第二章5
「フランソワさん、どうかされましたか?」
「……いえ、福者の方が戦うところを間近で見たのは初めてなもので、お二人とも技神に入る腕前だと感嘆しておりました」
俺の視線に気付いたフランソワは何か思い悩むようにしていた表情をすぐに笑顔にして、そのように二人の腕前を褒めた。表情からしてただ感嘆していただけとは思えない。
アリスたちの強さに何か思うところがあるのかもしれない。自身もそれほどの力があればという羨望か、もしくは主に会わせることへの危惧か。
何にせよ、二人に含むところがある可能性を考慮しておいたほうがいいだろう。
「なるほど、貴族の従者の方にもそう評していただけるのは、パーティメンバーの俺としても嬉しい限りです。二人もきっと、光栄に思うでしょう」
俺がそう言うと、二人はこくりと頷いた。
アリスはにこにこと、クロエは無表情で。どちらも余所行きの顔だった。
しかし、フランソワが言うように二人の戦闘能力は凄まじい。だからこそダンジョン探索において先行してもらうと心強いのだが、それで余った俺が護衛というのは申し訳ない。
「そんな二人ではなく私が護衛というのは不安かもしれませんが、ご容赦を」
「いえ、普段は私が護衛の立場ですので、誰かに守られるというのは初めてで面映いですが、同時に心強くもありますよ」
「心強いですか……そう思ってもらえるのならありがたいです」
にこりと微笑んだフランソワは本当に嬉しそうに言うので、お世辞だという発想が出てこない。思わず本当にありがたいと思って、そのまま答えてしまうほど自然な笑みだった。
従者といはいえ貴族に付き従い上流階級の世界で生きているのだから、そういう腹芸はお手の物なのだろう。リップサービスが上手い依頼人というのはありがたい。
元々護衛の対象であり、貴族の従者ということもあり守らねばならない相手ではある。しかし相手の対応により、人間というのはやる気が変わってくるものだ。
こうして気持ちよく仕事をさせてくれる人は貴重である。本当に。
「えぇ、ですので……」
何かを言いかけて、僅かな逡巡を見せるフランソワ。
これまで何事もできる従者という感じでハキハキと答えていた彼にしては珍しい反応だ。
「なんでしょうか、貴方は依頼人ですし、要望があれば気にせず仰ってください」
「いえ……依頼の間は頼りにしていますよ、と言おうとしたのですが」
彼は少しだけ恥ずかしげに頬をかくと、僅かに視線をそらす。
「普段は主を守る役目を持った私が、守ってくださいなどと言ってもいいものなのかと。ましてや前で少女が戦っているというのに、男である私が……」
そう自分を恥じ入るように言う彼に、以前の自分が重なった。
この世界にきたばかりで戦う力のなかった俺は、アリスに守られるだけだった。色々と理屈をつけて納得させてはいたが、見ているだけしかできなかったとき内心では辛くもあった。
フランソワの場合は戦う力こそあるが、今回は依頼人という立場。そして動きをみる限り福者ではないのだろう、アリスたちのほうが圧倒的に強い。
この状況で出しゃばり、万が一怪我を負えば依頼を受けた俺たちの立つ瀬がなくなる。それをわかっているからこそ、彼は前に出ようとはしていない。
理屈は理解していても、恥ずかしさはどうにもならない。その気持ちが俺にはわかる。
だからこそ、俺は思ったままの言葉を彼に投げかける。
「いいと思いますよ」
「え?」
「今は守られるのが貴方の役割なんです、負い目を感じる必要はありません。とはいえ、そう言っても気にしてしまうでしょうし、そうですね……」
何かいい言葉はないものかと顎に手を当てて少しばかり考え込む。
しかし気の利いた言葉などすぐに思い付くはずもなく、素直な気持ちを言葉にした。
「貴方を守ることができれば、私たちはエメリーヌ様にお会いして、報酬を貰うことができる可能性が高くなる。私たちにとっても得だからこそ、貴方を守らせてほしい」
しっかりとこちらが守りたいのだと思っていることを口にするのは大事だ。
アリスが俺を守りたいと言ってくれると、少しは心が楽になったことを思い出した。
