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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章23

 ざわりと、先程までの比ではないどよめきが起こった。この部屋が音が漏れないようになっていなければ外にも聞こえていただろうほどである。

 執事服を着た初老の男が一歩前に出る。フランソワの隣に立っていたところを見るに、恐らく彼の親なのだろう。


「僭越ながらお嬢様、それは問題かと」


「あなたの言いたいことはわかりますわ。過去争った亜人たちと通じるということはこの国への叛意があることを意味すると、そう疑われることを危惧しているのよね?」


「……仰る通りでございます」


 まさに彼女が言った通りのことを言おうとしていたのだろう。言うべきことがなくなった彼は頷き同意するほかなかった。

 それにエメリーヌもまた一つ頷き、補足するように言葉を続ける。


「確かに、平時であればそう思われても仕方がないでしょう。あなたの心配は正しい。私たちの行く末を案じての忠言、感謝しますわ。けれど安心してくださいまし、今ならば大丈夫ですから。いえ、今だからこそ動くべきなのかもしれませんわね」


「それは、どういう……?」


 心配してこその忠言。それを無下にすることなく感謝し、しかしやんわりと必要はないのだと言い含めるように説明を続ける。そして敢えて言葉を切り、相手の興味を引いた。

 受け答え一つ一つにまで気を配っているのか、それとも自然にこなせているのか。どちらにせよ人の上に立つために必要な要素を彼女は少なくとも既に三つは満たしている。


 演説の上手さ、懐の深さ、下の者に対する責任感。


 人の心を掴み煽るその弁舌と所作は勿論のこと、相手自身に考えさせその答えをしっかりと示し彼女についていこうと思わせ、彼女についていっても大丈夫だという安心感すら与えている。彼女の味方である者たちでも説得できるのかと心配していたが、蓋を開けてみればなんのことはない。彼女にはここまで、この先の道まで見えていたのだろう。


 彼らのうちの誰かが心配して忠告をしてくれることまで考えていたのかもしれない。そしてそれを感謝し受け入れるだけの度量を持っている。それぐらい誰でもできるだろうとも思えるが、人の上に立った状態で立場が下の者から受けた耳に痛い言葉を受け入れるというのは存外難しいものだったりするのだ。激怒して突っぱねるような例をよく知っている。だからこそ素直に感謝までして受け入れられる彼女は凄いと思った。


 なにより、彼女は彼らに対して責任を持ち、それを果たそうとしている。だからこそ、こうして逃げられたり情報をリークされたりする可能性が生まれるようなリスクを冒してまで説明を行い、選択の余地を与えようとしている。そのためにも彼ら自身に疑問を抱かせそれにしっかりと答えているのかもしれなかった。


「過去我々と争った者たちがただ融和を唱えたところで疑われ、その疑心は彼らと共にある我々にすら及ぶことでしょう」


 そう言いながら、エメリーヌは片手をのばしぐっと拳を握る。

 それだけでは融和の目すらなく、我々もただ疑われるだけだと。


「しかし、お兄様がこの先王家に対して起こすであろう叛乱、それを治めることに尽力してくれた者たちならば、どうでしょう?」


 握った拳とは反対の手が広げられ、それを目の前の臣下たちに向ける。

 その手に注目が集まったことを確認すると、全員の視線を集めた手を頭上にあげていった。そうすれば自然と、彼らの視線もまたあがっていく。

 頭上に掲げた手で、指を一本立てるようにして全員の視線を誘導したあと言葉を放つ。


「結果を先に作るのです。彼らは我々の味方だという結果を。何も齎さぬ口先だけの同盟者を人は、国は信用しない、できない。ならば事実を先に持ってくればいいのですわ」


 その言葉と共に前髪を払うように手をさげる。靡いた前髪に隠されていたアメジストの如き深い紫色の瞳は彼女の強い意思を表しているかのように輝いていた。

 今まで自ら髪をのばしてまで隠し続けていた顔を晒し、内気なはずだった彼女の口元には不敵な笑みが浮かんでいる。雲間から差し込んだ月明かりが彼女を照らした。


「それならば、国もバルトリードとの融和を受け入れてくれるとは思いませんか? 何せ、既に味方なのですから」


 月を背後に背負った自信に溢れた表情のエメリーヌが、彼らにどう見えたのかは俺にはわからない。けれど確かに、その場の誰もが息を飲むほどに美しかったのは確かだった。

 月の光が差し込むだろうタイミングまで考えていたのだろうか。その立ち姿や映え方を見るに、彼女には演出家としての腕前まであるようだ。


「で、ですが……!」


 初老の執事、フランソワの父はそれでもなお真剣な表情で食い下がる。他の者たちは既に彼女の言葉を信じ、ついていくことを決めたような決意の表情をしている中、彼は考えることをやめずにエメリーヌのことを案じ続けているのかもしれなかった。

