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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章18

 うつむき赤面するエメリーヌの手を引き、頬を撫でつけながら顔をあげさせる。

 不思議そうな顔をしてこちらを見上げるエメリーヌに少し意地が悪いかと思いつつ、正直な俺の気持ちを伝えるために言葉を告げた。


「そこまで思われているのは嬉しいから、忘れず覚えておく」


「……前言撤回いたしますわ。ずっと、覚えておいてくださいまし」


 にやついている口元を軽く握った拳で隠しながら、もう片方の手でこちらの胸元をきゅっと掴んでくるエメリーヌが少し可愛すぎる。可愛いが過ぎるとある意味毒だというのに。具体的に言うとお熱になる。

 こちらが密かに体温をあげていることに気付いているのかいないのか、エメリーヌは掴んだ服の胸元を軽く引っ張りながら歩き出す。抵抗する必要も感じないのでそれに大人しくついていけばベッドの脇まで辿り着いた。


「味方の使用人以外は、あなたを閨事に誘ったと思っているでしょう。動きやすいようにと少し前から奔放に振舞っているように見せていたので。ですから……」


 エメリーヌは静かにベッドへ横たわるように寝転ぶ。勿論俺の服は掴んだまま。更に背中にも手をまわしているので当然のように引っ張られ俺もベッドの上へと倒れこむ。

 さすがにこれは圧し掛かってしまっては危ないと思い抵抗しようとしたのだが、あっさりと転ばされてしまった。どうやら足を払われていたらしい。


 貴族のお嬢様というのは護身術とかも覚えているのだろうか、凄いな。けれど彼女は体が弱いと言っていたからこういうことはしていないと思っていたのだが。そこまで考えて無意識に見ないようにしていた可能性に無理やり目を向ける。

 祝福を与えた影響だというのなら俺は与えた力によって現在進行形で彼女に絡めとられているということになる。それはなんだかまずいのではないだろうか。しかしアリスのことを考えるとそんなことは日常茶飯事だということを思い出す。なんの問題もないな。日常そのものに問題しかないことに目を瞑れば。

 両腕を突っ張り棒のようにしてエメリーヌを押しつぶしてしまわないように上半身を支えながら、彼女を見下ろす体勢でそんな風に思考を飛ばしていると、彼女の腕がするりと背中にまわされ、優しくゆっくりと撫で擦られる。


「今日は、ここで一緒に夜を過ごしてくださいませんか?」


「わかった」


 即答。欲望に弱い。そんなことは誰よりもよく知っていた。いや、今だとアリスの方が俺のことを俺以上に理解しているかもしれない。多分そうだ。

 腕の力を抜き、彼女の横に寝転ぶようにしてベッドに体をおろす。


「……我が侭を言ってもいいでしょうか」


「あぁ、俺にできることなら、なんでも」


 お互いの顔を見つめあうように、横向きに寝ながら言葉を交わす。

 ベッドへ誘うときから言葉と所作は完璧で、けれど恥ずかしがり屋であることを隠せないほどに顔と首筋を赤くした彼女の我が侭だ、応えないわけにはいかなかった。


「何をされても構いません。何をされても嬉しいですから。そもそも最初から私自身を報酬にしようとしていたわけですしね。ただ、最初は……」


 子供が甘えるように、彼女が俺に向けて手をのばす。

 横向きに倒れている彼女の前髪ははらりとシーツへと流れていて、彼女の妖しい輝きを放つ紫の瞳がよく見える。けれど今だけは、その輝きの中に幼さを感じた。


「ぎゅって、してくださいまし」


 その言葉を聞くと、自然に俺のほうからも腕をのばしていた。そっと背中に腕をまわして胸元に彼女の顔を埋めさせるように抱き締める。

 ゆっくりと、できる限り優しい動きを意識して背中を撫でた。


「これでいいか?」


「……はい」


 くぐもった声で返事をした彼女は、ただのばしていた手できゅっと抱きつく。そこには誘うような手管はなく、ただ離れないように抱きつこうとする懸命さだけを感じた。

 俺の胸元に顔を埋めながら、エメリーヌが深く息を吸い込む。


「……落ち着きます。こういう、感覚なんですね」


 その言葉を聞いて、優しいと言っていた父も、本当の意味で彼女を助けてくれることはなかったのだろうと理解した。周囲から望まれていない愛だったことを理解していた彼は、きっと全面的に彼女の味方をしてあげることができなかったのだ。