今回は金の話も出したから生々しくなってしまったが、俺たちは依頼人とその依頼を受けた者というビジネスの関係でもある。そういった損得勘定の話を出したほうが、この場合は気持ち的にも楽になるだろうと思ってのことだ。
俺の率直な言葉に驚いたのだろう。フランソワは呆けたような顔をしている。
それから顔をそらして手で表情を隠した。
肩が震えているところを見ると、笑っているらしい。
「くくっ、なるほど……確かにそれなら私はなるべく大人しくして、守られていたほうがよさそうだ。わかりました、しっかりと私を守ってくださいね」
目尻を拭ってからこちらへ向き直り、彼は握手を求めて手を差し出してきた。
泣くほど笑わなくてもよくないだろうかと思いこそしたが、それは口には出さない。
差し出された手にこちらも手を合わせてしっかりと握手をかわす。
「改めてよろしくお願いしますね、リクさん」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします、フランソワさん」
以前の俺を思い出して、初心に返ることができた。貴族との繋がりや依頼の報酬などだけでなく、そういった意味でも彼には感謝したい。
ただ守られているとき、情けないと思う気持ちもあった。
戦闘のときは何もできていない罪悪感から俺も何かしたいと思っていたのも事実だ。
けれど、何よりも一番に願っていたことは、俺のために頑張っている子を守りたいという単純な願望だ。だからこそ、クレイジーベアを相手にしていたとき、アリスを庇えたことに嬉しくなり、あれほどに痛い思いをしても悪い気分はしなかったのだろう。
「……私たちのことを考えてくれるのは嬉しいですが、あまり無茶はしないでくださいね?」
「わかってる、心配してくれてありがとう」
握手を終えて、魔物の解体作業をしながら考え込んでいると、アリスがそっと寄り添いそう声をかけてきた。いつもながら、内心全て把握されているのではないかと思ってしまう。
まぁ、俺がわかりやすいだけかもしれないが。
「……考えてること、本当に読めたりしてないよな?」
「まさか、そんなことはできませんよ。ただ……」
「ただ?」
「ずっと、見てますから……ある程度のことはわかりますよ」
弾んだような声でそう答えられて、ゾクゾクと背筋が寒くなった。
にんまりとした笑顔で見上げてくるアリスがペロリと唇を舌で濡らす。そんな仕草をしてはいけません、俺の将来が歪んでしまいます。既に歪んでしまっている現実は無視だ。
フランソワに見られていないだろうかと視線を向ければ、周囲の警戒のために俺たちからは視線を外していた。そんな俺の様子を見て、クスクスとアリスが小さく笑う。
「ベルナールさんたちのときも、バレていなかったでしょう? そのあたりは弁えてます」
「アリスが色々な意味で成長していてくれて、俺は嬉しいよ」
「ですよね、リク様はなかなかにえっちですから」
自分を慕う愛らしい少女からえっちだと指摘された。しかもその直前に挑発するような視線と仕草をいただいている状況でだ。これはいったい何のプレイなのだろうか。俺は六十分いくら払えばいいというのか。
その台詞そのものも、挑発するようなものに思えてしまうのは俺の心が汚れているからなのだろうか。俺の心が汚れているのは知っているが、それが原因で挑発しているように聞こえるのか、事実としてアリスが挑発しているのか、今はそれが大事なのだ。
果たしてその答えはアリス自身が示してくれた。
「フランソワさんを頑張って守った分、今日はたくさんご褒美をあげないと、ですね」
信徒としてでなく、女の子としての挑発だったらしい。恐らく外部の人に構い続けていたから寂しくなったのかもしれない。それが恐らく、先ほどのような行動をとらせたのだ。
つまるところ、嫉妬。人を救うことを忌避することはないと以前言っていた。寂しくは感じるとも。あれからアリス以外に接することが増えたことに対して考えて出した答え、行動がこれなのだとしたら、彼女の挑発に俺は乗らざるを得ない。




