第二章1
冒険者ギルド内にある応接室。そこで俺たちは件の従者と対峙している。
外套を脱いで見せた顔は、一見すると性別がわからない程度に童顔で線が細かった。ただ鍛えられているのか細くともその体は筋張り引き締まっていて、少しくすんだような銀髪も短くまとめられており、よく見れば男だとわかる。
何よりその身を包む執事服が、彼が男の従者であることを示していた。
「はじめまして、私の名はフランソワ。今回はあなた方の噂を聞き、そのご活躍に興味をお持ちになったエメリーヌ・ド・アルターニュ様の使いとして参りました」
胸に手を当てて恭しく礼をするフランソワと名乗る男。
アルターニュ。この町トゥールを含めた領地の名前だ。つまり彼の主はこの地を治める貴族に連なる者だということになる。受け答えには注意する必要があるな。
「私はリクと申します。こちらの二人は仲間であるアリスとクロエ」
俺が頭を下げるのに続いて二人も頭を下げる。
お互いに自己紹介をすませると、ソファの対面に座ってこちらから話を切り出した。
「ただの冒険者に過ぎない私たちに貴族の方が目をかけてくださるとは光栄です。しかし興味を持ったというお話ですが、私たちに何をお求めで?」
「迷宮を凄まじい早さで踏破している福者がいると聞きまして、是非その活躍を詳しく知り可能であれば直接お会いしたいとエメリーヌ様は希望されています。そのため、まずは私があなた方のダンジョン探索に同道し確認を行い、双方問題ないと判断すればお嬢様にお会いしていただきたく思っております」
そう言ってから彼は少し困ったように笑い、溜息を吐く。
それからわざとらしく周囲を確認してから声を潜めながら顔を近づけてきた。
「お嬢様は冒険者に憧れがありまして……本で読んだ冒険譚を夢見て、という若い貴族にありがちの我が侭です。とはいえ、実際の冒険者には本とは違い単なる荒くれ者もいるのですんなりとその希望を叶えるわけにもいかずこのような確認を……申し訳ありませんが少しの間お付き合いいただけませんか? 勿論、報酬はしっかりと出させていただきます」
苦労人の従者といった空気を滲ませながら懇願してくるフランソワ。
提示された金額はかなりのものだった。ギルドの者も立ち会うということで横で見ていたベルナールも思わず一瞬目を見張ってしまっており、どれほどの大金か推し量れる。
貴族のお嬢様の困った我が侭。そしてそれに振り回される従者。
評判も悪くなく実力のある福者の冒険者が現れたので、これ幸いと従者がご主人様のためにやってきた。周りからすればそのように見えるだろう。
「わかりました、お引き受けします」
「ありがとうございます、それでは明日からよろしくお願いします」
俺が了承すると彼は笑顔を浮かべ、握手を求めてきた。
握った手は体の線の細さとは裏腹にゴツゴツとしており、鍛えられているものだと感じた。
その後、翌日ギルドで合流することや、ある程度の心得はあるということで、自衛のためにフランソワもある程度は戦うなどといったことを話し合った。
先ほど初級ダンジョン最下層を踏破し、翌日から中級ダンジョンへ向かうことを伝え、それでも大丈夫かどうか確認すると、少しだけ驚きながら彼は首を縦に振った。
「もう既に初級ダンジョンを踏破していたとは……いえ、益々お嬢様が満足できそうな人材に喜びこそすれ、逃す手はありませんとも。ご安心を、ハンターウルフを相手に生き延びるくらいはできますので」
そう言った彼は、自信ありげの懐を叩いた。
僅かに金属が擦れた音が響いたので、恐らくそこに武器となるものを持っているのだろう。
諸々の確認を終えて、フランソワは退室していく。
足音が遠ざかっていったのを確認してから、ベルナールがソファにだらしなく背を預けて全身から力を抜いていた。
「はぁー……貴族様の我が侭ってのも大変だな。まぁよくある将来有望な冒険者に対して唾をつけておこうっていう思惑もあるとは思うが。しかし報酬はかなりのものとはいえ、引き受けて良かったのか? 我が侭貴族のお嬢様のお相手だ、疲れるぜぇ、きっと」
自分なら御免だねというようにベルナールが首を横に振り、整った自身の黒髪を弄る。
