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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章11

 俺たちがこの屋敷に呼ばれた理由は冒険者に憧れたお嬢様の我が侭。つまり、本で読むだけでは満足できなかった彼女に、冒険者として実際にどのような探索を行っているのか、本物のダンジョンはどうなっているのかなどを聞かせるためだ。

 しかし、そんな話を聞きたいということだけで、これほどに救いを求めるということはないだろう。俺の中の感覚が教えてくれる。死に瀕していたアリスや、自身の全てを失おうとしていたクロエに負けないほどの強い思いだ。

 それほど真剣に救いを求めているのなら、命や人生というものがかかった悩みや危機に直面しているはず。だからこそ難しい。


 何故救いを求めているのかまではわからない。それを聞くには深くまで事情を聞かなければならないが、初対面である相手に相談できるものだろうか。

 クロエのときもそうだったが、救いを求めていることだけがわかるというのは中々にもどかしいものがある。ただ、今回はそのうちに向こう側から話してくれる可能性があった。


 恐らく切羽詰っているだろうときに、ただの我が侭で話を聞くためだけに冒険者を呼んだわけではないだろう。死ぬまでにやりたいことを全てやろうとしている、とかだった場合はその限りではないが。

 どちらにせよ、向こう側から会話を求めてくれている現状、信頼を得るための行動を起こすことはできる。話すという行為は相手の持っている感性や知識を言葉として理解することだ。相手への理解が深まれば、そこに信頼というものは生まれてくる。

 つまるところ、真摯に話して悩みを打ち明けてもらえるよう信頼を勝ち得ようというだけの話だ。最初から俺たちに仕事として話を持ちかけようとしていることも考えられるが、もしそうであったとしても、信頼できる相手だと理解してもらったほうがお互いに得だ。

 そこまで考えて、もう既に彼女を救おうと必死になっている自分を自覚する。出会って挨拶を交わして、楽しそうにこちらの話を聞いてくれたというだけで。


 小さく上品に、ころころと笑う口元があまりに自然だったから。きっと建前に過ぎないだろうこんな会話でも、とても楽しそうに笑っていたから。このまま俺が何もしなければ、その笑顔はこの先浮かぶことはないのかもしれないという想像が、心中に暗い影を落としこむ。

 だから、その影を払ってしまいたくて、俺は彼女を救うために事情を知ろうと必死になっているのだろう。相変わらず自分でも思うが、我が侭で勝手なものだと思う。

 かてて加えて低俗な思惑も混じっているのだから救えない。アリスやクロエのことを考えれば彼女もまた信徒になってくれる可能性は高い。貴族の少女に慕われるかもしれない未来を考えればやる気も出ようというものだ。

 救おうとしている人間が一番救えないというのは皮肉になるのだろうか。


「ふふ、普段は本を読んでばかりで、こんなに楽しい会話は久しぶりですわ。よろしければもっとお話を聞かせてもらいたいのですが、今夜は泊まっていっていただけませんこと?」


 そんな低俗な思考を巡らせているからか、彼女から秋波を送られているような気がしてならない。手をそっと握られて宿泊を勧められているのだが。

 ただ、奔放なだけであるようにも見えない。口調こそ淀みなく誘っているように聞こえるが、髪の間から僅かに覗く頬が赤くなっているからだ。


「……はしたないと、お思いにならないでくださいましね?」


 まずい、可愛い。恥ずかしげにそう言う彼女は、まだ話を聞きたくてつい誘ってしまいそれがはしたなく見えてしまっていたらどうしようと狼狽している少女にしか見えなかった。

 ハニートラップにかかりやすい男がここにいた。

 とはいえ、これがハニートラップだったとしても、乗るしかないだろう。彼女たちが抱えている問題を知るチャンスでもあるのだから。


「わかりました、私もまだ語り足りないと思っていたところです。ご厚意に甘えさせていただきますね」


 そっと握られた手をこちらからも握り返してそう答える。

 そうすれば彼女はなおのこと羞恥に頬を染めながら笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、ではお部屋の用意をさせていただきますわね。フランソワ?」


