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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章14

 自分でも突拍子もないことを言っていると思う。つい先程出会ったばかりの相手に自分の全てを渡し、あまつさえ殺してほしいと願うなど。

 けれど、今はそんな常識はいらない。羞恥で赤くなっているだろう頬や、震えそうになっている足は夜闇がきっと隠してくれる。だから必死に顔を近づけて、そこだけは取り繕おうと精一杯表情を作る。

 そうすると、自然に彼の顔で視界が埋まる。彫りの浅い、柔和な顔つきをしている人。それでも冒険者だからか、背は高いし体格はフランソワと比べればずっと筋肉質で横幅がある。


 そう、リクと名乗る冒険者。私にとって夢物語だったはずの世界を連れてきてくれた人。物語で語られるような、特異な力を持った福者が集まったパーティのリーダー。

 話を聞く限り華々しい活躍をするのは主にアリスと呼ばれていた少女のようで、彼自身は盾としての役割や怪我をした場合の備えだということらしいけれど、見ればわかった。あの少女たちを率いているのは彼だと。彼を見る少女たちの瞳から感じた熱が教えてくれた。


 どういうわけか、私は昔からそういうことに敏感だった。誰が誰を、どのように見ているのか。特に私に対しての視線、所謂情欲に繋がる感情には敏感だった。

 そういった意味では義母や兄、使用人たちが流す悪意に塗れた噂もあながち間違いではないのだろうかと思ってしまう。だってこの感覚は、きっとお母様と同じものだろうから。


 今までは知りたくもなかった男性たちの視線を嫌でも感じ取ってしまうだけで、煩わしいとしか感じなかった。けれど、今日だけはこのある意味では才能と呼べるものに感謝した。

 彼が私に興味を持っていることがわかった。他の男性たちと同じく、好色な視線を体に感じたから。そういった視線はやっぱり苦手だけれど、すぐに体からはそらしてくれたことで少なくとも無遠慮に見てくる屋敷の者たちのような人ではないと一先ずの安心を得られた。

 そして、彼が好ましく思うだろう所作をしようとその視線に注目しながら、話の最中どうにか努力していた。今後のために必要なことだから、消えてしまいたくなりながらも、それでも頑張った。


 そのおかげだろうか、少し怪しいと思った誘いにも、彼は乗ってくれた。だからこそ、今ここに彼はいる。つまりは、私の体を求めて……顔から火が出てしまいそうだから、そのあたりのことを考えるのは、今はやめておく。

 ただ、それにしては彼の様子は少しおかしかった。その視線から私に対する情欲も確かに感じるけれど、どうにかそれを振り払って、別のことに集中しようとしているような……。


 私の先程の言葉を聞いて、そうなるのならまだわかる。けれど彼はこの部屋に入ってきたときからそうだった。

 そして今、私が欲していた反応は半分だけ。彼は困惑こそしていたけれど、半ば予想していたというような表情をしていた。

 相手が困惑している間にどうにか誘惑して、話を進めてしまおうと考えていたから少しだけ焦ってしまう。けれど、相手が私に興味を持ってくれなかったり、冷静に対処してくる可能性は考えてはいた。だからどうにか上半身まで震えてしまいそうになるのも耐えられる。


「殺してください、とは穏やかではありませんね、どういうことでしょうか」


「無論私をこの場で殺してほしい、という意味ではありませんわ。あくまでも殺してほしいのは、貴族である私……つまりは、私をただのエメリーヌにしていただきたいのです」


 だからどうにか、声を震わせることなく、そう言いきることができる。

 何も考えずにこの場に臨んでいたら、きっとみっともない醜態を晒していたのでしょう。そう思うほどに、鼓動の音は煩く、目尻には涙が浮かんでいる。

 ただ、涙に関してはきっと、これでいい。儚げな女とでも思ってもらえれば、むしろ今後の役に立つだろうから。


「貴族であるエメリーヌ様を、ですか?」


「えぇ……実は私、とある人物から命を狙われておりますの。その手から逃れ、これから先も生きていくためには、貴族である私は死んだことにするのが一番良いだろうと」


「それに協力してほしい、と?」


「そうですわ。その報酬は先程言った通り、私の差し上げられるもの全て。勿論、お金だけではなくこの体も……ですわよ?」


 内心の焦りや羞恥をよそに、体は自然に彼へとしなだれかかるように体重を預ける。こうすれば彼の内側にある情欲の火を煽り、燃え上がらせることができるだろうから。

 男を誘う毒婦。実際に母がそうだったのかは別として、母も私もその才能はあったのだろうと思う。けれど私はそうなるつもりはない。騙しはするけれど、陥れることはしない。むしろ彼のためにできる限りのことをしようと考えている。

