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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章10

 去っていく二人を見送り、残った俺たちは約束の時間まで余裕があるのでゆっくりと料理を食べる。因みにグレゴワールとユベールはいつの間にか全て平らげていた。


 豆と野菜たっぷりのスープに、猪肉のパテとパンというメニューだ。普段は奇跡で生み出したものを主に食べているので久々の外食である。味わって食べるとしよう。

 スープは魚介の出汁を使ったコンソメのような味で、じっくりと煮込まれた野菜は柔らかく味が染み込んでいて美味かった。豆がたくさん入っているので食べ応えもある。パンが固いのでスープに浸して柔らかくしてから食べるのだが、味が濃いのでこれが合うのだ。

 猪肉はどうやらアサルトボアという魔物の肉らしく、少し癖があるが豚肉に似ていてこれまた美味い。細かく刻まれているおかげで柔らかく、しかし軟骨部分などもまとめて練り込んであるからか、時折感じるかたい歯応えが食べることを飽きさせない。


 たまにこうして現地の食事も食べるが、魔物の食材というのは結構な美味だ。慣れた味の安心感もいいが、こうして新しい味に挑戦するのも異なる世界での醍醐味なのかもしれない。

 三人揃って完食してから店の人に礼を言いギルドへ戻る。ダンジョンから早めに引き上げてきたこともあり、まだ時間はある。待っている間に二階層の情報を集めつつ、一階層の伐採跡についての注意喚起も早速行っておく。

 そんなことをしていると、いつの間にか時間は過ぎて日も落ちてきた。窓から夕日が差し込む冒険者ギルドの待合室に見た顔が入ってくる。


「リク様、アリス様、クロエ様、お迎えにあがりました」


 短くまとめられたくすんだ銀髪を夕暮れの中赤く染めたフランソワが恭しく頭を下げた。

 軽く挨拶をすませた後、ギルド前に停めてある馬車へと案内され全員で乗り込み屋敷へと向かう。車内でこれから先のことを聞いておこうと俺たちの向かい側に座っているフランソワに声をかけた。


「エメリーヌ様に会う前に、何か注意事項などはありますか?」


「そうですね、エメリーヌ様は辺境伯の妹ではありますが、長らく世間から離れて生活されてきたお方です。特に貴族社会といったものからは……ですので、堅苦しいのはあまり好んではいません。礼を尽くそうとしているならば、多少の無作法も許してくださいますよ」


 基本的に貴族社会なんてものとは程遠い冒険者なんて人種を呼び寄せてきたのは向こう側である。完璧なマナーなど期待してはいないだろうとは思っていたが、言質がとれてよかった。

 エメリーヌは読書や盤上遊戯が好きであるとか、体が弱く屋敷の中に篭りがちであるから外の話を是非してあげてほしいなどといった話をしながら馬車に揺られ続ける。そうして話を続けていると、郊外に建つ立派な屋敷にいつの間にか辿り着いていた。


