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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章16

 妖しく光るアメジストの瞳が俺の視線を絡めとっている。ただ添えられただけのはずの手は全く振り払える気がしなかった。彼女の所作一つ一つが俺を縛り上げているようにすら感じる。

 それらしきものは今までも感じていたが、ここまでのものではなかった。それはきっと俺が祝福を与えたからというのが原因の一つだろう。そしてもう一つの理由は……彼女の言葉が教えてくれた。


 愛してください。つまり本気で愛されたいと思っているからこそ、その誘う所作に今までよりも感情がこもっている。俺が縛られるような錯覚を感じるほどに。

 それはわかった。理解した。けれど一つ言いたいことがある。


 なんで?


 彼女が未だに救いを求めていることはわかっていた。そしてここまで事情を話してくれるのであれば、深いところまで聞いても大丈夫だろうと、話してくれるように促した。助けてほしいと彼女自身が言えるように。

 それは俺自身理解している。だからこそ彼女は内に秘めていた様々な事情や思いを吐露してくれたのだから。そしてそれらを解決できるよう、毒に侵されているという体を奇跡で治してから、蔑まれ自信がないという彼女に必死に励ましの言葉を……なるほど。


 そこまで考えてようやく理解した。彼女の言葉通りであれば、フランソワのように味方をしてくれる人はいたようだけれど、その他の大勢の人たちには出自や兄との差などがあり蔑まれてきたらしい。

 そういうときにフランソワたちも励ましてきただろうが、彼らは味方であっても対等な存在としての言葉を渡してあげることはできなかったのかもしれない。従者だから、仕えている主に味方するのは当然である。勿論彼ら個人の意思としても彼女を思う気持ちはあったのだろうが、主と従者という立場は無視できるものでもなかったのだろう。


 俺は今日出会ったばかりの他人。だからこそ、届いたのかもしれない。事情を知り、味方をする必要もなく、むしろ味方をすればリスクを背負う可能性もある立場であるのに彼女を助けたいと本気で願っていたから。

 魅力があると褒め、出自に関係なく彼女自身を肯定すると主張して、今後も寄り添い続けると言ったのだ俺は、本気で。そして彼女はそれを受け入れてくれた。嬉しく感じてくれたのだろう。だからこそ、そんな相手に愛されたいと願ったのだ。

 助けてほしいと素直に言ってほしかった。そんな気持ちが根幹にはあったけれど、なるほど俺は彼女に魅力を感じていたし口説き落としているのとそう変わりはない。


「……そういう意味で言っていたわけではないことはわかっていますわ。けれど、申し訳ありません。私はもうそういう意味であなたを望んでしまっているのです」


 俺の両頬をゆるゆると撫でながら、背伸びをして耳元に口を近づけてそう囁く。謝罪の言葉ではあるが、その喜悦を含んだ言葉からは申し訳なさは殆ど感じない。

 理解していると彼女は言った。それでもなお求めてしまうのだと。つまりはこちらの意思は関係なく彼女がほしいと感じたからこその我が侭。


 彼女を助けようと決めたときから、逃げるつもりはなかったけれど、彼女がそう願っているのであればなおのことその要求から逃げることはできない。

 そもそも、逃げたいとも思わないからな。魅力的な女性にこうまで思われて、実際に真正面から求められて逃げたいと思うことは無理だ。少なくとも俺は。

 いい加減このあたりも、建前や必要だからと誤魔化すのはやめたほうがいいのだろう。元の世界に戻る方法を探すため、奇跡の力を自由に使えるようにするため。信徒を増やすことにはそういう理由も確かにある。けれど、もっと単純な欲求も介在しているのだ。


 可愛い信徒に囲まれて幸せに暮らしたい。アリスとクロエが俺を好いてくれていることはクレイジーベアとの戦闘でのあれを見て疑うことなど最早できない。そしてそんな二人との生活を幸福で大切なものだと感じている。

 今後信徒が増えていき、彼女たちのように求めてくれるのであれば俺は喜んでそれを受け入れるだろう。それを信徒たちが許してくれる限り。

 だからこそ、彼女のそれを受け入れることに、最早躊躇はない。


「それでいいんですよ。言いたい言葉を言ってほしいと頼んだのは私ですから。だから、私もそれを受け入れます。あなたがそれを求めてくれる限り、いつまでも救って、褒めて、肯定して……あなたを愛します」


