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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章4

 迷宮に挑む冒険者は、七級で一人前と認識される。クレイジーベアのような大型で強力な魔物に対処できるということは、それなりの強さを持っていると判断されるからだ。

 ギルドの調査により人格面や素行などもある程度保証されている。何らかの理由でドロップアウトした者の殆どは七級を目指すと言われているくらいには、冒険者の基準となっているようだ。


 福者でなくとも、幾度も魔物を倒して自身を鍛え、装備を整えてパーティメンバーを揃えればクレイジーベアを倒すことも可能と言われている。勿論、最低限の実力は必要だが、忍耐力や良識さえ持ち合わせていれば、いつかは辿り着くことができるかもしれない場所なのだ。

 しかし、それ以上となると等級をあげるのが格段に難しくなってくる。


 中級ダンジョン一層。そこは初級ダンジョンに出てくる魔物しか出現しない。それでもクレイジーベアを退けたパーティであろうと苦戦することが多い。

 何故か、その答えは今その場所にいる俺たちの目の前に広がっている。


 地下だというのに頭上からは青空の下の如く光が降り注ぎ、それを浴びてたくましく育ったのだろう木々たちが青々と生い茂って森となっている。

 その深い森の中では、初級ダンジョンに出現していた魔物たちが生息している。ゴブリンやジャイアントアント、キラービーやトレントに、勿論ハンターウルフもだ。


 初級ダンジョンとは本当に初級だったのだと思わされるような変わり様である。

 今まではただ通路を進むだけでよかったが、これからは様々な地形に対応しなければならないし、見通しが悪いことも多い。更にはトラップまで存在しているらしい。

 中級ダンジョンに初めて挑む者は初級ダンジョンとのこういった違いに苦戦を強いられる。一層だけでも草木に足をとられ、木々に視界を制限され敵の発見が遅れたり、森の中に点在しているぬかるみに嵌ってしまいそこをキラービーやトレントに狙われる……そういった事態が多くのパーティを悩ませてきたのだ。


 これまでとは違う探索の仕方を模索しながら進んでいく。魔物だけでなくダンジョンそのものへ対処する力も必要になるのが七級の上を目指すということのようだ。

 だからこそ、中級ダンジョンで心折れ、七級で満足する者も多いという。ドロップアウトした者がまともな生活を求めて冒険者になった場合は、殆どがそうなる。

 逆にダンジョンの奥底に存在する魔物の素材や魔石、中級以上のダンジョンで稀に存在している宝などを目的として冒険者になった者は、どうにかダンジョンに適応しようと足掻く。


 そして、上級ダンジョン最下層を目指す俺たちも、勿論七級の先を目指すことになる。

 事前にそれらの情報を、同業の冒険者の話やギルドの資料などから集めており、中級ダンジョンの内部を初めて見ると驚き、警戒を強めていた……のだが。


「……リク様たちは、今日初めて中級ダンジョンに潜ったのですよね?」


「えぇ、そうなりますね」


 ダンジョン内で実力を見るという依頼であり、自衛能力も有しているということから中級ダンジョンへの同道を許されたフランソワが、渇いた声で訊ねてくる。

 それに対して俺も、同じような調子の声で答えたと思う。

 俺たち二人の瞳には、とある光景が映し出されていた。


「はぁっ!」


「とぉー……!」


 飛来するキラービーと飛びかかってくるハンターウルフを同時に切り伏せるアリス。

 通常の木々に混じって枝をのばし攻撃をしかけてくるトレントを、木々ごと切り倒していくクロエ。


「ふっ!」


「おぉーりゃぁー……!」


 足元の感覚からぬかるみがありそこに嵌りそうだと察知したのか、急に跳び上がったアリスが体勢を整えて逆にハンターウルフを先ほどまで自分がいた位置へ蹴り込みそのぬかるみへと落としていた。

 視界を塞いでいた木々は切り倒され、その陰に隠れていたゴブリンが驚きの声をあげた。その隣の木はどうやらトレントだったらしく、一緒にクロエの戦斧で真っ二つにされている。


