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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章9

 呆気にとられて咄嗟に声が出なかったが、アリスが袖を引いてくれたおかげで正気に戻り改めて声をかけてきた二人組へ向き直る。

 どちらも俺が見上げるほどの体格の持ち主だ。


 グレちゃんと呼ばれた男は茶色の髪の毛がわずかに立つくらいの坊主頭に無駄な筋肉を削ぎ落としたような引き締まった体をしていた。手の甲の部分に魔石らしきものを嵌めた立派な篭手をつけている。他に武器らしきものを持っていないが、徒手格闘で戦うのだろうか。

 その後ろに控えるように立っているユベっちと呼ばれていた男は茶色の髪を刈り上げていて更に背が高い。しかも盛り上がるような筋肉が服の上からでもわかる。革鎧の隙間から見えるシャツがピチピチだ。そんな彼だが、何故か杖を持っている。杖術で戦うのか、それとも魔法使いなのか……これほど立派な体格で。


「……すみません、夕方頃に約束がありまして、お話が長くなるのであれば途中で退席することになってしまうかもしれません。それでもよろしければお付き合いしますが」


「先約があったのか、ならそっち優先するのは当たり前だ。それでいいに決まってるぜ」


「約束は守らねぇとだもんな!」


 あっさりと了承した二人にではそれでと告げてから列に並び直す。

 そういえばとふと疑問に思ったことを聞くため、アリスに近づき顔を寄せて声をかけた。


「あの二人明らかに喧嘩腰だったのに、大人しくしてたな?」


「いえ、その……全く敵意がなかったと言いますか……」


 警戒していつもなら剣の柄に手をかけるか、そうでなくとも手が反応して動いているくらいはしていそうだと思ったのだが、今回はそんな様子が全くなかった。

 アリス曰く、敵意を感じなかったらしい。


「言ってることも……変だったし、ね?」


 クロエも近づいてきて小声で会話に入ってくる。

 そう、クロエの言う通りあの二人組は最初から何かおかしかった。調子に乗ってるかもしれない、無視したら怒る、買い取りが終わったら、奢りで飯を食べながら……。

 中級ダンジョン一階層の伐採跡、あれに関する問題点について気付き、それを行ったと言われている俺たちに接触しにきたのだろうが、どうにも頭ごなしに怒る気はないらしい。


「冒険者ギルドへようこそリク様……やはり、彼らに捕まったようですね」


 俺たちの後ろを見て、予想通りだとでも言うようにベルナールが頷いている。

 彼が言っていた冒険者同士の諍いとはこのことだったのか。いや、現状だと諍いと言っていいのか甚だ疑問ではあるが。


「まぁ、察しているでしょうが、彼らは話が通じないということはありません。あなた方がどう考えて中級一階層を探索しているか話し合えば落としどころは見つかるかと」


「そのことについてですが、中級ダンジョンへ潜る冒険者に対して……」


「勿論、ギルドからも忠告は行います。伐採跡を利用するのは自由ですが、中級ダンジョンの脅威についてしっかりと認識してから利用するようにと。五階層を越えたら石碑を使うでしょうし、伐採跡もいつかはなくなるでしょうしね」


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 やはりギルドもそのことについては考えていたようだ。

 それらの言葉を信じることにして、買い取りをすませてから件の二人についていくことにした。

 ギルド近くの飲食店に入り、それぞれパーティ別に一列に座り向かい合う。


「さて、さっきは名前も名乗らず不躾に呼び止めて悪かったな、すまない。だからまずは自己紹介といこうじゃねぇか。俺の名はグレゴワール、五級の冒険者だ」


「そっちの事情も聞かずに怒るとか言っちまって本当にごめんな! 俺はユベール、グレっちに一生ついていくと誓った弟分だ! 同じく五級の冒険者!」


 二人ともとてもいい笑顔で白い歯を見せつけるように自己紹介をしてくれた。謝るときも膝に手をついて深く頭を下げてくれて、清々しさを感じるほどだ。

 しかし五級の冒険者か。つまり二人は既に中級ダンジョン最下層を突破していることになる。実力はかなりのものだと思っていいだろう。

 少しばかり緊張と警戒で体を固くしつつ、こちらも名乗ろうと声をあげる。


「私は……」


 それに対してビシッとその大きな手のひらをグレゴワールが向けてきた。


「礼儀正しくするのは良いことだと思うぜ。それをきっちりとやれるお前をすげぇと思う。俺が荒っぽい人間だから尚更な……だが、それ素じゃねぇだろ? 堅苦しいのはなしにしようぜ」


