第二章22
帰りの馬車の中、二人にエメリーヌから聞かされたことを説明をしてから今夜動くことを伝える。成功するかもわからない、そもそも実際に可能かどうかもわからない。できるかもしれない、そんな可能性があるというだけの話だ。
更に成功したとしても多くの人命が関わる大きな話になる。そんなことに巻き込まれるかもしれないと二人に語った。俺はその話に乗るつもりだとも。
二人は当たり前のようにそれを了承。自分たちも協力すると宣言した。事ここに至っては二人が離れるとも思っていなかったが、色々と言われることは覚悟していたのだが。
しかし話を聞いたアリスはむしろ乗り気だった。クロエは俺とアリスを信じてついていくと決めているので、まぁアリスがそうなった時点で渋ることもないだろうとはわかっていた。
「しかし、アリスがこうまで乗り気になるとはな……」
「それは仕方ないかと。思い出してくださいリク様、私自身似たようなことは言っていたのですよ? そのときは漠然としたものでしたけど、ここまで考えてのことでしたらリク様のためにもなるでしょうし、賛成しますよ」
「似たようなこと……あぁ、クロエの店に顔を出したときくらいか……」
思い出してそのときのことを口に出した俺にそうですそうですと頷くアリス。そういえばそんな話もしていたな。まさかあのとき言っていたことがこんなにも早く現実味を帯びてくるとは思いもよらなかった。
たしかに、エメリーヌに俺が起こすことができる奇跡について詳しく教えたとき話してくれたことと、あのときアリスが語っていたことは似通った部分が多かった。
だからこそ可能性は高くなるだろうとはエメリーヌの談だったが、アリスもそれに同意してくれているようだ。やはり、やってみる価値はありそうである。
それにエメリーヌの考えた手を打ちそれが成功すれば、ベルナールたちにとっても喜ばしい結果になってくれるかもしれない。彼らの望む未来を作れるかもしれないのだ。
それら諸々のことを考えつつ、エメリーヌやアリスを信じれば、やらないという選択肢は俺の中にはなかった。今夜動くことに変更はない。
ギルド前に到着した時点で夜まで時間の余裕はあったが、今日はダンジョン探索は休むことにする。夜に備えて送り届けてくれた馬車を見送ったあとは家へと戻った。なお、馬車の御者をしてくれていたのは朝出会ったギガースの男性とコロクルの女性だった。
「それでは、また今夜」
「ちょっと、誰が見てるかわからないんだし、しーっ」
「おっと、そうだったな……皆様申し訳ありません」
「すみません、この人真面目に見えて少し抜けてて……それでは私たちはこれで」
正確には手綱を握っているのはずっとコロクルの女性だったので、ギガースの男性は何かあったときのための護衛や、力仕事が必要になったときのための助っ人なのだろう。見送ったときに少しだけ見えたそんな二人のやり取りは、二人の体格差を感じさせないほど仲が良いというか、気心が知れているように見えた。
その様子を見て思わず心が和んだ。そしてそれと同時に、種族の違う者同士でもここまで仲良くなれるのかとある種の希望がそこにあったように感じた。
家に戻ったあとはいつもより軽めの鍛錬を行い、あとは静かに夜まで待つ。
幾許かの時間が流れ、とっぷり日が暮れた町を窓から眺めながら俺たちは屋敷へと向かう準備をする。できる限り身軽に、音を立てないようダンジョンに潜るときよりも軽装だ。
すっかり暗くなった町を足音を消して素早く駆け抜ける。昨日と今日馬車に乗って揺られてきた道を辿り、郊外にある屋敷を目指した。
殆ど月明かりのみを頼りに暗い道を走ってしばらく、白塗りの屋敷が見えてくる。僅かに揺らめく火は恐らく見回りをしている警備のものだろう。
屋敷周辺の茂みの中に身を隠し、あらかじめエメリーヌから聞いていた警備の巡回ルートからなるべく外れた場所へ移動する。そして機会を窺うように隠れ続け、エメリーヌの部屋を注視した。
しばらくすると窓からランプの光が漏れたのが見えた。そしてそれが隠されて、また光が見える。チカチカと点滅するようなそれは、彼女からの合図だ。
俺たちは頷き合うと警備の人員が交代している隙に敷地内へと侵入した。そのままエメリーヌの部屋の下あたりまで静かに走りぬけ、窓から垂らされたロープを伝い部屋へと入る。
「さすがは冒険者ですわね、流れるような動きでしたわ」
