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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章20

 ソファの端に避難して体を縮こませているアリスを尻目にクロエは膝上を占拠して俺の左上を抱えるように持ちながら、その指を咥えていた。


「もぐもぐ……」


「食べるなよ?」


「ある意味もう……食べて、ますけど」


 痛くない程度に何回も甘く噛まれては味を確かめるように舐められているので確かにもう既に食べられていると言ってもいいかもしれない。そもそも、噛み千切られるようなことはないのは最初からわかっているので冗談のようなものだ。

 ちぷちぷと幼児がおしゃぶりでも咥えるように俺の指を口に含みながら、クロエはちらりと視線を動かしてアリスを見る。彼女はソファの端っこで顔を両手で隠すように押さえながら膝を折り曲げて少しでも体を小さくしようと可愛い努力を続けていた。


「可愛い、ですね……あんなに、恥ずかしがるくらい……喜んじゃって」


「……」


 多分俺はその言葉を聞いて、驚いたような表情をしていたのだろう。振り返って俺の顔を確認したクロエはそれを見てくすくすと小さく笑った。

 指を咥えたまま笑われると少しくすぐったい。ジッと俺のことを見上げながらかぷりと指に噛みついた。今までよりも少し力が強かったようでちょっと痛い。


「色々、ね……考えは、しますよ……」


 ガジガジと抗議でもするように俺の親指に噛み付きながら小さくこぼす。

 きっとしばらく跡がついてしまうだろうくらいの力で噛まれている。もしかしたらマーキング的な意味合いもあるのかもしれない。


「けど……ボクたちは、同じ、なので……」


 そう言ってアリスを見る瞳は、酷く優しいものに感じた。彼女が言う通り、同じ境遇にあったものを慈しむような、そんな視線を向けている。

 二人はお互いの境遇については話し合って知っている。病に侵され死にかけていたアリス。自身の全てであった職人としての道が閉ざされようとしていたクロエ。

 そのどちらも救いを求めていた。そしてどちらにも、俺は手を差し伸べた。彼女が言っている同じというのは、つまりそういうことなのだろう。


「きっと……あのまま、職人をやめてたら……ボクは、そのうちに、死んでいた。冗談、ではなく……本当に、そう思います」


 職人であることが全てだと言ったのは彼女自身だ。だからこそ、その彼女がここまで言うのであれば、きっとそれは真実なのだろう。

 だとすれば……。


「だから……本当に、一緒……ボクとアリスちゃんは、一緒……」


 そう言って殊更優しい瞳で、慈愛に満ちた表情でアリスを見る。

 そして、唐突に今までふわふわと淡く降り注ぐように向けられていたそれが途端に重みを増していく。こちらを見上げたクロエから、熱く重い感情が伝わってきた。


「あなたに救われた、あなたが命を繋いでくれた、あなたがボクたちの……生きる理由」


 ぼんやりとした、太陽の光を受けているドワーフ特有の話し方が、その言葉を放つ瞬間だけは消え去っていた。俺へ向けた感情が、種族の性質を塗りつぶしてしまうほどに高まっていたということなのだろうか。

