名前を考えていただろうし」
そういうわけで、まずはこれから彼が名乗っていくことになる偽名を考えることにする。
この容姿ならば、女性のものを名乗ったほうがいいのだろうか。
「よく考えてみると女性であるように振舞ったほうが、フランソワという人間と今の私を結び付けるのは難しいでしょうし……こうなって良かったのかもしれませんね」
はははと乾いた笑みをもらすフランソワ。なんだかとても申し訳ない。
居た堪れなくなり、思わず頭をさげる。
「すまないなフランソワ、俺もこんなことになるとは……」
「い、いえ! 謝る必要はありませんよ、今言ったように役には立ちますし」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
自分が望んだものとは正反対の容姿となり、心中は色々と複雑だろう。だというのに俺のことを気遣ってかそう言ってくれる彼には感謝しかない。
気を取り直し四人で案を出し合ってこれから名乗ることになる名前を考える。
しばらく悩んでいたが、何故か俺が考えた名前が選ばれた。
「良かったのか、この国をよく知らない俺が考えた名前で」
「私たちの神となるのでしょう、自信をお持ちください。自分が考えた名前を名乗れるのだから光栄に思え、くらいは言っていただきませんと」
「……善処する」
自信は持たないといけないとは思っているのだ。しかし傲慢に過ぎる振る舞いをしても駄目だと思うし、匙加減というのが難しい。そのあたり、フランソワは厳しそうである。
いや、これからはフランソワではないんだったな。
「それじゃあ、これからよろしく頼むぞ、フェリシー」
「かしこまりました、旦那様」
恭しく頭を下げるフランソワ、もといフェリシー。家族を失い食い詰め者となっていた少女を拾いあげて雇ったという話をでっちあげることにしたので、俺は雇い主であり旦那様ということになった。制服としてメイド服も買うことになる。
フェリシー側からそのように提案されたのだが、それでいいのだろうか。