 俺がそう言い終わった瞬間、我慢できなかったというようにエメリーヌが俺の唇を奪った。必死に背伸びをして、目をぎゅっと閉じて、俺の頭を精一杯抱きしめながら。

 先程までよりも違和感が大きい。


 本当に好意を抱いたからこそ、こういう行為を彼女の方から求めてしまうことが恥ずかしいのだろう、余計に力が入って強張ってしまっている体や表情その顔の赤さから、必死さと羞恥が見てとれる。

 けれど、本当に好きだからこそ彼女のそれはどこまでも純粋で本気で、そしてめまいがするほどに蠱惑的だった。重ねられた唇は熱く、そこからのびてきた舌はもっと熱い。唇を挑発するように数度突き、舐めあげてから割り開くようにして入ってくる。


 二人の吐息と唾液を全て交換してしまいたいとでも言うように、吸われたと思えば送り込まれてくる。二人の喉が交互に音を立て、その音すら首から頭にかけて熱を持たせるように興奮を煽ってくる。

 そんな相反する反応と行動が、余計に彼女を魅力的に彩っているようにすら感じる。それも彼女の狙い通りなのだろうかと思うが、唇を離した彼女を見ればそれは違うように思えた。


 目の焦点は合っておらずどこか虚ろで、半開きになった唇からは唾液が垂れて一筋の銀色の線を描いていた。荒い吐息を不規則に吐きだしながら頬を紅潮させたその姿からは余裕が感じられるはずもなく、今までの行動は全て本能的なものだったのだと感じた。

 だとしたら狙ってやられるよりもまずい。好きで好きで仕方なく、感情が求めるままに動いたら相手を自然に誘惑してしまう。これが魅力的でなくなんなのか。

 息を整えた彼女が再度俺の唇に襲いかかる。実際に襲いかかるという言葉が似合うような勢いなのだ。そして今度は唇が重なった瞬間に舌が潜り込んでくる。


「はぁ……ん、ふぅ……外でもとは言いません。ですがどうか、どうかせめて、二人のときはエメリーヌとお呼びくださいまし」


 吐息を混ぜながら、目尻に涙を溜めて懇願する彼女の願いを断れるはずもない。断りたくもなかった。

 彼女の腰に手をまわし抱き寄せ、俺からも強く唇を重ねてからそれに答える。


「わかったよ、エメリーヌ」


 彼女の名前を呼びながら、手を添えるようにして頬を撫でる。

 それに心地好さそうに目を細め、ようやく彼女の動きが止まった。


「満たされる、というのはこういう感覚だったのですね……」


 至近距離で見つめ合いながらほぅと小さく溜息を吐いて彼女が感慨深げに言う。

 首の後ろにまわされていた手は下へと滑るように動き、背中を緩やかに撫でていた。指の一本一本が神経をなぞっているのではないかと思うほどの繊細な動きに背筋がぞわぞわする。

 しかし、そこで彼女が何かに気付いたように声をあげる。


「あっ」


 呆けたようなその顔は、先程までの艶やかな表情とのギャップがありすぎて、少し笑ってしまう。それに少しだけ恥ずかしげに非難がましくこちらを見上げるエメリーヌ。


「悪い悪い、それはそれで可愛いと思ってな」


「……なら、いいです」


 いいのか。それでエメリーヌ本人がいいのなら構わないが。

 こほんと咳払いを一つ。改めてエメリーヌがこちらを見上げる。


「いえ、あの子たちもあなた様を慕っているようでしたから……」


「あぁ、やっぱりわかるよな……」


 いきなりあなた様と呼ばれて少しだけ驚くが、嫌ではない。むしろ良い響きだ。

 なのでそこは受け入れつつ、話を続ける。


「えぇ、ですから、あの子たちにも話さないといけないなと思いまして……」


「話すだけですむのか……思うところとかはないのか?」


「ありますけれど、私たちの関係は凡そ普通の男女のものではないと私自身も思いますし、あなた様はきっと相応の地位を手に入れるでしょう。であれば、そういう方が女性を囲うのも珍しいことではありませんから」


 そこら辺は貴族らしいというか、割り切っているんだな。

 そんなことを考えているとクイッと服を掴まれ、顔を下げさせられる。


「それに……こちらも見てもらえるよう、頑張るつもりですから。そうしたらあなた様は絶対に、愛してくれるでしょう?」


 その言葉を聞きながら思ったことがある。神とか信徒とか、立場を文字にすると俺のほうが上にいるように見えるかもしれない。

 けど俺は、彼女たちにはきっと勝てないのだ。男はよわいよ。

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