「文献や人伝の話では中級ダンジョンは初級のものとは違いかなり苦戦するものだという話でしたが、福者の方ならばあれくらいの対処はできるものなのですねー……」


「他の福者の人を知らないので、うちはこうです、としか……」


 実際のところ、世間で福者と呼ばれている者たちは、アリスたちとどれくらいの差異があるのだろうか。今後会うことがあれば、そのあたりを確かめてみたい。

 ただ、確実に一般的な冒険者とは、中級ダンジョンへの対処が違うのだろうとはわかる。

 でなければあれほど中級ダンジョンへ挑む者へ注意するように、危険性について説明したり記したりはしないだろう。一般的な冒険者であれば、斥候などが先んじて地形や魔物の有無を調べたり、トレントかどうか確認しながら慎重に進みつつ通常の木は無視するだろう。

 感覚でその場の地形や魔物の有無を把握して即興で利用したり、通常の木々もトレントも関係なく伐採していくようなことは、普通はしないはずだ。福者であれば似たようなことはするのだろうか。


「リク様! そちらに一匹、ハンターウルフです!」


「わかった!」


 唐突にアリスから飛んでくる警戒を促す言葉に、瞬時に意識を切り替えて盾を構える。

 俺が後ろに下がってフランソワの近くにいた理由がこれだ。盾を持っており奇襲があっても彼を守りやすく、万が一怪我を負っても治癒ができる。とどのつまり護衛だ。


「ぐっ!」


 大きく顎を開き、こちらを食らおうと跳びかかってきたハンターウルフを盾で受け止める。今回は重量化を使っているので押し倒されることもない。

 盾に噛り付いているその鼻先にメイスを振り下ろそうと腕をあげるが、それより早くこちらを睨みつけていたハンターウルフの目に短剣が突き刺さった。


「無理を言って同道している身ですので、これくらいはさせてください」


 ずるりと力を失い地面へ倒れたハンターウルフから短剣を引き抜きつつ、フランソワがそう言った。アリスの言葉を聞いたあと、いつでも動けるように構えていたのだろう。


「わかりました、助かります」


 それに短く答えてから、追撃がないかと腰を落として警戒する。

 がさりと草むらが音を立てた。そちらに素早く向き直りながら、他の方向にも視線を向ける。


 案の定、目の前の草むらは囮だったようで先ほど音を立てた草むらの左側からハンターウルフが跳びかかってきた。次いでくるだろう衝撃に備えて体を固くする。

 しかし、盾にハンターウルフがぶつかったが、思ったほどの衝撃ではなかった。本来であれば盾に牙を立て、その体を振るってくるだろうが、何故かそのまま地面へと落ちていく。

 不審に思い、倒れたハンターウルフを足で転がすと、腹に三本のナイフが突き刺さっていた。そのうちのいずれか、若しくは全てが臓器を抉り絶命させたのだろう。


「攻撃を防いでくれる方がいると、当てるのに集中できて助かりますね」


 そのナイフをフランソワが拾い上げる。どうやら彼の武器は短剣と投げナイフらしい。

 貴族の従者、恐らく護衛もしているのだろう。だからこそ服の中にも隠し持っておける武器を使っているのかもしれない。


「ふぅー……この辺りの魔物は、一掃できたようですね」


「おわりぃー……」


「お疲れ様、二人とも」


 どうやらあちらも終わったようで、武器についた血を払いながらこちらへ戻ってくる。

 二人に労いの言葉をかけ、ぼーっとしているクロエのフードをかけ直してやる。


「あ……えへへ、ありがとう、ございます」


 どうやら、天井から降り注いでいる光は日光と同じようで、この階層に入るともそもそとフード付きのロングワンピースを着込んでいた。集めておいた情報からもしかしたらと予想はしていたのだろう、スリットが入っており動きを阻害されない作りのものだ。

 日光の下でも戦闘ができるのか不安だったが、本人が大丈夫だというので任せることにした。そして先ほどの活躍ぶりである。本当に大丈夫らしい。


 因みにアリスも普段からスリットの入ったロングスカートを履いている。

 どちらも女性冒険者のためにデザインと性能を合わせた逸品だと店で勧められたものだ。クローラーという芋虫のような魔物の糸を使っていて、かなり丈夫なようである。


 二人を労いつつ、服についた葉などを払ってあげていると視線を感じる。

 そっと振り返れば、フランソワがじっと食い入るようにアリスたちを見つめていた。

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