 そのどちらがいけないということもない。エメリーヌを信じると決めた者たちも、エメリーヌのために考えることを続け忠告を投げかけ続ける彼も、そのどちらもがエメリーヌのことを思っているからこその行動だろうから。


「それだけで国が納得するかはわかりません。バルトリード側の代表との話し合いが必要になるでしょうし、その内容によってはどう転ぶか……それになによりも」


「なによりも、なんです?」


「そもそも、亜人を虐げる政策を未だに掲げているリアン王国とバルトリードの融和を、どのようにして実現させるつもりだというのですか、お嬢様は?」


 やはり、彼はエメリーヌのことをよく考えてくれている。そしてそれに与する自身たちの行く末についても。

 ここまではフランソワも説明を受けていたのだろう。父の問いに同調するようにエメリーヌをじっと見ている。この計画を成し遂げることができるのか、そして自分たちとエメリーヌの運命を預けるに足る人物であるのか、俺を見極めるために。


 彼らに答えるため、エメリーヌは歩を進める。彼らに向かって。

 そして、数人に向かって手のひらを向けて、数度指を折り曲げ手招きを繰り返す。クイクイと、かかってこいとでも言うように挑発した。


「疑いを抱き、止めたいと言うのならば実力でお止めなさい」


「お嬢様、我らは護衛でもあり戦闘訓練を受けた身です、お戯れは……」


「答えを、知りたいのでしょう。希望を見せてあげますわ、いいからきなさい」


「……決して怪我をさせぬよう、お嬢様を捕縛せよ」


 初老の執事がそう口にした瞬間、数人の使用人たちが素早く動きエメリーヌを捕らえようとする。その中には当然の如くフランソワがおり、ギガースの男の姿もあった。

 そして、一際目立つ巨体のギガースの体が一瞬にして床へと倒れる。何をされたのかわからないとでも言っているような呆けた顔は、エメリーヌの足によって床にぶつかる前に受け止められていた。


 それを見た初老の執事の動きは速かった。手を塞ぐ。そのためにエメリーヌの手首を彼が掴んだ。くるりと、すり抜けるように手が離れる。浮かぶ驚愕の表情。

 次の瞬間、初老の執事も床へ倒れ伏していた。背中にはそこを押さえつけるように膝を乗せたエメリーヌが、彼の手首を逆に掴んだ状態で座っている。


 そして、彼女を捕らえようと動いていた数人の者たちの手は、その頭上で空を切っていた。彼らはエメリーヌを捕らえようと手をのばしていた。上体を前方へ傾けバランスを崩している。重心が前に寄っている。そんな者たちに対して、エメリーヌは初老の執事の上で軽やかに回転し彼らの足を払った。

 当然のように倒れこむ使用人たち。その倒れこんできた頭に静かに手をそえて床へとおろしていく。その中にはフランソワの姿もあり、驚愕の連続からか全員が床に倒れ伏したままエメリーヌを見上げていた。


「何故私が、何の訓練も受けてこず体も弱く毒に侵されていたはずの私が、あなた方をこうして床と抱擁させるようなことができたのか、わかりますか?」


 使用人たちの誰もが、床に倒れている者も、そうでない者も、首を横に振った。

 それに微笑みかけ彼らを一人一人立ち上がらせその服を払ったエメリーヌがこちらへ歩いてくる。そしてごく自然な動作で俺のナイフを取り出し、自分の腕を切りつけた。


 どよめきが起こり、こちらへ使用人たちが駆けてこようとするが、それをエメリーヌが手で制する。そのまま跪くと、俺に向かって祈るような姿勢をとった。

 その合図に、俺は彼女の頭に手をかけ、癒しの奇跡を起こしてみせる。光が瞬きエメリーヌを包んだそれは、彼女の腕の傷を瞬く間に治してみせた。


「この方は我々を救い、亜人たちをも救うだろう、神なのです。私に祝福をくださり、毒に侵された体をも治してくださいました。この方の尽力があれば、バルトリードとの融和を為すことも不可能ではないでしょう。我々が夢を語り、物語を描き……そしてそれを現実としてくださるのが、この方なのですわ」


 神秘的で柔らかな光に包まれながら彼女は立ち上がり、治った腕を見せつけるように両手を広げてみせて朗々と語る。まさに奇跡のような光景の連続を目にした使用人たちは、初老の執事も含めて今度こそ言葉をなくした。

 クロエの店を訪れてすぐのこと。アリスの言葉が脳裏に浮かぶ。

 統一された宗教がなく、虐げられた多様な種族。そこへ直接祝福を与えるような神を主神とするような宗教が現れればまとめあげるのは通常の手段よりもずっと容易なはずだと。


 つまり彼女は兄の叛乱や周囲の者たち、そして俺まで利用しようとしているのだ。

 密かに振り向き、こちらを見ながらエメリーヌは笑みを浮かべる。そして、ちろりと小さく舌を出してみせた。許せる。壮大な計画に神として利用されるなんてことを聞いた直後だというのに、俺は俺の安さを再確認した。

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