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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章6

 間がな隙がな思考に走る低俗なノイズに我ながら呆れつつ解体を終わらせた。しかしアリスのことを真剣に考えているのは事実である。帰ったあとはいつも以上にスキンシップをとろうと心中で思い定めた。

 魔石と素材をバックパックに入れるために立ち上がると服を引っ張られる感触。


「むぅー……」


 見ればクロエが俺の服を掴んでいた。その頬は僅かに膨れている。

 それを見た俺は自然とその頬を両手で包んでいた。むにむにと捏ねるように撫でる。


「むぐぅ……くふふ」


 空気が抜けて膨れていた頬が緩んだ。そのままだらしのない笑みで頬を捏ねられている。

 アリスと同じく、構ってもらいたくなったのだろう。クロエの場合はかなり直接的にきたが。

 そんな俺たちを見てアリスはすぐに周囲の警戒に戻る。できた子。


 アリスのおかげで周囲の警戒という点では問題はない。この階層の魔物相手であれば十分に対処が可能であるし、少しくらいの息抜きは許容範囲だろう。

 問題はアリスと違い直接的な甘え方に出たクロエの場合は、がっつりとフランソワに見られているという点だ。


「……」


 クロエの頬をもにもにと捏ねる俺。だらしない笑顔で捏ねられるクロエ。

 それをジッと真顔で見つめているフランソワ。


「……仲がよろしいのですね」


 わずかにこちらを凝視してから真顔を崩すと優しい笑みで俺たちの様子をそう評してきた。

 アリスだけでなく、彼もできた人だった。それですませてくれるとは。


「ふふ、そうでしょう。このパーティはリク様が中心ですから。これも士気高揚の一環です」


「なるほど、本当に距離が近いようで羨ましい限りです」


 アリスの言葉に頷くフランソワ。本当に理解してくれているのだろうか。

 二人の少女から慕われ、その片方は亜人。眉を顰められる覚悟はしていたのだが。


「フランソワさんは、気にしないのですね」


 少しだけ濁しつつ訊ねてみる。

 その質問にフランソワはどう答えたものかと幾許か悩んでから口を開いた。


「えぇ、アルターニュ地方……しかもこの町トゥールに住んで長いですから」


「トゥールに住んでいるから、ですか?」


「はい、この町は亜人の勢力圏であるバルトリードに面していますし、元々はここも亜人たちが住んでいた地。必然亜人と多く接する機会も増えます。そうなれば反応は二つ。迎合するか、拒絶するか。幸い上の人間に近しいところに身を置いているので、私たちは国の思惑には気付いていましたから」


「亜人の勢力圏への侵攻や、奴隷として扱うことの正当化、ですか」


 そのことを思い出しながら言葉にすると、フランソワは得心がいったように頷いた。

 以前アリスが予測していたがやはり彼女が言っていた通り、国が意図して亜人への印象を操作して被差別階級を作っているようだ。


「それを理解しているからこそ、亜人とも協力を?」


「いえ、私の場合は少し事情が異なります。故郷では亜人に対する差別意識というものが浸透していなかったものですから。なので、俺がクロエという個人を好んで一緒にいるだけです」


 話しながらもにもにと揉んでいた頬が熱くなる。

 クロエの顔を見れば、へらりと笑いながら赤くなっていた。


 だらしなく緩んだ顔をもっちもっちとしながら、フランソワとの会話について考える。

 彼、そしてその主は亜人に対する差別意識は、国が誘導した結果であると気付いている。その政策について反対こそしていないものの、個人で関わる分には忌避感はないようだ。


「なるほど……やはり、羨ましい関係だと思いますよ」


 少なくとも、微笑ましげに俺たちを見る彼の表情からは、嘘偽りは感じなかった。

 さて、名残惜しいがいつまでも頬を弄っているわけにもいかないのでそろそろ離す。手触りの良いもち肌の感触がなくなるのは少しばかり手持ち無沙汰の状態に似た感覚を覚えた。