「はっ、客室は常にお使いいただけるようにしてあります」


「では、まずはお部屋へご案内してさしあげて。お話の続きは夕食の席でお願いしますわ」


 そう言われて、窓から見える太陽が沈み始めていることに気付いた。

 いつの間にか話の最中につまめるようにと用意されていたお茶や、ダリオルというパイ菓子などは綺麗になくなっている。

 因みに、エメリーヌは菓子をひょいひょいぱくぱくと食べていた。それがあの体を形作っているのだとしたら女の子は甘い砂糖でできているという言葉は正しいのかもしれない。

 空の皿とティーカップが残った机から離れ、俺たちはフランソワに案内されて客室へと向かった。エメリーヌの部屋や廊下もそうだが、華やかに過ぎる装飾は好きではないようで、客室はブラウンを基調として、観葉植物の鮮やかな緑やベッドのシーツの白が映える落ち着いた内装をしていた。


「では、夕食が出来上がりましたらお呼びいたします。それまでこちらで御寛ぎください」


「わかりました、ありがとうございます」


 案内を終えて退室していくフランソワにお礼を言ってから、三人でソファに座りこむ。

 アリスに目配せすると小さく頷き、そっと周囲を見渡して耳をすませる。


「……今のところ、目と耳はありませんね」


 ダンジョンで魔物の襲撃をいち早く察知しているアリスが言うのだから、恐らく大丈夫だろう。息を深く吐いて背中をソファに預けて脱力する。


「それで……どう思う?」


「今夜中にも、何か動きがありそうだとは思いますね。話している最中、フランソワさんに確認するように視線を送っていて、最後にあれですから」


 何その視線って、全然知らなかった。

 そもそも髪の毛に隠れてよく見えてなかったと思うのだが。アリスは相変わらず凄いな。


「つまり……あれ、全部……演技?」


「どうでしょう……? どうにか気を引こうとしているようには感じましたけど、慣れているようには感じませんでしたし、恥ずかしいというのは本心だと思いますが」


 恥ずかしがっているのも演技だったとしたら、凄いと思うと同時に人間不信になりそうなので、アリスの言葉に少し安心する。

 しかし、向こう側からなにかしらアクションを起こしてくれるのだとしたら願ったり叶ったりだ。この状況で動くのであれば、きっと彼女たちの事情に関係しているだろう。


「ところで……」


「この体勢ですか? 今夜は一緒に寝られないかもしれないので、今のうちにリク様分を補充しておこうかと」


「リクさんの、手の感触がないと……寝つき、悪くて」


 二人はソファに座った時点で両側から寄りそうようにして自然に引っ付いていた。

 アリスはそのまま抱きつき、クロエは俺の手をとってそこに頬ずりしている。


「まぁ、これで二人が満足してくれるのなら、俺も嬉しいからいいんだが」


 実際のところアリスとクロエに甘えられて嬉しくないわけもない。

 アリスの肩を掴んで抱き寄せ、クロエの頬を撫でるように自分から動かす。そうすれば二人は頬を綻ばせて、こちらに身を預けるように力を抜いてくれた。

 それにつられるように、貴族の屋敷ということで無意識に固くなっていたのだろう体が弛緩していく。

 いや、体だけでなく精神的にもだろう。どうやら結構緊張していたようだ。


 いつも通りに触れ合ってくれる二人に感謝しつつ、アリスを強く抱きしめ、クロエの頬をできる限り優しくなでた。二人の体温を感じつつ、ゆっくりと息を吐く。

 恐らく今夜、エメリーヌは動くだろう。


 貴族である彼女たちが抱える問題、簡単で小さいものではないはずだ。しかし冒険者である俺たちに話を持ちかけようとしているのならば、全く解決できる余地のないものではないだろうとも思う。

 救いを求める原因、それはいったいなんなのか。

 脱力していたはずの体に緊張が戻ってきたような気がして、夕食に呼ばれるまでの間に気持ちを再度落ち着けようと、俺はアリスとクロエに寄り添い続けた。

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