アリスも横から少しだけ身を乗り出すようにして訊ねてくる。
「そうですね、あっさりと引き受けていましたけど、良かったのですか?」
「あぁ、あれは俺が引き受けるべき案件だ」
俺がそう断言すると、その場の全員が首を傾げる。
いや、アリスだけ何かを察したようにはっとした表情を見せた。
「まさか、彼も?」
「あぁ……救いを求めているのがわかった」
そう、実のところギルドに入る前から、建物内で救いを求めている人間がいることは理解していた。それもアリスやクロエ以来、感じたことがないほどに強く。
それがまさか、俺たちに対する依頼人だったとは驚いた。
「あぁー……なんとなく救いを求めている人間がわかるんだったか。けど待てよ、ということはあの依頼には何か裏があるってことだろ。それで引き受けたのかよ」
「そうだ」
「そうだ、じゃなくてだな……はぁー、二人とも何とか言ってやってくれ」
「リク様がお決めになったことですし、否定する理由もないかと。貴族との繋がりができるというのは今後に役立つことがあるかもしれません。それに、その従者が救いを求めているということは主人に何か問題があるか、主人も従者と同じく救いを求めているか……どちらにせよ問題があった場合こちらが有利な状態で交渉を進めることができる可能性は高そうです」
「ん……らしい、よ」
俺たちの答えにベルナールは深く溜息をついて頭を抱えた。
ダフニー、帰ったら優しくしてくれ……とか小声で聞こえてくる。
「救いを求めているってことは、アリスやクロエのような境遇に置かれているってことだ。話をして悪い人間だとも思えなかったし、そんな状態になっているのを無視できない」
「お人好しが……」
ベルナールは片手で額を押さえながら俺を半目で見つめてくる。
そこには馬鹿だと思う感情もあるのだろうが、心配していることもよくわかった。
「そうだな、お人好しかもしれない。だからこそお前たちにもほとんど迷うことなく祝福を与えたところもあるんだろう。けどそれだけじゃない、俺が嫌なんだよ、知ってしまった不幸を助けられる可能性があるのに放置するのが……ようするにただの我が侭だ」
「そんなこと言ったら、他にも救いを求めている奴がいるのを感じてるだろうし、それに引っかかってないだけで同じような奴らは大勢いるだろ。それ全部救おうっていうのかよ」
「さすがにそこまで無差別にはやらないさ。顔も名前も知らない人の禍福まで責任は持てない。ただ俺が関わった人が救いを求めているのなら、嫌いじゃない限り助けたいってだけだ」
「我が侭なうえに勝手な神様なことで。まぁ、それで助けられた身としちゃ何も言えねぇか」
ベルナールの言う通りだ。
今だって不幸に苦しむ人は大勢いるだろう。俺の中の感覚も、救いを求めている人の存在を教えてくれている。けど、顔も名前も知らないその人たちを救う気は、俺にはない。
目についた全てを救う、そんな自身を顧みないような救済を行う気はない。それはいずれ自身を破滅させるだろうし、そうなれば既に救った者たちすら不幸に落としてしまいかねない。
だから、俺と俺の信徒のために、その他大勢を見捨てる。
これまでそうしてきたし、これからもそうしていくつもりだ。
「あー……色々言ったけどな、別に俺はその力で大衆を全て救えなんて言うつもりはないからな。というかむしろ見境なく救うの諌める立場だっつーの。ただ、お前がその力を振るううえでしっかりとした線引きがないとまずいと思ったから、確認したかっただけだ、悪かったよ」
短くまとめられた黒髪が乱れるのも気にせず、彼は頭を無造作にかいてからそう言った。
こうして真剣に思ってくれる友人がいるのは、幸せなことだと思う。
少しだけこの世界にくる前のことを思い出したが、今はそれに蓋をした。
郷愁に浸っていても前には進めない。
それに何よりも、今目の前にはこうして心配してくれる友人がいてくれる。
そして、両脇から俺を支えるように手を添えてくれる頼れる仲間もいる。
「愛しい存在、と思ってくれると嬉しいですよ」
そう言って優しく微笑むアリスに少しだけ背筋が震えるが、いつものことだった。




