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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第一章 愛を大切にすること
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第一章4

 帰路で問題が起こることもなく、ダンジョン入り口に隣接している大きな建物にアリスと連れ立って入ると、整然と並んだ受付や呼ばれるまで待つ間に座れるように置かれているのだろう、椅子などのおかれたシンプルで小奇麗な広間が俺たちを迎えてくれた。

 役所のような印象を受ける内装に少し面食らい、汚れを落としたとはいえ襤褸切れをまとったアリスに何か言われはしないかと警戒する。しかし乞食や孤児が稀にくるからなのだろう、眉を顰められることもなく、受付までくることができた。


「冒険者ギルドへようこそ、本日はどのようなご用向きでしょうか」


「登録と買い取りをお願いしたいのですが」


「登録にはゴブリンの魔石が十必要となりますが、よろしいでしょうか」


 なるほど、初級ダンジョンでゴブリンを十も倒すことができれば、見込みありという判断なのだろう。コンスタントに一定数狩れるのであれば、といった感じだろうか。

 ジャージのポケットから魔石を取り出し机に並べる。途中から二体、三体と同時に出てきたものも倒していて、十を超える邂逅を繰り返していたので、30は超えていると思う。

 なお、一体だろうと三体だろうと、流れはあまり変わらなかった。通りがかりにアリスが剣を振る回数が増えたかどうかの違いしかない。


「これで良いでしょうか」


「はい、確認いたします」


 ジャージなんていうこの世界では奇妙な格好の男と襤褸切れを纏った少女。そんな二人組に対しても丁寧な手つきで魔石を数える姿はプロのそれだ。職業意識が高いところなようでありがたい。


「ゴブリンの魔石32個を確認しました。登録はお二人でよろしかったでしょうか?」


「はい、二人ともでお願いします」


「かしこまりました。それではこちらに手を置いてください。魔力の波長と指紋からお二人用のギルドカードをお作りしますので、その確認となります」


 ファンタジーっぽい世界なのに、やけにシステマチックだな。いや、魔法なんてものがあるからこそなのかもしれない。

 俺とアリスは素直に差し出された板のようなもに手を置いて、登録をすませた。

 それからしばらくの間待つと、二枚のカードを渡される。


「こちらギルド所属であることを示すギルドカードです。身分の証明に使うこともできますが、お二人は登録したばかりで十級のため、信用度はあまりないとお考えください。お財布に使うこともできますので、紛失されないようにお気をつけくださいね」


 ギルドカードを提示されながら軽くそう説明される。今回の報酬についてもこのギルドカードに入れることになると言われたので、俺とアリスのカードに半分ずつ入れてもらう。

 アリスは遠慮しようとしたが、自分の財産は自分で管理するように言い含めておいた。もし俺が何らかの理由でいなくなったとき困るだろうし、こういうことは早めに学んでおいて損はない。このような世界なら尚更だとも思う。


 ギルドカードを確認すると、俺の名前が書かれている。板に手を置いているときに名前などを口頭で確認されたのでそれだろう。字が書けないものでも簡単に登録できるようになっているようだ。


 それから軽くギルドに所属するうえでの注意事項を聞いた。ただまぁ、盗みや殺人をした場合ギルドの信用問題にも関わるので、ギルドからの制裁がある場合もあるとか、素行が悪ければ等級をあげられない場合があるから注意するようにとか、二十一世紀の日本からすれば一般的なモラルレベルの話だった。

 それ以上の詳しいことについて知りたいのであれば、自分で調べるようにとも言われた。詳しいことは知らなくてもまわるように作ってあり、上に行くような勤勉なものなら自分から調べるだろう、ということか。

 学のない乞食や孤児でも、ある程度はやっていけるように作られているのだろう。


 説明を聞き終わり、ギルドを後にする。大通りを歩きながら、隣を歩くアリスにギルドカードを持ち上げつつ声をかける。


「今回の報酬で、二人で宿には泊まれるか?」


「えぇ、余裕をもって泊まれるかと」


「ある程度必要なもの、服とか靴とかも買いたいけど、足りるか?」


「それも大丈夫だと思います。ものによっては殆ど使い切ることになるかもしれませんが、今日の調子なら明日にも同じくらいか、魔石を入れるための鞄があれば、もっと稼げるでしょうし。それでは露店を見て回りましょうか」


 以前はお使いなどもしていたらしく、相場をある程度理解しているアリスに買い物は任せることにした。祝福のおかげか、計算もできるようになっているのだろう、ある程度値切ったりもしているようだった。頼もしい限りである。