そこには当然エメリーヌがいる。そしてその後ろには数人の使用人やメイドなど、この屋敷で働いている者たちの姿が見えた。その中には朝見かけたギガースやコロクルなどの亜人の姿もあった。恐らく彼らがエメリーヌに味方してくれている者たち、つまりはエメリーヌの派閥ということなのだろう。
しかしその数は十にも満たない。派閥というには頼りなく見えるものだった。ただ彼女の兄であるエドガールは、それだけで警戒しているわけではないのだろう。
潜在的な敵、つまり彼に表面上は従いつつ内心で彼に叛意を抱いている者たちが、彼を攻撃する口実を作るためにエメリーヌを持ち上げることも警戒しているのだと思う。そしてそのようなことが起こるきっかけとして、エメリーヌの派閥の者たちが彼女を担ぎ上げ始めることがなによりも面倒、だからこそ彼女を消そうとしたのだ。
つまり数は問題ではない、ということか。数人の使用人たちを見ながらそんなことを考えていると、エメリーヌが窓を閉じ、一つ咳払いをすると彼らに向き直った。
「皆様、集まってくださりありがとうございます。今夜はあることを伝えるためにこうして皆様に呼びかけさせていただきました。まずは彼らを改めてご紹介させていただきましょう」
エメリーヌが手のひらで俺たちを指し示すと同時に、一歩前に出る。このあたりの演出もエメリーヌから予め聞かされており、家で休んでいる間にアリスとクロエにも教えていた。
俺たちが前に出たのを確認すると、エメリーヌは俺の前に跪き大仰な仕草で俺の手をとって捧げ持ち、大きく片手を広げて俺の存在を彼らに誇示する。そんな彼女の様子に、使用人たちの間で小さくどよめきが起こるが、彼女はそれを無視するように話を続ける。
「この方はリク様、私たちの主となるお方ですわ。まずはそのこと努々忘れぬよう」
どういうことだと小さく囁き合う声が聞こえる。それは仕方がないだろう。貴族である自分たちの主人が、一介の冒険者に跪き自分たちの主になる方だなどと言っているのだから。
しかし、エメリーヌから言わせれば掴みこそ大事だということらしい。こういう場では疑問を覚えさせればある意味ではまず勝ちだと。そして興味を持たせ、かつ俺という存在をエメリーヌよりも上であると意識に刷り込ませるのが最初にやるべきこと、なのだそうだ。
「どういうことなのかと疑問を覚えるのは当然でしょう。ですから、順を追って説明いたします。まず皆様は私の兄であるエドガール・ド・アルターニュの野心をご存知ですね?」
エメリーヌの言葉に一同は頷く。彼女の味方である彼らが密かに彼女を害そうする者たちの情報を掴もうとしてくれていたからこそ知ることができた情報である。当然のように彼らは知っており、共有しているというわけだ。
「そう、そしてその野心がゆえ、私は命を狙われましたわ。そんな私を案じてくださり、生かそうとしてくれた皆様には感謝しかありません。ですが我々が考えていた、どうにか逃げ延び残された時間をせめて自由に生きる……それよりも良い方法が見つかったのです」
こつこつと足音を部屋の中に響かせつつ、ときに庇護欲を誘うように弱弱しく、ときに真摯な感謝の気持ちを伝えるために幸福を滲ませた笑顔で、言葉と仕草でこの場の者たちの心をこの僅かな時間で掴んでいくエメリーヌ。
今や使用人たちは真剣な顔で彼女を見つめ、その方法というのはなんなのか、もしもそんな方法が本当に見つかったのなら、と希望の表情すら覗かせている。もとからある彼女への信頼もあってこそなのだろうが、今の彼女はなにより空気を作りだすのが上手いのだ。
人の視線を集める。人の感情を揺さぶる。言葉で、動きで、音で。
彼女のような人間を言い表す言葉があった。
扇動者。もとから素養があったのか、祝福によりその才が花開いたのだ。
「夢物語と思うかもしれません。しかし、それを言えば兄がなそうとしていることこそ夢物語なのです。なればこそ、夢には夢で、劇的な物語には劇的な物語で対抗しようではありませんか。無理だと思うことはありません。私たちにも、あなたたちにもできるのです。夢は、物語は、誰しもが思い描き、語れるものなのですから。だから、なしてみせましょう……」
彼らの鬱屈していた感情を煽り、炙り、燃え上がらせながら、彼女は夢を語る。
「亜人の勢力圏である、バルトリードとの融和を」