 こんな風に抱きしめながら寝かしつけてあげるなんてことも、できなかったに違いない。


「エメリーヌ」


「はい、ありがとうございました。もう満足したので、お好きなように……」


「俺と一緒にいるときくらいは、無理する必要はないからな」


「……」


 胸元から顔をあげて、浮かべようとしていた笑顔が固まる。そのままもう一度、顔を埋めるように抱きつき、ごしごしと非難するように、甘えるように顔を擦りつける。


「あなた様は本当にずるくて、酷い人ですわ……」


「言っただろ、自覚してるよ」


 俺の言葉が許しとなれたのか、彼女は少しだけ嗚咽をこぼした。幼い頃から周囲の目を気にして生きてきた彼女が耐え続けてきたものを、吐き出す場所くらいにはなってやりたい。

 そう思ったからこそ、少しでもその声が漏れないように、きつく抱きしめる。

 俺の胸の中で、小さな嗚咽はやがて大きな泣き声へと変わっていった。胸元が濡れたことがわかるほど彼女は涙を流しているようで、それほど耐えてきたのだと悲痛な気持ちを覚えるのと同時に、それを吐き出させることができて良かったと安堵する。


「どうして……どうしてお母様があれほど悪く言われなければいけなかったの! どうしてお母様の子だからという理由だけで、私があんな扱いを受けなければいけなかったの! 私もお母様も誰かを傷つけたりしたことなんてなかったのに! どうして、どうして……!」


「そうだな、酷いことを言われて、酷い扱いを受けて辛かったよな。エメリーヌはよく今まで我慢してきたよ、本当に偉い。よく頑張ったな」


 彼女の言葉に一つ一つ頷きながら、抱きしめたまま頭を撫でる。

 言いたいことを言えばいい。言いたいだけ言えばいい。

 俺は聞くことしかできないが、聞くことはできるのだから。


 今夜だけで言いきれないなら、また聞こう。

 今夜だけで長年溜めた涙は出しきれないというのなら、また抱きしめよう。

 俺たちはこれからも一緒にいるのだから、それくらいの時間はある。


「すぅー……すぅー……」


 泣き疲れたのだろう、エメリーヌは俺に抱きついたまま眠ってしまった。穏やかな寝息をたてているその顔をハンカチで拭いてやり、静かに毛布をかける。

 しかしあれだけの泣き声をあげていたのに誰もこないな。一応そのあたりも警戒していたのだが……フランソワに確認をとっておくか。


 そう思って立ち上がろうとすると、むずがるようにエメリーヌが抱きつく力を強くする。それに苦笑しながらどうにか指を一つ一つ解くようにして離してもらい、髪の毛を梳くように頭を撫でてから改めて立ちあがった。

 扉をあけると、扉の横にフランソワが立っていた。不寝の番なのだろうか。


「おや、どうかされましたか?」


「ん? ……あぁ、いえ、今しがた彼女が眠ったところだったので、煩くしてしまっていたら申し訳ないと思い顔を出しただけです」


「……おほんっ、貴族の邸宅の寝室などは音が漏れぬようになっていますので」


 かなり大きな声で泣いていたのに誰一人としてやってくる気配もしなかったのはそういうことか。反応からして、そういう音が聞こえないようにということなのだろう。

 しかし便利ではあるが、不便というか不安な面もあるな。


「なるほど……しかし、部屋の中で異常があったりしたら、どうするのです?」


「大丈夫ですよ。中から外に異常を知らせる法具が備え付けてありますので。特定の単語と魔力だけで使用できる優れものです」


「そんなものまであるのか……」


 何か不埒なまねをしようものなら、俺に対しても使われていたのかもしれないな。

 にっこりと答えるフランソワも、そういう意味をこめて説明しているのだろう。だから下手なまねはしないようにしてくださいねと。


 申し訳ない。もう既にかなりのことをしでかしていて本当に申し訳ない。

 説明してくれたことに礼を言ってからベッドに戻る。


 ベッドの中では、眠りながらも何かを探すように腕を彷徨わせているエメリーヌがいた。その手をぎゅっと握ってやると、不安げにしていた表情がふっと緩み笑顔になる。

 それに俺も笑みを浮かべながらベッドに入り、彼女と一緒に毛布を被る。そのまま空いている手を彼女の背にまわして抱きしめながら、俺も眠りについた。

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