「へぇ、さすがは貴族の方が住んでるお屋敷だな、立派なもんだ……」


 窓から見えた白塗りで二階建ての大きな屋敷に感嘆の声を漏らすと、視界の端でフランソワが微妙な表情をしているのが見えた。


「そうですね……立派なものだと、思いますよ」


 その言葉には皮肉げなものが含まれているのがわかった。

 素直に立派だと思っているとは思えない語調と表情だ。

 どうかしたのかと言及する前に、馬車が停まり御者によって扉が開かれる。


 フランソワはさっと開いた扉から地面に降り立ち、降りやすいようにと俺の手を引いてくれた。アリスとクロエはそもそも身長が小さいので、俺が抱き上げて降ろす。

 まぁ、二人の身体能力ならそのまま飛び降りるのも造作もないのだろうが、期待されるように見られて無視するわけにもいくまい。


 手入れのされた花壇には色とりどりの花が咲いており、それを石畳の道が横切るようにして伸びている広い庭をフランソワに先導されて屋敷まで歩いていく。

 重厚な扉を潜り抜けると、広い玄関ホールが俺たちを出迎えた。


「お嬢様の部屋はこちらです」


 階段をあがって調度品などは少なく落ち着いた雰囲気の廊下の奥へと進むと、フランソワが一つの扉の前で止まった。

 軽いノックの音が廊下に響く。


「お嬢様、件の冒険者の皆様をご案内しました」


「どうぞ、入っていただいて」


「失礼します」


 部屋の中へと入り、フランソワと一緒に俺たちも頭を下げる。

 窓際の椅子に座っていたのだろう女性が立ち上がり、俺たちを出迎えてくれた。


「このたびは私の我が侭を聞いてくださり、ご足労いただいて感謝に尽きません。どうぞ、お掛けください」


 彼女に促されて、俺たちは机を挟んでエメリーヌと向かい合うようにして座る。丁度俺の前に座っているエメリーヌを改めて見ると、地味という評価の理由がわかりもしたが俺個人としては地味というだけで終わるのが納得がいかないという結果になった。


 装飾の少ない落ち着いた黒のドレスを纏った黒髪の、黒に染まったような印象を受ける女性だった。髪は長い。ただ、後ろ髪は腰まで伸びているクロエほどではなく、背中の半ばをこえたくらいだ。そのかわりに彼女の場合は前髪も長く、目元が隠れているほどだった。

 背丈は成人女性としては少し低い。とはいえ、実際に子供であるアリスと、そのアリスと同程度の背丈であるクロエと比べれば十分に大人だと言えるくらいの高さだ。

 煌びやかに着飾るでもなく、野暮ったく髪の毛をのばして顔が隠れておりたしかに地味、というよりも暗い印象を抱くかもしれない。ただ、前述した通り地味で終わるだけという容姿でもなかった。


 ドレスの下はむちむちだった。


 布地の多い体を覆い隠すようなドレスであるが、それでも隠しきれないほど自己主張する胸と尻の存在感。お腹はきゅっとくびれている、ということもなく、明らかに太っているというほど出てもいない。ロングスカートから僅かに覗く足も程よい肉付きであった。

 これはただ単に太っているわけでも、ただ地味というわけでもない。魅力に溢れているだろう。少しだらしのない体つきなんて、スタイルを気にし過ぎる女性からすればもっと痩せたいと思うのだろうが、男からすればご褒美以外のなにものでもないのだ。


 男というのは馬鹿な生き物で、ただの脂肪なんてものに果てしのない価値を見出すことができる。他者にとって価値なきものの中に、宝石よりなお強い輝きを見出すトレジャーハンターなのだ。それが男というものであり、今まさに俺は彼女にその強い輝きを見た。

 言ってしまえば男好きする体だった。日本にいたとき勤めていた会社で面と向かって言えば確実にセクハラになるだろう評価である。なので口にはしないしすぐに視線を顔に戻した。

 改めて自己の人間性が低俗な男のそれであると確認しつつ、思考を真面目なそれに戻す。


「改めて名乗らせていただきますね、私はエメリーヌ・ド・アルターニュ。貴族ではありますが、社交界などもご無沙汰で……堅苦しいのは得意ではありません、どうぞ過度に身構えることなく、気楽に接してくださいまし」


「わかりました……私はリク。七級の冒険者をしています」


「私はアリスです、同じく七級の冒険者です」


「ボクは……クロエ、です。同じ七級、です」


 どちらも事前に名前や肩書きなどは聞いて知っているが、こういうことは形が大事である。

 しっかりと自己紹介をしてから本題に入ることになった。

 本題とは言っても、魔物との戦いや、ダンジョン内部の様子などを語って聞かせるだけである。それを彼女は真剣に、そして楽しそうに聞いてくれた。


「本当にダンジョンの壁というのはぼんやりと光っているのですね。その壁は明かりをつける法具のようなものなのでしょうか……」


 ダンジョンの様子を少し語っただけでもそのように想像を巡らせる。


「魔物との戦い……本で読んだことはありますが、福者の方というのは本当に凄いのですね」


 アリスたちの活躍を俺が感じたまま話せば、目を輝かせながら凄い凄いと小さく拍手をしてくれる。話していて楽しい相手だと素直に思った。

 ただ、これも建前ではあるのだろう。


 本来の目的は、冒険者としての話を聞くことではない。

 屋敷に近づいて感じたことで浮かんだ予想、それが彼女に会ったことで確信に変わった。


 従者であるフランソワと同じく……彼女、エメリーヌ・ド・アルターニュもまた、救いを求めていたのだ。

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[良い点] ムチムチは最高ですね!
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