 それが、残された時間をこの檻の外で過ごすことができる方法だから。


「……つまり、ただのエメリーヌとなったあなたを保護しろと?」


「保護だなんて、とんでもない……どうぞ、卑しくも慈悲に縋る私を飼ってくださいな」


 できる限り卑屈に、かわいそうに見えるように眉尻を下げてみせる。丁度よくその瞬間、目尻に溜まっていた涙が頬へと流れた。

 ぞくりと背筋を震わせる彼に、媚びるように笑みを浮かべて見上げてみせた。

 裏があることは予想していたようだけれど、情欲には弱いらしい。これならどうにか協力をとりつけて、冒険者に飼われた没落した憐れな女という立場が手に入るかもしれない。


「その方法によっては、私が疑われると思うのですが」


「ご安心ください。我が侭なご令嬢が護衛依頼を出し、ダンジョンの中で馬鹿な真似をして死んでしまったというシナリオに付き合っていただくだけです。実力のある冒険者であろうとも救えないほどの馬鹿をしたという証言を従者が行います。今後の活動の邪魔にならぬよう配慮はさせていただきますわ」


 しばらくの間は貴族を死なせてしまった冒険者というレッテルを貼られるかもしれないけれど、八級をこえている冒険者ならばちゃんとした理由のある失敗でギルドや他の冒険者からの評価はそこまで落ちないはず。

 そして、ダンジョンの中で死んだことにすれば、死体はダンジョンに取り込まれてしまったと言えば確認は不可能。現場に居合わせるには冒険者の協力をとりつける必要があり、監視のためにこの屋敷にいる使用人たちがすぐに用意することはできない。


 なにより、一番大事なのは噂が流れ、喧伝されるだろうということ。生きていることはそれでも疑われるだろうけれど、死んでしまったと大勢の人間が認識すれば結局は兄が望む通りの結果になるのだから。

 死人を担ぎあげることはできない。もし私本人が表舞台にあがろうとも偽者だと言い張ってしまえば容易に潰せる。むしろ死んだ妹を侮辱したと主張して、大義名分を得ることすらできるだろう。

 つまり、兄にとっても都合が良く、たまたま依頼を受けただけという立場である彼らへ追求の手は伸びないはず。


 そして、私は死ぬまでの時間、憧れていた冒険者のもとでの生活を得られる。女性を複数囲っていて、その嗜好も特殊なようだけれど、あれだけ慕っている様子を見る限り扱いが悪いわけではないようだからあまり酷いことにはならないと思う。そういった情報も集めるよう、フランソワには頼んでおいたから。

 改めて思い返してみると、本当に賭けだわ。でも、一番大事な部分である私というチップに魅力を感じてもらうことは成功した。あとは彼が考えるだろうリスクに対する私たちが行うフォローの説明や、私というチップの価値をあげるための行動を起こすだけ。

 そこまで考えて、彼が悩ましげな顔をしていることに気がつく。


「私を飼っては、いただけませんか……?」


 それを見てできる限り不安げな声をあげてみせる。今まで以上に真に迫ったものに見えるだろう。実際に不安なのだから、当然だけれど。

 揺れた。私の言葉に彼が揺れた。

 彼もやはり男性だわ。わかっていたけれど。

 しかし彼はどうにかその揺れをおさめて私をジッと見つめた。恥ずかしいけれど必死に頑張ったのに、残念。


「本当にどうにもならなければ、わかりました、その話に乗りましょう。けれどその前に一つ試させてほしいことがあるのです。よろしいですか?」


「いずれこの身全てはあなたのものとなるのです、どうぞいかようにも」


 喜ぶだろう言葉をすぐに返す。男性の心を擽る言葉を。

 やはりそれに彼は揺れた。弱いわ。とても女性に弱いのね。


 咳払いを一つ。私の言葉に頷いて、そっと手のひらを私へ向ける。

 そして光が瞬き……私の思考は弾けた。

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