 クロエも露骨に残念そうな顔をしている。離れていく俺の手を掴もうとして思わずあげてしまった自身の手をどうにかおろして、何度か空気を握るように開閉を繰り返していた。


 それぞれ武器を担ぎ直し、探索を再開する。

 ハンターウルフによる奇襲は全てアリスが察知し、撃退することができた。後方の俺たちに向かってくる個体もいたが、アリスとクロエが多数を受け持ってくれているおかげでこちらにくる数は少なく、俺でも十分にフランソワを守ることができる。

 木々に紛れたトレントの奇襲は、クロエが木々ごと伐採してしまうのでそもそも気にする必要はあまりなかった。


 フランソワが自身の立場を考えてしっかりと後方で待機し守られてくれたおかげもあり、大きな怪我をすることなく、その日の探索を終えることができた。

 森林ということでこの階層は本来道を覚えるのが難しい。それが先へ進むことを困難なものにしている要因であるのだが、クロエが伐採した跡は目立つ。そのあたりを考える必要はなさそうだ。

 とはいえ、さすがは迷宮というべきなのだろうか。伐採した木も数日もすれば元に戻ってしまうだろう。初級ダンジョンも壁を壊して階段までの直通ルートなどを作ろうとすると、すぐに直ってしまうという話だ。


 やはり、森林のように見えるだけで本物ではない。それは本来ならいるはずの普通の動物や虫などが全くいないことからもわかる。見た目が似通っているだけで通常の生態系とは全く異なっているのだろう。

 ダンジョンとは一体なんなのか。魔物が多数生み出され、そこから資源を得られる場所。

 施政者はそれを政策に組み込み、人々はそこで得られる資源を生活に役立てる。

 そこにあるから利用はしているが、それがどういう意味を持って存在しているのか知っているものはいない。様々な推測や御伽噺のようなものは残っているらしいが、そのどれかが真実であったとしても、その真偽を確かめる術は今はない。


 上級ダンジョンの最下層。そこに辿り着けば、俺がこの地にきた意味や、ダンジョンそのもののことについても、わかるのだろうか。

 それを確かめるためにも、今後も俺たちはダンジョンに潜らなければいけない。

 記録では誰も到達したことのない場所。そこへ行くには俺の奇跡の力も最大限利用しなければならないだろう。貴族の協力を得られれば、その点でも助かることは多い。

 救いを求めているから助けたい。そして救った結果、こちらにも利益が齎される可能性があるのであれば、今回の依頼にも真剣に取り組もうと思えるというものだ。


「今回の探索はどうでしたか」


「そうですね、実力という点では申し分ないと確信いたしました。人柄も八級を超えているのでギルドからの保証があり、私自身の目からも無法者の類ではないと思えました」


「では……」


「はい、是非お嬢様とお会いしていただきたい」


 その言葉に心中で拳を握る。実際の拳も少し力が入っていたかもしれない。

 いくら彼が救いを求めていることがわかっても、それを知ることができなければ意味はない。彼が何故救いを求めているのか、その答えに近づくことができた。

 そして貴族との繋がり、この依頼はそのきっかけにもなるだろう。


「一度お屋敷に戻り、お嬢様に話を通してきます。その後馬車を寄越すので、明日の夕方頃にギルド前へお越しいただけますか?」


「わかりました、エメリーヌ様によろしくお伝えください」


「えぇ、勿論」


 中級ダンジョンの出入り口で握手をかわす。

 そこで、枝に引っかけたかハンターウルフの爪が僅かに当たってしまったのか、彼のズボンとその中の肌まで切れているのを見かけた。


「失礼、少し動かないでください」


「はい? あぁ、大丈夫ですよ、これくらいの傷であれば……」


 遠慮されるが、少し強引に跪いて傷口の近くに手を添え、顔を近づける。


「大いなる者よ 願わくはつかの間この身に宿り その御力を以ってこの者を癒したまえ 『慈母の(アフェクション・)癒し(ブレス)』」


 偽装のために覚えた呪文を唱え、傷口へそっと息を吹きかけ奇跡を起こす。

 これで治療のための魔法を使ったのだと思ってくれるだろう。実際に魔法を使っているところを見たが、光などの差異はあまりなかったからな。

 最初は遠慮していたフランソワだったが、自身の傷が治っていくのを見ると、大人しく治療を受けてくれた。


「……ありがとうございます」


 ただ、礼を言った彼の言葉は、何故か固いものに感じた。

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