 ふっと、感じていた重々しいそれが消える。クロエを見れば、また俺の手を掴んでちゅーちゅーと夢中になって指をしゃぶっていた。


「つまりは……ボクたち、リクさんが、いないと……死んじゃう、ので」


 子供のような仕草をしながらとんでもなく重いことをさらりと言ってくる。雰囲気こそ重さはなくなったが、話している内容の重量はむしろどんどん増している気がした。


「死んじゃう、っていうのは大げさじゃないか?」


「……はぁー、アリスちゃん……戻って、こーい」


 俺の言葉に溜息を吐いたクロエはのそのそと膝からソファへとおりて、四つんばいになりアリスへと近づいていく。いつの間にか靴は脱いでいたらしい。

 クロエに引っ張られたアリスはびくりと震えてから顔をあげた。


「な、なんですか、クロエさん……?」


「リクさんが、いなくなったら……どうする? どうやっても、もう、会えないの」


「一生お会いできなくなるのなら、生きてる理由がなくなるので死にます」


 迷いなき即答。怖い。恥ずかしげな表情は即座に真顔に変わり、羞恥に塗れていた残滓であるはずの僅かに残っていた頬の赤みがさっと消えてしまっている。

 そんなアリスの答えにわかるわかるとでも言うように、ゆったりと頷くクロエ。なるほどわかるのか。お前もわかってしまうのか。


「じゃあ、ボクの場合……わかる?」


「クロエさんですか? 憶測になりますけど……もともと職人として生きることが全てだったクロエさんですが、今はリク様のため以外にその腕を振るうことはあり得ないでしょうし、リク様がいなければ職人として生きることもできないので、能動的か受動的かまではわかりませんが死んでしまうのでは?」


「さすがー……正解ー……」


 至極真面目な顔で凄いことを言い切ったアリス。それに対してクロエは柔らかい笑顔を浮かべてぱちぱちと緩やかな拍手を送った。

 正解なのか。能動的か受動的かどちらだ。いや聞くのはやめておこう。


「それを、わかってる、から……囲うな、とは言わないです。言えない、ですから」


「あぁ、なるほど、そういう話ですか。そうですね、むしろ同じ境遇の人たちを突き放すようなことがあれば私たちからお傍に置いてあげてほしいと嘆願するかもしれません。なので囲うことについては仕方ないかと、人を救うことをやめろとも言えませんし」


 なんだか凄い話をされている。今更彼女たちの好意を疑っているわけではなかったが俺の存在の比重がとてつもなくとんでもないことになっていた。


「それに……アリスちゃんが、大切に、されてたら……ボクも嬉しいん、です。嫉妬する、気持ちが、ないわけでは、ないけど……自分と、同じように……不幸だった子が、救われて、優しくされて、幸せになれたら……ボクも、幸せな、気持ちになる、から」


 そう語るクロエはとても優しい笑みを浮かべていた。アリスを見つめる目は慈母のような穏やかさで、その表情を崩すことなく、そっと彼女を抱きしめる。

 その抱擁を受けたアリスもまた、その言葉に嬉しそうに笑みを浮かべていた。抱きしめてくる腕に静かに触れて、瞳を閉じ体を預けている。


「ありがとうございます、クロエさん。私も、あなたが幸せになってくれたら嬉しいですよ」


「ん……一緒に、幸せになろう、ね」


 頬と頬を擦り合わせるように、二人は身を寄せ合う。

 その光景を見て、俺も心底から良かったと思った。

 今後も増えていくだろう信徒たちが仲良くやっていけるだろうか。そう考えることはしばしばあったが、彼女たちを見ればそんな不安も安心へと変わっていく。

 もし問題が起こったとしても、きっとなんとかなる。そんな確信があった。彼女たちがいれば絶対に大丈夫だと。勿論、俺もできることがあれば全力でするしな。


「それに……」


 頬ずりをしていたクロエが、徐にこちらを見上げた。


「そもそも、そういう、理屈抜きでも……あなたが大好き、だから」


 言葉もない。直球で言い切られるとこちらはもう何も言えなかった。ふわふわとした俺たちには見せてくれるいつもの笑顔。相変わらず、そして今は特に可愛かった。

 頬をクロエと合わせたまま、アリスも笑顔で俺を見上げる。


「そうですね、寂しくなっても嫉妬したとしても……どうにもならないくらい好きなので」


 俺には勿体無いと咄嗟に思ってしまう。それほど彼女たちは可愛く健気で、献身的なことを言ってくれている。しかし彼女たちの言葉を聞いてそんなことを思ってもいられない。

 彼女たちのためにこれからも頑張らなければ。彼女たちは俺を選んでくれたのだから。


「その思いに、精一杯応えるよ」


「はい、だから、大丈夫です」


「ん……アリスちゃんの言う通り」


 俺がこう答えることを二人は知っていた。結局のところ、そういうことだ。

 好きで信じているから、何があっても離れないし大丈夫。

 だからこそ、俺もそれに応え続けるのだ。

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