 キラリと白い歯を輝かせながらグレゴワールが笑顔で言う。

 それにユベールもうんうんと頷いていた。


「……わかった。俺はリク、七級の冒険者だ」


「私はアリスと申します、同じく七級の冒険者です」


「クロエ……ボクも、七級」


 俺たちの名乗りにふんふんと頷き、一人ずつ視線を向けてくるグレゴワール。

 すっぽりと被ったフードが気になったのか、その動きがクロエで止まる。


「そのフードはどうした? 顔に怪我でもあるのか?」


「ん……違う、ボクは……ドワーフ、だから」


「ほぉ……」


 ドワーフだと名乗ったクロエを、自分の顎を摩りながら見つめるグレゴワール。

 さて、どういう対応をしてくるか。


「お前のパーティメンバーだろ、リク。ちゃんと面倒はみてやってんのか?」


「面倒……まぁ、色々とみていると言えばみている、か」


 クロエからのおねだりやらを考えると、面倒をみているとも言えるかもしれない。

 装備を作ってもらったり、日々のやる気向上のためのご褒美をもらったりと、こちらが面倒をみてもらっているとも言えるが。


「はっはっは! そうかそうか、強者の義務をきちんと果たしてるのは見所があるな!」


「ぶっ、げほげほ……強者の義務?」


 グレゴワールが笑い声をあげながら立ち上がり、こちらに歩みよるとばしばしと背中を叩いてきて、その力がかなり強かったので少しむせてしまった。


「おっと、わりぃわりぃ……それで強者の義務な。俺たち人間は亜人たちに勝った。だから亜人たちよりも上の立場でいられる。それは同時に負けた者たちに対して義務が生じると俺は考えている」


「よっ、グレちゃん! 言っちゃれ言っちゃれ!」


 真面目な顔で語るグレゴワールに、ユベールが合いの手のように叫ぶ。

 元から騒がしい食堂だったおかげで、周りから怒られるようなことはなかった。


「強い奴はその力をどう使うべきか、ただ闇雲に振り回すだけじゃあいくら強い力を持っていようとただの悪ガキと一緒よ。強い奴と弱い奴がいるのなら、困ってる弱い奴を助けるために使ってこそだろう。亜人に対しても一緒だ、立場の弱い奴を助けてやる奴がいてもいい」


「さっすがグレちゃん! 器がでっけぇ!」


「よせよせ……ま、力があるならその分できることやろうぜ、ってこった」


 最後にざっくりとまとめてきた。とりあえず亜人をどうこうしようという気はないようだ。

 クロエもほっとしたのか、ひっそりと息を吐きながら椅子に背中を預けている。ただ、その表情は少し複雑そうだ。

 空気が弛緩したところで注文をすませ、運ばれてきた料理に口をつける。


「さて、そんじゃそろそろ本題に入るか、中級ダンジョンのあれだが……」


「とりあえずこちらの考えを伝えたいんだが、聞いてもらえるか?」


「おぉ、勿論だ。聞かせてくれ」


「おうおう、聞かせてみろや、納得したら言いがかりつけたのも謝るからよぉ!」


 二人が机に身を乗り出すようにして話に耳を傾ける。

 少しばかり調子が狂うが、出会ってからずっとこの調子なのでそろそろ慣れてきた。

 俺とアリス、そしてギルド側からの見解や対応なども含めて、二人に説明する。誤解のないように少しばかり時間をかけて説明を終えると、二人は机に頭をぶつけるように頭をさげた。


「そこまで考えていたとは知らず、悪かった!」


「言いがかりつけてごめんなさい!」


「いやいや、最初は勢いでやってただけだから俺たちにも非はある、申し訳ない」


 お互いに謝り合い、今回の件についてはこれで手打ちということにした。

 それから二人から話を聞くと、やはり二人は冒険者の死傷者が増えること、ダンジョンから魔物が溢れないかと心配で突っかかってきたらしいことがわかった。


「冒険者仲間があれで油断して、中級ダンジョンを舐めたまま死んじまうんじゃねぇか、あの伐採跡まわりでの討伐だけじゃあ魔物が溢れて町の奴らに被害が出るんじゃねぇか、そう考えるといてもたってもいられなくてなぁ……」


「等級が上の連中はあんまりそういうこと考える連中じゃねぇからな……その分グレちゃんは皆のこと考えてるからすげぇよ、マジで……!」


 やはり、悪い人たちではないらしい。

 ただ強烈というかなんというか、結構突っ走ってる人たちだ。


「むぅー……なんか、あんまり、いい気分では、ないかも」


「排斥思考ではないだけマシ、ですかね」


 人間と亜人を完全に分けて考えている彼らのほうが、一般的な認識ではあるのだ。

 だからこういう部分での差も仕方ないことではある。アリスの言う通り、排斥に走っておらず助けるべきと言っているだけまだ穏便な部類とすら言える。

 小声で話し合うアリスとクロエを撫でつつ、とりあえず話はまとまったことに安堵した。


「約束があるんだったな、邪魔しちゃ悪いから俺たちはもう行くぜ。言いがかりつけちまった侘びと言っちゃあなんだが、困ったことがあれば声かけてくれ!」


「いつでも手助けするぜ! 俺たちなかなか強いから頼りにしてくれや!」


 話が終わると嵐のようにやってきた二人は、代金をしっかり払い嵐のように去っていった。

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