 魔石などを入れておく簡素な鞄、古着と靴を買った。いつまでもジャージと襤褸切れではいらぬ注目を集めてしまうだろうし、宿に入ったら着替えよう。

 そのままアリスが以前聞いたという冒険者がオススメしていたらしい宿屋に到着する頃には夕日が街頭を赤く染めていた。宿の主人に飲み水を二人分と、タライにお湯を張ってもらえるよう頼んでから、部屋に入り二人で向かい合うようにベッドに腰掛ける。


 夜の帳がおりてくるのを窓から見届け、ようやく落ち着くことができた。

 お湯が出来上がるまでの間、体を休めつつアリスから改めて色々と話を聞く。


 この町はトゥールと言い、ダンジョンを中心として栄えた土地だという話だ。といってもトゥール以外にもダンジョンに人が集まり町となったところはいくつもあるらしい。

 魔石は勿論、出現する魔物によっては生活資源や輸出品として交易に使えるものも手に入るダンジョンは、上手く活用できれば町を興すうえでこれ以上ないものとなるようだ。


 町やダンジョン、生活習慣などについてアリスから話を聞きつつ、彼女を注視する。

 綺麗だ。見惚れていたというわけではない。見惚れるほどの容姿になっているのは確かだが、問題はそこではない。昼よりも綺麗になっている。肌のきめ細やかさは増し、骨格は整い、髪の毛は更に艶やかになっている。

 それは昼から今現在、夜にかけて彼女の信仰心が育っているからだ。俺の中の感覚も彼女の信仰心が大きくなっていることを告げている。


 そう、俺の祝福は、当人の信仰心によって効果が強くなる。俺を信仰するほどに強くなり、俺を信じるほどに美しくなっていくということだ。

 だからこそ、信者を得る必要があり、信仰心を育てる必要があった。

 食物を生み出し与え、傷や病を癒し、そうして信じてくれた者へ祝福を与える。


 魔物なんてものが存在している世界で、自分一人では戦うことのできない力。祝福を与えると言いつつ、その信者がいなくては碌に何かに立ち向かうこともできない力だ。だとしても、俺はこの力を得ることができてよかったと思う。

 何の力もなければ俺は野垂れ死にしていたかもしれない。それに、たとえ神と嘯き騙しているようなものだとしても、誰かを救えるというのは良いものだと思った。

 目の前で、夜の宿の薄暗闇の中でも輝くように笑うアリスを見て、そう思った。


「あの、どうかされましたか?」


「あぁ、アリスに出会えて、救うことができて良かったなと思ってな」


「……」


 思わず直球で答えてしまった。少し臭かっただろうか。

 そんな風に少し心配したが、益々笑みを深めたアリスを見て、杞憂だと悟った。


「はい、私もリク様に……神様に出会えて本当に良かったと思います」


 そっと手をとられ、真剣な表情と瞳で真っ直ぐと見つめられ、そんなことを言われる。

 アリスは擦り寄るようにして、自身の頬を俺の手に当て目を閉じた。

 そのまま小さな声で呟く。


「貴方に会えて良かった。救ってもらって本当に嬉しかった。生きるための力を、貴方へ恩返しをするための力を与えてもらえて、とても光栄だった。私のことを気にかけてくれて、くすぐったくてでも幸せだと思えた。だから、だからこそ……」


 ぎゅっと手を握り、もう一度顔をあげて真っ直ぐこちらを見て、アリスは言った。


「貴方へ全てを捧げると、私は決めたんです」


 いい加減、罪悪感を抱いたり、目を逸らそうとするのはやめよう。真剣なアリスの瞳を見つめ返しつつ、それを受け止めるために、握られた手を引き寄せた。

 そのまま抱きしめて、その頭を撫でる。


 ただ信仰され、貢がれるだけの神にはなるつもりはない。

 俺にできる限りのことをして、信仰に報いる神になろう。


「ありがとう、その思いに応えられるように、その信仰に報いるために、俺も頑張るよ」


 アリスは体の力を抜いて、こちらにその身を預けてきた。

 そしてそのまま時間は過ぎていき――


「湯の用意ができたぜ……っと、悪い、邪魔したみたいだな」


「あ、リク様、お背中お拭きしますね」


 ……さすがに恥ずかしいからこれはまた今度、というのは駄目なようだ。ガッシリと腰をアリスに捕まえられた俺は、宿の主人がやれやれとため息を吐いて部屋を出る様子をただ見送ることしかできなかった。

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